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お祖父様の顧問弁護士に会う

目が覚めると見覚えのある部屋にいた。

ここは……リバートンホテルの客室だ。しかもスイート。

私、仕事中だったかしら?


自分がベッドに寝ている事に気づいて飛び起きる。

これがバレたら減給だ。

そう思ったが、見慣れぬ高そうなドレスを着ている上に、鏡に映った自分は別人のようなメイクをしている。


そこで昨日のことがだんだんと蘇ってきた。

私、結婚したんだ。

一瞬、夢でも見たのかと思ったが、この服装と、指に嵌められた大きな魔法石のついた指輪が事実だと物語っている。


ベッドルームから出ると、リビングルームに向かった。

そこには新聞を読むマクヘイル伯爵がソファーに座っていた。

「おはよう。君は昨日からずっと何も食べていないだろう?君が眠ってから気がついたのだよ。申し訳なかった。何が好きかわからないから、とりあえず全部注文してみたよ」


マクヘイル伯爵がダイニングテーブルを見てそう言ったので、私もそちらを見る。

すると、このホテルのモーニングサービスで注文できるお料理が並んでいた。


「おはようございますマクヘイル伯爵様」

「まず、マクヘイル伯爵と呼ぶのは変だよ?だって、君はもう、マクヘイル伯爵夫人じゃないか」


「確かに変ですね……それなら、旦那様とお呼びしてもよろしいですか?」

「できれば名前で呼んでもらった方がいいけど、その呼び方でとりあえずば妥協するよ」


「私の事はセーラとお呼びください。これからよろしくお願いします。旦那様」

カーテシーをして敬意を表したが、何故か苦笑いをされた。


「雇用関係があるわけではないのだから、その態度は改善して欲しい。このままでは夫婦には見えないだろう?」

「そうですね。あまりにも他人行儀かもしれませんね。でもどうしたら夫婦らしく見えるのでしょうか?」

その質問にケンネスさんがクスクスと笑った。


「まず、セーラ様はモーニングを召し上がってくださいね。ライアン様、貴方様も他人行儀ですよ?今まで、追いかける女性から逃げ回っていたから、自分から女性と親しくする方法がわからないんじゃないんですか?」


「そんな事はない……はずだ!私からは親しげに振る舞っているつもりだ」

ちょっと怒り気味に反論した旦那様に対して、ケンネスさんは子供の頃からの思い出話をし揶揄う。

その2人の掛け合いが面白くて、思わずクスクスと笑ってしまう。


「お二人はすごく仲良しなんですね」

「ああ。私と、ケンネスと、領地にいるマシューの3人は幼馴染なんだ。契約結婚の事は、マシューには伝えるが、他には誰にも言うつもりはない。世間に知れたら大変な事になる」


「確かにそうですね。遺言の中には、『1年間、夫婦として同居生活をしている事』とありました。夫婦に見えないとまずいですよね」

そう伝えると、旦那様の動きが止まった。


「それは『夫婦として生活している』証拠を出さないといけないのだろうか?」

旦那様は驚いた顔のまま質問してきた。


「さあ。一緒に住んでることが確認できればいいものだと認識していましたが?」

「その結婚の条件を満たしてるかどうかは誰が調べるのだ?」


「多分、弁護士じゃないですか?『夫婦である証拠』なんて、婚姻届以外、何もないんですもの」

旦那様は何を心配しているのだろうか?


「まあそうか。100年前なら、夫婦になった証拠に初夜のシーツを教会に出す、なんて貴族の風習があったけど、今は無くなった風習だしな。まさかそんな事は求められないだろう?」


私は何を言っているのか全くわからなかった。

シーツを教会に出したって、古いか新しいかの話だ。

昔は、初夜は新しいシーツでって決まりがあって、それを破ったら罰則でもあるとか、そんな感じだったのかな?

