36 旅立つ勇者
勇者は今、トリスタにいる。
出発準備が整うまで、トリスタでクレオラたちに面倒を見てもらっているのだ。行きたくはないが、私はトリスタに視察に行くことにした。流石にクレオラに投げっ放しにはできないと思ったからだ。クレオラに匙を投げられたら、今度はどうしようかと戦々恐々としながら、トリスタに向かう。
久しぶりに見るトリスタの町は、かなり発展していた。
これは海運事業が再開されたことが非常に大きい。今も、多くの魔道船や帆船が港に出入りしている。市場は活気に溢れ、本当に世界一の港町になるかもしれないくらいだ。
総督府のクレオラを訪ねる。
「厄介ごとを押し付けてすみません。大丈夫でしょうか?」
「最初はどうなるかと思ったけど、上手くやっているわよ。とりあえず、これを食べてみて」
「こ、これは・・・」
クレオラの指示でスタッフが持ってきた料理を見て唖然とした。シーサーペントの切り身を甘辛いタレを付けて焼き、ご飯の上に乗せた「うな丼」擬きだった。
「勇者殿が開発されたのよ。美味しいでしょ?」
不味いわけがない。でも勇者よ、ヴィーガン設定は辞めたのか?
「他にも教育関係に尽力してもらったり、孤児院や治療院への慰問もしてもらっているわ。彼女に困っている人も多いけど、彼女を支持する人も多いのよ。特に民衆の支持は絶大ね」
因みにヴィーステ王国とスタリオンとの戦争は、戦争ではなく勇者が遭難中のスタリオン部隊を助けた美談として各国に喧伝している。各国も素直に信じてはいないが、それに乗ってくれている。なので、民衆の人気はかなり高いのだ。
私はクレオラに率直な勇者の感想を聞いてみた。
「かなり危険ね。特に国を統治する立場の者にとってはね。思想もそうだけど、民衆に人気があるのがまた厄介ね。小国家群は上手くやっているようだけど、それでも心から支持しているわけではないしね」
それはそうだ。
評議員による代議制を採用している国でも、完全に勇者の理想とは言えない。評議員の身分自体がお金で買えるからね。その辺を上手く悟らせないように勇者と上手くやっているのだろう。
「今後はどうすれば、いいのでしょうか?」
「それが分かったら苦労はしないわ。彼女の行動を正確に予測するなんて出来っこないしね。ただ、この大陸から追い出すのも、最高の手ではないけど、いい手だと思うわ。北大陸は荒れるでしょうけどね」
「そうですね。ゆくゆくは、世界的な勇者対策会議を開かなければなりませんかね?」
そんな話をしているところに勇者が現れた。
「女王さん!!久しぶりだね。ボクのお蔭でこの町が更に発展したんだよ。特産品の勇者丼も大人気で、世界中から食べに来るんだよ」
「勇者丼?」
「今、女王さんが食べているやつだよ」
ここでクレオラが驚きの発言をする。
「ゼノビア、久しぶりに勇者殿と再会したのですから、勇者殿に町を案内してもらってはどう?勇者殿、お願いできるかしら?」
「もちろんさ!!今開発中の料理も食べてもらおう。それにボクが作った学校も見てほしいな」
「え、えええー!!」
これはクレオラの意趣返しだろう。クレオラも勇者にはうんざりしていたということだ。
★★★
本当に疲れた。
散々勇者に連れ回されたからだ。それもやっと終わる。夕食で勇者は、かなりの量のお酒を飲んでいる。今にも寝そうだ。
早く寝ろ!!
と、心の中で叫びながら、とりとめのない勇者の話を聞く。そんな時、勇者が思いもしないことを口にした。
「女王さんには感謝しているよ。ここまでボクを支援してくれる王族はいなかったからね。これは女王さんだけに言うんだけど、ボクはこの世界じゃない別の世界で生きた記憶があるんだ・・・」
つまり、勇者は私と同じ転生者ということだ。まあ、薄々は気付いていたけどね。
フェミニストで平和主義でヴィーガン・・・それに「うな丼」とくれば、それは確定だろう。
「その世界でボクは、政治に携わる仕事をしていたんだ。頑張っても頑張っても結果が出なくて、流石のボクも気持ちが折れそうになったよ」
そりゃあ現代社会でも、そこまで尖った主張は万人ウケはしないだろう。
勇者は日本で国会議員をしていて、失踪した秘書の私室の整理をしていたとき、つけっぱなしになっていたゲーム機に触った瞬間にこちらの世界に転生したようだ。勇者はここがFFQ3の世界であることに気付いていない。というか、ゲーム自体を知らないのだろう。知っていれば、ストーリーに沿って私を討伐するはずだ。これは運がいい。
「女王さん?聞いてる?」
「聞いてますよ。あまりに衝撃的な内容だったもので・・・」
「それはそうだね」
「ところで、前の世界では何というお名前だったのですか?」
「ああ、気になるよね。こちらの世界風に言うと「リョウコ・ヤジマ」かな」
リョウコ・ヤジマ・・・矢島涼子!!
