29 勇者が町にやって来た
その日、ファラーハの使者が親書を携えてやって来た。
衝撃的な内容だった。とうとう勇者がこちらにやって来るというのだ。私は平静を装っていたが、かなり動揺していた。
幻影魔法を解除する「真実の鏡」は回収しているから、バレることはないし、最近では、各部族ともそれなりに良好な関係を築けている。それにパルミラでは、そこそこ評判もよくなっている。圧政に苦しめられていると訴える市民もいないだろう。きっと大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせた。
深呼吸して使者に言う。
「分かりました。ご苦労様でした」
「それとファラーハ様より、個人的なお手紙も預かっております」
早速、手紙も確認する。そこにはこう書かれていた。
「勇者は危険な女よ。私の交渉術も通じなかった。というか、話が通じないのよ。気を付けたほうがいいわ。オバちゃんが言えるのはこれくらいよ。健闘を祈るわ」
勇者は女か・・・
「いい情報をくれたファラーハ殿には、何かお返しをしないといけませんかね?」
「それは必要ないとのことです。パルミラを案内したことを詫びておられました。せめてもの罪滅ぼしかと」
強欲なファラーハが何も要求してこないなんて、不思議だ。親切なオバちゃんにモデルチェンジしたのか?
その理由はすぐに分かることになる。
★★★
使者が親書を持って来た日から5日後、勇者パーティーがやって来た。
勇者はパーシーという女性で、青髪、青目の美少女だ。ゲームの勇者と同じ容姿をしている。パーティーメンバーは戦士のアデラ、魔導士のシンディー、回復術師のヘレンでいずれも女性だ。私がゲームをしていた時のパーティー(勇者、商人、商人、踊り子)に比べて、かなりバランスがいい。
エレンナとバルバラに戦力分析をしてもらった。
「過酷な砂漠を渡って来たとは思えん。それくらい戦闘力は低い。戦士の女はそこそこ戦えるようだが、それでも新兵に毛が生えたくらいだ」
「魔導士と回復術師も大した奴ではないぞ。その辺でかき氷を売っている魔導士のほうが、魔導士としては優秀じゃな」
「あの者たちが勇者パーティーになるくらい人族は人材難なのか?」
「分からんのう。何か理由があるのかもしれんな」
かなりの酷評だった。ゲームだと砂漠に来る頃には、それなりのレベルにはなっているはずだけど・・・
「とりあえず会ってみるわ。謁見の準備をしましょう」
勇者と謁見するに当たり、基本方針は平和的な解決だ。いきなり敵対する必要はない。敵対するにしても最後の手段だ。私はスタッフたちに「勇者を国賓としてもてなす」ことを伝えた。
謁見の準備が整い、いよいよ勇者とのファーストコンタクトだ。玉座に座る私の前に勇者たちが並ぶ。
「ボクが勇者のパーシーだよ。この国はいい国のようだね」
うん?ボクっ娘?
そんな設定はゲームでは、なかったはずだが・・・
「私はヴィーステ王国女王のゼノビアです。世界を救うために立ち上がった勇者殿に敬意を表します」
「そうなんだ。ボクはこの世界をより良い世界にしていこうと頑張っているんだ。できればボクに協力してほしい」
「もちろんです。できる限りのことはさせていただきます。これはヴィーステ王国国民の総意でもあります。長旅でお疲れだと思いますので、宿を用意しました」
「ありがとう。その前に町を周らせてもらうよ」
勇者との謁見はあっさりと終了した。
私は「始まりの遺跡」に移動して、晩餐会の準備をしていた。そこにケトラが報告に来た。
「勇者は変わった奴だニャ。仕切りにお城のスタッフや町の人に色々質問をしていたニャ」
「何か目的があるのかしら?」
「分からないニャ。質問も『不当な扱いを受けてないか?』『雇用主に理不尽な命令をされてないか?』みたいなことばっかりニャ。目的が分からないことが、逆に不気味ニャ」
「ありがとう、ケトラ。十分に気を付けるわ。とりあえず、お酒や料理で懐柔しましょう。それからよ」
日が落ちる頃、勇者は「始まりの遺跡」にやって来た。
「町もいいね。インフラも整備されている。女性への扱いも、かなりいい。それに女性スタッフの雇用率も高い。これは女王さんが、国の要職に女性を多く就けていることも影響していると思う。女王さんとは、仲良くできそうだ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「まだまだの所はあるけど、ユーラスタ帝国なんかに比べるとかなりマシだよ。あそこは酷かったからね。貴族や豪商たちが偉そうにしているし、女性を軽視している。そんな世の中をボクは変えたいと思っているんだ」
勇者って、フェミニスト設定だったっけ?
それによく喋る。ゲームの勇者は基本的に「はい」か「いいえ」しか言わなかったはずだけど・・・
晩餐会は勇者パーティーに好評だった。特にパーティーメンバーの三人は絶賛していた。
「こんな美味しい物を食べたことがない」
「勇者パーティーになって、初めてよかったと思えました」
「アイスクリームですか?あれは素晴らしい・・・」
勇者はというと、かなりお酒を飲んでいた。そして酔った勇者は危険思想を口走る。あくまでも、この世界ではだけど。
「この世界は間違っている。差別が横行し、戦争が絶えない。そもそもの話、貴族制度自体が許せない。人間とは皆平等であるべきなんだ。性別も種族も関係ない。誰もが笑顔で暮らせる社会、それをボクは目指しているんだよ。そして最終的には民主主義社会を構築し、各国の軍隊も廃止していこうと思っているんだ」
もう勇者というか、政治家だ。
だが、この世界に暮らしてみて、いきなり日本のような民主主義にはできない。小国家群の一部の都市ではそれに近いようなことをしているけど、それでも有事には強制的に徴兵できるような仕組みにしている。戦争もそうだが、強力な魔物が存在するこの世界では、一定の戦力を保持することは必要だ。
ここで頭ごなしに反対意見を述べても、敵対されるだけだ。なので、話を合わせた。
「素晴らしい理念をお持ちですね。他にはどんなことをお考えですか?」
「そうだね。労働時間を制限し、労働者の権利も確立する。また、社会福祉にも力を入れる。セーフティーネットを・・・それとこれは個人的な考えだけど、食事もゆくゆくは野菜や穀物、果物だけにしたいと思っているんだ。魔物だって生きているしね。それから・・・」
ヴィーガン設定もあるのか?その当時ヴィーガンという言葉自体がなかったと思うんだけど・・・
というか、お前!!そう言いながらサンドサーペントをバクバク食べてただろうが!!おかわりまでしやがって、どの口が言っているんだ!!
そう思っていたところ、勇者は寝てしまった。スタッフに言って、勇者を部屋まで運んでもらう。
フェミニストで平和主義でヴィーガン・・・ファラーハが危険と言った理由が分かった。危険な戦闘力を持っているのではなく、思想がこの世界では危険なのだ。
それにしても、製作者は何を考えているのだろうか?昨今の社会情勢からそのような思想を取り入れたのか?
勇者が退席した後、パーティーメンバーの三人から声を掛けられた。
「女王陛下、折り入って相談があります」
また、厄介な話になりそうな気がした。
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