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言わなければいけないけど、言えない事

ライアン様からメモ紙を渡されてセーラは困惑した。


誰からの伝言かもわからない。

踊りの輪から抜けると、男性給仕を見た。


「では、お部屋に案内してください」

私はメモを持ってきた給仕に言った。


「私も行くよ。夫婦でと書いてある」

ライアン様が優しく申し出てくれた。

「ではお手を」

ライアン様は紳士的にエスコートしてくれる。


頭の隅に、先ほど見たヘザーとゲオルグ様のやり取りを思い出す。


きっとあの事件が無く、ゲオルグ様と結婚していたら、私もあんな冷たい目で見られたのだろうか?

バイア上級魔法師が、あの殺人未遂が自作自演だと認めたせいで、『もしも』を想像してしまう。


そんな未来来なくてよかった。

辛く大変な時もあったけど、乗り越えてしまえびなんて事はない。

魔法学校は中退してしまったけど、今の私は正式な薬師だ。


給仕の男性が案内してくれたのは、商談室だった。

ドアを開けると、そこに居たのは、ハイム・ビフラ伯爵。

現当主であり私の伯父。

5年前に私をビフラ家から勘当した人だ。


酔って不貞腐れたままのヘザーもいる。

ゲオルグ様はそんなヘザーを無視していた。


「セーラ。5年ぶりだ」

伯父が言葉に詰まりながら言った。


「お久しぶりでございます。伯父様」

貴族の礼をして、離れた位置に立つ。


部屋には、真ん中に大きな水晶玉のはめられた魔道具が数個置いてあった。

これはかなり高価な通信用魔道具だ。

この魔道具を通じてだと、相手の顔や姿を見ながら商談ができ、相手もこちらの姿が、見えるのだ。


私が入ったタイミングで魔道具が作動した。

そして、この場にいない親戚達の姿が見えた。


「これで全員揃ったようだな。我がビフラ伯爵家の顧問弁護士だったモーラス子爵が逮捕された件で集まってもらった」

伯父の話を皆じっと聞いている。


「ここにいる全員が、前当主である父の相続人に指定されているはずである。また、相続にあたり、いろいろな条件を提示されているはずだ。しかし、それは全員を排除するためのモーラスの狂言だった可能性がある」


すると、あまり面識のない遠縁の男性が驚いた顔をしている。

「それって、どこまでがモーラス弁護士の狂言なのですか?」


「多分、全てだ。まず、『結婚している必要がある』は、その時点で未婚を排除できる。次に『1年間の間、毎日6時間一緒に過ごす事』は離れたら排除できる。仮に離れていなくても、一人を拉致すれば6時間は過ごせないから排除できる」


「全員失格になったらどうなるんですか?」


「その時は、モーラスが全額を受け取る予定だった。だから、今行われているブレスレットを使った監視は中止だ。相続の件は、一旦休止してちゃんと検証する」


「ではブレスレットを外してもいいんですね?」

別の相続人が尋ねる。


「もちろんだ。魔道具凍結装置を使えば、魔道具が休止になる」

伯父はペンチのような道具をテーブルの上に置いた。


真っ先に外したのはゲオルグ様だった。


「ヘザー。相続のために君と一緒にいないといけないという拘束がなくなった。だから私は先に帰らせてもらうよ。君は不貞の末に生まれたと先ほど聞いたが、噂が広まるのは早い。一度実家に帰ってご両親と話し合った方がいい」


ゲオルグ様はヘザーの返事を聞かずに部屋から出て行ってしまった。

ヘザーは自分でブレスレットを解除すると、部屋にいた全員を睨み、何も言わずに出て行ってしまった。


ライアン様もその器具を手に取り、私と自分の魔道具を外してくれた。


これで、毎日6時間一緒にいないといけないという制約が無くなった。

何もはめていない手首をじっと眺める。


ライアン様との細いつながりがなくなってしまったような気持ちになり、何だか寂しい。


「セーラ。5年前はすまなかった。あの時は、信用せずに犯人だと疑い、勘当までしてしまった、、そのために、さぞ辛い思いをしただろう。どうやって償えばいいのか見当もつかない」


伯父は、懇願するような声で告白してくれた。


「伯父様、気になさらないでください。私はそれなりに楽しく生活しておりましたわ」


辛かったこともあったけど、それを飲み込んで微笑む。

今、ライアン様と過ごせて本当に幸せだ。


これ以上の人生はきっと望めないだろう。


もしも、殺人未遂の罪を着せられていなかったら。

もしも、リバートンホテルで客室清掃員をしていなかったら。

もしも、ケンネスさんがスイートルームで倒れているのを発見しなければ。


一つ一つの出来事の積み重ねで今がある。

どれか一つでも違う選択をしていたら、きっとまた違う日々を過ごしていたのだろう。


「セーラ、本当に辛かっただろう。あの頃の私の仕打ちは許されるものではない。セーラが殺人を犯そうとしたと、本当に信じてしまっていたんだ」


面と向かって謝ってもらえて、溜まっていた醜い気持ちが流れていく感じがした。

心の奥にしまい込んでいたドロドロとした僻みや諦めなどが、ゆっくり消えていく気がする。


「しかも、モーラスは妹を殺害し、妹が引き継いだ財産を売り払っていたとは!」


「母の財産というのは、きっと社交用の宝石類の事でしょう。……生活費を工面するために売ろうとしましたが、偽物でした。その時は質屋の店主から 『よくある事だ』と言われましたが、実際はモーラスがすり替えていたんですね」