100年前の貴族って意味のわからない風習があったのね。


「意味不明な風習があったんですね」

その言葉に、2人は苦笑いをしている。


「意味がわからないなら、いいんだよ」

そう言われたので、この話は終わりにして、今日は結婚証明書を弁護士に出しに行く事と、住んでいるアパートの片付けをして、そして退職願を出すと伝えた。


「弁護士のところに一緒に行こうか?」

旦那様はそう聞いてくれたが、私は1人で行くと伝えた。

もしもそこに他の相続人がいたら罵倒されるだろう。そんなところは見られたくない。


朝ごはんを食べ終えたので、

「昨日、持っていた黒いハンドバックが欲しいのですが」

とお願いをした。すると、ケンネスさんが、まるで大切な物を扱うように持ってきてくれた。


それを受け取ると、ベッドルームに戻り、中からアイテムボックスであるウエストポーチを出して、中を漁った。

ホテルの清掃員用の制服がここに入っている。


化粧を落として、いつものように簡単に髪を結ぶと、清掃員の服に着替えた。

魔法石のついた指輪をアイテムボックスに大切に仕舞う。


これから、『伯爵夫人』として過ごすが、それは短期的なものだ。

だから。贅沢に慣れないように。

またこの生活に戻れるようにしないといけない気を引き締めて、誰にも見られないようにそっとスイートルームを出る。


そして、掃除用具室に向かった。

すると、昨日の話を聞きつけた同僚達がエマに向かって「いいなぁ」とか「羨ましい」などと言っていた。


「昨日、私たち運が良かったわね!あのスイートルームのお客さん、何をくれるのかな?楽しみだわ」

エマは楽しそうに仕事をしている。

仲良しのエマに退職を伝えないと。


「突然だけど、私、仕事を辞めないといけなくなったの」

その報告にエマは驚く。

「もしかして結婚相手が見つかったの?」

「ええ。相手は地方の人で、私も畑をしなければいけないの」

正しくは、薬草の畑を自分で管理するのだけど、そこまでは言えない。


「畑?それは大変だわ。農家の奥さんになるのね。ここみたいな都会と違って、苦労するだろうけど頑張って」

エマは、祝福してくれて、手紙のやり取りの約束をした。


それから支配人のところに行って、退職したいと伝えた。

通常なら、すぐに退職できるものでもないが、支配人は勝手に、ケンネスさんに仕事に誘われたと勘違いしている。


昨日、ドアを開けた時、向かい合って握手を求められていたからだ。

「伯爵家の執事に引き抜きをかけられたのでは、何も言えません。あちらの方がはるかにお給料はいいですからね」

支配人は機嫌悪そうに答えて、最後のお給料をくれた。


それを貰ってから着替えると、今朝、旦那様から渡された結婚証明書を持って弁護士を訪ねる。

まさか、たった一晩で結婚をして、仕事も辞め、王都から離れる事になるとは思いもしなかった。

確かに契約結婚は望んでいた。

でも、当初の予定では結婚だけして、仕事は今までと変わらずに行うつもりだった。


弁護士事務所の前の呼び鈴を鳴らすと、私のアパートに訪ねてきた弁護士の助手が、中に案内してくれた。


応接室では、弁護士が待っていた。

「いらっしゃいませ。1週間ぶりですね、セーラ様。もしや本日は結婚証明書をお持ちになられたのですか?」


「ええ。こちらを」

旦那様に渡されたまま、開封していない封筒を弁護士に渡す。

「おや!封蝋は、ヨーク教会のものですか。あそこは小さいけど王都に昔からある由緒正しき教会なのですよ」


結婚の手続きの時、ヨーク司祭様と呼ばれていたから、てっきりお名前だと思っていたのに、教会の名前だったんだ。

しかも、あんなに小さくて、目立たないのに、由緒ある教会だったのね。

内心驚いている私の前で弁護士は結婚証明書をしげしげと眺めた。


「魔法印がありますし、正式な手続きが完了している事が確認できました。こちらはお預かりさせていただきます」

「よろしくお願いします」

ちゃんと間に合った事に安堵する。


「新婚のセーラ様に言うことではないかもしれませんが、もしも離縁されたらこの証明書には、その文言が自動で書き連ねられますから、遺言を執行する上で大切なものなのですよ」

この言葉で、弁護士が結婚証明書を提出するように求めた理由がわかった。


「では、期限までに婚姻の手続きを済まされた方にお渡しするようにと、お祖父様からお預かりしておりました魔道具がございますので、こちらを装着ください」

弁護士は、壁際のガラスケースの飾り棚から、大切そうに小さな箱をテーブルの上に乗せた。


それは掌に収まるサイズの箱だった。ターコイズのような石で出来ている。

「まず、こちらの箱を両手で包むようにお持ちください」


何故、箱を包み込むように待たなければならないのか、疑問に思いながら言われた通りにする。

すると、箱の表面に私の名前が浮かび上がった。

驚いて箱をじっと見つめる。


「恐れ入りますが、開けて頂いてもよろしいですか?魔道具は箱の中でございます」


箱だけでもこんなにすごいのに、この中に入っているものを身につけないといけないの?

