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大名古屋万博物語  作者: 名瀬口にぼし


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11/31

11.大名古屋万博会場

 二〇〇五年五月十日、火曜日の午前九時二十五分。


 サフィトゥリとの大名古屋万博見学デートの当日。


 透一は北ゲートに立ち、携帯を手にサフィトゥリを待っていた。


 青と白のアメフトTシャツにベージュのワイドパンツ、濃紺でローカットのキャンバススニーカーと、透一は考えられる限りのオシャレをしてきた。前日には床屋に行ってくるくらいの気合いの入れ具合だ。


 空は真っ青に晴れ渡り、陽気の気持ちが良いデート日和な日である。

 ゴールデン・ウィーク明けということで人は少なめかと思ったが、良い評判が広まりリピーターが集まりつつあるのか入場の待機列は思ったよりも長かった。


 二、三分ほど待っていると、サフィトゥリがこちらに歩いてきた。


「おはようございます。あれ、髪切りました?」


 サフィトゥリは五十年代アメリカ風のふんわりと裾が広がった赤地に白い水玉模様のワンピースに白いエナメルのパンプスを履いて、普段の民族衣装とはまったく違った雰囲気で立っていた。髪もレトロ感のあるお団子にまとめてあって、まるで本物の古いポストカードの写真の人みたいだった。


「初夏だし短くして見たんだけど、どうかな」

「似合ってますよ。すごく男前になった気がします」


 透一が恥ずかしげに前髪をいじりながら尋ねると、サフィトゥリは爽やかに笑う。眩しい太陽の光の下で、褐色の肌はより美しく見えた。


(俺は今、こんな綺麗な人と一緒に立っとるのか)


 サフィトゥリの笑顔に、透一は始まる前にすでに満足してしまいそうになる。自分の服のコーディネートが、サフィトゥリと不釣り合いでないことも嬉しかった。


 二人は前売り券を持っているので、入場の待機列にそのまま並んだ。


 大名古屋万博の入場券には米粒よりも小さな0.4ミリのICチップが入っており、名前と顔写真が登録できるようになっている。それらの情報を活かした演出を行うパビリオンもあるらしい。

 このICチップの技術によって、将来的には切符を買うことなくカード一枚をかざすだけで電車に乗れようになる……というか、東京ではもうすでにそうした仕組みが使われているそうだ。


(でも別にトランパスみたいなものでも俺は困らんけどな)


 トランパスは名鉄や名古屋市の地下鉄やバスで使える交通プリペイドカードで、五〇〇〇円買えば五六〇〇円分使える非常にお得なものだ。JRでは使えないのが不便だが、名鉄に乗る際にはよく使っている。


 荷物検査を受けて金属探知機のゲートを抜けて、二人はスタッフではなく来場者として大名古屋万博の会場に入場した。

 ちなみに直樹の祖母は一九七〇年の大阪万博に入場する時には、戦争で中止になった一九四〇年の日本万国博覧会の前売り券を使ったらしい。


「ここにいるのにバイトの日じゃないって、ちょっと変な感じだ」


 グローバルルーフと呼ばれる会場全体を一周するように設置された空中回廊に立ち、透一は万国の旗がはためく芝生広場を見下ろす。

 木製の床に白い布の屋根のついた回廊は、夏はきっと暑いだろうけれども今日は風が気持ち良かった。


「そうですね。なんか出勤しなきゃいけないような気がします」


 サフィトゥリも手すりからやや身を乗り出して、会場を見渡している。


「あ、ロボットがおる」

「どこですか?」

「あそこの、パビリオンの前」

「ああ、あの。あれは私のいるパビリオンのあたりではそんなに見ないロボットですね」


 透一とサフトゥリは、芝生の横の通路を通っている清掃ロボットを目で追った。青色の小さな箱のような清掃ロボットは、ゆっくりとすべるように通路を動いていく。万博会場には他にも怪しい人物を見つけ不審物を回収する警備ロボットなど、さまざまなロボットが実験的に運用されている。

 総合案内所には、アクトロイドという多言語の会話ができる少々不気味な接客ロボットもいた。


「こうして実際に働いているロボットを見ると、なまじロボットのいるパビリオン見るよりも未来を体感した気分になれますよね」


 せっせと働く清掃ロボットを見つめて、サフィトゥリは微笑んだ。

 その横顔は、自分が今デートをしている相手だとは思えないほどに美しかった。

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