ライアンとセーラの未来
一ヶ月が経過した。
「セーラ様、今日はハーブティーが飲みたいですわ」
「ダナジーン様、それなら美容に効くハーブティーを準備しますね」
今、私はヨーク王領伯の領主館の離れにある温室で、ダナジーンとお茶をしている。
ダナジーンは、あのホワイトスワンの夜会から、すごく打ち解けて仲良くなった。
「いつまで、ヨーク領に滞在されるご予定なんですか?」
「いつまでにしようかしら?」
「騎士団のお仕事はいつから?」
私の質問にダナジーンは、クスクス笑う。
「さあ、わかりませんわ。今は、私の所属する部隊は、当面、活動休止なんです。カディクが所属していた部隊と、行動を共にすることが多かったせいで、共犯者がいないか、行動記録を詳しく取られていますからね」
あれから、カディク、モーラス、バイアの三人の余罪を追求しているが、殺人の罪はまだありそうで、被害者と犯行の共犯者を探している。
「そうそう、セーラ様の従姉妹、正式にはハトコにあたるヘザー様のその後の噂話を聞きましたの」
ヘザーと、ゲオルグ様は正式に離婚したようだ。
ヘザーの母はキンダー子爵から離縁を言い渡された。モーラスと不倫してできた子供がヘザーだと社交界に知れ渡ったのだ。
ヘザーの離婚の原因は出自ではなく、単純にあの性格に問題があったようだが、キンダー子爵家との血縁関係がない事が判明したため、生家には戻れず。
かといって、本当の親子だと判明したモーラス家は、犯罪の収益で成り立っていたので、お家取り崩しでそれどころではなく。
結局、修道院に入る事になったそうだ。
「なんでも、魔道具の使用を最低限に制限された修道院に移されたそうですわ。元々入った修道院はお優しい婦長様がいらっしゃるところでしたのに。あまりにも態度が横暴で、厳しいところに移される事になったようですわ」
「ヘザーは少しくらい美人だからってそれを鼻にかけすぎなのよ」
「あら!私はあの方を美人だとは思いませんわ。性格の悪さが顔に現れてますもの。セーラ様のほうがよっぽど美しいですわ」
「褒めても何も出ないわよ?ダナジーン。本当は欲しいものがあるのでしょ?」
「ええ。わかってしまいました?セーラ様の作る保湿クリーム!お友達から、『高くてもいいから譲ってくださらない?』と言われてますの」
「毎日、離れにお茶をしにくるのに、それ以外にお茶会にも参加しているの?」
ダナジーンの行動に驚くと、ダナジーンは少し拗ねた顔をした。
「活動休止のせいで、花嫁修行ばかりになって息が詰まりそうですのよ。ですから、セーラ様に植物の講義を受けてくると言って離れに参りますの」
ダナジーンは大袈裟に両手を広げて見せる。
「本当はお茶じゃなくて講義の時間だったのね。じゃあ真面目に講義する?」
「それはいけませんわ!私は今、ハーブについての講義を受けておりますの。セーラ様のハーブティーは、他所では味わえないくらい深みのあるテイストですもの」
ツンとして答えるダナジーンを見て顔が綻ぶ。
「ところで、ライアン様からのご連絡は相変わらずございませんの?」
ダナジーンが心配そうに聞いてくれる。
「ええ。きっと忙しいのよ」
ライアン様から離婚届は届いていない。
私からも連絡する勇気がなく、気がつけばここまで時間が経ってしまった。
「お兄様の話では、一通りの事実確認は終えたようですわ。ライアン様ったらなんでセーラ様をお迎えに来ないのかしら?」
なんでかと言われると理由はわかっている。
もう迎えに来る必要はないからだ。
きっと、落ち着いたら、離婚届が魔法便で届くのだろう……。
それを想像して暗い気持ちになる。
自分の気持ちを誤魔化していたけど、私はライアン様が好きだった。
