解決
ライアンは肩で息をしながら、周りを見た。
外から強い光で照らされて、室内が明るい。
カディク、モーラス、バイアの三人は包囲され、簡単に拘束された。
魔力を発動できないように魔法の鎖に繋がれ、騎士団員達に連行されて行く。
私達も後を追うと、部屋を出て、搬入口から外に出た。
三人が、鉄格子の、魔力が発動できないようになった牢獄に入れられる。
その周りを憲兵や騎士団員が囲んだ。
ライアンはセーラをチラリと見た。
セーラがポーションを作る能力に長けていることは重々承知だったが、こんなにすごいとは思わなかった。
まさかカディクの魔力を剥奪してしまうようなポーションを即席で考えるとは。
しかも、戦闘の横で。
私は魔法馬を連れて戦地にも行くし、一緒に戦闘も行う。
ダナジーンもバルディも騎士団に所属しているから当然だ。
でも、戦闘とは無縁のセーラが、激しい戦いの横で冷静にポーションを作るとは思ってもみなかった。
こんな意思の強いところがセーラの魅力だ。
それに誰よりも美しい……。
って、セーラには秘密の恋人がいるのだから、そんな事を考えてはいけない。
これで終わったのだ。
偽馬の事件も、過去のセーラが疑われた殺人未遂事件も何もかも。
やっと終わったのだ。
セーラを見ると、ダナジーンを支えながら、バルディと向かい合わせに立っていた。
「さすが私の部下だ。短時間であんなすごいものを作るとはね」
バルディはウインクをするが、いつものような元気がない。
魔力の使いすぎだ。
全員立っているのも辛いだろう。
「セーラ様には完敗ですわ。もう、私は邪魔をいたしませんわ」
ダナジーンの言葉にセーラはキョトンとしている。
「そんなに弱気になるだなんでどうされたんですか?」
「どうもこうもありませんわ」
「そうだ!これは魔力回復薬です。さっきダナジーン様は飲んでしまったので、残念ながら差し上げられませんが」
私とバルディにポーションを差し出してきたのでそれを受け取りすぐに飲んだ。
瞬時に枯渇していた魔力や体力が戻っていくのを感じる。
すごい回復力だ。
初めてセーラが作ったポーションを飲んだが、こんなに効くポーションはないと感じた。
こんなに能力があるのに、罪を着せられて、薬師になれなかったのかと思うと、バイアとモーラスに対して怒りを覚える。
「えー?私には何かございませんの?」
ダナジーンが不貞腐れたように言う。
「短時間で二本目を飲むのは体に負担がかかりますので。では、魔力は回復しませんが、疲労と傷の回復用でしたら…」
セーラがクラッチバックからポーションを出した。
「仕方がないから飲んでおきますわ」
ツンとしてセーラからポーションをもらうと一気に飲み干した。
ダナジーンは飲んだ途端に体力が回復したのか、一人で立てるようになった。
「セーラ様、熱でお化粧がドロドロですわ」
「それは言わないで!」
ダナジーンと二人で笑い合うのを見ていると、全てが終わったんだと改めて感じる。
「バイアがセーラ嬢を脅威に感じていたのがわかるよ。しかし、みんな酷い格好だな。セーラ嬢なんか、ポーション作成中に、液体が飛んで、黒いドレスが、所々灰色になっているよ」
確かにバルディの指摘通り、すごく豪華だったドレスが釜の熱と飛び跳ねたポーションのせいでヨレヨレだ。
全員がお互いを見て、自然と笑みが溢れた。
「ヨーク殿」
沢山の騎士や魔導士の間を抜けて、数人の威厳に満ちた男性が歩いてきた。
声の主は宰相様だった。
「宰相様」
バルディは膝を突き、騎士の礼をした。
それに習い、私やセーラ、ダナジーンも礼をする。
私達は声をかけられるまで相手を見ては不敬にあたるので、視線を地面へと向ける。
「君のお陰でうまく行ったよ。これで成立した。条文にもサインしたよ」
宰相様の言葉にバルディは笑っているようだ。
「お役に立てて光栄でございます」
「おいおい、いつもみたいに軽口で言いたまえ」
宰相様の後ろから車椅子に乗せられた男性がやってきた。宰相様との会談の相手だったのか物々しい警護がついている。
「バルディ!セーラ!」
車椅子の男性は嬉しそうに声をかけた。
バルディの知り合いで、セーラの事を知っているって一体誰だろうか?
