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プロローグ
八月の陽は、容赦なく水田を焼きつけていた。
地平の向こうで白く揺らめく陽炎が、稲の列をゆがめて見せる。
セミの鳴き声が、空気の奥底で金属音のように反響している。
西川想真は、村の入り口に立ち、かつて自分が「出口」と思って飛び出した道を見返していた。
舗装の端には、割れ目からススキが伸び、アスファルトを押し割るように根を張っている。
十数年ぶりに戻った故郷は、地図の上では同じ形をしているはずなのに、どこか見知らぬ土地のようだった。
「……風、強いな」
思わず漏らした言葉は、遠くの防風林に吸い込まれて消えた。
背中のリュックには、ノートPCと通信端末、それにドローンのケース。
肩にかかる重みは、都会で積み上げた経験と、村で求められる役割の両方を示している。
――地域ICT推進プロジェクト。大学と高専、それに県の農業試験場が手を組み、過疎地に最新の農業技術を持ち込む計画だ。
理論も実績も揃っている。
だが、ここがそれを受け入れるかどうかは、別の話だった。