そんなものをつけても大丈夫なのかしら?

恐る恐る開けると、中に入っていたのは、ゴールドのペアのブレスレットだった。真ん中にブルーの魔法石が埋め込まれている。


「ブレスレット?」

「さようでございます。こちらをお手に取ってください」

触ろうとすると、指先が触れた瞬間に青白く光り、気がつくとブレスレットが手首に装着されていた。


「この魔道具は?」

しげしげと手首についたブレスレットを眺めた。どこをどう見ても、単なるブレスレットだ。


「これは、ご夫婦が同居しているかを確認する魔道具でございます。お二人が毎日、合計6時間以上、半径5メートル以内にいないと、この箱がブルーグリーンから黄色に変色します」

弁護士はそう言って、ターコイズ色の箱を指差した。


「色が変わるとどうなるんですか?」

「黄色に変色してから、2時間以内に、半径3メートル以内に入り、そこから12時間以上そのまま過ごして頂くと、箱の色は元に戻ります」

12時間も、側に居続けるって大変な事だ。

私はじっと話を聞き続ける。


「ですが、そのまま何もしないと、箱は黄色から赤に変わります。その時点で、相続人の権利を失います」


「では、旦那様がお仕事で数日、離れなければいけないとなった時は、私も同行しないといけないのでしょうか?」

不安になって質問をしてみる。

すると弁護士は、取ってつけたようにニッコリと笑った。


「セーラ様のご主人様が、騎士団に所属しているなど、遠征で誰も帯同できない時などはお知らせください。このように例外はございますが、それ以外は認められません」


弁護士が何かを言おうとした時、勢いよくドアが開いた。


「セーラ!なんて厚かましいのかしら?遺産を貰う気でいるのね」

そこに立っていたのは従姉妹のヘザーだった。


「おや、ヘザー様。その後ろにいらっしゃるのはゲオルグ様ではありませんか」

弁護士の言葉で、ヘザーの後ろをみる。

そこには確かにゲオルグもいた。

……ゲオルグは、18歳までは私の婚約者だった人だ。婚約解消になった時は、色々な事があった。

もう苦い思い出だ。


ゲオルグと視線が合ったが、相手は蔑むような視線を私に投げかけた後、顔を背けた。

やはり嫌われている。

わかっていた事だ。時間は戻せないものね。

この現実を受け入れたつもりだっけど、目の当たりにすると辛い。


「ご婚約期間だったお二人も婚姻の手続きをされたんですね、、おめでとうございます」

弁護士はそう言った後、私の方を向いた。


「セーラ様。これで全て完了いたしました。こちらからのご連絡は魔道具を通して行わせていただきます。それではお幸せに」


私は弁護士事務所を後にした。

今、自分にできる事をしなくては。


とりあえず部屋を引き払わないといけない。借りていたアパートメントに向かった。

ここは、あまり治安がいいとはいえない地域で、古いワンルームのアパートが細い路地に面して並んでいる。

どのアパートメントも、ボロボロで今にも崩れそうなのに、家賃は週払いで、滞納すると即立ち退きだ。


このアパートから引っ越しをするために、大家さんにその事を告げて部屋に行く。

私の部屋は、エレベーターのない、8階にあり、ミシミシと音がなる階段をそっと登っていった。


荷物を全てアイテムボックスに片付けた。ほとんど何ももっていなかったから、すぐに終わってしまった。

窓から外を眺める。

隣のアパートメントの壁が見えるだけだ。


低家賃だから、もちろん防音魔法もかかっていなくて生活音が筒抜けだった。

隣の部屋に気を遣いながら生活をしていたけれど、それももう気にしなくてもすむ。

この部屋ともお別れだと思うと、なんだか不思議な感じがした。


部屋を後にして、ラウンジに向かい、仕事を辞めることを伝えた。

それから、辻馬車を拾って、ヨーク教会へと向かった。


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