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透明なポーション


馬のポーションをお願いした時、自分で作った薬草しか使わないと言われた。

あの時は、『できる範囲でしかやりません』という意味かと思っていたが、どうも違うようだ。

それは、自分が認めた薬草しか使わないという意味だったらしい。

私には同じに見える薬草でもセーラには違って見えているようだ。


「ダグマル草の仕分けが終わりました」

セーラは3つに分類していた。

「この3つの薬草の山は?」

「一番左側は馬の餌に混ぜていただきたいものです。真ん中の薬草は、うっすら根っこが残っていますので、水に浸してからもう一度植えて、種を採取します。今、ポーションに使うのは、右端のものだけになりますね」


水に浸してもう一度植える事ができるなんて!初めて聞いた話に驚く。ダグマル草は育てるのが難しいらしく、他の薬草より少々高い。

それを育て直して種を採取しようだなんて!

驚いていると、セーラは不思議そうにこちらを見た。


「ここにある他の薬草は使いませんので、今まで通り餌に混ぜて使用してください。ではこれをどこに運べばいいですか?」

「運び先は厩務員の管理棟の離れになる。以前は資料庫として利用していたものだから、まだ不用品が多いが、大目に見てくれ。この大きいカゴは私が運ぶよ」

「ありがとうございます。では、私は真ん中のカゴを持ちます」


離れの棟に案内すると、セーラは驚いていた。

「ここを使ってもいいのですか?」

「ああ。何も無くて申し訳ない。君の好きな家具を揃えて居心地よくしてくれればいいよ」


この建物は、窓から馬の放牧場がよく見える。元々は、馬を見ながら商談をするために先代が別棟を建てた。

しかし、結局、領主館で商談をするので利用頻度がなく、いつの間にか資料庫になっていたのだ。


今回は、セーラにポーションを作る部屋として利用してもらおうと、資料を移動して、ポーションの釜を置いた。

それでは殺風景だったので、カーテンを新調し、ソファーとテーブルで、空間を取り繕ってみた。

しかし、床は、古い板張りで、壁紙は変えられる時間がなく、ただの白い壁のままだ。

こんな何も無い部屋で申し訳なく思い、セーラを見ると、嬉しそうにしている。


「自室だけじゃなくてポーション専用の部屋も用意してくださったのですか?しかも、私の好きにしてもいいと!」

目を輝かせている様子を見て、少し安堵する。


「あの。ポーション作りにあたって、いくつかお願いがあります」

「なんだろうか?」

「今だから言いますがケンネスさんに飲ませたポーションは、一刻を争っていたので、出来上がったものを鑑定もせずに飲んでもらいました。ですが、今後は鑑定をしてから馬に与えて欲しいのです」

鑑定魔法か。

確かにあれは、使えない人が多い。

薬師でも、みんなが皆使えるわけでは無いが、だからと言って困っているとは聞かない。


「鑑定魔法を使わなくてもいいのでは?セーラが作ったのだから、それを信じて馬に与えるが、それではダメなのだろうか?」

疑問に思った事を口にする。


「それではダメなのです。ポーションは薬草や草花の成分を抽出しますが、複数の成分が含まれているので、抽出を失敗したポーションは廃棄しますよね?」

「確かに」


「普通なら、色や味で失敗か成功がわかりますが、私のポーションは無味無臭なので、鑑定魔法でなければわかりません」

言われてみれば、その通りだ。無色透明で、無味無臭であれば、鑑定魔法がなければ失敗か成功か見た目ではわからないポーションである事はたしかだ。

「他に注意点はあるのか?」


「見た目で区別ができないので、管理に気をつけてください。例えば保管する瓶にラベルを貼るとか、瓶の形を変えるとか」

普通のポーションは色や匂いでわかるからラベルなど貼った事はないが、見た目が同じならそれは必要な事だ。


そうして話し合っていくつかの取り決めをした。

まず、ポーションを作っていることは、侍女であるアンナと、厩舎のごく限られた厩務員のみが知る事実とする事。

ポーションの作製中は誰も部屋に入れない事。


「部屋にはすぐに鍵をつけさせよう」

ドアノブをチェックしながら伝えると、セーラはにっこりと笑った。

「旦那様はなんでも自分でチェックなさるのですね」

初めて指摘を受けてびっくりする。


「皆そんなものではないのか?」

「私は2年間リバートンホテルの客室清掃係をしていましたので、何度か宿泊客の方の忘れ物の対処をしたことがございますが、皆様、殆どの事を侍従の方々に頼りきりで、ご自身では何も確認しない方が多いです」


