28 魔王が町にやって来た
その日私は、緊張で張り裂けそうだった。
なぜなら、魔王様が視察に来られるからだ。
私は仕事が手に付かなかった。魔王様の視察日程で頭がいっぱいだったからだ。何度も頭の中でシミュレーションし、完璧なプランを作り上げていた。部下から上がって来る報告も上の空だ。軍事国家スタリオンの使者の対応も適当になってしまった。使者は失礼な奴で、今も目の前でエレンナと口論をしている。
「こんな卑猥な衣装を着て、謝りに来いだと?ふざけるのもいい加減にしろ!!」
「ふざけているのは、お前たちのほうだ。偉大なるスタリオンが、庇護してやろうと言っているのだ。同盟を白紙に戻すなど考えられん!!後悔することになるぞ」
いつもなら、穏便に妥協点を探りながら解決策を導き出すのだけど、今日はとにかくこの使者を帰らせることを優先した。
「素晴らしい衣装を贈って下さり、お礼を言います。有難く使わせていただきますね」
「これだから女ばかりの国は!!不愉快だ、失礼する!!」
使者はかなり怒って帰って行った。何に怒っていたかは、もはや興味はないけどね。
「ティサ、よかったのか?私も立場上、怒ったのだが下手すると戦争に・・・」
エレンナが言い掛けたところで、ケトラが報告に来た。
「魔王様が到着されたニャ!!」
「分かったわ。すぐに行きます」
私はすぐに私室に戻って、ゼノビアからティサリアに戻った。そして、とっておきのドレスに着替えた。
さっき戦争とか言っていたけど、今日は私にとっての大事な戦いだからね。
★★★
久しぶりの魔王様はイケメンだった。今回はお忍びの視察ということで、平民の服を着ているのだが、魔王様が着るとそんな服でも高級な服に思えてくる。まあ、それぐらい魔王様は凄いということだ。
だが、誤算もあった。お付きがいっぱいいる。文官も多く来ているし、マドラームまでいる。
これでは機を見て二人っきりになる計画が破綻してしまう。
だが私は立場もあるし、平静を装って魔王様に挨拶をする。
「魔王様、お越しいただき、ありがとうございます」
「俺も楽しみにしていたんだ。今日はよろしく頼むよ」
「お任せください」
まずはパルミラの街並みを見てもらう。パルミラもかなり発展した。それに氷結魔法や風魔法に特化した魔導士の育成にも成功し、メインストーリートなんかは、昼間でもそこまで熱くない。
「かなり暑いと聞いていたけど、思ったよりも過ごしやすい。これはバルバラのお陰かな?」
「光栄です。弟子たちも育ってきているので、嬉しく思いますぞ」
「それにロクサーヌが開発した水の羽衣もいいな。魔王軍としても活動の幅が広がる」
「褒めていただいて、嬉しいッス」
それから魔王様は、魔物討伐に出ていたレドラたちレッドリザードたちを視察する。一人一人に声を掛け、労をねぎらっていた。マドラームもレドラに声を掛ける。
「レドラよ、活躍しているようだな?」
「ありがとうございます。このような場所を紹介してくださり、感謝しております」
「うむ、今後も精進するように」
マドラームも意外に人望があるようだった。
昼になったので、「始まりの遺跡」で昼食を取る。ここでは自慢のサンドサーペントとサンドクラブ料理を中心に最高級のコースをお出しした。これには魔王様も大満足だった。わざわざ料理長のケットシーを呼んで称賛していた。
「素晴らしい腕だ。魔王国にもここまでの料理人はいないぞ」
「自分たちの腕だけじゃないですニャ。食材を採って来てくれるレドラ様たちのお陰でもありますニャ」
「この調子で頑張ってくれ」
その後、転移スポットでトリスタを訪れ、ブリザドたちブルーリザードやフロッグ族、技師のゴブリンたちを激励した。ブリザドが代表で挨拶をする。
「魔王様、俺はここで世界一の海軍を作って見せます」
