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筆者のお気に入り短編

【短編】なんで最強なのにステータス隠してるの?

肩の力を抜いて読みましょう

「……なんのことだ?」


「いや。兄ちゃんさ、前に国境付近の洞窟でドラゴンを殺したでしょ。周りに女が何人かいたような気がするけど。戦闘には参加してなかったっていうか、ワンパンだったったし参加する必要がなかったっていうかさぁ。だから、殺したのは兄ちゃんだった」


「分からないな」


「僕さ、その時たまたま洞窟に居たんだよ。新人用のクエストを受けててさ、パーティで魔石集めに行ってた。そんで、覚えてた。兄ちゃん、半年くらい前に冒険者ギルドで頭の悪いこと叫んでたチャラ男の元仲間っしょ? ははっ。つーか、あれって何かの寸劇? 前後関係は分からんけど、あの人の主張も兄ちゃんの反応も意味不明過ぎて笑えたよ」



 ある日、男が酒場で一人ぼんやりと考え事をしていると、一人の少年が彼の隣りに座って訊いた。バーテンが、少年の前にミルクを置く。少年がそのタンブラーを持つと、バーテンは男の注文票にミルクを追加して別の客の酒を作り始めた。



「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。僕が言いたいのは、他の冒険者が知ってる兄ちゃんのステータスじゃ、どう頑張ってもドラゴンなんて倒せるわけがないってことだ。でも、兄ちゃんはドラゴンを殺した。おまけにワンパンだ。その謎の真相……いや、理由が知りたい。どういうことなのかな」


「どうって、時の運としか言いようがない」


「あのね、兄ちゃん。運の上振れにだって限度があるんだよ。猿が適当に叩いたタイプライタでオペラ脚本が書き上がるとか、水に浮かべたゼンマイ時計のパーツが自然に組み上がるとか、人がドラゴンをワンパンで殺すっていうのはそのレベルの奇跡なんだよ。しかも、討伐じゃなくて殺害だからね。尚更ありえないよ。僕が子供だからって、あんまテキトーなこと言って誤魔化そうとしないでな」



 一体、こいつに俺の何が分かるというのだろうか。いや、何も分かっていないから教えろと言っているらしいが……。



 いずれにせよ、なんと生意気なガキなのだろうと男は思った。いきなり現れて不躾な発言をかます見ず知らずの子供に対して、思わずため息を見せる。



「誤魔化したんじゃない、事実だ」


「うーん。『なんでステータス隠すの?』っていう質問は、そんなに答えにくいものなのかな。不必要なことを不必要に隠すことの不自然さって、傍から見ると結構不快なんだよね。バレてるんだから、無駄なことしないでよ」


「何が言いたいんだ、クソガキ」


「強いクセに弱いフリして楽しようって考えが気に食わねぇって言ってんだよ、兄ちゃん」



 少年は、ミルクを飲み干すとバーテンにお代わりを注文した。



「魔王が死んでから、冒険者の狩り場争いが激化した。今までは魔王の無尽蔵な魔力によって生み出されていたモンスターが、この星の持つ本来の生態に戻りつつあるからだ。

 当然、モンスターたちも対抗して徒党を組み始めた。今までは魔王軍として存在していた奴らが、幾つかの派閥となって生きのびようと躍起になっているのさ。種族は関係ない。強い奴の下に弱い奴が集まって生きていく。まるで、今の人間みたいな仕組みにモンスターも落ち着こうとしているんだよ」


「だから、なんなんだよ」


「最強の存在が自分を弱いと見せかければ、その生態系が崩れかねないのさ。兄ちゃん」



 バーテンに礼をいい、ミルクを啜る少年。



「人とモンスターは、互いを殺すことで成り立っている。モンスターは人間を捕食してその人間の持つ魔術を手に入れ繁殖能力を増やしていく。人間側は……。まぁ、言わずもがな。モンスターの素材を使って新たな技術を生み出してる。歪だけれど、互いのパワーバランスが均衡することで成立した、極めて繊細なバランスがこの星の新たな生態系なのさ」


「それで、どうして俺が実力を隠すと生態系が崩れるんだ」


「強い奴ってのは、敬われなきゃいけないのと同時に責任を果たさなきゃいけないんだ。兄ちゃんの場合、多くの人間がモンスターに殺された場合バランサーとして活躍しなきゃならない。つまり、モンスターを間引いて生態系の均衡を保つってことだよ。

 いい? 僕らの国のシステムは、殺し合いを基盤に置いてるんだ。仮に命のやり取りが起こりにくい世界なら好き勝手やりゃいいと思うけれど、僕たちの生きてる場所はそうじゃない。そして、責任を果たすためには相応の立場になきゃいけないし、もちろん、人間サイドにおける抑止力としても働かなきゃいけない。同種の勝手する奴を罰するのも、強い奴の役目だからね」