契約結婚でもいいから、1秒でも長く側にいたかった。
今は、毎日朝起きて、ライアン様のいない日常に慣れるように努力している。
「もう……迎えに来る必要はないからよ」
「それは、ここにセーラ様のご家族様がいるからですか?この離れにいらっしゃるのは、セーラ様のお父様と、従兄弟様なのですよね?」
「ええ。そうなのだけど……」
「体調はもう、回復に向かっているので、セーラ様がここを離れても問題はありませんのよね?」
ホワイトスワンの夜会からここに直行したあの夜、父は肺炎になったせいで、『今夜が山場だ』と治癒師に言われた。
しかし、なんとか回復しだが、その後はまた寝たきりになってしまい、数日前から車椅子で動けるようになってきて安堵している。
「それならもうすぐ迎えにいらっしゃいますわね」
「いえ、来ないと思うわ。……実は……」
離婚する事は確定しているのだから、もう言っても問題ないと思い、真実を話す事にした。
「私達は契約結婚なの。誰にも悟られないように、同じ部屋で夜は過ごしたわ。でも、4メートルのベッドの端と端で寝ていたし、あまり顔を合わせないで過ごしていたの……」
何故、契約結婚をしていたのか、事の経緯を説明した。
ケンネスをポーションで助けた縁だった事、お祖父様の遺言の内容、交換条件として偽魔法馬を助けるために隠れてポーションを作っていた事。
契約結婚を受け入れたのは、父のためにお金が必要だった事。
なんとか、泣かずに冷静に説明した。
「では、一目惚れで電撃婚したというのは?」
「嘘なんです。みんなを騙して申し訳なく思うわ」
「契約婚を持ちかけたのはライアン様?」
「……そうです。お祖父様の遺産を相続するための偽装結婚で、魔法馬の詐欺事件の解決を手伝うのと交換条件だったんです」
私の言葉に、ダナジーンは目を丸くした後、クスクスと笑い出した。
「確かに契約結婚だったのかもしれませんが、セーラ様は本当にその交換条件のためにここまで結婚生活を続けているとお思いになっているのですか?」
「……はい」
「では、今も離婚しないのは、ライアン様が忙しくて離婚届を送り忘れていると、お考えなのですか?」
「……はい」
「ライアン様もセーラ様もバカね。お互いに素直になればいいのに」
「私は意地など張っていませんよ?」
「そうかもしれないけど、ご自分の気持ちに素直にもなっておりませんわね。明日、ライアン様の様子を見てきますわ」
そう言いながら、肩を揺らして笑っていた。
ライアン様は、ダナジーンの事が好きなのに、それを隠して生活している。
ダナジーンのお輿入れが近いのかもしれないから、落ち込んでいるのだろう。
だから、きっと好きな人の顔を見れば元気になるかもしれない。
「絶対に様子を見に行ってくださいね?きっとライアン様は喜びます」
「もちろんですわ。明日必ず様子を見てきますわ。こんなに面白いものを見逃すなんてできないに決まってますでしょ?」
「カディクが捕まった後処理できっと忙しくて、体調を崩されていなければいいのですが」
「そんな心配しているのですか?セーラ様はお優しいですわね。今頃、どんな様子かしら?きっとボロボロですわね。楽しみですわ。だって、あのライアン様が契約結婚を自ら申し入れたのですよ?女性を避けていたライアン様が、自らね」
ダナジーンはおかしくてたまらないと、笑い転げている。
何がそんなにおかしいんだろうか?
もしかしたら、事件解決よりも、ダナジーンの花嫁修行を聞いてボロボロになっているのかもしれない。
心配になる。
「それでは、そろそろ時間ですので失礼しますわ」
温室の外で待っていた侍女を連れて、ダナジーンは本館へと向かって行った。
ライアン様どうしているかしら?