「あの頃、なんでもっと色々なことに気を配らなかったのだろうか。フリオが亡くなった後、どの姓を名乗るのかという話ばかりをカナバル家とおこなって、財産の話はしなかったが……まさか狙われていたとは」


真実を聞いて、悔しくて悲しい気持ちになった。

しかし、長い時間が経過していて、もうお母様は戻らないとわかっている。

ドロドロとした気持ちに蓋をして、なんとか冷静を保つ。


「法の裁きが下りますから、それを待ちます。もう終わったんです」

伯父であるビフラ伯爵と和解できた。


「では、ひとまずパーティーに戻りますわ」

伯父様に別れを告げて、会場に戻ると、バルディ様が私達の元にやってきた。


「セーラ嬢、大変だ。お二人は、ヨーク王領に戻られたのだが、帰路の途中でまた容態が悪くなられて、今魔導士や治癒師などが総動員で治療にあたっているが、体力が回復していないところで動いたから、肺炎にかかったようだ」


バルディ様の言葉に私は取り乱した。


「無理しすぎたんだわ!どうしましょう……もしもの事があったら……。今どのような状態なのですか?」


「まだ回復していないところでの肺炎だから、できれば傍にいてあげたほうが……」

バルディ様の言葉に、私は決意を固める。


「私もヨーク王領に行く事は可能ですか?」


「もちろんだよ。ただ、私は今からホワイトスワンのオーナーとの面談の約束がある。今日の事は、オーナーの協力なしには成し遂げられなかった。そのお礼など諸々がね。だから、すぐには連れて行ってあげられないが、終わり次第、案内するよ」


私達の会話を聞いていたライアン様が、

「それなら私がヨーク領まで送ろう」

と言ってくれた。


「確かに、あまり容態が良くないようだから、すぐにでも行くほうがいいだろう。ヨーク王領の領主館にいらっしゃる。屋敷の者には、連絡しておく」

話しながらバルディ様は、手元に魔法便の手紙を出して、サラサラと書くと、すぐに空に放った。


手紙は真っ白な鳥のようになり、空へと飛んでいく。


「では今から向かおう」

ライアン様と共に魔法馬の馬車に乗る。

夜会の会場は、来た時と変わらず華やかで人が沢山いた。

景色は変わらないのに、自分の気持ちや立ち位置が大きく変わった気がする。


この数時間の出来事は、私の人生をひっくり返した。

この光景はきっと一生忘れないだろう。


馬車の窓から遠ざかるホワイトスワンの博物館を建物を眺めた。

出発した馬車は高度を上げていく。

街の灯りが煌々と輝き、本当に幻想的だ。


宝石箱のような夜景を見ながら考える。

今目の前にある問題はライアン様との関係だ。


この数時間の出来事で、私達は契約結婚を選択するに至った原因が解決したのだ。


カディク達、真の犯人を捕まえたので、偽馬の詐欺事件が解決した。

私の方も、モーラス弁護士の逮捕によって、相続の条件である『結婚して毎日6時間は5メートル以内にいる』という条文が消えた。


しかも、週に2回、呪いを吸い取る鉱物を購入していたが、それも必要なくなった。

つまり、お祖父様の遺産が入らなくても困る事は無くなったのだ。


だから、偽装結婚を続ける理由はない。

悲しいけど、私がマクヘイル領に戻る理由が無くなってしまった。


ライアン様にサヨナラを言わなければ……でも、言い出す勇気が出ない。


ライアン様も何も言わなかった。

きっと、偽馬の事件が解決したから安堵しているのか、それともこれから始まる余罪追求について考えているのか。


落ち着いたら、離婚を切り出さなきゃ。

ライアン様はこれからが忙しいはずだ。

カディクの余罪を調べたり、アジトを探したり。

やらなければならない事は多い筈だ。


どうすればいいか、何を伝えればいいのかわからないまま、ヨーク王領に到着した。

領主館の前には、出迎えの使用人達がずらりと並んでいる。


馬車を降りると、執事が前に出て挨拶をしてくれた。

「すぐに離れにご案内します」

執事に促され、先を急ぐことになってしまった。


振り返ると、ライアン様は威厳のある男性とお話していた。

多分、ヨーク王領伯なのだろう。


私は声をかけられずに、案内されるがまま離れへと向かった。

ライアン様にはお別れの手紙を送ろう。


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