花見川服飾高等専修学園2
お昼休み。私は千歳ちゃんと二人に学校の屋上へ向かった。彼女の手には小型の三脚とスクールバッグ。おそらくスクールバッグの中身は撮影機材だと思う。
「誰もいないといいなー。旧館だから問題ないと思うけど」
「たぶん誰もいないと思うよ? ほら、新館できてからはみんなあっち使ってるし」
「だよねー。本当ならウチも新しい方の屋上使いたかったよぉ」
千歳ちゃんはそうぼやくと「はぁあ」とわざとらしいため息を吐いた。気持ちは分かる。旧館の屋上は老朽化していてかなりみすぼらしいのだ。
そんな話していると旧館の屋上へと続く階段にたどり着いた。そこには『立ち入りには教員の許可が必要です』と書かれた立て札があった。立ち入り禁止ではない。ここら辺が花見川高校の緩い部分だと思う。
「んじゃ行きますかぁ!」
千歳ちゃんはそう言うと立て札をすり抜け階段を上っていった。私もそれに続く。
それから私たちは二人が掛かりで屋上入り口の分厚い扉をどうにかこじ開けた。別に壊したわけではない。単に扉の立て付けが悪くて重い。それだけだ。
「ふえー。ドア固すぎだよ。マジで」
千歳ちゃんはそう言うと両手のひらにフーフーと息を吹きかけた。
「ねー。ここめっちゃ固いよね」
「ほんとだよー。これだから旧館は嫌なんだ。……じゃあ撮影準備しちゃうね」
千歳ちゃんはそう言うと三脚を立て始めた。いったい今日彼女は何をするつもりなのだろう――。
「うっし! これでOK! んじゃ先にご飯食べちゃお」
撮影機材の準備と撮影用の衣装へ着替えが終わると千歳ちゃんはそう言って屋上の柵に寄りかかって腰を下ろした。ちなみに千歳ちゃんが着替えた衣装は俗に言う地雷系ファッションだ。お世辞抜きに千歳ちゃんに最も似合うタイプの衣装だと思う。
「千歳ちゃんってそういう格好似合うよね」
「お、サンクスサンクス。いやぁ、自分で言うのもアレだけどウチって見た目だけはけっこう可愛く見られがちじゃん? 中身はオッサンみたいなのにさ」
千歳ちゃんはそう返すと髪をシュシュでまとめてツインテールにした。私のようなお下げ髪のツインテールではない。彼女のやっているのは明らかに狙っているタイプのラビットツインテール。かなり男を意識した髪型だと思う。
「それで? 今日は何するの?」
私は彼女の隣に腰を下ろすとそう尋ねた。きっとろくなことじゃない。そんな予感がする。
「今日はねぇ。コレでカッコよく決めるつもりだよー。実は練習したんだ」
千歳ちゃんはそう言うとスクールバッグからリボルバータイプのモデルガンを取りだした。どうやら今日はガンアクションの撮影をするつもりらしい。
「ああ……。だからこの前UGのガンショップまで来てたんだね」
「そだよー。ほら、ウチの配信って半分はFPSじゃん? だからジングル映像ぐらいは実写で撮っときたくてね」
千歳ちゃんはそう言うとリボルバーを指先でクルクル回した。そして回し終わると西部劇のガンマンみたいに銃口にフッと息を吹きかけた。けっこう様になっている。地雷系ファッションなのが玉に瑕だけれどガンスピン自体は悪くなかったと思う。
「――というワケで今日はガンアクションの撮影するよ! たぶん一五分くらいで終わるっしょ」
千歳ちゃんはそう言うとコンビニ袋からたまごサンドとペットボトルの紅茶を取り出した。千歳ちゃんは栄養バランスが心配になるほど小食なのだ。それなのに私より背が高くて均衡の取れたプロポーションなのだから健康に気を配っている私の立つ瀬が無いと思う。
それから私たちは屋上の柵に寄りかかって一緒に昼食を食べた。私の昼食は昨日のまかないの詰め合わせ。サワラの西京漬けときんぴらゴボウ、あとは今朝焼いた厚焼き玉子だ。我ながら健康志向な昼食だと思う。
「いつ見てもかすみんのお弁当は美味しそうだなぁ。ほんと料理上手だよね」
私が厚焼き玉子を箸で切り分けていると千歳ちゃんにそう褒められた。
「ありがと。でも玉子焼き以外は叔母さんのなんだ」
「そっかそっか。かすみんの叔母さん小料理屋さんだもんねぇ。でもでも! 玉子焼きもめっちゃ美味しそうじゃん! やっぱかすみんも料理上手いって」
千歳ちゃんはそう言うと口元だけ静かに緩めた。その表情を見て私は……。思わずドキッとした。こうして近くで見ると千歳ちゃんはやたら可愛く見えるのだ。まるで西洋人形みたいな顔だ。そんなことを思った――。
昼食後。私たちは急いで撮影に入った。タイムリミットは二〇分。それをオーバーすれば午後の授業に遅刻してしまう。
「んじゃねぇ。かすみんはウチが言った小道具用意してね。あとは指示したらスマホのREC押して」
「分かった!」
「よし! じゃあとっとと終わらせよー。んじゃRECよろぉ」
千歳ちゃんはそう言うと身だしなみを整えて三脚の前に立った。そして『ども! メサです! 今日はですねぇ。ウチの通う学校の屋上でロケしてます。つーかさっむいね。風邪引きそうだよー』と普段より数オクターブは高い声で話し出した。その様子はステレオタイプの動画投稿者そのものである種の感動を覚えた。ちなみに『メサ』というのは彼女がネット活動するときの名前のようだ。その由来は私も知らないけれど小学校の頃から使っているらしい。
そんな調子で強行軍な撮影は進んでいった。そして千歳ちゃんが言っていた通り一五分後には全ての撮影が終了した。