この頃、そればかりを考えてしまう。
次の日、いつもより遅い時間にダナジーンが訪ねて来た。
「ライアン様の様子を見てきましたら、マクヘイル家から預かり物を頼まれましたの」
「預かり物?誰からかしら?」
「マシューと、ケンネスとアンナからですわ」
「三人から!」
きっと、マクヘイル家に残してきたポーション作成の道具や私物ではないかと思う。
離婚していずれ新しい奥様を迎え入れる必要があるのだから、私の私物は邪魔でしかないだろう。
「わかりました。それはどちらにあるのですか?」
「本館の応接においてあります。今すぐに受け取りに……と言いたいところですが。セーラ様、貴族の女性たるものオシャレを欠いてはいけませんわ」
突然、服装のことを言われて焦ってしまう。
いつもと変わらないシンプルなドレスだ。
今日はお気に入りのコバルト色のドレスを纏っている。
この格好で、ダナジーンとお茶をしているのに、今日は何故…って。
わかった! 本館に行くからだわ。
きっと、普段忙しくて不在がちな、ヨーク王領伯がいらっしゃるんだわ。
確かに粗相があってはいけないけど、ドレスはたいして持っていない。
そんな私の様子を見かねたダナジーンが掌からベルを出して、チリンチリン、と鳴らした。
すると、三人の侍女が、離れの応接に入ってきた。
「セーラ様の身支度を、瞬時に整えてちょうだい。ドレスはコレ」
ダナジーンは言いながら指を鳴らすと、フワリとベビーピンク色のドレスが空中に出現した。
侍女の一人がドレスを手に取った所までは目視で確認できたが、後は目の前を高速で何かが動いているのだけが見えた。
1分後、髪型は編み込みのアップスタイルになり、ベビーピンクのプリンセスラインのドレスに着替えさせられていた。
「セーラ様、出来上がりをご確認ください」
魔法で鏡を出されたので、覗いてみてびっくりする。
普通なら30分はかかるであろうに、さすがヨーク王領伯の侍女。
「仕上がりは完璧ですわね。ではセーラ様、ご案内しますわ」
ダナジーンに連れられて本館の応接室へと向かう。
「いいですか?セーラ様宛の荷物をちゃんとご確認ください。もしも、送り返す必要があるなら教えてくださいね」
ダナジーは意味深に笑うと去って行った。
楽しそうにスキップして去っていく後ろ姿を見送ってから、そっとドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。
室内に入ると、ライアン様が立っていた。
驚いて動けずにいると、ライアン様が困ったように笑う。
「セーラ、久しぶりだね。……元気だった?」
「はっはい。ライアン様もお元気でしたか」
「ああ。それなりに」
「そんなに元気そうに見えませんよ?少し痩せました?カディクを捕まえてからの諸々の事が忙しかったんですね」
「忙しかったはその通りだけど……わざと忙しくしていたんだ」
何故、わざと忙しくするのか……理由は一つ。
ダナジーンのお輿入れが早まりそうだからだ。
ライアン様のダナジーンへの秘めた気持ちを考えて胸が締め付けられるように苦しい。
「そうですか。確かに忙しくしていないと色々と考えてしまいますものね」
「そうだな。改めて気付かされるよ。セーラの有り難さを」
私の有り難さ?
馬用のポーションの事だ。
馬は匂いや味に敏感で、私の作る透明ポーションしか飲む事ができないからだ。
もしかしたら、もう少ないのかもしれない。
「ポーションが足りないならおっしゃっていただければ、今後も作りますよ」
「ポーション?馬用のポーションか。確かにそれもセーラが居てこそだが」
ライアン様は咳払いした。
「セーラの問題である相続は、遺言書の鑑定が進んでいると聞いているし、魔法馬の詐欺事件も裏付け捜査が進んでいて、近いうちに裁判が始まる。もう、セーラは私と契約結婚を続ける意味がないだろう?」
事実を言われて、私は泣きそうになるのを我慢した。
「……はい」
いよいよ離婚届を持ってきたんだ。
「私と別れてから、どうする予定?さ…い…こん、するのか、どうなのか」
最後の方は小さな声でうまく聞き取れないが、再婚するのか?と聞かれた気がした。
「どうするって……どうもしません。再婚なんてあり得ません。相手がいないし」
「今一緒にいる男性とは結婚ができないのか」
父や従兄弟と再婚なんてできるはずないのに、ライアン様は何を言い出すのだろうか?
