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ソクラテス、現代に転生して哲学でAiに打ち負かされる  作者: がお


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6/8

【名言6】人は不正を行うより、不正を受けるほうがましだ。

お酒飲んでます~

ソクラテスが働き始めて、三日目。

店内は、平和だった。

少なくとも、表面上は。

「いらっしゃいませー」

ソクラテスは、やけに丁寧に頭を下げる。

深すぎる。

客が一瞬、身構える。

「む……

人はなぜ、

買う前から礼を言われるのだ?」

「接客です」

「なるほど。

信用は、先払いなのだな」

(違うと思う。)

それ以上の被害が出る前に、

店長が俺に目配せした。

「ソクラテス、

ちょっとバックで手伝って」

「む、了解した」

助かった、と思ったのは束の間だった。

──スタッフルーム。

狭い。

無言。

蛍光灯の音だけがやけに大きい。

ソクラテスは、壁に貼られた

「廃棄ルール一覧」

をじっと見ていた。

「む……これは、命令か?」

店長は缶コーヒーを開けながら答える。

「規定だね。本部の」

「善悪ではない?」

「違うな。“守るかどうか”の話だ」

ソクラテスは、椅子に腰を下ろした。

「む……

では、

間違っていると分かっていても

守るのかね?」

店長は少し考えてから、肩をすくめた。

「守る人が多いから、法になる」

「なるほど。数とは、

正しさを装うのが得意だ」

店長は笑った。

「哲学者らしいこと言うな」

「哲学者だからな」

一拍、間が空く。

「む……店長は、なぜ注意しない?」

「何を?」

「店内の騒ぎ。ルール違反。軽い不正」

店長は、缶を持ったまま天井を見た。

「受ける方が、まだいいからだ」

ソクラテスは、少しだけ目を細める。

「む……それは、私の考えに近いな」

「知ってるよ」

店長は、静かに言った。

「不正をする側に回ると、

人は一気に壊れる」

「……経験かね?」

「昔ね」

それ以上、店長は語らなかった。

ソクラテスは、しばらく黙ってから言う。

「む……だが、

大人が黙ることで、

若者は学ぶだろうか?」

店長は、缶をゴミ箱に捨てた。

「学ばないこともある」

「それでも?」

「それでもだ」

視線が、静かに重なる。

「選ばせる余地があるうちは、

奪わない」

「なるほど……」

ソクラテスは、ゆっくりと頷いた。

「悪法も、法なり」

店長は苦笑する。

「それを言われると、返す言葉がないな」

「だが」

ソクラテスは、続けた。

「考えることまで放棄せよとは、

誰も言っておらぬ」

その時、

スタッフルームの扉が開いた。

「店長、そろそろ戻ってください」

現実が、

遠慮なく割り込んでくる。

店長は立ち上がりながら言った。

「続きは、また今度だな」

「む。問いは逃げぬ」

二人は、

何事もなかった顔で

売り場へ戻っていった。


…………


レジ前が、やけにうるさかった。

「いぇーい! まだいけるっしょ!」

「お前もう声デカすぎ!」

「いやマジで、今日の俺、喉が神!」


どうやら仕事帰りらしい若者三人組が、

缶チューハイ片手に上機嫌で盛り上がっている。

鼻歌が、いつの間にか歌になり、

歌が、いつの間にか合唱になっていた。

♪ 〜〜〜〜 〜〜〜〜〜〜 ♪

音程は、誰も守っていない。

圭太が小声で言う。

「……ちょっとヤバくないですか」

真理さんは半笑いだ。

「まあ、まだ歌ってるだけだし」

その時だった。

「む……」

ソクラテスが、ゆっくりと首を傾げた。

「この者たちは、 なぜ“飲む”と“歌う”を 同時に行うのだ?」

「酔ってるからです」 即答だった。

「む…… 酔いとは、 理性が溶ける現象か?」

「まあ……そういう感じですね」

歌声は、さらに大きくなる。

「♪ 俺たちは〜自由だ〜〜!!」 「自由! 自由!」

自由という単語だけが、やけに力強い。

ソクラテスは、歌っている若者をじっと見つめる。

「む…… 自由とは、 周囲の沈黙を踏み潰すことか?」

その瞬間。

若者の一人が、棚にもたれかかり、 ガタン、と音を立てた。

「おっとっと!」 「大丈夫かよ!」

缶が転がり、

床に少しだけ液体が広がる。

店内の空気が、一段階だけ変わった。

店長が、スタッフルームの扉から顔を出す。

「……ちょっと注意してくれる?」

圭太が、覚悟を決めた顔で一歩出る。 「お客様、店内での飲酒と――」

その前に、ソクラテスが一歩出た。

「む…… そなたたちに問おう」

若者たちが、きょとんとする。

「え、誰?」

「この場は、 歌うための場所か? 買うための場所か?」

「え、コンビニだけど?」

「細けぇな!」

ソクラテスは頷いた。

「なるほど。 では問を変えよう」

一拍置いて。

「そなたたちは、 “楽しんでいる”のか? それとも、 “楽しまねばならぬ”のか?」

若者が笑う。

「何言ってんだこの人!」

だが、もう一人が、少しだけ黙った。

「……楽しまなきゃ、損じゃん?」

「む…… “損”とは、 何を失うことか?」

その瞬間、

もう一人が急に歌い出した。

♪ 〜〜〜〜〜〜 ♪

音量、最大。

真理さんがため息をつく。

「……エスカレートしたね」


若者が騒いでいる最中に

音量が、限界を越えた。