確かに、馬を買い求めに来る貴族には一定数そんな人がいる。自分で領地経営などせず、社交に明け暮れている人々だ。

しかし、そういった貴族達に魔法馬は売れない。


魔法馬は気難しいし、餌も特別で飼育にはかなりの資金が必要だ。

それに、魔法馬には人を見る目があるのか主人を選ぶ。一説には、先を見通す力があるとも言われている。

だからこそ、社交しかしない貴族にはついていかないのだ。

魔法馬が拒否をしてしまう。


「魔法馬を育てるには、主人らしくしないといけないんだよ」

その答えに対して、セーラは不思議そうな顔をしたので、なんだか可笑しくて私は笑った。


「とりあえず、必要な物をこの紙に書いてくれ。すぐに用意させる」

セーラは紙を受け取ると、そこに必要なものを書いていった。

それを受け取り、二つに折ると、表面に「ケンネスへ」と書く。すると、たちまち鳥の形へと変わり、自ら飛び立っていった。


「では、次は何をすればいい?」

その質問に対して、先ほど運んできた薬草カゴを手に取った。

「この根のついたダグマル草を一晩井戸水に浸したいのですが、井戸はどちらにありますか?」

ポーション作りには井戸水は欠かせないという話を聞いていたので、裏にある井戸まで案内した。

ここは、馬の飲み水などに使っている井戸だ。


セーラは、その井戸から水を汲み、アイテムボックスからタライを出して、水とダグマル草をそこに入れて蓋をした。

それから、魔法をかけている。


何の魔法だろうか?と興味津々で見ていると、タライの表面がうっすらと凍った。

「氷魔法?」

「そうです。一晩だけ冬眠させるんです」


「もしかして、それをアイテムボックスに戻すのか?アイテムボックスは『現状維持』をしてくれるから、凍ったままの保存ができるからね」

「その通りです。明日、解凍して畑に植えます」

と答えて、アイテムボックスにしまった。


その後は、畑に案内して、私は馬の世話に戻り、セーラはポーション作製の部屋に向かった。

夕方ごろ、セーラが厩舎にやってきた。

「旦那様、本日の分が出来上がりました」

それは透明な液体だった。

ポーションと言われなければ、わからない。


「これはかなり濃いので、馬の体には負担があるでしょう。ですから、お水で薄めて与えてください」

「早速作ってくれてありがとう」

そう伝えると、セーラは少し恥ずかしそうに笑って、アンナと共に領主館に戻っていった。


受け取ったポーションを、馬の飲み水に少量混ぜて与える。

体の弱った馬には少ししか与えられないので、初めのうちは、大きな変化は感じられなかった。


それから2週間が過ぎた頃だった。

歩けなかった馬が、厩舎の外に出られるようになったのだ。

今までなら、ここまで弱ってしまうと、もう手の施しようがなかったのに。


これは全てポーションのおかげだ。やはりセーラに来てもらってよかった。

ポーションさえ作ってくれればいい。

そう思っているので、当初の約束通りセーラのプライベートには干渉していない。

セーラは週に2回、王都に行っているようだが、どこで何をしているかは言わないので、こちらも聞いてはない。

半日だけ王都で過ごし、帰宅時には種苗を買ってくるので、使用人たちは買い付けに行っていると思っているようだ。


しかし、セーラの送り迎えのために魔法馬の馬車を管理しているケンネスは、セーラは勤めていたラウンジの近くで馬車を降りると言っていた。

きっと、稼いだ資金を貢ぐ相手が、その近くにいるのだろう。

あそこは夜の街だ。

何か犯罪に巻き込まれては大変だと、その点は心配だが、セーラには何も言えないでいる。


それ以外の日は、畑で、多種多様な植物を育てている。

毎日、馬の様子をみてから、その日のポーションをくれる。馬の具合を見て毎朝調合しているようだ。


使用人達は、セーラが厩舎に顔を出す理由を知らないが、馬の体調を気にしているから好意的だ。

しかも、セーラは服や宝石を買ったりせず、欲しがるのは薬草の種苗ばかり。

しかも人当たりも良いので、使用人達にも好かれている。


たまに一部の使用人が、畑の手伝いを申し出ているが、セーラは自分でやると断っている。

その畑の草花は、ポーションを作れるまでには植物はまだ育っていない。

まだ収穫できるまでになっていないので、ポーションを作るための草花は、自ら農家へと出向いて買い付けたものを使っている。

草花にはかなりこだわりがあるようだ。


そこまでしてポーションを作っているのに、人には処方できないとは……。

最近では、いったい何があって、薬師の免許が取れなかったのか気になっている。

しかし、そのことについては触れることができない。


一緒に過ごせば過ごすほど、謎めいていて、表情は豊かではないので一見すると淡々とこなしているように見えるが、一生懸命で。

何だか放っておけないが、何も聞けない、出来ない事に歯痒さを感じる日が増えてきた。


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