後編
――院長室
「あら、どうしたの3人とも?」
深夜、誰もいない部屋で響くのは、優しい院長の声。子ども達に優しいお母さんのような存在である女性の声。
しかしその前に立つ私達には、“そういう姿”には一切見えなかった。
「何かあったの?」
院長がそういうと鈴菜が一歩前に出て、睨みながらこう言った。
「貴方、超能力者でしょう?」
――その言葉を発せられ、それが日常が非日常に変わった瞬間だった。
おそらくあの院長からすれば、私達の表情は一切の表情が読み取れないものだろう。部屋が暗いのもあるだろうが。
おそらく、無表情とはこういうことを差すのだろう、と院長は悟っていることだろう。
「…なんでそういうことを言うのですか?わたくしめにそんな能力などあるわけな…」
「思念系能力者でしょ、貴方?」
鈴菜はさらなる言葉で院長を追い詰める。
「子ども達が消えていくのよね、なんか知らないけど?それなのに子ども達はそのことに気づいていない…というより、『最初からその子はいなかった』みたいに」
「裏では子ども達を実験体に使っているっていう話も分かってるのですからね?」
鈴菜と柚炉がそう追い詰めていく。全部柚炉が調査し明かした真実である。
すると、院長は突然狂ったように笑い出した。
「きゃはははっ!だから何?あんたらその真実知ってどうするつもりな…」
院長の台詞が全部言われる前に、彼女は不自然な動きで壁に叩きつけられた。正確には『見えない力で吹っ飛ばされた』だろうが。
そう、クソな台詞を聞きたくなかった私がやったのだ――超能力で。
院長が壁に叩き付けれた痛みでうなりつつも、ゆらゆらと立とうとしている。そこまで重症じゃないんだろうね。
「はは、一体あんたら何するつもりよ……?」
まだ絶望していない瞳、渡したいに歯向かうような目つきで私を見ている。さっさと絶望すればいいのにさ…しょうがない、名乗ってあげよう。
「あたしらの正式名称って『黒の天使』っていうんだけど、知ってる?」
か弱い少女たちだが、その超能力者の中でも才能にあふれた――『化け物』の中の『化け物』なる力を持つ能力者3人につけられたその名前。
超能力者――いや、少しでも裏社会を知っている者なら、聞いたことはあるだろう単語である。
「く、『黒の天使』……あの、超有名な掃除屋の……」
その言葉を聞いた瞬間、院長の目は絶望の色に染まっていた。圧倒的な力の差に気づいて、もう立ち向かう余裕もないのだろう。
「私の名前は雪上羅々、空間移動系能力者よ」
私は静かに怒っていた。そしてそっと手を軽やかに動かした。彼女はあらゆる物を動かせ、移動することが出来る。この動作で、私が『何かを動かそう』としていることが分かるだろう。
すると、鈴菜は目で私を諭してきた――ここから先はあたしがやると言っているように。
私はリーダーの命令に従い、そっと手を下ろした。そして代わりに鈴菜が前にでて、
「どうも自然系能力者の月守鈴菜と申すものよ、悪いけどあんた1秒で消すから」
と両手を振り上げた。その瞬間、どこからともなく現れた無数の槍が院長を貫いた。
鈴菜の槍の正体は、空気である。
鈴菜は空気を鋭い刃物のような形に固め、それで院長を蜂の巣のように貫いた。相変わらずえげつない。
「どうも、簡単な仕事だったわね」
鈴菜はそういうと、やれやれとため息をついた。
「やっぱりうちの思念系能力者の方が強いみたいだしね、井上柚炉?」
「雑魚の記憶操作なんて、僕が見破れないわけがないのです」
彼女たちの仕事はそこまでだった。が、
「じゃ、とっとと本当の我が家に帰りま…」
「あの、鈴菜、柚炉。明日…明日この孤児院から出てかない?」
突然の提案に2人は驚いた。
「ここに残る意味ないじゃない?」
と鈴菜は言う。けれど私はじっと2人を見た。
「たぶん子どもたちは泣くでしょ?その悲しみは、私達は覚えとかなきゃいけないような気がして…」
「じゃあ、僕が記憶を操作するのですよ?」
と柚炉は言うが、私は首を縦に振らない。
「…どうなるか、見届けたいの」
柚炉の中から出てきた言葉に、2人は反論できなかった。
☆
次の日、院長がなくなっているのを3人以外の他の先生が見つけて、それを子ども達にも知られ、とてつもない悲しみが孤児院を包んでいた。
子ども達は泣いていた、だって母親的存在の人をなくしだものね。私、羅々もなんともいえない気分だった。
すると、子どもの一人がこう言い出した。
「きのう、だれかがいんちょーせんせーをころしているのをみた」
その言葉に鈴菜は目を大きく見開いた。
