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大名古屋万博物語  作者: 名瀬口にぼし


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13.グローバル・コモン

 二人は昼前には日本ゾーンを後にし、外国館が集まるグローバル・コモンへと移動した。


 グローバル・コモンは企業パビリオンゾーンや日本ゾーンとは打って変わって人影がまばらで、各国の展示もパネルが中心なのでゆっくりできる。

 例えば学校行事に乗り気ではない遠足の引率の高校教師が、人が来ない外国館を休憩所代わりにして寝ていることもあるらしい。


「お腹がすいたし、お昼に行こうか」

「そうですね。いい時間ですね」


 会場南端のグローバル・コモン4についた透一は、昼食を食べる場所として目星をつけておいたレストラン付のパビリオンへとサフィトゥリを案内した。


 北欧と東欧の外国館を中心にしたグローバル・コモン4には、外装がお洒落なパビリオンもあるし、そうでもないパビリオンもある。

 そこで透一とサフィトゥリがやって来たルーマニア館は、格子状の金属フレームと斜めに角度をつけてはめ込まれた鏡を組み合わせたよくわからない外観をしていた。


「ルーマニア料理を食べるのは初めてですね」


 サフィトゥリはニコニコと笑って、透一と肩が触れ合いそうなほど近くを歩いている。その可愛らしくお団子にまとめられた髪から香るアロマオイルみたいな良い匂いに、透一はどうしようもなくどきどきした。


 ルーマニア館に入館すると、まず館内中央に舞台セットのように置かれた巨大な水車が目を惹いた。その上方には白地の布に赤い刺繍のワンポイントが入った民族衣装がてるてる坊主に似た形でいくつか並べられている。

 水車の近くでは、弦楽器の旋律が印象的な民族音楽を現地の人が演奏していた。


「結構、にぎやかだな」


 透一は外観とはまた違った不思議な空間に若干戸惑いつつ、予定通り地下一階のレストランに向う。

 階段を降りてみるとレストランの方はガイドブックで見た通りの、赤く塗られたテーブルの天板と椅子に施された花柄の彩色が鮮やかなインテリアの店内だった。


「オ二人サマデスカ? コチラヘドウゾ」


 日本語学科の学生さんという感じのルーマニア人の女性店員が、透一とサフィトゥリを案内してくれる。昼時だが満席ということはなく、すぐに座ることができた。


 二人は壁沿いの席に座って、メニューを見た。


「セットは一三〇〇円で、メインは五種から選べるんですね。えっと、それじゃ私はミティティセットで」

「俺はサルマーレセットとルーマニア風チーズパイ」

「カシコマリマシタ」


 二人分の注文を受けて、女性店員はキッチンへと戻っていった。


「ちょうど上の階の音楽が聞こえていいですね」

「内装も凝っとるしな」


 透一はサフィトゥリに相づちをうち、店員が置いて行ったグラスから水を一口飲んだ。

 この店は透一が、雰囲気の良いところで変わったものが食べることができて、なおかつ財布の負担にならないという条件で調べに調べて選んだ場所だ。


 上の階で演奏されている民俗音楽や壁掛けのモニターから流れる観光省のコマーシャル映像を二人で楽しんでいると、やがて女性店員がお皿を運んできた。


「コチラガSarmale、コチラガMititeiデゴザイマス」


 おかずやパン、サラダが少しずつ色とりどりに載った白い長方形のプレートが、二人の前にそれぞれ置かれる。透一の頼んだサルマーレがロールキャベツ、サフィトゥリの頼んだミティティが肉団子だ。皿の上には、メインのおかずの他にミートボールとチーズボール、タラコのペースト、コーンミールが載っていた。


