第一話 ブチ殺すぞ
「結婚したい」
死神聖女オルレアは無意識に心情を吐露した。
そのとても小さな呟きに29年分の重みが詰め込まれていた。
「え?オルレアちゃん、誰か好きな人居たの?誰?」
終末聖女シーナはお菓子の手を止めてオルレアに食らいつく。
「いや、相手とかは特に。これも私の事では無く侍女の話よ」
オルレアは静かにお茶を口元に運ぶ。
侍女の話としてこの話題を無かった事にしようと試みる。うっかり口を吐いてしまったが、結婚願望は誰にも知られたくないのだ。
「えー、何だ残念。てっきり意中の殿方が居るのかと思ったよ。聖女業も結婚禁止の制約が無ければ良いのにね?オルレアちゃん?」
「私は特に…たまたま少しだけちょっと思った可能性も無くはないわね」
乙女トークが空振りで少し残念なシーナと、何とかやり過ごせたと肩から緊張が下りるオルレアだった。
死神聖女オルレアと終末聖女シーナ、定例のお茶会で顔を突き合わせてもう10年近くになる。
「あー…でも、結婚って目的じゃ無くて、好きになった相手とのスタートに過ぎないものね。相手も居ないのに結婚したいだなんて、その侍女は恋を知らない乙女ちゃんよね」
シーナの一言が喪女歴29年のオルレアの心を殴りつける。
「ブチ殺すぞ。シーナてめぇ」
ティーカップはオルレアの足元で砕け散り、紅色のお茶が鮮血のように広がり熱を無くすのだった。
悪気のないシーナ、そして足元全てが地雷源と化したオルレア。噛み合わない会話はヒートアップしていく。
(あー、そう言う話題は触れちゃいけないよ。シーナちゃん)
三人目の聖女クレシーダはそんな二人の様子を遠巻きにお菓子を摘む。たまに二人の会話に自分の名前が上がっているようだが、絡まれると厄介なので二人に背を向け、庭園の猫を拾い上げて吸うのであった。
(結婚よりもやっぱ猫吸いだよね…)
この猫を吸う子供は、断罪聖女クレシーダ。
天啓を受けて聖女と担がれているが、実は男である。
このことは側近者以外には知られておらず、国をも騙す極秘事項である。
この世界を統べる三大宗教は常に一触即発である。
この聖女たちはそれぞれ別の神を崇める敵同士である。
そんな3人の聖女が顔を合わせてお茶を嗜む定例会を、市井の衆は【聖女の休息】と呼び平和に思いを馳せるのだった。
定例の場は三国の境界にある交易都市バース。
ここは三国の衝突を避けるため不可侵と定めた無国家都市である。聖女たちは自国の規律の堅苦しさから、よく境界都市の視察と称してこの地でサボタージュするのだった。
*
前回のお茶会から5日ほど過ぎたある日、
シーナからお茶会の招待状が届く。
「それにしてもお茶会のペース早くない?シーナは暇人なの?」
事あるごとに、いや何もないからこそ来るお茶会の誘いにオルレアは辟易し、侍女長マーサに愚痴をこぼす。
「オルレア様、まぁそう仰らずに。終末聖女様も交流を深めたいのではないでしょうか?」
侍女長マーサはオルレアの髪を解かしながらオルレアを宥める。
「こっちは時間が無いのよ。もう三十路の足音がそこまで来ているの。分かる?まだまだ余裕のある18の小娘とは1分の重みが違うのよ!早く後任を見つけないと…」
侍女長マーサは、またかと肩をすくめながら聞き流す。
「そもそもアイツの所の世話係は皆イケメン揃い!その気になればいつでも選び放題って事でしょう?羨まっ…破廉恥なっ!」
いま羨ましいって言おうとしましたね?と思っても口には出さない侍女長マーサであった。オルレアのコレが始まると一時間は呪いの言葉が吐き続けられるのだ。
「ところでお茶会のお返事はどうされますか?」
「行くに決まっているでしょう?イケメ…聖女からの誘いには国王の呼び出しと同じ重みがあるのだから」
いまイケメンって言おうとしましたね?とは聞かない侍女長マーサは空気の読める女である。
「そういえばクレシーダちゃんはそう言う話聞かないわね。まぁまだ聖女になって2年のお子様だもんね。確か…13歳?」
「来週で12歳になられます。何か贈り物をご用意されますか?」
