4 覚醒
私は大森智子37歳、国内有数の老舗家具メーカー、大森家具の社長だ。大森家具は国内シェア第4位を誇るトップブランドで、外資に押されながらも、業界では確固たる地位を築いていた。私が社長になるまでは・・・
私は優秀だった。否、優秀だと思い込んでいた。
国内の一流大学を卒業し、ハーバード大学でMBAも取得していたからだ。鳴り物入りで祖父の代から続く大森家具に入社したのだが、職人やベテランの販売スタッフには馬鹿にされるし、全く私が学んできたことが生かせなかった。それでも自分なり頑張った。
しかし、社長である父にこう言われた。
「お前は何も分かっていない!!アメリカまで行って、一体何を学んで来たんだ?お客様が満足する家具を提供する。そんなことさえも分からないのか!!」
ショックだった。
私は、大森家具を日本一の家具メーカーにするために、恋愛もせずに頑張って来たのに・・・
これは言い訳か・・・ただ、モテなかっただけかもしれないけどね。
今思えば、私は間違った方向に努力していたのだと思う。
それから私は、社内で派閥を作り、顧客のことなど全く考えず、派閥闘争に明け暮れていた。そして3年前、父から経営権を奪い取った。会社を去る父が言った。
「お前が好きなようにするがいい。だが、これだけは覚えておけ。お客様あっての大森家具だ。会社の大きさなんて関係はない。お客様が笑顔になってくれる、それだけでいいんだ」
「お父さん、ご忠告ありがとう。心配しなくても、私が大森家具を日本一の家具メーカーにしてあげるからね」
意気揚々と社長となった私は、早速改革に取り掛かる。外資に負けないような価格設定にして、ベテランの販売員や職人をカットした。それに仕入れ先も祖父の代からの納入業者を切り、格安の輸入資材に変更する。また、メディア露出も増やし、就任当初はマスコミに新進気鋭の敏腕女社長として、もてはやされた。
しかし、業績は悪化した。
就任1年目で、30年ぶりの赤字決済となった。焦った私は、迷走を始める。流行のSDGsを取り入れたり、女性役員を増やすなど、メディアが喜びそうなことばかりを施策としてやっていた。この時、少しおかしな思想を持つ女性代議士とも懇意になった。今にして思えば、こんな奴と付き合わなければよかったと思うけどね。SDGsや女性役員を増やしたのも、コイツの影響だ。
就任3年目には、3期連続の赤字となり、株主総会ではフルボッコにされる。そして、あれだけ私をもてはやしたマスコミどもは、手の平を返したように私をこき下ろす。
ワイドショーにも「ポンコツ女社長」や「勘違い女」として取り上げられ、一躍時の人にもなった。
更に悪い事は続くもので、SNSの裏アカで、ツイフェミ活動をしていたことが晒される。モテない腹いせに書き込んでいたのだが、ある一定の層からは称賛され、調子に乗ってどんどん過激なことを書き込んでしまっていた。今思うと承認欲求を満たすためだったと思う。誰でもいいので、褒めてほしかったのだ。
そうなると、私はマスコミに追いかけられることになる。
その所為で自宅から、一歩も出られなくなった。会社から、しばらく出社しないように要請があったからだ。食料などは、幼馴染で社長秘書の佐藤オサムが買って来てくれるから、何とかなったんだけどね。
暇になった私は、最近やっていないゲーム機を引っ張り出した。そこには子供の頃に遊んだファースト・ファンタジー・クエスト3、通称FFQ3のディスクが入っていた。FFQ3は大ヒットした王道のRPGゲームだ。勇者が冒険の末に魔王を討ち倒し、世界を平和にするというストーリーなのだが、子供の頃には、熱中して遊んだものだ。
勇者を含め、4人までパーティーを組むことができるのだが、それぞれに両親とオサムの名前を付けた。
「私が勇者、お父さんが商人、お母さんが踊り子、そしてオサムも商人だったっけ・・・バランスが悪すぎて、苦労したのよね。商人が二人もいるし、踊り子なんてただ踊っているだけだし。レベル上げはオサムにずっとやってもらっていたのよね。あの頃はよかったな・・・できれば戻りたいよ。私はどこで間違ったのかなあ・・・」
そう思ったところで、私の意識は途切れた。
★★★
朝、目を覚ました私は混乱していた。
ここはどこ?私は誰?状態だ。鏡で姿を確認する。どう見ても、サキュバスのティサリアだ。一応、幻影魔法でゼノビアになってみた。魔法も使える。
私はFFQ3の世界に迷い込んだってこと!?
深呼吸して、状況を整理する。
どういった原理かは分からないが、FFQ3の世界に迷い込んだことは間違いないだろう。だってゲームには、ヴィーステ王国が登場するし、魔王軍のサキュバスに国を乗っ取られるイベントもあった。どうやら私は国を乗っ取ったサキュバスに転生したようだ。
これは非常に不味い。
というのも、このサキュバスは勇者に討たれるのだ。その事件が、引き金になり世界的に魔族の脅威が認識され、勇者が魔王国に攻め入って、魔王様も討伐される。魔王様はすごく優しい方だ。魔王様や魔王軍の皆が積極的に人族を滅ぼそうなんて、まず思わない。絶対にティサリアが原因だ。
もし愛されキャラの私が勇者に討たれたら、魔王様もバルバラもマドラームも大激怒して、人族を滅ぼそうとするだろう。人族の立場になっても、一国を乗っ取るような危険な種族は看過できない。そうなるとゲームと同じように魔族と人族の全面戦争になってしまう。つまり魔王国にとって、私は国を滅亡に追い込む、「無能な働き者」ということだ。
だったら、すぐにここを去ろうか?
いや、駄目だ。ゼノビアを女王に戻したら、彼女はきっとこう言うだろう。
「今までの政策は、私になりすました魔族がすべてやったこと。だから、国が滅茶苦茶になった」
そうなると結局、勇者は魔王国にやって来る。
だったらゼノビアを殺す?
それは流石に可哀想だ。一生、魔王国で監禁するのも可哀想すぎる。それに優しい魔王様がそんなことを許すはずはない。
だったら、どうすれば?
この国を再建し、機会を見てゼノビアに返還する。そうすれば、ゼノビアも文句は言わないだろう。ゼノビアも国を滅亡させようと思って、女王になったわけではないだろうしね。ただ、私と同じように頑張り方を間違えただけの、「無能な働き者」だったというわけだ。
とにかく私は、この国を再建しなければならないのだ。
「無能な働き者」だった女社長の私が、「無能な働き者」のサキュバスに転生し、「無能な働き者」の女王から国を乗っ取って、再建させる。
一体どんな皮肉だよ・・・
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