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招かざる客①

契約結婚をしてから一ヶ月が過ぎた。


セーラは自分の変化に少し驚いていた。

この頃、旦那様の隣で眠ることに慣れてきたように思う。

二人の距離感や、生活のペースもようやく確立されたのではないかと考えていた。


越してきた当初はまさか領主館に二人きりだとは思いもしなかった。旦那様の家族が一緒に住んでいるものだと勝手に思っていたのだ。

しかし、前伯爵様はご隠居され、今は船旅に出られているし、他のご兄弟様は、騎士団に入っていたり、すでに嫁がれていたりと、今は旦那様一人でお住まいだったのだ。


そのため、二人きりの空間が恥ずかしくて、旦那様と一緒にベッドから出るのではなく、目を覚ましても寝たふりを続けていた。


しかし、今は早朝に目を覚ます旦那様に合わせて私も同じ時間に起きる。

それぞれの自室で支度を済ませると、旦那様は馬の世話、私は薬草の畑に向かう。

まず、暗いうちに畑に水を撒く。それから、畑の雑草を取って、空が明るくなったら、領主館に戻り、旦那様と朝食を頂くのだ。


その後は大抵、厩務員の管理棟の離れにある調薬用の自室に向かう。


今日も、離れに向かい、扉に手をかざすとロックが解除されて扉が開いた。

これは旦那様が付けてくれた最新の鍵で、私しか開けられないようになっているのだ。


部屋に入ると、ソファーに腰掛けた。

初めはソファーとテーブルしか置いていない殺風景な部屋だったけど、アイテムボックスに入っていた家具や、絵画、書籍などを並べて、かなりごちゃごちゃした、私なりに居心地のいい空間を作ったのだ。


先日買い付けたラベンダーをドライフラワーにするために、天井から吊るしてあるため、照明は床置きだけど、あまり気にしない。


この部屋に来るのは、アンナか、旦那様か、旦那様の侍従であるケンネスさんか、マシューさんだけだ。

気を張るような相手はいないもの。


乾燥し終えたハーブを選別していると、アンナが紅茶を淹れてくれた。


「ありがとう」


「少し休憩なさってはいかがですか?奥様も旦那様も本当によく働く方で似た物夫婦ですが、休憩を取らないところまでそっくりですからね」

アンナは困った顔でフィナンシェの乗ったお皿を小さなテーブルに置いた。


「そんな事ないわ。私はこうやって休憩しているけど、旦那様はいつも馬と一緒だもの。全く休憩していないのではないかしら?」


旦那様は、本当によくお仕事をする方だ。旦那様の多忙ぶりには驚かされる。


「旦那様は、馬のお世話をするのが趣味みたいな方ですから。奥様とご結婚されても変わらないのが旦那様らしいです。それでいくと、奥様の趣味は、畑仕事なのですか?」

契約結婚だと知らないアンナは、本当にそう思っているようだ。


「趣味というか、私を指導してくれた方がそうだったの」

私にポーションの作り方を指導してくれた先生は、買ってきた草花ではポーションを作らなかった。

買ってくる場合は、畑まで出向いて買う事と言われていた。先生の事や昔の事を思い出して、寂しいような、いたたまれないような気持ちになる。


「奥様の育てる草花はあまりにも立派で庭師達も驚いていますよ。昨日、庭師達から、奥様の畑をみたいと言われたじゃないですか!」

「そうね。あの後、肥料について聞かれたわ」


かなり大きな畑には、一般的には雑草だと思われている草、カモミールなどのハーブ、魔力を含んだダグマル草のような魔法草など、多種多様な植物を育てている。

ポーションを作っている事を知らない庭師達は、種類の多さと、独自の育て方に驚いていた。


それを思い出しながら、フィナンシェを口に運んだ。


その時、ノックの音がした。

やってきたのはマシューさんだった。


「奥様、お客様がいらっしゃっております」

お客様?

リバートンホテルで清掃員をしていた時に仲良しだったエマとは手紙のやり取りをしているが、エマに本当の事は言えず、アンナの実家宛に手紙を送ってもらっている。

ここにいる事を知っているのは誰かしら?


「私宛に?どなたかしら?」

「お名前を名乗られないのでわからないのですが、様子が何だかおかしいのでエントランスで待っていただいております」

「様子が変?だれかしら。とりあえず、急いで参りますわ」


「奥様、その前にお着替えを済ませてくださいませ」

そうアンナに言われて、自分の服装を見る。


今、汚れてもいいように厩務員と同じ服装をしている。確かにお客様にお会いする服装ではないわね。


「わかりました。一旦、自室に戻って着替えてからにいたしましょう。急なお客様にはもう少しお待ちいだだけるように伝えてください」

アンナと共に、領主館の二階にある自室に向かう。


おもてなしが必要だからと、旦那様が買ってくださった服にいよいよと袖を通すことになった。

しかも、急な私宛の来客ともなると、何だか申し訳なく思う。


「ねえ、私宛の来客なら着飾らなくてもいいんじゃない?」

アンナに問いかけると、少し怖い顔をした。


「それはいけません。旦那様の資金力を誇示していただきませんと、『マクヘイル伯爵家は奥方様が着飾るだけの資金がない』と噂がたっては困ります」

「それもそうね……」

指摘を受けた通り、旦那様に迷惑をかけるのはいけない。


そう思い直して、領主館に向かってアンナと共に歩いていた時だった。

誰かが、領主館を眺めながら歩いているのだ。

品定めをしているのか、それとも誰かを探しているのか。

その動きは不審者そのものだ。


その不審な人物はドレスを着ているので女性なのはわかったが、こちらを見ると一直線に歩いてきた。

驚いたことに従姉妹のヘザーだ!


「アンタがどこかの伯爵と結婚したって、お祖父様の弁護士の助手が言っていたから、アンタが書類を偽装したんじゃないかと疑って、見にきたのよ」

勝ち誇ったような口調でそう言った後、私の頭の先からつま先までを舐め回すように見た。

その目つきはあまりいい物ではない。


「やっぱりアンタ、書類を偽造したのね。伯爵夫人が使用人の服なんて着るはずないもの。すぐに弁護士に言って、司法省に報告してもらわなきゃ。今度こそ、アンタは牢屋行きね」

ヘザーはそう言った後、私を指さした。


「この人、使用人のくせに、伯爵との婚姻届を偽造したのよ。つまり犯罪者!今すぐに、伯爵に報告しなさい」

そうアンナに言った。


「お客様、どなたかとお間違えになっていらっしゃるのかもしれませんが、こちらの方はマクヘイル伯爵夫人ですわ」

アンナは全く動じずに、返事をするとにっこりと笑う。


「こんなにみすぼらしい格好をしているじゃない!」


「マクヘイル伯爵様も奥様も、領主としてのお仕事に勤しんでおられますので、急なお客様をおもてなしする際には、まず支度をする準備が必要となります」

アンナの口調は、優しげだったが、目が怒っている。

ヘザーの態度がよほど気に食わなかったようだ。


「へえ。領主の仕事ね。確かに、セーラなんてこき使うしか利用価値がないものね。まあ、アンタを妻に迎えるなんて、ここの伯爵ってかなり結婚相手に困っていたのね。元々アンタは犯罪者だしね」

その蔑むような目つきが嫌だ。



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