「父や従兄弟とは結婚などできません」
私の言葉にライアン様は驚いた顔をした。
「父と従兄弟?セーラのお父様はセーラが子供の時、お亡くなりになったのでは?」
「いえ、違いますよ。ちゃんと説明……していない?説明していないのですね?」
「聞いていない」
「すいませんでした。説明不足ですね。車椅子に乗っているのが父で、その世話をしているのが従兄弟。カナバル家の現在の当主の嫡男です。つまり私の従兄弟」
「何故、父上が生きているんだ?」
「それはですね」
私は父の事と、カナバル家の慣わしを説明した。
父が隠れて生活していた理由。
代々、カナバル家では、太古の魔法を引き継いだ者が、表向きは他界した事にして、裏で活動を続ける慣わしになっている。
太古の魔法の危険性や、迫害があったからだ。
でも、カナバル家ではこの魔法を絶やす事のほうが問題だと考えて、一人だけ引き継ぐという方法を取ってきた。
それが私の父だったのだ。
影の役割を引き継いだ時、代々伝わる魔法石も引き継いだ。
魔法石を狙う者と、その魔力を狙う者に父は常に狙われる立場になってしまった。
隠れて生活する中で、父の覚悟が足りなかったところは、母と連絡を取り合った事だ。
そして、こっそりと私に太古の魔法の一つである魔法草ではない植物を混ぜたポーションの作り方などを教えてくれたのだ。
今、父のそばにいる従兄弟は、父の跡を継ぐ者。
でも、この国ときちっと契約を交わしたので、今後はきっと心配いらない。
危険な魔法は、国家がちゃんと管理してくれるだろうし、魔法石も然るべき方法で管理をしてもらえる事になった。
「長い間、父と従兄弟は隠れるようにして生活していました。あの夜会での条文へのサインの時、カナバル家からも使者が来て、きちっと話し合いがあったようなので、いいふうに進むと思います」
「そうなのか……。従兄弟でも法律上は結婚ができるが?」
「ありえません。ああ見えて、ライアン様より年上なんですよ?わたしにとっては兄弟子というか、本当に兄のような存在です」
「そうなのか……」
ライアン様は何かを考えているようだった。
「ライアン様は、ダナジーンに何も言わないのですか?」
「ダナジーン?私からいう事は何もないけど」
「ありますでしょ?……気持ちの…告白……」
なんとか声を絞り出して言う。
これで私の気持ちにも終止符を打たないといけない。
「告白か。私もきちっとけじめをつけないといけない」
ライアン様はパチンと指を鳴らした。
すると、空中に契約書が現れる。
「この結婚は白い結婚だったという、結婚撤回書だ」
撤回という事は、結婚していた事実自体を無かったことににする書類だ。
離婚ではなく撤回……。
すでに、ライアン様の署名が入っている書類に、私は涙を呑んで魔法でのサインをした。
もう、完全に終わる。
それをライアン様は見届けてからもう一度指を鳴らした。
すると、フワリと書面は消える。
「これでバルディの元に書類が届いた。正式な撤回の手続きだから、今から、私たちは元に戻った」
元に戻る。つまり、結婚は無かった事になり、私はまた、セーラ・タンニングになったのだ。
この数ヶ月の事が無かった事になる。
毎日、ベッドの端と端に寝ていた事や、ライアン様と過ごした日常が無かった事になる。
我慢していたのに、大粒の涙が溢れた。
あとからあとから、涙が出てくる。
こんな顔見られたくないと、背を向けて、肩で息をする。
声が出ませんように。
ライアン様はこんな私に気が付かずに部屋を出ていきますように。
「セーラ?」
「なんだか、色々ありすぎて思い出したのよ……。まだ、事件の事を整理できていないの」
この涙を事件のせいにして、誤魔化した。
そんな後ろ向きな自分にも嫌気がさして、また涙が出る。
