前編
とあるアパートの何号室か、そこに私達は帰っていった。
玄関の中に入ると暖かい空気が肌に感じられる。いや、温かい。全部が温かい。冷え切った私達の体を温めるには十分の温かさだった。
「鈴菜ー」
私は室内に入ると、リビングに居た少女に声をかけた。
「あら、やっときたのね、羅々」
ちょっぴり強気な口調の少女――鈴菜は帰って来た私達を見ながら、食卓に温かそうな料理を並べていた。どれも温かそうな料理だ。
エプロンをつけている彼女は、少しお姉さんっぽい雰囲気をだしながら、毛先が少しカールさせた栗色の髪の毛を揺らして、にっこり微笑んでくれた。
本当、この人は大人っぽくて羨ましい。
「柚炉もありがとね」
「貴方にお礼を言われたくない、この尻軽女」
鈴菜のありがとうに、柚炉は睨んで返事をした。鈴菜が柚炉に頼んだときも、こんな感じでツンツン言われたのだろう。いや、毒舌というのか。
なぜか柚炉は私には優しいが、鈴菜には厳しく冷たい。どうしてなのだろうと私は思う。その理由を尋ねても柚炉は答えてくれないだよね。
「まぁまぁ、柚炉ちゃん、そんなに怒んなって」
苦笑いなのか、普通に笑っているのか、曖昧な笑みでそういうと、2人を食卓の椅子に座るように進める。
羅々と柚炉が座ると、食卓に料理を並べ終えた鈴菜も座る。
「じゃ、食べよっか?」
鈴菜がそういうと、3人は両手を前にあわせ、
「「「いただきまーす」」」
と声をそろえていった。
☆
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまなのです」
「お粗末さまでした」
私達はそれぞれ言うと、温かい晩御飯は終わった。にしても誰一人同じ言葉は言わないのはちょっと不思議だと思う。
とても温かい家庭の家族のような雰囲気が漂う中、私は少し浮かれた気分になった。なんとなく楽しいという気分になる。
鈴菜は食器を片していて、柚炉はココアを飲んでいた。
さて何をしようかな?特にやることないし。なんて思いながら椅子から立ち上がった。
「今日の夜は、何かおもしろいテレビやるかなーっと♪」
と明るめの声で言ってみた。女の子らしい明るい声で。
けれど、その明るさ――日常は、すぐに壊された。
「羅々、座りなさい」
いつの間にか鈴菜がキッチンから戻ってきていた。瞬間移動でも使ったのだろうか?おそらく食器は洗う前に、水に浸けておくんだろーね。
じっと鈴菜の表情を見た。とても、冷たくさっきまでの明るいお姉さんのような表情ではなかった。
…分かってるよ、なんで彼女がそういうのかを。口にしたくはないその言葉を、ただ呟くしかないことも。
「…また“任務”の話?」
鈴菜はこくりと頷いた。否定する気も微塵もなく。
しょうがない。嫌々自分の席へと座った。
「今回の任務はとある孤児院の院長の抹殺、でいいかしら?」
「また物騒な話だね」
物騒な単語を淡々と述べた鈴菜に、私は軽くツッコミを入れてみた。けれど鈴菜は「えぇ」と頷くだけ。
「この院長をこの世から消したい人がいてね、なんか裏で子ども達にひどいことをさせてるとか」
「…ありきたりな話に訂正するね」
なんていってみたが、さほど興味もなく自分の湯飲みに注がれた緑茶を飲んだ。苦味があるな、やっぱり。
「要するに、院長を消せばいいの、あたし達に理由は要らない、そうでしょ?」
「…理由は要らない、ね」
私達は、いわゆる『超能力者』だ。
幼い頃にその能力を開花させ、暴走させ…周りの親しい人達を傷つけてきた。もしくは、親しい人間に「化け物」呼ばれされた。
そのため、自分達が所属している集団にはとてもお世話になった。
能力が暴走したときに、制御してくれたのもあの『組織』のおかげだ。肉親にさえ嫌われ、捨てられた私達を拾ってくれたのは、あの『組織』だ。
(私が能力を暴走させた時に拾ってくれたのはこの今居る『組織』だから)
たとえその組織が、裏社会で活躍する組織だとしても。どんな汚いことを平気でする組織だとしても。
今私達がいるのは、この『組織』のおかげなのだ。
私は今でも、能力が暴走したときのことを思い出すと、気持ち悪くなって気分が優れなくなる。
トラウマのように蘇るこの記憶は、何もかも全部を吐き出してしまいそうになる吐き気が襲い、『生きる』というやる気をなくしてしまいそうな無力感を蘇らせる。
それに、この仕事はほとんど犯罪に近いものだ。今までの任務の中で、気分が良いもの…いや、むしろ悪くなるものなんて一つもなかった。
(まぁ、それでも私達3人が出会ったのは、『組織』のおかげ、能力が制御できるのも生かせるのも『組織』のおかげ…一応、感謝はしなきゃね)
