3 誤算
ゼノビアからの引継ぎは夜通し行われた。
最後のほうは、ゼノビアに叱られ出した。
「だ・か・ら!!そうじゃないって何度言ったら分かるのよ!!もう時間がないのよ。気合いを入れなさい。7時には専属メイドが起こしに来るんだから!!」
「私だって、一生懸命にやってるんだからね!!怒らなくてもいいじゃないの!!」
ケトラが仲裁に入る。
「もう時間がないニャ。とりあえず、コイツを魔王国まで連れて行って、困ったことがあれば、また聞けばいいニャ。コイツは嘘を言っている風でもないし、私は働き者のいい奴だと思うニャ」
エレンナも言う。
「それは同意見だ。すぐに配下の者を呼んで連行しよう。しばらくは、私とケトラがここに残ってサポートする。それでいいな?」
「悪いわね。二人にはすぐに帰ってもらおうと思ったけど、このポンコツが碌な教え方しないから、手間取ったわ。ここまでポンコツだとは、流石の私も予想できなかったからね」
しばらくして、臨時に設置した転移スポットから、エレンナの配下の部隊員がやって来て、ゼノビアを連行していった。去り際にゼノビアが言う。
「嫌になっても私は、もう代わるつもりはないからね。くれぐれも、この国の最後の女王にならないようにね」
「うるさいわね!!さっさと、そのポンコツを連れて帰りなさい!!」
私は鏡の前に立ち、得意の幻影魔法でゼノビアの姿になった。
★★★
私の地獄の一日が始まった。
朝食も女王とは思えないくらい質素なもので、ブチキレそうになるのを我慢しながら、政務に就いた。女性宰相を中心に意味不明で難解な報告をしてくる。唯一、分かったのは、この国は全くお金がないということだ。女性宰相が言う。
「ところで、そちらのお二人は、どなたでしょうか?」
「ケトラとエレンナね。私がスカウトして来たのよ」
「先程、国庫に余裕がないと説明しましたよね?ただでさえ、人件費を節約しているのに。彼女たちの給料はどうするのですか?」
「そ、それは・・・ボランティアよ。私の崇高な思いに共感して、無償で協力してくれているのよ」
「奴隷ということですか?今度という今度は見損ないました。もう貴方には従えません。今日で宰相を辞任させていただきます」
女性宰相は、怒って部屋を出て行ってしまった。
「気分が悪いわ!!今日の仕事はこれで終わりよ!!後は適当にやっておきなさい!!」
私もキレて、私室に戻った。
★★★
私はストレスで限界だった。ご飯は不味いし、夕食なんて、味が薄すぎるスープとパンが二切れだったしね。それに側近たちは丁寧な物言いはしているが、言葉の端々に私を馬鹿にしたような言い回しをしてくる。
ベッドに転がっているとケトラとエレンナがやって来た。
「ティサ、非常にヤバいニャ!!ゼノビアはティサが言ったとおりのポンコツ女王だったニャ。先代の女王を退位させて、無理やり女王に即位したけど、それから国は荒れに荒れているニャ。宝物庫をこっそり覗いてきたけど、ほとんど空だったニャ」
エレンナも続く。
「メイドから下働きに至るまで、ティサ・・・いや、ゼノビアの悪口を言っている。その気持ちは分かる。ゼノビアが即位してから国があっという間に傾いたからな」
「それって私の所為じゃないよね?」
「この国が傾いたのは、ティサの所為ではないが、魔王軍としては、この国に工作活動を仕掛けたのはティサだから、四天王としての責任はあると思うぞ」
「傷が浅い内に撤退してもいいと思うニャ。世界を征服する前にこの国は潰れるニャ」
私は少し考えて言った。
「それはできないわ。魔王様に失望されるもの・・・あんなに期待してくれているのに・・・」
「それはないと思うニャ・・・」
「私も同意する」
★★★
とりあえず、この国の問題点を整理することにした。