「それで涙が?」
「ええ。そうみたい」
「じゃあ、落ち着くように、お茶でも」
「待って!誰にもこの顔を見られたくないの」
私の気持ちを汲んでくれたようで、ライアン様は自らお茶を淹れてくれた。
手際よく、茶葉をポットに入れて、魔法で沸かしたお湯を注ぐ。
「執務室では自分でお茶を淹れることもあるから、案外うまいものなんだよ」
カップ2つにお茶を注ぎ、テーブルの上に置いてくれた。
「さあ、飲んで?少しは落ち着くから」
にっこりと笑うライアン様を見て、少しだけ明るい気持ちになる。
少し涙はひいた。
「ありがどうございます」
一口飲むと、ライアン様が自分の分のカップを持ったまま、向かいの席を指差した。
「座っても?」
「ええ。どうぞ」
少し緊張した表情のライアン様が向かい側に座る。
「好きな食べ物は?」
「アップルパイです」
私の好物だと知ったアンナが、ポーション作成の合間によく持ってきてくれた。
マクヘイル家の料理人のアップルパイは、よそのパイと違って、一口サイズで姫林檎を使っている。それが好物なのだ。
……もう食べられないけど。
「アップルパイ?奇遇だね、私も好物なんだ」
パチンとライアン様が指を鳴らすと、カゴに綺麗に盛られたアップルパイが出現した。
大好きな、一口サイズの姫林檎のアップルパイだ。
「よかったらどうぞ」
理由はないが少し笑ってしまう。
「私はの仕事は魔法馬の飼育と、マクヘイル領の管理だ」
「? 存じております」
「私は、バイオリンが得意なんだ」
「存じております」
ホワイトスワンの夜会で、プロ並みの腕前のライアン様の演奏を聴いた。
「どうしたんですか?ライアン様」
「嫌……あの。自己紹介をしていなかったと思って」
「自己紹介ですか?確かにしていませんけど。でも、もうライアン様と私は何の関係も……」
私の話を無視して、ライアン様がまた話し出す。
「マクヘイル領には、たくさんの馬がいるんだが、最近詐欺事件が起きて、被害に遭った馬を保護しているんだ」
「そうですね。馬達は元気になりましたか?」
「馬達は少し回復しているんだが、まだまだで。いい薬師を知りませんか?」
「いい薬師?」
「そう。いい薬師。マクヘイル領で、自ら草花を育てて、透明な馬用のポーションを作る薬師」
「あっ……」
「いつも、大きなベッドの端で眠っている、ダークブラウンの髪の女性。ピアノが上手くて、すごく美しいのに、自己肯定感が低い、アップルパイの好きな女性」
「それって…」
「優しくて、意志が強くて、以前はリバートンホテルで清掃員をしていた女性。その人を探しているんだ」
「何故、探しているんですか?」
ライアン様は立ち上がり、私の横に来て跪いた。
「私の運命の相手だからだよ、セーラ・タンニング。私と結婚してください。誰にでも優しく誠実なあなたを愛しています」
ライアン様はポケットからアクアマリンのような宝石のついた指輪を出した。
シャイニングから出てきた、ライアン様の魔法色のネックレスと同じ淡いブルーの石がついている。
「セーラ。契約婚を継続はしたく無かった。まるで、馬のためにセーラを縛っているみたいでどうしても我慢ならなかった。でも、離婚を選択すると、その記録が残るから、セーラともう一度結婚しても、セーラは『後妻』と貴族院の記録に残る」
貴族院の記録は確かに古臭い。
「それよりも白紙撤回して、セーラと正式に結婚して、生涯を共にしたいんだ。そうすると貴族院の記録にも『正妻』として記載される。だから、正式に結婚してください。あなた以外考えられないんだ」
先ほどとは違う、涙が溢れてきた。
あまりの驚きに
「はい」
としか言えない。
私の返事を聞いて、ライアン様は私の左手の薬指に指輪を嵌めてくれた。
