58 聖戦
クレオラによるゼノビアの教育も順調で、私はというと、引継ぎの準備を進めていた。
施策として、魔王国で文官や武官になる予定の学生をインターンとして、ヴィーステ王国に派遣することを企画していた。魔王様や魔王学院の関係者にも好評で、来年には第一陣を受け入れることができるだろう。
不意に独り言が漏れる。
「でも少し寂しいわね・・・苦労したけど、結構楽しかったしね」
エレンナが答える。
「それはそうだな。弱兵だった奴らが、今ではどこの国の部隊にも負けない実力をつけた。私も頑張ったが、奴らも必死でついて来たからな。それにレドラともお別れだしな」
レドラたちレッドリザードは、彼女らの意向で、この国に骨を埋めるそうだ。魔王国で、生きにくい同族たちの受け皿になると息巻いている。
バルバラも続く。
「妾もじゃな。魔導士たちが育ち、最近では妾が、かき氷を売り歩くこともなくなったのう。嬉しいような、寂しいような・・・いかん、いかん。年寄りになると少し涙もろくなってくるのう」
そんな話をしていたところにケトラが慌てた様子でやって来た。
「大変だニャ!!「奇跡の遺跡」でトラブルだニャ!!それで、入場者が激減しているニャ」
詳しくケトラから事情を聞く。
多くの教会関係者がやって来て、トラブルを起こしているのだという。
「最初はよかったニャ。入場者数が増えて、喜んでいたけど、だんだん変な奴らが増えて来て・・・」
狂信者と呼ばれる奴らだろう。
「そいつらが言うには、「奇跡の遺跡」は、教典にある「聖地」らしいのニャ。それで、私たちに『聖地を返せ!!』と意味不明なことを言ってくるのニャ。酷い奴になると、『穢れた獣人どもを聖地から叩き出せ』と言ってくるニャ」
エレンナが言う。
「その「聖地」とはなんだ?返せもなにも、こっちが開発したのだが・・・」
「そうニャ。「奇跡の遺跡」は一言で言うと、景色のいい、良心的なダンジョンだニャ。それ以上でもそれ以下でもないニャ」
私も話に入る。
「つまり、その変な宗教関係者が、トラブルを起こすから、入場者が減っているというわけね?」
「そうニャ。あまりにも酷いから、ケトルがスタッフを保護するために出入り禁止にしたら、今度はロープウェイを占拠したり、スタッフや来客への嫌がらせも酷くなったニャ」
バルバラが言う。
「ティサ、これは早めに対処したほうがいいぞ。放置しておれば、大問題になるかもしれん」
「私もそう思うわ」
そんな時、ザルツ部族のアイーシャの使者がやって来た。話を聞くと、ケトラと同じ内容だった。
「教会関係者とトラブルを抱えているということですね?」
「そのとおりです。下手をすると、武力行使も検討しなければなりません。そうなると教会や教国との関係もありますので、アイーシャ様の一存では判断できないようなのです」
「分かりました。すぐに対応を検討します」
★★★
私たちはすぐにトリスタに向かい、ゼノビアとクレオラに状況を伝える。
以前であれば、私たちだけで処理していたが、もうゼノビアに引き継ぐことは決まっているので、報告に向かった。
ゼノビアが言う。
「報告によれば、ローダス教国が全面的に支援しているとのことですね?私もヤルダンに向かいます」
ローダス教国というのは、神の教えを伝えるローダス教会が建国した国で、教会関係者が大きな力を持っているのだという。
クレオラも言う。
「だったら、私も行くわね。アイーシャちゃんにも、会いたいしね」
ということで、ゼノビアとクレオラを連れて、ヤルダンまでやって来た。
ヤルダンでは、盛大に歓迎された。元々クレオラは人気があり、ゼノビアもアイーシャに謝罪して、支援をしてくれたということで、住民にはかなり好意的に迎えられた。
アイーシャもすぐに出迎えに来てくれた。
「クレオラ殿、久しぶりです。また会えたこと、心より嬉しく思います」
「アイーシャちゃんも立派になって、嬉しいかぎりだわ。亡くなったお父様も喜んでいると思うわ」