私はそう考えていた……鈴菜の話を聞かなかったため、あとで怒られたが。
☆
――いかにもありきたりな住宅街、だと思う。
自分達もそれにふさわしい普通の服装で、普通の女の子のようにわいわいと喋りながら、コンクリートの道路を歩いていた。周りに溶け込むのは慣れたものさ。
道路には雪が積もっていないが、少しびちゃびちゃの道路を歩きながら、私はこれからのことを思った。
その任務で私たちが取った方法は、『孤児院への潜入』であった。自然にその孤児院の大きな建物はあった、たくさんの子ども達が住めるような孤児院だ。
その孤児院の前に立つと、3人は意を決したように門を見る。
「まず潜入するためにも、とりあえず僕の出番です」
と柚炉が言うと、彼女は両手を前に広げた。
思念系能力者――サイコメトラーの彼女は、人々の記憶に入り、その記憶を改変させることもできる。それなのか、心理戦にはとても強いんだ。あと毒舌だし。
静かな空気で、車や通行人が一切通らない中、柚炉は静かに何かを呟いていた。
「…これで終わりです」
辺りに何も変化がなかったが、柚炉はそういった。
「本当、これでいいのかしら?って思うぐらいよね」
と鈴菜はいうが、大して気にしていないようで、孤児院の門を開けた。この堂々としているところをみると、リーダーっていう素質は間違っていないようね。
鍵はしてないのか、この孤児院。と心の中でツッコミを入れるが、鈴菜は堂々と孤児院の中に入っていく。
「こんにちわー新しく孤児院の先生としてやってきた、月守鈴菜と申すものでーす!」
響きの良い声で玄関の前でそういう、チャイムを鳴らそうよ。すると、まもなく出てきたのは優しそうな女性だった。
「あら、こんにちわ。貴方達が新しく来ていただける先生たちですね」
とても温かく迎えてくれた女性は、孤児院の院長というバッチを胸に付けていた。というか、そういう名目で受け入れられるのか私たち!
鈴菜と柚炉は知っていたみたいで、何の抵抗もなく受け入れているが、私は話を聞いていなかったために、少し動揺する。
だけども、私達は何の抵抗もなく受け入れられた。
(さすが柚炉だね…)
そう思うよ、本当。
☆
それから子ども達と出会った。どの子も良い子で、悪意なんて全然見つからない子たちだった。
院長の先生も何の非があるのか、とても優しそうなお母さんのような女性だった。
そんな中、私達の孤児院生活が始まった。
とりあえず院長が『何か悪いこと』をしているのを見つけるまで、動いてはいけないから、ね?何かをつかんでから、動く。
でも、理由がなくても、上からの『命令』さえあれば、理由がなくても私達は動くんだけどねー…
正式理由があってこそ、この任務は成り立つ――と鈴菜は言っていた。
――けれど、何にも見つからない。
「羅々せんせー、お絵本、よんで?」
「いいよ、どの絵本がいい?」
なんて、ただの優しい先生のように過ごしてしまう私が居た。
どうしよう見つからない、この日常を壊す理由が。
なんて理不尽な任務だったんだろう、私はそう思った。どんな幸せな日常でも、理由がなかろうと、私は壊さなきゃいけないんだ。
院長――子ども達にとっての母親的存在がいなくなったら、この子たちは泣くんだろうね。
この子たちの表情を曇らすことは私にはできない。
嫌な人間だ、私は。
それなのに、私は壊すのだ。泣かせるんだ。
私が全てを失ったとき、助けてくれた存在がなければ、今頃何もできない人間で。超能力なんて操れなくて、暴走して死んでたはずだ。
だんだん自分が堕ちていくことしか、私の存在意義はないんだ……
「羅々、どうしたの?」
鈴菜が心配そうにそういってきた。
「昔のことを思い出して、気分が悪くなっただけ」
「トラウマのことね?」
鈴菜は本当にカンが鋭い。こういうところも尊敬できるなー本当。
「……そうだね、トラウマのこと」
鈴菜と柚炉に出会えて治ったハズのトラウマが、私の中に蘇る。
全身を襲う嫌悪感、震えが止まらなくなる。小刻みに私の体は震えだす。
けれど鈴菜は優しく私の頭を撫でた。
「大丈夫、もう二度と羅々の力は暴走しないから」
他の2人には深く残らなかった『トラウマ』、私には深く深く残ってしまった『トラウマ』
こんなことで足を引っ張ってはいけない、私は動かないと…理由がなくても、理由はあるから、動かないと!
そのとき、私達の元へ柚炉がやってきた。
「…羅々、安心してくださいなのです。あいつの所業がわかりましたのですから」
誤字脱字が合った場合は、ご報告くださいorz