「そういうのが嫌なんだよ、だからバレたくないんだろ」


「……まぁ、嫌なら嫌でちゃんと大人しくしてくれていればよかったんだけどね。問題は、モンスター側のバランサーであるドラゴンを、兄ちゃんが殺したことだ」



 ふと、喧騒が止んでいることに気がついた男。それは、彼が少年の話に意識を奪われていたからだった。



「兄ちゃんがドラゴンを殺したせいで、ドラゴンの支配から解放されてしまったモンスターたちは、洞窟から這い出て近隣の村々を破壊し尽くした。結果、多くの人間を捕食し短期間で手のつけられない凶暴さに成長してしまったよ。

 今、ギルドはその後始末に追われて大騒ぎさ。しばらくは高額報酬のクエストも増えるだろう。まぁ、日雇だからね。冒険者の中にはバブルだとはしゃぐ奴も出るだろうけれど、現実はそう甘くない。ギルドの目算じゃ、このパニックは魔王襲来以降、最大の死者数を更新するだろうと予想してるって話だ」


「そんなバカな! ただ、ドラゴンを殺しただけだそんなことになるというのか!?」


「なるんだよ、兄ちゃん」



 少年の言葉は、ただ、冷たくて悲しい。



「……ふざけんな」



 しかし、男は少年の言葉を素直に聞くことも理解しようとすることもしなかった。無意識に見下しているからだ。そのせいで、ただ否定して、何かを言ってやりたい衝動に支配されてしまったのだ。



「ふざけてなんていないよ、兄ちゃん。そもそも、兄ちゃんはその力をどこで手に入れたわけ? 少なくとも、あのチャラ男のパーティにいたときは違ったんだろ?」


「知りたいか?」


「是非とも」


「ならば、教えてやる。こいつは神にもらった能力さ。俺は、死んだと思ったら急に現れた『神』とやらに力を与えられて復活したんだよ!! 驚いたか!?」



 少年は、苦笑いを浮かべて首を傾げる。



「この強さは、俺自身は何の努力もしてないで勝手に降って湧いた能力だ。それでいてドラゴンを瞬殺できるようになったんだ!! どうだ!! スゲェだろ!?」


「うん、凄いね。凄い強さだ」


「でも、だからなんなんだよ。それがなんだってんだよ!! 優れていたのは、神に選ばれた俺の運ってだけじゃねぇか!! 他の誰かでも構わないもんが、たまたま俺だっただけだ!! だったら、他の奴が選ばれてたって大した違いはなかったろうが!! それを否定することなんて俺は認めないぞ!?」


「誰も否定なんてしてないよ」


「大いなる責任? 強い者の義務? はん、ほざくなよクソガキ。こちとら、今まで散々キツいことさせられてきたんだ。やりたくもない仕事もやったし、いけすかねぇ男に頭も下げた。そういうストレスから解放されて、ようやく自由にやる力を手に入れたんだ。そんな俺が、どうして世界のバランスだの均衡だののためにやりたいことを抑えなきゃならねぇんだよ!! あぁ!?」



 一瞬の静寂、やがて――。



「……はぁ。なんというか、思ってたよりつまらないね」


「なんだと?」


「人生観が透けて見えるよ、兄ちゃん。あんた、ペラッペラだ」


「お、お前……」


「弱い間に心が腐っちゃうと、力を手に入れたあとでも修復は不可能なんだね。品性は金じゃ買えないって言葉は、力と品格にも当てはまるみたいだ」


「俺を侮辱するんじゃねぇよ!!」


「もうしないよ、ガッカリしたからつい漏れちゃっただけだ。忘れてくれて構わない。ただの愚痴だよ」



 そして、少年は立ち上がった。



「話は以上だよ。兄ちゃん。お願いだから、もう冒険者ギルドには行かないで欲しい。その代わり、それ以外なら好き勝手にしてもらって構わない。どんな迷惑でも受け入れるよ。僕も、あんたのことはモンスターとして扱うからさ」


「な、なんだと?」


「だから、あんまり引っ掻き回すと取り返しのつかないことになるかもしれないからね。なるべく、人間の枠を超えないように気をつけたほうがいいと忠告だけさせてもらうよ」


「逃げるのか!?」


「見逃してあげてるんだよ」


「お前はなんなんだよ!! 黙って聞いてれば偉そうに、知った口ばかりききやがって!! 大体、お前みたいなガキが世間の何を知ってるんだよ!!」


「僕が少年である保証がどこにある?」


「……は?」


「兄ちゃんは、ステータスを隠してたんだろ。だったら、本当の姿を隠してる奴だっているかもしれないじゃないか。なんなら、僕があんたに力を与えた神様の可能性だってある。違う?」


「つまり、お前はガキじゃないのか?」


「うぅん、僕は子供だよ。生まれて十年そこらしか生きてないクソガキ」


「……バカにするのも大概にしろよ、この野郎」


「だったら、バカにされるようなことしないでくれる? 本当、こっちも呆れ返ってるんだよ。僕の二倍は生きてるだろうに、そんなことも分からないんだったら本気でヤバいんじゃない? 人を見た目で判断する気持ちも分かるけど、死んで力与えられてるんだから、色んなことを疑うべきだと僕は思うよ」