とにかくヴィーステ王国にはお金も物もない。その原因はゼノビアだった。先代でゼノビアの母のクレオラが女王の時は、安定した国だった。メインの収入源は交易で、難しい部族間の調整をこなし、砂漠の国という過酷な環境にありながら、国民が飢えるようなことはなかったという。しかし、ゼノビアの所為で状況は一変する。
前女王のクレオラは、良かれと思ってゼノビアを超大国のユーラスタ帝国に留学させた。これが間違いだった。ゼノビアは本人の努力もあり、帝国学園を首席で卒業して帰国した。当初は、クレオラとの仲は悪くはなかったのだが、ゼノビアの政策をことごとく反対されたことで関係は悪化、クーデターのような形でクレオラを退位させる。
ここからヴィーステ王国は転落の一途をたどる。ゼノビアの政策がことごとく失敗したのだ。まず、ユーラスタ帝国で開発された大型魔道船の建造を始める。軍艦3隻、商船7隻をユーラスタ帝国から借金までして建造したのだ。これで国庫はすっかり空になってしまった。
そしてこれに激怒した各部族と険悪な関係になってしまう。というのも、ゼノビアは各部族の族長に対して、「もう貴方たちの言いなりにはならない。これからは海上貿易をメインで行う」と言い放ったそうだ。
しかし、肝心の海上貿易は上手くいかなかった。というのも強力な魔物が海域に出現して、交易どころではなくなったからだ。討伐隊を編成したが、最新鋭の軍艦1隻が大破するという悲劇が生まれただけだった。
プライドの高いゼノビアは、それでも各部族に頭を下げることはなく、新たな政策を打ち出す。軍事国家スタリオンにすり寄り、武力でもって、押さえつけようとしたのだった。そうなると各部族も他国との関係を強化する。主な国はユーラスタ帝国、小国家群連合だ。各国ともにヴィーステ王国の利権を狙っており、いつ内戦が勃発してもおかしくない状態なのだ。
「ところでさあ・・・この国って男の人が少なくない?宰相以下文官は女性ばっかりだし、近衛兵もね。いても男性は、門番くらいだしね。これじゃあ、私の魅了スキルが生かせないわ・・・」
「それはこっちの資料に書いてあるニャ」
資料によると、砂漠という厳しい環境を生き抜くために、仕方なくそうなったようだ。砂漠の魔物は強力で、遭遇すると生きるか死ぬかの戦いになる。この国の男たちには、「女は死んでも守れ、女が生きていれば、国は滅びない」という教えがあるという。なので、国の要職には女性を就け、男は体を張って女性を守るという伝統が生まれたようだ。実際、ゼノビアの父も婚約者も魔物との戦闘で戦死している。
「それで、女ばっかりなのね・・・でもゼノビアには同情するわ。私も魔王様が亡くなったらと思うとねえ・・・」
「縁起でもないことを言うな!!兄上は何があっても守りぬく」
「そうよね。みんなが居ればそんな心配はないか・・・」
「そうだニャ」
その後も問題点が浮き彫りになる。
金と物だけでなく、人材もいない。優秀な人材は他国や他の部族に流れてしまっている。残っているのはイエスマンばかりだ。最後までゼノビアに苦言を呈していた宰相も、今日で辞めてしまったしね。
ここまで分析してみたけど、どっかで聞いたことのある話に思えてならない。どうしても思い出せないけど・・・
ゼノビアみたいなのを「無能な働き者」って言うんだったかしら・・・
「無能な働き者」?誰が言った言葉だったっけ?
「問題が山積みということは分かったニャ。ところで、どうするのニャ?」
「そうね・・・今日は遅いから寝ましょう!!お肌に悪いし」
「ティサっぽい答えだニャ・・・とりあえず、ゆっくり寝て、明日から頑張るニャ!!」
「私も寝るに賛成だ。食料が足りないようなら、明日から魔物でも狩ってきてやる。ただ、劇的な解決策にはならんだろうが・・・」
その日、私は夢を見た。
恐ろしい夢だった。
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