38 土の聖女
私が提案した作戦、それは前世の知識からヒントを得た「万里の長城作戦」だ。
こちらの世界には魔法がある。なので、建設は現代日本とは比にならないくらいのスピードで進む。騎馬王国の戦力を分析するとほぼすべてが騎兵だ。カメックたちの話では、馬から降ろせば、そんなに恐れる相手ではない。だったら相手が馬から降りなければならない状況を物理的に作り出す。
アイーシャが言う。
「しかしそれでは、国境線すべてを壁で覆うことはできないのではないのか?」
「先程、最低限の土地があればと言われましたよね?だったらまずは、最低限の土地にだけ壁を構築し、ある程度余裕が出てきたら、国境線方向に新たな壁を建設してはどうでしょうか?」
「それなら可能だろうが、こちらも騎馬王国から来る商人との取引もある。その者たちの通行はどうするのだ?」
「何箇所か関所を設けます。騎馬王国もそこを攻撃してくると思いますが、盗賊という建前ですから、どんなに多くても100人規模の部隊でしょう?タートル族部隊を配置すれば大丈夫なのでは?」
カメックが言う。
「大丈夫なんだな。絶対に通さないんだな」
エレンナが言う。
「かなりの費用が掛かると思うが、財政的に大丈夫なのか?」
「凄く立派な砦を建設するわけじゃないのよ。とりあえず、最低限の高さと幅がある土壁でいいのよ。相手を馬から降ろさせれば、それでいいんだしね。それにこっちにはバルバラがいるしね」
「任せておけ、妾にかかれば、あっという間じゃ」
アイーシャが言う。
「他に手はないし、とりあえずやってみよう」
★★★
3日後から建設がスタートした。
バルバラの土魔法は凄かった。大きな土の塊が出現し、どんどんと壁を作っていく。
「細かい整備は他の者がやってくれ。しかし、「暴風の魔女」たる妾に土木作業員のようなことをさせるとはのう・・・」
バルバラは少し不機嫌だ。やることが単調だからね。
しかし、3日も経つとバルバラは大人気になった。
「土の聖女様!!差し入れを持って参りました」
「ありがとうございます、土の聖女様」
「土の聖女様、我々も手伝わせてください」
バルバラは「土の聖女」として崇められ、また、バルバラの元には土魔法が使える者たちが多く訪れて、作業を手伝うようになった。バルバラも調子に乗って、作業効率も上がる。
「土の聖女たる妾の実力を見せてやろう!!」
バルバラ・・・勇者と同じツッコミを入れるけど、「暴風の魔女」は辞めたの?
その後も作業は順調だった。土魔導士たちもバルバラの指導を受けて、実力をつけていく。なので作業効率はどんどんと上がった。当初の予定よりも2週間も早いペースでの建築が進む。
8割方完成したところで、襲撃が遭った。
初めて騎馬王国の騎兵隊を見たけど、凄かった。スピードが全く違っていた。
アイーシャが言う。
「悲しいかな、奴らの乗っている馬は質が違う。我らも騎兵戦力を持っているが、歯が立たんのだ」
「でも大丈夫ですよね?騎兵で戦わないのですから」
「そうだな。戦なんて勝てばいいからな」
こちらは建設中に襲撃があることは予想していた。なので迎撃態勢は整っている。それに相手は30弱しかいないしね。
予定通り、カメックたちが騎兵の突進を封じ込め、魔法と弓の攻撃で呆気なく勝利し、20名を捕虜にした。
エレンナが言う。
「捕虜の扱いだが、本当にいいのか?勇者が知ったら激怒するのではないのか?」
「大丈夫だよ。言い訳は考えてあるからね」
襲撃は度々あったが、どれも撃退し、捕虜も増えていく。
そして、とうとう壁は完成した。因みにこの壁は「聖女の壁」と名付けられた。功労者のバルバラが「土の聖女」を名乗ったことで、そうなったようだ。
完成してからも、関所に襲撃があったが、完全に防ぎきり、また捕虜が増えた。カメックたちも大喜びだ。
「これなら、俺たちが活躍できるんだな。それにみんなから、また褒められたんだな」