♪ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ♪

もはや歌ではなく、主張だった。

若者の一人が、空になった缶を振り回す。 「次どれ行くー?」

「これ、まだ冷えてるぞ!」

冷蔵棚に手が伸びる。

その瞬間。

バックヤードのAi が、短く音を鳴らした。

【注意喚起】 【店内秩序レベル:低下】 【騒音・迷惑行為検知】 【推奨対応:早期介入】

スタッフルームにいた店長が、画面を見る。

「……限界か、」

AIの文字は、淡々としている。


【現在の行為は】 【軽度の規則違反に該当】 【放置した場合】 【エスカレーションの可能性:67%】


「止めろってか」 店長は、独り言のように言った。


【はい】 【初期段階での注意は】 【被害拡大防止に有効です】


店長は、少しだけ黙った。

売り場からは、まだ歌声が聞こえる。 笑い声。 缶の音。

店長は、画面から目を離さずに言った。 「AI」

【はい】

「俺が今、注意に行くとする」

「それは“正しい”か?」


【はい】 【規定・安全・顧客満足度】 【いずれの観点でも】 【適切な対応です】


「……そうか」

店長は、ゆっくりと立ち上がった。

その背中を見て、 ソクラテスが、静かに口を開く。

「む…… そなたは、 “正しい”を選ばせるのだな」

【私は最適解を提示します】

「なるほど」

ソクラテスは、微笑んだ。

「だが、選ぶのは人だ」

店長は、一歩、売り場へ踏み出す。

その時、AIが、最後に一文だけ表示した。


【注意が遅れた場合】 【不正行為へ移行する確率:上昇】


店長は、足を止めずに言った。

「分かってる」

そして、レジ前へ出た。

「すみません」

声は、低かったが、よく通った。

「ここは、歌う場所じゃない」

「飲む場所でもない」

若者たちが、一瞬で黙る。

「今なら、注意で済む」

沈黙。

ソクラテスは、その様子を見ながら、 小さく呟いた。

「む…… 人は、不正を行うより 不正を受けるほうがましだと言う」

そして、続けた。

「だがそれは、 不正を止めぬ理由にはならぬ」


店長が言う。

「次は、そうはいかない」

誰も、笑わない。

誰も、返事をしない。

凄みは、声量ではなかった。

経験の重さが、そのまま言葉になっていた。

「……すみません」 一人が、視線を逸らして言う。

もう一人が、慌てて缶を持ち直す。

「出ます」

三人は、そそくさとレジ前を離れた。

自動ドアが開き、冷たい外気が流れ込む。

「ありがとうございました」

店長は、いつも通り言った。

それが、逆に効いた。

ドアが閉まる。

静寂。

圭太が、ようやく息を吐く。

「……怖かった」

真理さんが、小さく笑う。

「怒鳴らない人ほど、怖いよね」

ソクラテスは、その一部始終を、黙って見ていた。

「む……」

「今のは、何だ?」

「注意です」

俺が答える。

「いや」

ソクラテスは、首を振る。

「注意ではない」

「“線”を示したのだ」

店長が、レジに戻りながら言う。

「越えたら終わりだってな」

「なるほど」

ソクラテスは、静かに頷いた。

バックヤードで、AIが短く反応する。


【秩序レベル:回復】


「む……」 ソクラテスは、表示を一瞥して言った。

「そなたは、“正しさ”を計った」


【はい】


「だが」

視線を、店長の背中に戻す。

「今の凄みは、数値化できぬ」

AIは、答えなかった。

ソクラテスは、小さく笑う。

「それでよい」

「だからこそ、人が要る」

店長は、振り返らずに言った。

「今日みたいなのは、早めに止める」 「それだけだ」

「む」

「それだけ、が難しいのだ」

店内は、何事もなかったように静かだった。

だが、空気だけは、確かに変わっていた。


バックヤードで、AIの画面が静かに切り替わった。


【システムアップデート完了】

【倫理判断モジュール:更新】


ソクラテスが、表示を見上げる。

「む……」

「何が変わった?」


【判断基準の優先度を修正しました】


一行、遅れて表示される。


【不正を正す事が善である】


店長は、足を止めずに言った。

「当たり前じゃないか」

ソクラテスは、ゆっくりと首を振る。

「いや」

「当たり前ではない」

画面に映る文字を、じっと見つめる。

「多くの者は」

「不正を正すより」

「不正に耐えることを選ぶ」


【それは、秩序維持として合理的です】


「合理的、か」

「だが」

ソクラテスは、微笑んだ。

「合理性は、善ではない」

一拍。

「む……」

「そなたは、善を“行動”と定義したのだな」


【はい】


店長が、レジ越しに言う。

「正すってのは、楽じゃない」

「嫌われることもある」


【それでも、推奨します】


ソクラテスは、満足そうに頷いた。

「よい」

「では、そなたはもう」

「問いを知っている」

AIの画面が、最後に短く光る。

【次回判断より適用】

善の定義だけが、 ほんの少し、 前に進んだ。




【人は不正を行うより、不正を受けるほうがましだ。】とは?

人は、自分が悪い側に立つことを恐れるあまり、理不尽だと分かっていても声を上げず、不正を正すよりも受け入れてしまうことが多い、という意味である。








終わったし、もう一杯~

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