知っているもなにも、私が支援していた議員だ。コイツの所為で私がどれほど被害を受けたことか・・・
コイツの言う通りに女性役員を大幅に増やし、SDGsにも力を入れた。それに結構な額の献金もした。それで会社は傾き、良かれと思ってやった過激なツイフェミ活動も発覚し、マスコミに追いかけられる羽目にもなった。
会社が傾いた原因の一端はコイツにもある。
まあ、悪い事ばかりではなかった。マスコミへの露出作戦も彼女の口利きだし、派閥闘争でもアドバイスをもらったりした。もう少し、彼女とも上手く付き合えばよかったとも思う。
私の経営者としての能力が無かったと言えばそれまでだけどね・・・
「ボクはこの世界に来てよかったと思っている。勇者だから権力もある。前の世界で実現できなかったボクの理想を叶えてやるんだ。だからこれからも女王さんには協力してほしいんだ」
「もちろんですよ」
しばらくして、勇者は寝てしまった。スタッフに言って、勇者を部屋まで運んでもらう。
護衛をしてもらっていたケトラたちが出て来た。
「勇者は完全にイカれているニャ!!」
「うむ、変な妄想に取りつかれておるな。やはり危険人物じゃ」
「ティサ、付き合い方を考えたほうがいいぞ。このことは兄上に報告する」
まあ、そう思うよね。
「もし、私もそうだって言ったらどうする?」
「悪い冗談だと思うニャ」
「強制入院させるぞ」
「兄上に報告だな。その後、強制入院だろうがな」
「言ってみただけだよ。心配しないで」
私は曖昧に笑った。
★★★
そしてとうとう勇者は旅立った。
出発に際して、盛大に式典を開いた。港から遠ざかる勇者の船を眺めながら、各国の代表が談笑している。今回は調整の結果、スタリオンの王太子とユーラスタ帝国の皇太子が出席することになった。これも政治的な事情による。
ユーラスタ帝国の皇太子が言う。
「これで本当によかったのかと思ってしまう。もしかしたら、北大陸の馬鹿どもが怒ってこちらに攻めてくるかもしれんからな」
スタリオンの王太子が答える。
「そうなると我らが最前線だ。そして、どこかの卑怯な国が、後ろから攻めて来るだろうな」
「我ら誇り高い帝国はそんな真似はせん。逆に援軍を出してやる」
「必要ない。我らだけで十分だ。大人しくしておいてくれ」
お互いが罵り合っているように見えるが、実は水面下でそのような話が出ている。勇者の思い描いたシナリオとはかなり違うけど、第二回の国際会議が開かれる日も近いだろう。
私はというと、クレオラと話し込んでいた。
「本当にお世話になりました。大変な爆弾を押し付けてしまって・・・」
「気にしないで。でもいなくなると少し寂しいわね。手が掛かる子ほど可愛いからね」
「そんなもんなんですかね?」
「親とはそんなものよ。いくら喧嘩をしても子供のことは、いつまでも可愛いわ」
「私もゼノビアに色々言っているんですが、まだ会いたくないようでして・・・」
なんとか、ゼノビアとクレオラを仲直りさせたい。私はもう父と仲直りすることはできないからね。
「まあいいわ。それよりもこの後も色々あるわよ。女王をやっているといつも感じるのよ。「一難去ってまた一難」ってね。くれぐれも油断しないようにね。上手くいっている時が一番危ないからね」
女王とは終わりのない辛い仕事だ。
今後も色々とあるのだろう。
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次回から新展開です。ティサリアの活躍は続きます。