「ありがとうございます。まだまだ、父の域には達していませんよ」
挨拶を交わした後、アイーシャから状況を聞く。
「私としては、「奇跡の遺跡」で狂信者を出入り禁止にしたことは、良い判断だと思う。しかし、ローダス教国の奴らにとったら、それが気に食わなかったようだ。それと、タイミングが悪いことに、ローダス教国の使者が来ている。使者はローダス教国の高位の神官で、『女王に会わせるまで、帰らない』と言って居座っている。そんなにすぐに女王には会わせられないと説明しても聞く耳を持たん」
クレオラが答える。
「一介の神官ごときが、女王を呼びつけるなんて、傲慢にもほどがあるわ。ゼノビア、どうする?交渉の基本で言えば、いきなり女王が謁見するものではないわ。ただ、ここまで大々的に住民に歓迎された手前、会わないというのも、おかしいけどね」
「お母様、直接会って、こちらの意向を伝えます。私は女王です。それくらいはできますよ。アイーシャ、いいわね?」
「女王陛下の決定には従おう」
★★★
ローダス教国の使者は煌びやかな衣装を纏った、でっぷりした傲慢な男だった。
こんなのが高位の神官だとは、教会や教国が腐敗していることがよく分かる。交渉も高圧的だった。
「あの遺跡がある場所は、我らの聖地で間違いありません。即刻、教会に返還していただきたい」
ゼノビアが言う。
「話になりませんね。この地は代々ヴィーステ王国、そしてザルツ部族が守り続けてきた土地です」
「それが問題だと言っているのですよ。穢れた獣人に聖地を奪われ、長い間、我々に隠されてきた。それでもなお、我々に聖地を引き渡さないなんて、あり得ませんよ。聖戦を発動しても、いいくらいです」
聖戦とは、全ローダス教徒が武器を持ち、全力で神の教えを守るために戦闘することだ。この大陸のほとんどの国はローダス教徒なので、ヴィーステ王国に周辺の国が攻め込んでくることを意味する。
ゼノビアも少し青ざめている。
「とりあえず、条件を聞きましょうか?それなりの金額を支払ってくれるのであれば、お譲りすることも検討致しますよ」
「何をとぼけたことを言っているのですか?賠償金を払うのはそちらのほうですよ。これまで、ずっと聖地を隠し続けて来たのですから。まあ、知らなかったということで、賠償金は無しにして、さしあげてもいいのですが、この地から獣人を立ち去らせ、近付かないようにしてもらいたいのですよ」
言っていることは無茶苦茶だ。
この神官にしてみたら、交渉する気なんて、端からないのだろう。ということは、ゼノビアを怒らせるのが目的に違いない。その意図は分からないけどね。まずは、冷静に相手の意図を探るのが交渉の鉄則だけど・・・
ゼノビアを見ると、顔が真っ赤だった。
ヤバい・・・止めないと・・・
しかし、遅かった。ゼノビアが怒鳴る。
「話にならないわ!!ザルツ部族は、200年以上ヴィーステ王国を支えてくれた、大切な国民であり、友人よ。それに獣人を馬鹿にするのは許せない。私の元婚約者も獣人で、優しくて素敵な人だった。その義姉も頼もしくて温かい人よ。それを馬鹿にするなんて、許せない!!即刻、この国から出て行きなさい!!」
神官は、二ヤリと笑って言った。
「皆の者、聞きましたか?そういうことです。魔族と条約を結ぶ国なんて、こんなものですよ。これは本国に報告させてもらいますよ」
神官たちは、すぐに立ち去った。
青ざめたゼノビアが言う。
「私・・・大変なことを・・・」
アイーシャが慰める。
「気にするな。私は嬉しかったぞ。女王として、どうかは分からないがな」
クレオラも言う。
「あんなにコケにされて、黙ってたんじゃ女がすたるわよ。後のことは気にしなくていいわ」
ザルツ部族に対しては、これ以上ないくらいの信頼を得たゼノビアだが、確実に厄介なことになるだろう。
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