56 勇者と魔王 2
式典会場はデザートフォレストだ。
魔王様から、デザートフォレストの開発に従事している魔族を労いたいとの強い要望があり、式典会場がデザートフォレストになった経緯がある。ゼノビアと私が中心となって、魔王様を魔族の居住区や作業場所などへ案内する。どこに行っても、魔王様は大人気で、皆大喜びだった。魔王国にいたら、直接声を掛けてもらえる機会なんてないからね。
トレントの代表者が、魔王様に開発状況について、説明をしている。
「このように荒れ果てた砂漠をここまでの森にすることができました。これ以上広げるとなると、魔力が足りなくなる可能性がありますので、今後は維持を最優先に、余力があれば、更に緑化を進めようと考えております」
「非常に素晴らしい。皆には褒美を出そう。何がいい?」
「そ、そんな・・・恐れ多い・・・」
「気にすることはないぞ。この功績は誇っていいい」
「ありがとうございます」
トレントの代表者は、涙を浮かべて嬉しがっていた。
それから、魔導士として派遣されている魔王学院の学生から生活環境を聞いたりして、無事に視察を終えた。
ゼノビアが言う。
「これが真に慕われている王なのね・・・私には無理だわ・・・」
「何を言ってるのよ。魔王様は特別よ。比べること自体が失礼だからね」
ゼノビアは元気がなかったが、それでも公務はこなしてもらわないといけない。
「明日には勇者が来るから、そのつもりでね」
「分かっているわ。それくらいやるわ。ナハラさん、式典の確認をしたいので、資料を持ってきてくれるかしら?」
「はい、ここに」
ゼノビアは、真面目な性格だ。それ故に思い悩んでいるのだろう。
★★★
勇者パーティーが、カスティーヤ地域から帰還して、すぐに式典となった。
こちらも問題なく終了し、人族と魔族が初めて友好条約を結ぶという快挙となった。勇者もご満悦だ。
「ボクの活動がやっと報われたよ。これからも頑張って、世界をより良くしていくんだ」
頼むから頑張るなと言いたい。勇者の尻拭いをどれだけの人が苦労してやったと思ってるんだ!!
それは置いておいて、記念の晩餐会が開かれた。勇者はいつも通り、上機嫌でお酒を飲んでいる。
そんなとき、勇者と魔王様が二人きりで話し込んでいた。私はこっそりと聞き耳を立てた。
「勇者殿は、異界からやってきたと聞いたのだが・・・」
「そうだね。日本という所からやって来たのさ」
「それで、日本とやらに帰る方法はあるのか?」
「今のところ、ないね」
「勇者殿は、日本に帰りたいとは思わないのか?」
少し考えた勇者が言う。
「難しいところだね。日本でもやりたいことはいっぱいあった。でも今は、この世界をもっと良くしていきたいんだ。幸運なことに勇者という地位はこの世界では、かなり高い。だから、どちらかというと日本に帰らなくてもいいかなとも思っているよ」
「・・・・」
「もしかして、魔王さんは日々の重圧に押しつぶされそうになってるんじゃないのかい?ボクもそういった経験があるからね。よかったら相談に乗るよ。でも、それは上に立つ者の宿命だ。お互い頑張って行こう・・・」
勇者の取り留めのない話が始まった。
魔王様が勇者と二人きりで話したのは多分、本当に魔族に対して危険性がないかを判断するためだろう。
しばらくして、勇者はいつもどおり、酔いつぶれて眠り、スタッフに運ばれて行った。
★★★
式典関係も無事に終了し、魔王様は魔王国に帰還し、勇者パーティーは旅立った。
勇者は世界を周り、一人でも多く困っている人を救いたいと言っていた。多分、行く先々でトラブルを起こし、多くの人に迷惑を掛けるのだろうけどね。
となると後は、ゼノビアへの引継ぎだ。
魔王様の考えでは、いきなりすべてをゼノビアに任せっきりにするのではなく、しばらくは私たちがゼノビアをサポートする。そして、頃合いを見て徐々に手を引くというのが計画だ。ある程度、引継ぎが終わった時点で、ゼノビアとオルグストンとの婚約を発表するとのことだった。
「ゼノビア、しばらくは私が大臣として支えるし、他のメンバーもサポートするから安心してよ」
しかし、ゼノビアは浮かない顔で言う。
「そのことなんだけど、私は退位することを考えているのよ。理由は何でもいい、体調不良とかでもね」
「そ、そんな・・・せっかくヴィーステ王国が立ち直り、これからっていう時なのに・・・」
「つくづく思うのよ。私なんていないほうがよかったってね。それにお母様に顔向けできないし」
「クレオラ様だって分かってくれるわよ。これから頑張れば・・・・」
言い掛けたところで、オルグストンに遮られた。
「ティサ!!その辺にしておいてくれないか?ゼノビアも、気持ちの整理がつかないんだ。魔王様には、俺のほうから言っておく。少しはゼノビアの立場に立って考えてほしい」
自分の立場に置き換えたとき、私が潰し掛けた大森家具を別の誰かが再建し、その後にまた私が社長に戻ったとしたら・・・
間違いなく、針のむしろだ。
考えただけでも恐ろしい。少しでも業績が悪化すれば、何を言われるか分からない。社長業なんて、一生懸命にやったからといって、結果が出るわけではないしね。
「分かったわ。気持ちの整理がつくまで、待つことにする」
「すまんな・・・ティサ。ゼノビア、一旦魔王国に帰ろう」
私は、ゼノビアとオルグストンを見送った。しばらくして、この期間中限定で、ゼノビアの侍女をしていたダークエルフのナハラがやって来た。
「幻影魔法を解きますね。お疲れさまでした」
ナハラはダークエルフの姿から、ゼノビアの母親で前女王のクレオラに戻った。
「誰に似たのかしらね?あんなに意地を張らなくても・・・気にせずに、どっかりと女王の椅子に座ればいいのにね」
「そうも行かないのでしょうね。それよりもゼノビアはどうでしたか?」
クレオラは嬉しそうに答えた。
「本当に成長していたわ。すぐにでも女王になっても大丈夫よ。傲慢なところが無くなり、侍女たちにも敬意を持って接していたしね。身を持って体験したから分かるわ。ちょっと親馬鹿かしらね?」
「私もゼノビアは優秀な女王だと思いますよ。ただ、ちょっとボタンを掛け違えただけで・・・」
そんな話をしていたところで、クレオラが倒れ込んだ。
焦った私は、叫ぶ。
「誰か来て!!すぐに回復術師を!!」
クレオラが言う。
「大丈夫よ。いつもことだからね。ちょっと無理が祟っただけだから」
すぐにクレオラは、侍女たちに運ばれて行った。
クレオラにも、ゼノビアにも残された時間は少ないのかもしれない。
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