契約結婚をするときに考えた事
ライアン・マクヘイルは、ブレスレットを眺めながら考えていた。
「自分の相続人達に、こんなブレスレットを付けさせて、1年間の結婚を強要する人って、どんな人物だと思う?」
私の疑問にケンネスは、右の眉毛を上げた。
「そりゃ決まってますよ!偏屈な金持ちですね。私は、魔道具にもそれなりに精通していると自負していますが、このような魔道具は見た事がありません」
「やはり金持ちだよな。自分の相続のために魔道具を製作させる財力のある人だという事だ」
私の言葉にケンネスはウンウンと頷いた。
「セーラの話だと、相続人の条件として、期日までに婚姻届を出して、一日のうち六時間は一緒にいないといけない生活を1年間送らなければならないそうだ」
「きっと、相続人達の行く末を心配したんでしょう。性格に難ありの相続人がいらっしゃるのかもしれませんよ?またはライアン様のように、常に女性に追いかけ回されて、女性不信になっているとか」
「女性不信ではない。現に、ケンネスのアドバイス通り、セーラと結婚したではないか!」
「でも、契約結婚ですよね?セーラ様は謙虚でいい方だと思いますから、上手くいくといいですね」
「そうだな。何事もなく、偽馬事件が解決するまで契約結婚を続けられるといいな」
私の言葉を聞いたケンネスは、白けたような視線を投げかけてきた。
「ライアン様のいけないところがでましたね。まあ、スタートはそれでもいいですが、レディを大切にする事を学んでくださいね」
どういう意味だと聞こうとした時に、マシューが部屋に入ってきた。
「ライアン様、綺麗な奥様ですね!電撃婚なんて、らしくないですね!」
そう言いながら私の着替えを手伝ってくれた。
「ケンネスはもう知っている事だが、マシューにも伝えないといけない事がある。」
「なんですか?改まって」
「それは今から話す」
マシューとケンネスのためにシールドを張って、防音をしてから、契約結婚の事を説明した。
「奥様の素性は気にならないのですか? きっと大富豪の子供、または孫なのに、清掃員の仕事をしている上に、ポーションを作る能力を隠しているんですよね?可能性としては一つです」
マシューは、慎重に言葉を選びながら話を続ける。
「奥様は……犯罪に巻き込まれたか、または、犯罪を犯して家族と連絡を取っていなかったのではないでしょうか?」
私はため息をついた。
その可能性は、契約結婚を持ち掛ける時に頭の中で何度も考えた。
「もしも、そうだったとして、犯罪を犯していたのなら、刑務所の中のはずだ。もしくは、軽犯罪で、収監されていたのが、ごく短い期間だったのか、だ。もしも、後者だったとして、リバートンホテルが、犯罪歴のあった人を清掃員に雇うと思うか?」
あの時、自分の中で出した結論を言ってみた。
「確かにそうですね。犯罪歴がないと考えて間違いないでしょう」
マシューの答えに、少し安堵する。
セーラは確かに謎が多いが、ケンネスの命の恩人だ。
少なくとも、あの時点では、お金目的で助けたわけではない事は明白だ。
人に対して、ポーションを作る免許を取得していないのに投与したら、犯罪となる。
闇薬師という扱いになるから、バレたら10年は牢屋に収監される。
そのリスクを冒してまで、ケンネスを助けてくれたんだ。
「ケンネスの命の恩人だ。だから悪人ではないと信じている。それから、契約結婚である事は、君達にしか言うつもりはないから、絶対に誰にも知られないようにしてくれ」
着替えが終わったので、この話は秘密の話だと、念を押した後、シールドを解除し、三人で領主館裏の厩舎に向かった。
「どの馬も、健康状態は悪化する一方だ」
厩舎の中には魔法馬に仕立て上げられた馬達が療養していた。
どの馬も、強い薬の副作用なのか、骨が脆くなり、毛が所々抜けている。
もう、外に連れ出してあげる事もできない馬もいるが、まだ動ける馬はリハビリのために、厩舎の外に出す。
馬を歩かせていると、二人の侍女が厩舎に向かってきた。
あれは、セーラとアンナだ!
どうなっているんだ?
セーラがお仕着せを着て、薄いメイクにしている。
きっと馬を怖がらせないためだが、あれではまるで初めて会った時の、ホテルの清掃係のセーラだ。
そして、じっと馬を見ていたが、たまたま厩舎から出てきた厩務員に、アンナが話しかけた。
この馬達は、話し声にも敏感だから、アンナがそれを説明してくれたようだ。
私は、馬をケンネスに任せて、セーラの元に駆け寄る。
「セーラ、どうしたんだ?ゆっくりしていればいいのに」
「部屋から旦那様が馬を引いて歩いているのが見えたのですが、あまりにも馬の体調が悪そうで……あの」
ここから先は言いづらい事があるのか、黙ってしまった。
もしかしたら、ポーションの話を誰にも聞かれたくないのかもしれない。
そう思って、アンナを下がらせた。
二人きりになったので、もう一度、質問をしてみる。
「もしかしてポーションを作るために様子を見に?」
「そうです。馬の状態を確認しないと、適切なポーションを作る事はできませんので」
その真剣な顔を見ると、何だか少し嬉しくなる。
セーラも馬の事を心配してくれているようだ。
「じゃあ、今から厩舎に案内する。馬は弱っているから、驚かさないように、声は出さないでほしい」
「わかりました」
二人で厩舎に入ると、セーラはまず、馬の餌を確認した。
それから、一頭ずつゆっくりと見ていく。
ここには、15頭の馬が療養している。
魔法馬に仕立て上げられた馬を見つけたら、こちらで引き取っているのだ。
まだ発覚していないだけで、他にも馬がいるのかもしれない。
ゆっくりと馬達の様子を伺った後、外に出た。
「思っていたより深刻ですね。すぐにでもポーションを与えないといけませんね。今まで、ポーションを与えた事はあるのですか?」
「あるよ。でも、馬達は嫌がる。匂いや味の問題だろう。だから、馬が食べられる薬草などを餌に混ぜているが、大きな成果は得られていない」
「だから旦那様は無味無臭のポーションがあればとおっしゃっていたのですね」
セーラはそう言うと、しばらく何かを考えているようだった。
「旦那様、私は自分が育てた薬草でないとポーションは作らないと申しましたが、それでは日数がかかってしまいます。その間のポーションは購入した薬草で作ります」
「そうしてくれるならありがたい。早速だが薬草庫に案内しよう」
「ありがとうございます。その前に、あの……いつものカバンを持ってきてもよろしいですか?」
マジックボックスになっているあのウエストポーチを指している事はすぐにわかった。
確か、あの鞄にポーションを作る鍋を片付けていたな。
「では、取りに行こう」
セーラのカバンを取りに行き、薬草庫に向かう。
そこは、獣医が常駐している棟の中にある。
そして餌に配合する前の薬草を見せた。
すると、薬草を手に取り、眺めている。今セーラが手にとっているダグマル草は、甘い匂いが特徴で、それが強いほど効き目が強いと言われている。
薬師は皆匂いを嗅ぐがセーラはそのような事はせずに、他の何かを観察しているようだ。
そして、アイテムボックスから大きなカゴを出すと、おもむろに仕分けを始めた。
ただ二つに分けているわけではなく、薬草を選別しているようだ。
その背中を私はじっと眺めていた。