悲報、女さん…… 動画
僕、佐野隆は、その日鈴谷さんのいる大学サークル、民俗文化研究会を訪ねていた。近年の男女関係を巡る文化についての意見を聞く為だ。僕は新聞サークルに所属しているのだけど、今度、そのテーマで記事を書くのだ。
まぁ、半分以上は建前なのだけど。
僕は彼女に惚れている。そーいう真面目なテーマならきちんと話を聞いてくれそうだし、同時に恋愛も匂わせる事ができる。巧い案だと我ながら思っていた。
ただ、鈴谷さんは僕の狙いを分かっているのかいないのか、そういった方向に話が進まないように上手にコントロールしていて、なかなか思惑通りにはいなかった。そしてそのうちに“悲報、女さん動画”の話題になっていたのだった。
……近年、自称フェミニスト(自称しているだけで、本当は単なる男性嫌悪者だと思うのだけど)の女性を批判する動画が多くなって来ている。男性がAED装置を使って女性を助けているのに、「胸を触られた」と文句を言ったりする女性や、欧米の男性は日本人男性よりも性加害が少ないといった嘘の情報を拡散していたりする女性を批判的に扱ったものだ。そして、これが中々に再生回数を稼いでいる。
因みにそういう女性は嘘がバレたりすると、SNSのアカウントを捨てて逃げてしまうらしい。それも批判のタネの一つになっている。
嘘か本当かは知らないが、女性嫌いの男性が増えているという話も聞く。こういった背景にはこのような動画の影響もあるのかもしれない。
「――でも、こういう動画ばかりを悪くは言えないと思うんだ。こーいう主張をする女性にも問題がある」
鈴谷さんはその話は知らなかったらしく、興味深そうに聞いていた。なので実際に動画を何本か見せてみた。
すると、
「随分とたくさんあるのね」
と、まずはそれに驚いていた。
「そうなんだ。同じ人が何度も似たような事件を繰り返すのか、それともこういう女性がたくさんいるのかは分からないけど」
それから動画を観終わると、彼女は何かを考え込み始めた。そして、
「ね、なんだかおかしいわ。SNSのアカウントを捨てている人が多過ぎる」
そう言ったのだ。
「いや、ま、炎上している場合が多いから不自然ではないと思うけど」
と、それに僕は返す。すると、それから彼女はこう言ったのだった。
「アカウントを捨てているのだったら、誰が正体かなんて分からないのじゃない? 女性じゃないかもしれないし、それ以外のケースだって考えられる」
僕は彼女が何を言いたいのか分からず首を傾げた。
「それ以外のケースって?」
「例えば、正体はこういった動画を作成している人達だとか」
僕はその予想に驚いた。
「どうして、そんな事をする必要があるのさ……」
と、言いかけて気が付く。
「あっ そうか。再生回数の為のネタか」
「そう」とそれに彼女。
「ネットが普及するようになって、特定の思想を持つ人達をターゲットにした動画なんかが多く出るようになった。でも、実はその動画主はなんら思想は持っていなくて、単に動画の再生数を稼ぎたかっただけだったみたいな事も起こっているらしいのよ。場合によっては嘘の情報とか自作自演とか。
こういう動画の全てがそういうものだとは思わないけど、少なくとも一部ではやっていると思う」
「なるほどねぇ」と、それに僕は返した。もちろん、彼女の予想が外れている可能性もあるのだけど、それでも、そういう動画も有り得るというのは心の隅に留めておいた方が良いような気がする。