37 一難去ってまた一難
私は今、報告書を読んでいる。
報告書によると北大陸でも、勇者は大暴れしているようで、奴隷制度の廃止を訴えて、様々なトラブルを起こしている。それに目を付けた神聖教会が裏で勇者を支援し、北大陸は戦乱の世になりつつあるようだ。
勇者よ!!過激な平和主義者のお前が、戦争を引き起こしてどうする!?
私は奴隷制度に賛成ではないが、いきなり制度自体を変えてしまうと混乱が起きる。それで多くの命が奪われることも考えられる。もっとやり方があるだろうに・・・
エレンナが言う。
「こうなることを小国家群の連中は、ある程度予想していたようだ。北大陸で戦争でも起これば、中央大陸からの輸入も増える。そうなれば儲けられるとでも思ったのだろう」
バルバラが皮肉を言う。
「勇者もそのシンパも追い出すことができたし、それで儲かれば言うことはない。我慢して勇者の我儘に付き合ってやった甲斐があったのう」
ケトラが続く。
「あの勇者は予測不能だニャ。そう上手くいくとは思えないニャ」
「そうね。勇者と必要以上に付き合うのは止めましょう。危険人物であることに変わりないしね」
そんな話をしているところにザルツ部族のアイーシャの使者がやって来た。早速、謁見をする。
使者が持って来た親書を確認すると、こう書かれていた。
「そろそろ騎馬王国ダービットの関係にけりを付けたい。知恵を貸してほしい」
私は少し考えて、使者に言った。
「現状把握のため、ティサリア大臣を派遣します」
使者が退出した後にバルバラが言った。
「アイーシャは、こちらの姿勢も見るつもりじゃろう。じゃから、下手なことはできんぞ」
「分かっているわ。折角、関係が上手くいっているのに、ここで関係が壊れたら、今までの努力が水の泡よ。それにまだ、「奇跡の遺跡」に使った経費も回収できてないしね」
そんなこんなで、私たちはまたザルツ部族の拠点ヤルダンに向かうのだった。
★★★
ヤルダンで、アイーシャから状況を説明された。
「久しぶりだな、ティサリア殿。早速、現状を説明したい。我々は長年騎馬王国ダービットの脅威にさらされてきた。本格的に侵攻して来るわけではないのだが、それがまた厄介なのだ」
騎馬王国ダービットはヴィーステ王国と同じく部族の集合体だ。
王都と一部の都市を除いて、ほとんどの部族は定住せずに遊牧民として暮らしている。そしてザルツ部族も大草原で放牧を行ったり、薬草などを採取している。そうなると自然と衝突も起きる。騎馬王国ダービットは大草原すべてが自国の領土だと思っているようで、大草原で放牧をしているザルツ部族の民を度々襲うそうだ。
「奴らは我々のことを家畜と思っている。「自分の庭に迷い込んで来た家畜を狩っても、文句は言わせない」という論理だ。それでも我らは長年に渡って、苦労しながら大草原の一部を確保してきた。多くの犠牲を払ってだがな」
私は質問する。
「ザルツ部族も大草原の一部を実行支配しているわけですから、騎馬王国と国境線などについて、話はされているのでしょうか?」
「しているが、話にならん。一応国境線は暗黙の了解で決まっているが、それでも国境線を越えて襲って来るのだ。それも盗賊という体にしてな」
ザルツ部族も罠を張ったり、待ち伏せなどをして撃退しているが、イタチごっこだという。
「捕虜を取り、交渉したこともあったが、僅かばかりの見舞金を持ってきて、『ウチから逃げ出した盗賊がすまなかった。こちらで処刑しておく。そちらで処刑するなら見舞金は払わない』と言ってきた。どうみても部族ぐるみ、国家ぐるみでやっているのだがな」
エレンナが言う。
「つまり、いつ来るとも分からない襲撃をこれからも、対処し続けなければならない、ということだな?」
「その通りだ。もうこんなことはうんざりだがな」
「騎馬王国の民を根絶やしにするなんて、現実的ではないし、かといって国軍を草原に常駐させたところで、広い草原のすべてをカバーできるわけではないからな・・・」
会議に参加していたタートル族部隊の隊長カメックも意見を言う。
「戦闘になったら、俺たちは負けないんだな。何度か戦ったことがあるけど、ボコボコにしたら、俺たちが来たらもういないんだな。俺たちは機動力がないから、最近は戦うこともできないんだな。俺たちは重いから、馬にも乗れないんだな」
カメックは辛そうに言う。自分たちの最大の弱点である機動力の無さを痛感しているのだろう。
私は軍事の素人だ。いい方法なんて思いつくはずがない。あるなら、とっくの昔にザルツ部族が答えを出している。こんな時どうすればいいんだろうか?
社長時代には、様々な問題を解決するために小手先のテクニックに頼ってきた。そして盛大に失敗した。そもそも私は商売の本質を理解していなかった。目先の数字や薄っぺらなデータを元に教科書に書いてあるようなことをそれっぽく指示していたからね。それに何を達成したかったのかも明確ではなかった。
今の状況はその時に似ている。話し合ってはいるが、目的がイマイチ明確ではない。
となると、この問題の本質は何だ?
「アイーシャ様、質問ですが、アイーシャ様が一番守りたいものは何でしょうか?」
「それはもちろん民だ。騎馬王国の襲撃に怯えることもなく、暮らさせてやりたい」
「では、領土を守ることではないのですね」
「できれば先祖代々守り続けてきた土地だから、守れるものなら守りたい。だが、実際は国境線よりも大きく後退している。それでも今は、岩塩の交易も以前の水準に戻り、それに多くの観光客も訪れているから、今くらいの大きさでも十分やっていける。何ならもっと小さくても大丈夫だ」
そうなると目的は、最低限の草原地帯を確保できればいいということだ。
「カメック隊長、逃げる相手を追撃するのは苦手でも、一定の区域を防衛するのは得意なんですよね」
「それは得意なんだな。同じ場所で耐えるのは簡単なんだな」
「バルバラ、土魔法は使えるの?」
「お主は妾を馬鹿にしておるのか?使えるもなにも、その辺の土魔法専門の魔導士が束になっても妾には勝てんじゃろう」
だったら、いけるんじゃないのか?
「アイーシャ様、こういう作戦はどうでしょうか?」
私の提案で、場は凍り付いてしまった。
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!