私も気づいた、そういえば昨日、扉が少し開いていたかもしれない。寝ぼけてトイレに行く子ども達に見られたのか…という感じだ、鈴菜の表情を見る限り。
柚炉が私達の顔をうかがっている、どうすればいい?みたいな。
3人以外の先生が、その子に色々と問いただしている。やばい…このままじゃ、私達がってことがバレるかもしれない。
「なんか、羅々せんせーみたいだったよ?」
その言葉に私達3人の間に、緊張が走った。
どうする?どうすればいいい?私って言っちゃってるよ、この子?!今までにない失態だ…
「羅々先生…一体どういうことですか…?」
静かに怒りを見せた先生の表情…いや、今にも泣き崩れそうな表情だ。
けれど、私は焦らないで、ただ言う。
「何をいってるんですか…私だって、私だって…院長が死んで悲しいんですよ?!私っ…」
我ながら嘘をつくのは上手くなったもんだ。偽るための演技も上手になったな。
そんなことを思いながら、涙を流そうとする演技をする。
「でも、羅々せんせーじゃないの!?」
目撃者の子どもは大声でそういった。
あぁ、この子は完全に私だということが分かったか、哀れな子どもめ。というか、純粋な子どもには、私の演技は通じないということなんだね。騙されていればいいのにさ。
私は諦めて柚炉の記憶操作に任せようと思ったその瞬間、
「ちがうよ!羅々せんせーじゃないよ!」
一人の子どもはそう叫んだ。
「羅々せんせーじゃない、羅々せんせーがそんなことするわけないんだ!」
不意に胸の中から、今まで押し殺していた感情があふれ出た…気がした。
あぁ…私はなんて最低な女だろう、いや人間か。子どもを泣かせて、嘘までついて、人を殺して、それでもやってないと信じてくれる子がいて。
私はそっと、その子の頭に手を置いた。その子は私のことをじっと見ている。
目が伝えている――“せんせーじゃないよね?”と。
でも、貴方が信じているのは偽りの私だ。
私は今、この子に何を言うべきなんだろう……
「…ありがとう」
あいにく、ここで“やってない”なんて嘘つける能力はもってないんだから、私。
真実を言う勇気もない臆病者で、最悪な人間だから…それでも、せめて『ありがとう』だけは言わせて。
その信じてくれた子が笑った瞬間、突然その場に居たみなが倒れた。
眠りについたようで、あーそっか、柚炉がやったのね。
「…じゃ、さっさと逃げようっか?」
柚炉がそういうと、冷たく切り捨て、3人は何事もなかったかのように、その場を後にする。
そしてやってきたのは自分達が寝泊りしていた部屋である。今は生活道具を全て持って、跡形もなく――最初から誰もいなかったかのように綺麗にしてある。
すると鈴菜は一つしかない大きな窓を開けた、ここから逃げるために。
「はぁ…」
「ため息をついているのですか?」
何となく出たため息に、柚炉が反応した。
特に意味のないようで、とっても深い意味があるため息なのだが、やはりあの場をごまかしてやってきたのが気に食わない。
「なんでもない」
乱暴に吐いた言葉だ、と私は思う。今の自分の気持ちを誤魔化すものでもあるし、その気持ちが柚炉や鈴菜にバレないようにする言葉なんだろう。
そっと窓のふちに手をかけると、私は自分の能力を解放した。
――空間系能力者
大きな距離を一気に移動することはできないが、空間を移動する能力である。
移動するための力を具現化させるために、何かその媒体となるためのものを作り出すこともできる。
要するに普通の人間から見たら異端である。
「じゃ、羅々、よろしくね!」
鈴菜がそういうと、私は頭の中に大きな翼をイメージした。すると私たち3人の背中に翼が生える。基本的にイメージ力が強くないと、この能力は使えない。
そして私達はその翼で空を飛んだ。
夜の住宅街はとても静かなものだった。ま、今は深夜だけどね。
大きなお月様が私達を監視してるみたいに、強い月の光で照らす。街灯程度の光じゃ、私達を照らすことはできない。
叩きつけるような冷たい痛みの空気が、私の頬に触れる。胸がとても苦しい感情に襲われるけど、目からは一滴も涙が出ない。
――あれから、あの孤児院はどうなるんだろう。
柚炉の記憶操作で、私たちのことは完全に忘れている。だとしても。
私に向けられた優しい思いを、自分は裏切ったのだ。
罪悪感がひどい。泣けてきそう。それなのに涙なんて一切出てこない。
私は一体何をしてんだか―――消えてしまえよ、私。
そうして、その任務は無事終わった。
私の記せることはここまで。
そして、私はまた闇の世界で生きる生活に戻っていくのだ。