★★★
「聖女の壁」完成から、1ヶ月、ファラーハがやって来た。
「初めましてね。ティサリア大臣」
「初めまして、ファラーハ様」
何度もゼノビアとして、ファラーハとやり取りしているが、ティサリア大臣として会うのは初めてだ。
「それにしてもいいの?こんなに安く奴隷を売ってもらって」
「サイロ港の建設には、作業員が大量に必要ですからね。サイロ港が発展すれば、こちらにも利益がありますし。それとファラーハ様、奴隷ではありません。あくまでも更生プログラムの受講者です」
これが私の勇者対策だ。
この世界では捕虜は戦争奴隷、犯罪者は犯罪奴隷となるのは普通だ。奴隷制度は国として認めていないが、近代的な刑務所なんてないし、なし崩し的にやっている。なので、勇者対策として奴隷とは呼ばないことを族長会議で決定していたのだ。
「そうだったわね。なら厳しく指導をしないとね」
「くれぐれも人権に配意して・・・」
「分かっているわ。でも彼らは捕虜ではなく犯罪者よね?だったら厳しく指導して、反省してもらわないとね」
彼らは、これから過酷な労働を強いられるのだろう。まあ、盗賊ってことだから仕方ないよね。
それからも襲撃は続く、だが盗賊という体なので多くても100前後の騎兵しか来ない。こちらは関所だけ守ればいいから、守るのは簡単だ。騎兵が生かせるのは野戦で、決して攻城戦ではないしね。「聖女の壁」は土を固めただけだから、本格的な攻城兵器を持って来られたらすぐに破られるだろうけど、そうなると本格的な戦争になる。
騎馬王国としても、本格的な戦争は望んでいない。
というのもザルツ部族との交易は彼らにとっても、重要なのだ。ザルツ部族との交易がストップすると岩塩が手に入らなくなる。そうなると困るのは彼らだ。ザルツ部族は他に取引先もあるし、岩塩以外でも最近は儲けているから、そこまで困ることはない。
それなら、最初からこんなことをせずに仲良くすればいいのにと思ってしまうが、それには理由がある。
いい儲けになるからだ。定期的に略奪することで、戦利品も獲得できるし、奪った家畜をまたザルツ部族に売れば、二重に儲けられる。
長年に渡って、あくどいことをしてきたようだが、それも終わりだ。
そして今、騎馬王国が最も困っていることがある。それは大量の捕虜だ。
以前であれば、襲撃の成功率も高く、捕虜となっても盗賊を引き取りに来たことにして、僅かばかりの見舞金を持ってくればよかった。しかし、今ではそのほとんどが更生プログラムの受講者として、サイロ港を中心に各地に送られている。
そうなるといくら豊富な騎馬戦力を持っている騎馬王国でも痛手だ。兵士は帰って来ないし、自慢の馬も帰って来ない。アイーシャの話では、この馬を上手く繁殖させれば、騎兵の戦力アップを図れるとのことだった。
★★★
しばらくして、騎馬王国の使者がやって来た。
主張は無茶苦茶だった。アイーシャが応対する。
「我が国の民を不当に誘拐するな!!すぐに返還しろ」
「返還も何も、盗賊であろう?」
「盗賊もいる。だがほとんどが、盗賊に脅されて、泣く泣く盗賊になった無辜の民だ」
「どんな理由があっても盗賊は盗賊だろ?更生プログラムが終了するまでは、解放できん」
騎馬王国もこんなことは想定外だったのだろうけど、これはあまりにも酷すぎる。アイーシャも呆れているしね。
「だったら大変なことになるぞ。分かっているのか?」
「分かった。使者殿はお帰りのようだ。次に来るときは、もっと、まともな作り話を持ってくることだ」
アイーシャは使者を追い出した。
アイーシャが言う。
「ティサリア殿、世話になったな。どうせ大したことはできん。ゼノビアにもよろしく伝えてくれ」
この先、相手がどう出るか分からないけど、今回はアイーシャの満足のいく結果になってよかった。
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