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愛の言霊  作者: 南条氷彗
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#2 狐の面の少女

「お待ちしておりました。(わたくし)尊蘭(たから)と申します」

少女―尊蘭は落ち着いたトーンでそう言った。

上を鮮やかな赤で、下を薄い桃色で合わせた行燈袴(あんどんばかま)を身につけていた。

だが―

彼は尊蘭にほんの少し、恐怖を覚えた。

なぜなら、尊蘭は―狐の面をしていたからだ。

右上は赤と金で装飾され、あとは白と黒に塗られていた。

三十路になりかけている烏賀陽でも自然と目を惹かれる、妙に美しく洒落た面であった。

人間ではないのではないかと疑うほどに。


この〈狐の面の少女〉と出会ったのは、烏賀陽霞楓(うがやかふう)がここ―「楽園」に来てすぐのことだった。

実に風が気持ちの良い、昼下がりであった。


第二章*狐の面の少女*


「ようこそ。生死の狭間にある世界―楽園へ―」

「…は?」

目の前の幼女に対してなのか、それとも今自分の身に起きていることに関してなのか、それはわからないが、烏賀陽霞楓(うがやかふう)は過去イチレベルで情けの無い声を漏らした。

それもそうだろう。先程まで身動きができなかったのにも関わらず、今はなぜか立てていて、夜だったはずが昼下がりになっており、突然現れた見知らぬ幼女は意味不明なことを口にするのだから。

「…え、あの―」

「ご案内いたします。どうぞこちらへ」

混乱している烏賀陽は質問しようするも、あっさりと遮られた。仕方がない。今は彼女に従った方が身のためだ。

幼女に従い、立派な朱色の鳥居をくぐる。奥には本殿らしき物があったが、神社にあるものとしては少し大きすぎるような気がする。ここまではさほど現実世界と変わりはない。もっとも、烏賀陽自身、この状況を受け入れているわけではないが。

そのまま本殿に入るのかと思いきや、幼女は本殿を素通りし、その奥へと歩いていく。周りは山に囲まれているので、山に生き埋めにされるのではないか、などと良からぬことを想像したが、すぐに取っ払った。

終わりがあるのかと疑うほど長い、整備された石畳の通路を歩きながら、それにしても、と烏賀陽は思う。この子はあまりに幼すぎる。年は四、五歳に見えるが、顔や声の割には大人びた口調だ。礼儀も正しい。あの、小さい子の心配になる歩き方ではなく、旅館の女将のような歩き方だ。

この子は―一体何者なのだろうか。

そんな烏賀陽の思考を遮ったのは、やはり目の前の幼女だった。

「烏賀陽霞楓様でお間違いなかったでしょうか」

「は、はい」

なぜに名前を知っている、という疑問も湧いたが、目の前で非現実的なことが起きすぎてもうどうでも良くなってしまった。慣れとは怖いものである。

(わたくし)久遠(くおん)と申します。この世界の皇帝にあたる者の孫でございます」

皇帝―烏賀陽はそんな人がこの世界にいるということに驚いたのだが、しばらくして目の前の幼女―久遠はお姫様ということに気付いた。いくら年下とはいえ、お偉方の怒りを買いたくはない。余計な口は叩かないようにしよう、と烏賀陽は心に誓う。

長い長い石畳を歩くこと数分、濃かった霧の中からゆっくりと姿を現したのは視界に収まりきらないほどの、大きな屋敷だった。最初に目にした灯籠や鳥居からは想像のつかない、窓がたくさんある、二階建ての、まさに洋風といえる建造物だった。

「ここは?」

恐る恐る、久遠に尋ねる。久遠は屋敷を見つめたまま答えた。

「ここは天の屋敷(てん やしき)でございます。皇帝に仕える者たちが寝泊まりし、仕事をする場所です。今からある方に会うのですが、烏賀陽様はその方から身の回りのことを教えてもらってください」

ということは、自分はこの屋敷に居候させてもらうことになるのかと烏賀陽は察した。

久遠が大きなチョコレートのような扉を開くと、そこに広がる景色は、まるでプリンセスの住む城のようであった。広い階段が真ん中にあり、床は大理石。天井には見たことのない大きさのシャンデリアが吊り下げられていた。

