23 交渉
交渉が始まる。
最初に私がやることは決まっている。それは謝罪だ。住民の態度を見て改めて感じたが、アイーシャを含め多くの者がゼノビアに敵意を抱いている。その状況で、いきなり条件を提示しても素直に聞いてくれるわけがない。
「まず女王陛下に成り代わりまして、これまでの非礼、心からお詫び申し上げます」
これは予想外の行動だったようで、アイーシャたちも驚いている。
しばらくして、アイーシャが言う。
「今更謝罪されたところで、もう遅い。それに謝罪するなら直接ゼノビアに来させろ!!」
もっともな意見だ。これにはアイーシャの配下の者が口々に言う。
「そうだ!!」
「使いの者に謝らせるなんて、誠意がない」
「直接、頭を下げに来るまで我らは受け入れないぞ!!」
これは想定内だ。流石に「いいよ、いいよ。気にしないで」と言ってもらえると思うほど、私の頭はお花畑ではない。
「ゆくゆくは女王陛下もそのつもりです。その調整役として私が参ったのです。アイーシャ様がお怒りになられるのも、十分に理解しております」
「どうだかな。厄介事を部下に押し付けただけじゃないのか?」
「そのようなことは、決して・・・」
再び頭を下げ、ここで用意していた書状をアイーシャに手渡した。
「これは?」
「クレオラ前女王陛下の書状にございます。ゼノビア様はクレオラ様と和解されました。そしてクレオラ様の助言どおり、ザルツ部族に謝罪することを決められたのです」
アイーシャが書状を読む。
内容を一言で言うと、「許してくれとは言わないが、話だけは聞いてあげてほしい」というものだ。
「クレオラ殿には、父上も世話になったからな。クレオラ殿の顔を立て、話だけは聞いてやろう」
アイーシャはザルツ部族の長だ。危機的状況のザルツ部族を救いたいと心から願っている。しかし、ゼノビアがやって来た仕打ちを立場的にすぐには、許せない立場にもある。なので、私が平身低頭謝罪し、クレオラの書状まで用意したのは、「そこまでされたら、話くらいは聞いてあげてもいいよね?」という流れにするためだ。
何が何でも謝罪は受け入れない、施しも受けないと言うのであれば、私の訪問自体を認めなかっただろうしね。
私は条件を提示した。
「小麦、砂糖をザルツ部族が1年間に使用する半分を無償で提供いたします。これは謝罪の気持ちと思ってください」
「貰える物はもらっておくが、それで許すとは言えんぞ」
「もちろんです。それを最低3年間は行います」
これにはアイーシャの配下の者がざわつく。
コソコソと「これくらいで手を打ってもいいのでは?」「もっと押せば、もっと貰えるかも?」という声が聞こえてくる。かなり相手に刺さっている証拠だ。それに小麦と砂糖は今、供給過多だ。一定量の小麦を帝国商人から買っているのも、ファラーハの顔を立てるためだしね。
「それでアイーシャ様からも、要望がありましたら申し付けください。即答できないような案件であれば、一旦持ち帰り検討致します」
「では、依然と同じようにこちらの援軍要請には答えてもらいたい」
「もちろんです。必要ならこちらに国軍を駐屯させます」
これにも配下の者がざわつく。これも想定内だ。国軍はエレンナの地獄の訓練でかなり強くなった。何なら訓練を受けていないザルツ部族の部隊と入れ替えれば、国軍を強化できるからね。
「それとスタリオンとの関係は切れ。あの国は獣人に非人道的な扱いをしている。そのような国と付き合うことは許せん」
「そちらはもう手配済みです。すでに同盟の話は流れております」
これはアイーシャに言われなくてもやっている。獣人や亜人を排斥する国となんか付き合えない。ましてや魔族なんて、それ以上の扱いをされるだろうしね。
アイーシャが言葉に詰まる。
多分、条件が良すぎるからだ。アイーシャたちザルツ部族の今抱えている問題点をすべて解決する提案だからね。
「俄かに信じられん。何か企んでいるのではないのかと勘繰ってしまう」
「そう思われるのも無理はありません。といいますのも私たちが訪れたのは、もう一つ理由があるのです」
「それは何だ?」
「古代遺跡の開発です。王都パルミラでは、古代遺跡を開発し、ダンジョン型の複合施設として多くの収益を上げているのです。もちろん無料でとは言いません。収益の10パーセントをそちらに納めることも検討しております」
アイーシャは絶句した。
今の状態で古代遺跡を開発する余裕なんてザルツ部族にはないし、そのノウハウもない。そうなると、これも美味しい話だ。取り分で、多少吊り上げてくるかもしれないが、それも想定済みだ。
だったら断る理由がないよね?
だが、アイーシャの口から出たのは、予想もしないことだった。
「貴様はあの場所が、どういう場所か知らないのか?」
「と、言いますと?」
「我が最愛の弟、ハリードが死んだ場所だ」
おい!!大失態じゃないか!?
こんな重要なことを見落とすなんて・・・
ちょっとデキる女感を出していたけど、私はやっぱり、ポンコツのままだった・・・
場は異様な雰囲気になる。交渉が決裂しそうだ。
そんなとき、アイーシャが言った。
「ゼノビアからは聞かされてないのか?」
「はい、全く・・・」
「貴様もゼノビアの被害者なのかもしれんな・・・明日に回答を出す。これより我らは協議に入る」
失意の中、私たちは案内された宿に向かった。
「ケトラ、ごめん・・・私、失敗しちゃった・・・」
「ティサはよくやったニャ。また別の方法を考えるニャ」
「ティサにしては、よくやったと妾も思うぞ」
みんな優しく慰めてくれる。でも結果を出さなければ意味はない。それに頑張っただけで褒めてくれるほど、女王稼業は甘くない。
★★★
次の日、アイーシャから呼び出された私たちは、アイーシャと面会した。多分、断られると思いながら・・・
しかし、結果は予想外だった。
「ティサリア大臣に免じて、この話は受けてやる。ただ、すぐにゼノビアを許すわけではない。ゼノビアの誠意が本物であると分かるまでは、許すことはせん」
あれ?
「まあ、ティサリア殿も大変であろう?あんな馬鹿にこき使われてわな。ゼノビアへの憎悪を一身に集め、平身低頭謝罪する貴殿を見ていたら、少し心苦しくなってな。ゼノビアが悪いのであって、貴殿が悪いわけではないしな」
これに配下の者が同調する。
「そうです。ゼノビアが厄介事をティサリア大臣に押し付けただけ、ですからね」
「うむ、ゼノビアは信じられなくても、ティサリア大臣は信じられる気がする」
「ゼノビアが嫌になったら、ザルツ部族に来るといい」
「とりあえず、誠意とやらを見せてくれ。謝罪を受けるかどうかはそれからだ。それと遺跡の取り分は、20パーセントだ。反論は認めん」
「よろしくお願いします・・・」
何とか交渉はまとまった。
私の失言でどうなることかと思ったけど、結果オーライだ。
多分、アイーシャも喉から手が出るほど、私たちの援助は欲しかったのだろう。なので、ゼノビアは悪いけど、ティサリア大臣は悪くないという流れを作ったのだ。そうすれば、丸く収まる。
つまり、アイーシャも「話ができる曲者」ということだ。
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