「そうね、神事に影響すると面倒だから宝飾品は贈れないし…、そうだ一つ大人になるのだから少しセクシーな下着を贈りましょう。これで少しは色気付きなさいな」
それはそれで良いのか?と頭をよぎる侍女長マーサだったが、口には出さずに手配するのだった。
「はぁ、後継者さえ見つかれば…今すぐ結婚できるのに」
低い声でオルレアはため息を吐いた。
侍女長マーサは、お相手探しの手順が抜け落ちていることについて黙っておいた。
「そうそうオルレア様。近衛の者が今日から新しくなります。お伝えするのを忘れていました」
侍女長マーサはあらあらという口調で重要事項を伝える。
近衛とは聖女の外出時に側に仕える護衛兼お世話係である。
聖女の安全確保が最優先されるため、聖女には決定権はなく教会が決めて派遣してくるのだ。
「ええ?彼女、アルシオーネはどうしたの?何かあったの」
昨日までの近衛はアルシオーネという女性だった。15歳で剣聖の座について10年のあいだオルレアの側に支えていたのだ。挨拶なく近衛を降りるとは余程の事があったのだろう。
「それがその…寿退社でございます」
「え?あ、そう」
「オルレア様に感謝と別れの言葉の伝言を賜っております」
「あ、ええ。寿…そんな話は一言も…」
オルレアの耳に届くと荒れるので黙っていたとは言えない侍女長マーサである。
「まぁいいわ。上が決める人事はいつも突然だから。アルシオーネにも悪気はないのでしょうし」
落ち着いた口調で紅茶を口に運ぶオルレアを見て侍女長マーサはホッと胸を撫で下ろした。
「しかしアルシオーネ!理由が結婚とはっ!結婚んん!」
ティーカップを置くが先か荒ぶるのだった。
聞こえなかったフリをして紅茶のおかわりを用意する侍女長マーサだった。
「で、次の近衛はまだなの?男?イケメン?独身?」
「そんな訳はありません。唯一教の巫女たる聖女様の側に男を配置する事はできませんので」
「まぁそれもそうよね。呼んでちょうだい」
隣部屋に控えさせている近衛を呼び寄せる。
修道服に身を包んだ細身の女が音もなく近寄り首を垂れた。
身なりに似つかわしくない帯剣ベルトに二本の剣が刺してあった。
「この度、近衛の任を賜りましたカレンと申します。オルレア様の側に控えさせていただきます。どうぞお見知りおきを」
頭を下げる姿勢に揺らぎはなく、その出立ちだけで剣の達人である事が伺える。
「面を上げてちょうだい、カレン。顔をよく見せて」
ハッ!と短い返事をして聖女と向き合うカレン。これまで天上の人と思っていたオルレアを目の前にして顔が赤らむ。
「なかなかイケメンな面構えね。気に入ったわ。よろしく頼むわね」
「こ、こちらこそよろしくおねがいします」
「ところでカレン、彼氏は居るの?」
「え?あ、居りません」
「そう。それは良かったわ。ふふふ」
カレンには婚約を控えた彼氏が居るのだが、侍女長マーサより「彼氏が居たとしても絶対『居ない』と答えるように」と説明があり、口を合わせたのだった。
オルレアの心からの笑顔に少し罪悪感を覚えるカレンであった。
「さあ、カレンには近衛としての教育があるのでこの辺で」
そう言って侍女長マーサはカレンを下げさせた。
ボロが出ないうちに控えさせるのだった。
「早く後任を見つけないと…いや、作り出すしか…」
聖女は定期的に国のどこかで生まれる。
そして15歳になる前に奇跡を発現することで、見つかるものである。しかしオルレアが聖女の任に就いてからの20年間、未だ国内に聖女が誕生したという話は無い。
「ねぇマーサ。聖女を一番長く続けた人って何年?」
「60年で御座います、オルレア様」
「それは由々しき事態ね、今すぐ後任を作り出さないと」
「はぁ…(作り出す?)」
「とりあえず、国中の孤児院を回って候補を探しましょう」
自己欲から出た思いつきだが、聖女が孤児院を回る事は悪いことではない。侍女長マーサはすぐに旅の準備を進めた。
何か始めないと心穏やかでは居られないのだろう。
そしてオルレアは紅茶を一口。
「はぁ…結婚したい」