そして立ち上がり、優しくキスをした後、ぎゅっと抱きしめてくれた。
私はライアン様の首に手を回す。
「従兄弟と私が結婚すると勘違いしていたのに、プロポーズするつもりだったんですか?」
抱きしめられたままライアン様に聞いた。
「断られるのを覚悟で自分の気持ちを伝えるために来たんだ。この指輪を注文してから出来上がるのに時間がかかってしまったのと、なかなか勇気が出なくて、マシューとケンネスとアンナに馬車に押し込まれてここまで来たんだ」
「確かに大きな宝石」
ライアン様は抱きしめる手を少し緩めて私を見た。
「あのホワイトスワンで、注文したんだよ。本当は半年待ちらしいけど、オーナーが急いでくれたんだよ。私の大切なセーラのために」
大切なと言われて少し照れくさい。
「大好きだよ」
そう言われて、再び優しいキスをくれる。
「プロポーズの声が聞こえたわ!」
ドアの外で叫ぶ声がして、勢いよくドアが開いた。
そこには沢山の人か立っていた。
祝福の拍手が鳴り響く。
「おめでとう、セーラ」
ダナジーンが嬉しそうにはしゃいでいる。
「お二人とも、お気持ちを表すのが下手ですね」
アンナが嬉しそうに言った。
皆が口々に祝福を述べてくれている。
ライアン様のご両親に、騎士団にいるご兄弟。
そして、マシューにケンネス。
父と従兄弟も祝福してくれた。
◆◆◆
「これが、ポーション作りの女神と呼ばれるセーラ・マクヘイル伯爵夫人のお話です。夫人が80歳で他界して10年経ちますが、未だにお墓を訪れる人は多いようですよ。何か質問がある人は?」
広い教室には、沢山のポーションの道具が置かれ、沢山の子どもの前には優しそうな先生が立っており、そうみんなに投げかけた。
薬剤師を志す初等部の学生は手を挙げて、先生に当てられるのを待つ。
「その後は、どうなったんですか?」
「魔法馬詐欺事件の犯人達は、麻薬密売や殺人など、沢山の罪を犯していて終身刑、魔力の剥奪刑を受け、その後独房に入れられて獄中死したと記録にあります。そして、お話に出てきたヘザー嬢の記録はありませんが、修道院で一生を終えたのでしょう」
「セーラ・マクヘイル伯爵夫人には具体的にどんな功績があるのですか?」
メガネをかけた少女が聞いた。
「セーラ・マクヘイル伯爵夫人はその父や従兄弟と共に、ポーション開発に勤しみ、その後、高価だった心臓用ポーションや「魔力回復用ポーション」が、庶民でも買える値段まで落ちました。それから化粧品メーカーの立ち上げでしょうか?」
「マクヘイル伯爵夫人は、商才に長けていたのですか?」
金髪の男の子が質問をした。
「いえ。商才に長けていたのは、マクヘイル伯爵でしょう。今や、海外にも沢山の会社があります。今年は、マクヘイル伯爵家のポーションメーカーや、化粧品メーカーの創業50周年。世界的なメーカーになり、ここ『マクヘイル記念館』は大賑わいです」
「ダナジーン様は、どうなったのですか?」
「ダナジーン様はあの有名な『大輪の薔薇の姫』というオペラのモデルになった隣国のお妃様です。生涯に渡り、ダナジーン妃とセーラ様の交流は続きました。愛妻家として知られるマクヘイル伯爵とも交流があったようです。では、社会科見学はこれで終了です」
沢山の子供が去った後には、幸せそうに微笑む若かりし頃のライアンとセーラの写真が飾られていた。
お話はこれで終了となります。
面白かったと思っていただけたら、評価していただけると嬉しいです。
不定期更新が多くて申し訳ありませんでした。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、誤字報告もありがとうございました。
大変助かりました。
また、次のお話もお読みいただけると幸いです。