多くの人が掃除をしていたり、食器を運んでいたり、屋敷内は皇帝に仕えているであろう者たちが慌ただしく動いていた。

でも、何かがおかしい―

烏賀陽はそう思った。その違和感の正体に気がつくのにさほど時間はかからなかった。

この屋敷の者は皆―子供だ。

「子供」とひとくくりにしても、あまりにも幼すぎるのだ。

見る限り小学生がほとんどで、中には未就学であろう子まで働いている。男女比率は五対五というところだ。男女ともに袴を身につけており、色は自由なのか、はたまた階級があるのか、そこまではわからなかったがさまざまな袴が見られた。

そんな幼い子たちが働く中、中央の階段から降りてきたのは周りと比べて身長が高く、ある程度成長しているように見受けられる少女だった。彼女は上を鮮やかな赤で、下を薄い桃色で合わせた行燈袴を身につけていた。頭の高い位置で茶髪のストレートヘアーを括り、袖口から見える華奢な腕は光るほどに白く、まるで人間ではないのではと疑う美しさだった。

三十路になる烏賀陽が()()()()()()()()()と思うほどだった。

だが、彼がそう思ったのにはもっと決定的な理由があった。

その少女は―狐の面をつけていたのだ。

右上は赤と金で装飾され、あとは白と黒に塗られていた。自然と目を惹かれる、妙に美しく洒落た面であった。その面がより一層烏賀陽に、()()()()()()()()だと思わせた。

彼女が階段から降りてくるのに気がついたのか、子供たちは向かいあって列を作り、深々とお辞儀をした。

―まるで花魁道中のようだ。

「烏賀陽霞楓様」

名前を呼ばれた時にはっとした。それは、単に見ず知らずの相手に名前を知られていたからではない。少女の声が()()()と驚くほど似ていたからだ。

たが、烏賀陽のそんな期待も彼女の一言であっさりと消えてしまった。

「お待ちしておりました。(わたくし)尊蘭(たから)と申します」

尊蘭―あいつとは名前が違う。いや、それ以前に、六年も前の出来事に干渉しているのは気持ちが悪いか。会うなんて、ありえない話なのに。そう思いながら烏賀陽は自身の左薬指を見る。銀の装飾品がキラキラとシャンデリアを反射する。それでさえ、皮肉に感じた。

「屋敷を案内いたします。途中、この世界のことも合わせて説明させていただきます」

尊蘭は妙に大人びた上品な口調でそういうと、広い屋敷の奥に向かって歩き始めた。歩き始めてすぐ、思い出したかのような口調で「あっ」というと、烏賀陽の横で歩いていた幼女―久遠の元へ歩み寄った。

「久遠、手前をかけましたね。あとでお菓子を差し上げましょう」

「…本当ですか!?やったぁ!ありがとうございます!」

先程まで落ち着いた雰囲気の久遠が急にはしゃいだものだから烏賀陽は驚きを隠せなかったが、年相応だと微笑ましくも思えた。二人はまるで()()のようであった。


見た目よりも遥かに広い屋敷を歩きながら、尊蘭がこの世界のことについて説明した。

烏賀陽がひょんなことから飛ばされてきた世界―楽園はあの世とこの世の間にある世界らしい。ほぼあの世のようなものだというが。楽園では基本的に成仏できていない人間が住んでいるのだという。多くの人間は自然に成仏するのだが、一定数なかなか成仏できない人間も存在するらしい。だが、中には希望して成仏していない人間もいるのだと。それを聞いて人間は成仏したいものではないのか、と烏賀陽は静かに疑問を抱いた。楽園にいる年数には個人差はあるが決まりがあるらしい。どちらにせよ、その年数を超えれば強制的に成仏させられると。そういう者たちは名前を改名するのが一般的だとも尊蘭は言った。

また、ごく稀に烏賀陽のような死んではいないものの生死を彷徨っている者が紛れ込んで来るのだという。そういう者たちには仕事をさせ、ある程度経ったら現実世界に戻されるということだ。

そして、楽園では天国に行くが地獄に行くかも決めるのだという。烏賀陽はこの世界は思ったよりも重要な場所なのだと知った。

「烏賀陽様は一か月ほど、この屋敷に寝泊まりすることになられますがよろしいでしょうか」

「も、もちろん。こちらがお願いしなければいけないくらいです」

「いえ、烏賀陽様ですから」

烏賀陽は尊蘭の放ったその言葉に少し違和感を持った。

()()()()()()狐の面の少女―尊蘭は、実に不思議な女性であった。だが、何故か親しみやすくも感じた。


この日から烏賀陽霞楓は「天の屋敷」で一か月居候させてもらうことになった。



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