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アンダーグラウンド幕張2

 二二時。私は鹿の蔵から真っ直ぐ自宅に戻った。UGから鹿の蔵へ。そして寄り道せずに帰宅。これは私が毎日のように通るルートだ。


 JR海浜幕張駅の前を通り越し裏路地に入る。そして少し歩くと私の住むマンションが見えてきた。幕張新都心開発で作られた高層マンション。それが私と両親の家だ。まぁ……。両親はほとんどのこの家に帰ってはこないのだけれど。


 私の両親はほとんどの場合、会社近くの安アパートで寝泊まりしているのだ。理由は朝の渋滞に巻き込まれたくないから……。なかなか無精な理由だと思う。


 だから私は毎日学校帰りには叔父叔母のところにいるわけだ。仕事中毒の両親とアパレル店長で服飾の師匠の叔父。そして母親のように私を育ててくれた叔母。それが今の私を作ったのだと思う。


 自宅に着くとすぐにバスルームに向かった。そしてメイクを落としてから熱いシャワーで汗を流した。最高に心地良い。長かった一日もこれでおしまい。今日もお疲れ様。そんな気分だ。


 シャワーを浴び終わると私は浴槽に身を沈めた。そして洗い立ての長い髪を指でなぞった。けっこう伸びている。最後にバッサリ切ったのは一年前だっけ……。そろそろ切ったほうがいいかも。そんなことを思った。正直長い髪は日常生活をする上でこの上なく邪魔なのだ。まぁ、そうは言ってもせっかくここまで伸ばしたのに切るのは勿体ないとも思うのだけれど。


 それから私は一〇分ほど温まると風呂から出た。そして水色のルームウェアに着替えると叔母から貰ったまかないを食べた。今日のまかないはサワラの西京漬けとけんちん汁。なかなか健康的なメニューだと思う。


 私はそんな叔母の愛情の籠もった手料理をゆっくりと味わった。そして食べ終わる頃には私の胃と心はすっかり満たされていた。叔母は真の意味で料理上手なのだ。そこには料理の腕と真心。その両方がきちんと備わっているように思う。


 二三時。私は寝る前に明日学校で使う裁縫道具の準備をした。針と糸とはさみとスケッチブックと……。そんな風にひとつずつ点検しながらスクールバッグに詰め込んでいった。これは私にとって最も大切な道具たちなのだ。商売道具であり私の夢を叶えるための相棒。心からそう思う。


 準備が終わると私はすぐに布団に入った。そして瞼を閉じるとあっという間に意識が遠のいていった――。


 その夜。私は幼い日の夢を見た。そこには両親と叔父叔母、そして出雲さんとその姪っ子の弥生ちゃんの姿があった。大人たちは今より少しだけ若い。そして私と弥生ちゃんはまだ小学生だ。


「いやぁ義兄さん。今回はお世話になりました」


 叔父はそう言って父に対して頭を下げた。父はそれに「いえいえ」と返すと母に視線を送った。そこには『僕は何もしていません』という思いが含まれているように感じる。


「まぁ……。こうして無事開店にこぎ着けられたようで何よりです」


 父は歯切れ悪く言うと不器用な笑みを浮かべた。父はいつもこうなのだ。困ると眉間に皺を寄せて苦笑い。そんな顔ばかりしている気がする。


「丈治くん! 美也の隣に並んで並んで! 写真撮るから」


 そうこうしていると母が叔父を店の前に呼んだ。今日は鹿の蔵のオープン日。だから蔵田夫妻の記念撮影をするらしい。


「んー。美也ちょっと左ズレて。あ、丈治さん前髪乱れてるよ」


 母はそう言って携帯を構えた。叔母はそれに対して「お姉ちゃんって仕切りたがりだよね」と皮肉を言った。母はその皮肉を「そう?」と軽く聞き流す。


 それから母は携帯と一眼レフカメラを使って何枚も写真を撮った。そして店外での撮影が一通り終わると「内装も撮らせて」と言って店の中に入っていった。まるで自分の店みたいに我が物顔。そんな風に見える。


「義姉さん張り切ってるね」


 叔父は苦笑気味にそう呟くと小さくため息を吐いた。叔母もそれに乗っかるように「お姉ちゃんっていつもこう」とぼやいた。気持ちは分かる。母は仕切りたがり屋なのだ。独善的で自分勝手で優しくてパワフル。よく言えば天真爛漫。悪く言えば……。傍若無人な人だと思う。


「元気な人ね」


 不意に出雲さんがそう言って叔父に笑いかけた。そして出雲さんは「察するよ」と小声で続けた。もう叔母の姿はない。どうやら叔母は母に引きずられて店内撮影の手伝いに入ったようだ。


「ありがとうございます。でもまぁ……。美也の店作れたのはお義姉さんのお陰なんで俺は何も言えないですよ」


 叔父は非常にありがた迷惑な顔で言うと「本当にそう思います」と続けた。それに対して出雲さんは「本当に察するよ」と叔父の肩を軽くポンと叩いた。おそらくこの二人の間には余計な言葉はいらないのだ。出雲さんはある意味叔母よりも叔父のことを深く理解しているのだろう。


 そうこうしていると店内から叔母の「ご飯にするよー」という声が聞こえた。私はその声に「はーい」と返事すると弥生ちゃんの手を引いて店の中に入った――。


 そこで私の夢を途切れた。そして目が覚めると布団の感触が妙に温かく感じた。顔が冷たい。どうやら今朝はだいぶ冷え込んでいるようだ。


 反射的に机の上のデジタル時計に目を遣る。そこには『5:16』という数字が薄暗い中に浮かんでいた。カーテンから差し込む日の光と消えかかった夜の気配が入り交じる。


 それから私はしばらく布団の中で夢の残り香を味わっていた。まだ両親がそこまで忙しくなかった。そんな日々の淡い記憶を――。


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