株式会社ニンヒアレコード 新宿本社8
――千歳ちゃんはそこまで話すと「……というわけ」と言って話を締めくくった。なかなか酷い状況だ。千歳ちゃんの言うとおり悠長に太田さんを嗅ぎ回っている場合ではなかったらしい。
「とりあえず……。明日学校行ったら澪ちんに話訊いてみるよ。何か良いアイデア持ってるかもだしさ」
千歳ちゃんはそれだけ言うと布団を目深に被った。そして程なくして彼女は寝息を立て始めた。ここ最近はずっとフジやんくんのことで忙しかったし疲れが溜まっていたのだと思う。
「なんか……。花見川高校も大変だね」
不意に弥生ちゃんがそう呟いた。私はそれに「まぁね」と軽く返す。
「ねぇ香澄ちゃん。もう少し夜更かしできる?」
「……? いいよ。私もまだ眠くないし」
それから私たちは千歳ちゃんを起こさないように静かに客間を抜け出した。そしてマンションの最上階にあるスカイラウンジへ向かった。こうしてスカイラウンジに行くのは随分と久しぶりだ。
「ひゃあ、やっぱここは高いねぇ。トライメライが下に見えるよ」
弥生ちゃんはそう言って窓際のソファーに腰を下ろした。するとすぐにラウンジの男性コンシェルジュが飲み物のお品書きとお冷やを運んできた。手前味噌だけれどこのマンションは一応それなりの高級住宅なのだ。だから私たちみたいな子供相手でもきちんと対応をしてくれるのだと思う。
「ありがとうございます」
私はそう言ってそのお品書きを受け取った。すると彼は「いえいえ。こんな時間に来られるなんて珍しいですね。……ごゆっくりどうぞ」と言って上品に微笑んだ――。
その後。私たちはさっきのピザパーティーの続きみたいに止めどなく話をした。今度はさっきのジャンクパーティーと違って穏やかなお茶会。そんな雰囲気だ。
「……あのね。香澄ちゃん。本当は明後日一緒に東京行って欲しかったんだよね」
日付が切り替わる少し前。弥生ちゃんが思い出したようにそう呟いた。
「東京? また撮影か何か?」
「撮影……。一応そうだね。ま、今回は写真と取材だけだけど」
「そうなんだ。……やっぱりこの前の沖縄ロケ関連?」
「そだよー。なんか音楽系の雑誌の記事なんだってさ。そんでPVに出演した私にも話が回ってきたってわけ」
弥生ちゃんはそこまで話すと「ふぅー」と息を吐いて天井を仰いだ。そして「だから取材もニンヒアでやるみたい」と付け加える。ニンヒア……。確か今回弥生ちゃんがPV撮影で参加したアーティストの所属する音楽レーベルだったと思う。
「でもまぁ……。今回は仕方ないね。香澄ちゃんも例の藤岡くんの件で忙しいもんね」
「……うん。正直今回は厳しいかな。ごめんね」
「ああ、いいんだよ。さっきも言ったけど香澄ちゃんは学校を優先した方がいいと思うからさ」
弥生ちゃんはそう言うとニッコリ笑った。その表情は……。明らかに無理をしているときの笑顔だ。
だから私は「分からないけど調整はしてみるよ。明日の午後には返事できると思う」と返した。弥生ちゃんはそれに「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」と言って今度は疲れた顔で笑った――。