「食べるのがもったいないくらいかわいい料理ですが、いただきます」


 お手ふきで手をふき、サフィトゥリが食べ始める。


 少しどきどきして、透一はその反応を待った。


「香辛料が効いてて美味しいですね。ビーフとマトンの合挽き肉っていうものいいです」


 サフィトゥリが嬉しそうに、ナイフとフォークでミティティを切り分けて口に運ぶ。


 その表情の明るさにほっとして、透一は自分の分を食べてみた。


「こっちのロールキャベツも、ザワークラフトの酸味と豚肉の相性が抜群だ」


 赤く一口サイズに煮込まれたサルマーレに爽やかに白いサワークリームをつけて頬張れば、キャベツが柔らかくほどけて肉汁と肉汁を吸ったキノコや米の旨みが口の中に広がる。

 一緒につけあわせの練ったコーンミールも食べると、コーンのほのかな甘みがトマト味のソースに絡んでまた美味しかった。


「タラコはパンにつけて食べるんだろうか」

「多分そうだと思います。でも、サラダと食べても美味しいですね」


 添えられたパンは外側はやや固めだが、中はもっちりとつまっていて食べごたえがある。なめらかにオイルと混ざったタラコのペーストは程よくしょっぱくて、パンに塗っても香草や人参と食べても食が進んだ。

 しっかりと胡椒の効いたミートボールも、からっと揚がったチーズボールも、透一はすべておいしくいただいた。


「見かけよりも、食べ答えがあったな」

「はい。お腹いっぱいになりました」


 綺麗にお皿を空にして、透一とサフィトゥリは微笑み合った。


 しかし食べ盛りの男子大学生である透一にとっては、微妙に食べたりないところがあった。


(あとパンがもう一つくらいついとったらちょうど良いんだけどな……)


 そんなことを考えていると、女性店員が最後の注文の品を運んできた。


「ルーマニア風チーズパイデゴザイマス。ゴ注文ハ以上デゴザイマスネ」


 テーブルに置かれた白皿には、黄色の断面が綺麗なチーズパイが載っていた。透一はデザートも注文しておこうと考えた数十分前の自分に感謝して、パイを切り分けた。


「半分ずつ分けて食べよっか?」

「いいんですか? ありがとうございます」


 透一が提案すると、サフィトゥリは目をキラキラさせて頷きフォークとナイフを手に取った。


(これは女子受けするファインプレーだったんじゃないか?)


 幸せそうにパイを口に運ぶサフィトゥリの顔を見て、透一は自分で自分を褒めた。チーズパイはずっしりと食べごたえのある重さで、パイ生地もチーズ部分も濃い味わいがあった。


 食べ終えた後、二人はレジで支払いを済ませた。

 会計は男である透一がさりげなく全額おごるのが格好良いだろうと思っていたが、上手いこと払うタイミングが見つからず結局割り勘になった。


 午後は当初の予定通り、外国館を中心にゆっくりとした時間を過ごした。オーストリア館でリュージュというそりの体験をして苔の匂いのする部屋に入ったり、ポーランド館で幻想的な岩塩の洞窟の再現を楽しんだりして、企業パリビリオンとは違う異文化の空間を楽しむ。


 大名古屋万博のサブテーマには、「人生の“わざ”と知恵」というものがある。自然の中で培われた世界中の人びとの暮らしを知って見つめ直そうというものだ。そのため展示も各国それぞれの気候や自然に着目したものが多く、文化や技術も環境に絡めて紹介されていた。


 ちょうど日が傾いて来たころに、二人はグローバル・トラムに乗って企業パビリオンゾーンに戻った。


 グローバル・トラムは一周約2.6キロメートルの回廊であるグローバル・ループを移動するための乗り物で、歩行者と同じくらいの速度で走る三台連結の電気自動車だ。


「風が気持ち良いですね」


 サフィトゥリは開けた構造になっている車窓部分から外を眺めていた。


 自然の中に整備された遊歩道を歩くことができる森林体感ゾーンに、毎晩ナイトショーが行われるこいの池など、グローバル・トラムはちょうど二人が訪れていない場所を通って進んだ。

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