株式会社ニンヒアレコード 新宿本社12
目的の階に到着すると私たちはフィッティングルームに向かった。そしてフィッティングルームに入るとそこにはメイク中の弥生ちゃんがいた。メイクさんは……。前回沖縄ロケで一緒だった人だと思う。
「お疲れ様です」
私は弥生ちゃんに声を掛けた。弥生ちゃんはそれに「ん、ん。お疲れ様」と一瞬私たちの方に視線を向けて軽く手を上げた。まだメイク途中なのか弥生ちゃんの顔は中途半端にファンデーションが塗られているように見える。
「もうすぐ終わりますからねー。ちょっと待っててください」
メイクさんはそう言うとチークを手に取って弥生ちゃんのメイクを続けた。かなり手慣れている。おそらく彼女はニンヒア専属のメイクさんなのだろう。
「分かりました。ではこちらも準備しておきますね」
それから私たちは衣装の準備に取り掛かった。……と言ってもやることは単純だ。衣装を何パターンか用意して弥生ちゃんと春川さんに見立ててもらう。それだけだ。
「春川さん。弥生ちゃんもアーティストさんたちと衣装デザイン揃えた方がいいですよね?」
「そうですね。一応寄せていただけると助かります。今回入稿予定の原稿は見開きの左に弥生ちゃん。右にウチのアーティストって配置なので……。それを考えた衣装が良いですね」
「分かりました。……あの原稿の草案みたいなのってありますか? あれば参考に見せていただきたいんですが」
「ありますよ。ちょっと待ってくださいね」
春川さんはそう言うとバッグからタブレット端末を取り出した。
「一応ですね……。アーティストサイドの取材はもうまとめてあります。なので体裁はほぼこれで決まりですね」
「……拝見します」
私はそう返すと春川さんからタブレットを受け取った。そしてその中身をチェックすると春川さんにいくつか質問をした。服の色味はどうしたら良いかだとかアーティストのコンセプトはどんなだとか。そんな質問。これは私なりに考えたスタイリスト業のやり方なのだ。クライアントの意見をよく訊く。私は裏方に徹する。自分の色は極力出さない。私がやるのは……。単に素材を綺麗に見せるだけ。叔父の受け売りだけれどこのやり方が最も無難で且つ王道のやり方だと思う。
「では……。今回の衣装はややガーリーに寄せましょう。たぶんその方が紙面でのバランスが良いと思うので」
「ですね。私もそれが良いと思います。……じゃあ、服の選定よろしくお願いします」
春川さんはそう言うと一つ返事で私の意見を了承してくれた。こうやってすぐに話がまとまると本当に助かる。他の現場ではなかなかこうはいかないのだ。散々衣装を選定した結果、結局最初に選んだ衣装に決まるなんてのもザラだし、こうして即決してくれるクライアントはこの業界では稀だと思う。まぁ……。それは今回のクライアントが弥生ちゃんだからというのも大きいのだけれど。
そうこうしていると弥生ちゃんのメイクが終わった。
「お待たせー。じゃあ香澄ちゃんよろしくね」
弥生ちゃんはそう言うと嬉しそうに笑った。その顔は清純派女優そのもので思わずドキッとする。
「うん。こちらこそよろしくお願いします」
私はそう言って組み合わせた衣装を数パターン弥生ちゃんに見せた。そしてものの数分で今回のスタイリスト業は終わった。毎回こうだと良いのに。そう思うほどあっさりと――。
その後。私とフジやんくんは弥生ちゃんとアーティストの対談を見学した。弥生ちゃんの対談相手は『すべては神様のせい』というバンドの上川リュウゼという人だった。すべては神様のせい。かなり変わった名前のバンドだと思う。
対談中。見学する私たちを余所に春川さんはスマホで二人の対談を録画していた。そして彼女はこまめにカメラマンに指示を出していた。本当に春川さんは多忙な人なのだ。若くして企画課長を任されたキャリアウーマン。弥生ちゃんはそう言っていたし、おそらくは優秀な人なのだと思う。
「ふぅ。ごめんなさいね。せっかく見学してくれてるのに何も構えなくて」
対談が終盤に差し掛かった頃。春川さんにそう言われた。私はそれに「いえいえ。こちらこそお邪魔してすいません」と答えた。本来なら私は服の選定が終わった段階でロビー待機するべきなのだ。だからこうして見学させて貰えるのは素直にありがたいと思う。
「フフ……。やっぱりあなたは大人ね。出雲さんが気に入るのも分かる気がする」
春川さんはそう言うとスマホの録画停止ボタンを押した。そして「もしこの後時間あるならお昼ご飯一緒にどう? 弥生ちゃんも一緒に」と言った――。