「ぐ……っ」


「第一、子供だからって能力がないとか肩書を与えられないと思ってるその考え方が、魔術や剣やモンスターの蔓延るこの世界にそぐわないんだよ。もっとリアリストになりなよ。兄ちゃんが世間に目を向けてないだけで、あんた以外の人間はみんな成長してるの、分かる?」



 少年は、バーカウンターに手をついて恨めしそうに男を見上げた。



「そもそも、キツいことさせられてきたって言うけど、それってなに?」


「ぱ、パーティの荷物持ちだ。他にも、俺はパーティのメンバーから色々な嫌がらせを受けてきてる」


「パーティの荷物持ちって、前提から意味が分からないよ。下積みっていうには冒険者業と関係なさ過ぎるし、前の出来事を見た感じ、絶対に裏切れない仲間というにはチャラ男サイドがカス過ぎるし。だったら、とっとと離れて別で冒険者やる修行積んだほうがよかったでしょ。そういう積み重ねがないから、最強の力を貰っても考えることがショボくてダサいプライドだけ見え隠れする矛盾行動しか起こせないんだよ」



 更に、少年は男を睨みつける。



「ステータスの値を見る限り凡人を自称したいんだろうけど、兄ちゃんって凡人未満のただ強い奴だよ。普通の人は、普通のステータスでも頑張って生きてるんだよ。それ以下でも頑張って自分の仕事やってんだよ。ステータスじゃ測れないもんを見つけたりしてさ。自分に向いてないって思ったら憧れに見切りつけて、身の程弁えてやれること探して必死に生きてるんだよ。

 それが、あんたは何さ。責任を負いたくない、世間にバレたくない、面倒に巻き込まれたくない、けれどドラゴンは殺します、女に強さ見せびらかします、すっとぼけてカッコつけます。ダサ過ぎて涙が出そうになるよ、本当に」



 そして、少年は凍るような口調で紡いだ。



「中途半端に自尊心膨らませて、個人の欲求のために世界を滅茶苦茶にしようとするのだけはやめろ。何もしたくないなら何もするな。あんたは、最強のまま引きこもってればいいんだ」



 男は、心の底から恥ずかしかった。恨みではなく、怒りでもない。ただ、感じていたのは恥の一つだけであった。



 こんな屈辱は、パーティにいた時ですらあり得なかった。頭の悪い方法でしか虐げられていなかったからだ。クズがただクズなことをして、それで自分を蔑ろにしていただけ。だから、男は元いたパーティメンバーに対しての復讐も、終わってみれば虚しいものだと知った。目立たないまま生きて、時折の自分の欲望を発散できればそれでいいと落ち着いていたのだ。



 少年は違う。



 彼は、男とは決定的に違う何かを持っている。そして、それは嘗ての自分にはなかった『強い者へ抗う意思』であることはすぐに分かった。自分が指先一つで消してしまえる少年が、最強であると分かっている自分に対してこれほどまでに敵対心を剥き出しにしていることが、心の底から羨ましかった。



 なぜなら、弱い頃の自分が、パーティメンバーへ復讐しようだなんてことを考えもしていなかったから。



「ま、待ってくれ!!」



 男は、立ち上がると少年の手を掴む。まるで、縋るように。



「なに、殺すの?」


「ち、違う!! お前、さっき言ったな。あの日、洞窟にいた冒険者たちは死ぬべきだったって。クエストは、そういうふうに仕組まれているんだって」


「うん」


「あの冒険者たちは、なにか悪いことをしたのか?」


「してないよ。ただ、そのクエストを選んでしまっただけ。言ってみれば、あんたとは真逆。運が悪かった」


「お、お前は!? お前もいたんだろ!? あの場所に!!」


「うん。だから、()()()()()()()()()


「……は?」


「僕は、あの初心者パーティにいただけの新人冒険者さ。()()、それ以上でも以下でもない」


「お前、自分が何を言ってるのか分かってんのか?」



 少年は、静かに唱える。



「結局、僕はあんたが羨ましいんだよ。色々と考えて積み重ねて実行して。それでも、あんたみたいな才能を持ってる奴がその気になれば、あっさり夢を叶えられちゃうって理不尽が気に食わなくて、羨ましい。だから、さっきまでの全部、八つ当たりだ」


「……お前、本当は何者なんだよ」


「本当に、僕は何者でもないよ。ただ考えるのが得意なだけの、()()()()()子供さ。それじゃね」



 そして、少年はミルクの代金を静かに置いてバーから出て行った。



 しばらくして、男も席を立つ。バーテンに金を払い、剣を手に持ってゆっくりと歩いていく。少年の故郷がどこだったのか。その原因を作ったのが誰だったのか。噛み締め、噛み締め、一歩を踏みしめていく。それでも、最後まで『お前のせいだ』と言わなかった少年の顔を思い浮かべ、歩いていく。



 行く先は、冒険者ギルド。



 彼のステータスは、もう、嘘をついていなかった。

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