「ああ、頑張ってくれ」
それが終わると、今度は簡易の転移スポットで、「奇跡の遺跡」に向かった。
「奇跡の遺跡」とは、ザルツ部族の岩塩採掘所の近くにある、あの古代遺跡だ。ゼノビアとアイーシャが和解したこと、またその絶景からそう呼ばれるようになったのだ。
そしてここが、視察中魔王様と唯一二人っきりになれる場所なのだ。
丁度、夕暮れ時に到着するように時間調整までした。
遺跡に着くと、魔王様を誘う。
「少し歩きませんか?この絶景を堪能しましょう」
「そうだな」
護衛たちも絶景に見とれていて、少し私たちとは距離があった。この状況なら魔王様が私に告白とかしてくるかもしれないと少し期待していた。
「ティサ、話があるんだが・・・」
もう告白ですか!!ちょっと心の準備が・・・
「実は君の受けた啓示のことだ。ヴィーステ王国が滅亡すれば、魔族も滅ぶという話だが、本当か?」
そっちか・・・でも、あれは嘘だし、ゲームがどうとか言えないしね。
「はい、ですが啓示があったのは夢の中なので、これを言ったところで、誰も信じてくれませんよね?だから、少し嘘を吐いてしまったんです。私は魔王様やみんなに死んでほしくないですからね」
「俺はティサを信じている。言ってくれればよかったのに・・・」
「それはそうですけど・・・」
そこからはしばらく雑談が続いた。いい感じになったところで、ケトラが呼びに来た。
「夕食ができたニャ!!」
それから「奇跡の遺跡」で夕食を取る。こちらは地元産の食材も多くメニューに取り入れている。ザルツ部族は大草原の一部を所有しているので、そこそこいい食材はあるのだ。
「岩塩の包み焼というのは面白いな。ふんだんに岩塩が採取できるからこそできる料理だな。味もいい」
「ありがとうございますニャ。こちらの遺跡も徐々に客が増え、かなり収益が上がっていますニャ」
「そうか、ケトラも頑張っているな。ところでマスターはどうした?礼を言いたいのだが」
「申し訳ないですニャ。マスターはどうしても外せない用件がありまして・・・」
「だったら君から伝えてほしい。感謝しているとな」
実はダンジョンマスターのケトルは監禁されている。
というのも、また変なダンジョンを購入しようとしたからだ。今度は海底の奥底に沈むダンジョンだそうで、それが発覚したとき、スタッフ一同でツッコミを入れたそうだ。
誰がそんなダンジョンに来るんだよ!?
そんなこんなで、視察は夜を迎えた。
大して魔王様と進展がないことに焦っていた私は、少し強引な手段に出ることにした。スタリオンの使者が持ってきた卑猥な衣装をガウンの下に身に付け、魔王様の部屋を強襲する。無礼な使者だったが、この衣装には感謝している。多分、ゲームで言う「デンジャラスビキニアーマー」とかいうやつだろう。
護衛の目をかいくぐり、魔王様の部屋の前に立つ。まだ明かりがついていた。こっそり中を確認すると、魔王様はまだ仕事をしていて、文官たちに何か指示をしていた。私が魔王様の部屋を覗いていたところで、エレンナが声を掛けて来た。
「兄上は多忙な中、ここに来てくれたのだ。それにここに来ることを楽しみにしておられた。来てよかったとも言ってくれていた」
「そうなんだ・・・私も嬉しいよ」
「だが、如何にティサといえども、兄上の寝室に不法侵入しようとしたことは看過できん。それなりの罰は受けてもらう」
「えっ!!ええー!!」
その後、私は朝までケトルと一緒の檻に放り込まれた。
ケトルは上から目線で言ってくる。
「ここでは僕が先輩だニャ。ちゃんと言うことを聞くニャ」
今回の視察は、半分は成功、半分は失敗といったところだろう。
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