「セーラ、心配かけてすまなかった。ずっと私のために働いてくれていたんだね」
「どんなに心配したことか!急にいなくなっちゃうし」
セーラは涙目になり、車椅子の男性に抱きついた。
それから、車椅子を押す男性とも抱き合った。
この男性は見たことがある!
いつか王都でセーラと抱き合っているのを見た若い男性だ。
明るいところで見ると、年齢はセーラと同じくらい。
ストロベリーブロンドの髪と、子猫のようなくりっとした目が女性の気を引く顔をしている。
この男性がセーラの秘密の恋人だ。
宰相様はその様子を見て、護衛達を少し下がらせると、シールドを張った。
部外者には聞かれたかない話をする事をわかっていたようだ。
「心配したのよ。一ヶ月前に急にいなくなって。導きの石も反応しないし」
セーラはぐちゃぐちゃに泣きながら言う。
「ある日、セーラが帰った後、バルディ君が訪ねてきてね。意識が混濁した私に、魔法除去をかけてくれたんだ」
「バルディ様!私をつけたんですね!いつ?いつですか?」
セーラはびっくりして聞く。
「君は周りを気にしながら歩いているけど、私の追跡には全く気づかなかったね。セーラは秘密を抱えるのには向かないね」
バルディの言葉に少し肩を落とすが気にしていないようだ。
「見つかったのがバルディ様でよかった。本当に良かった。こんなに元気になったんですから。でも、その体を蝕む呪いって『失われし魔術』で、除去はできないんじゃ……。だから私は週に2回鉱物を届けていたのよ?鉱物が悪い力を吸い取るから」
セーラが週に2回、王都に行く理由はこれだったのか。
資金が必要なのも、鉱物を買うお金が必要だから……。
セーラの秘密を初めて知って驚く。
「ヨーク家も太古の魔法をいくつも受け継いでいるんだよ。我が家は王領伯。王家の闇を務めし者だ」
バルディが口を挟んだ。
「バルディ君が、少しだけ動けるようになった私をヨーク王領に連れて行ってくれた。この体を蝕む呪いを解くために。そしてヨーク家の魔導士達の治療を受けさせてくれたんだ」
「本当に良かった」
セーラは大粒の涙を流している。
車椅子の男性との関係はわからないが、すごく絆が深いようだ。
「そしてバルディ君は、この国と手を結ぶ事を提案してくれたんだよ。『このままでは、この力を伝承して行く者が危険に晒され続ける』とね」
「てっきり命を狙う者達にかけられた呪いだと思っていたのだけれど違うの?」
「バルディ君は、宰相様との会談をセッティングしてくれてね。国を上げて、この力を安全に広めてくれる事になった。悪用できないように、隠すのではなく管理する方法を提言してくれたよ」
車椅子の男性の言葉を聞いて、セーラはバルディを見た。
「バルディ様、何から何までありがとうございます」
この様子を傍観していた宰相様が口を開いた。
「この条文にサインした件については、後日、新聞にて正式に掲載するからそれまでは他言しないように。ではシールドを解除する」
宰相様が掌を天に向けると、シールドが消えた。
「では、私が送りましょう」
宰相様が車椅子の男性に声をかけた。
車椅子の男性と、その車椅子を押すセーラの恋人、そして宰相様がこの場を去る。
私達はその様子を膝を突き見送った。
結局、この男性が誰なのかわからないが、聞ける雰囲気ではないので落ち着いたら聞こうと思う。
サイレンの音がして、護送用の馬車がやってきた。
これからあの三人は厳重に警備された刑務所に入れられ、その後裁判にかけられるのだろう。
四人で馬車を見送る。
パーティー会場からもたくさんの人が、外に出てその様子を眺めていた。
「きっと今、この光景を見ている人は何が起きているのかわかっていないんでしょうね?」
セーラの呟きに同調する。
「そうだね。わかっている人はいないだろう」
セーラは次の言葉を飲み込んで、私に笑顔を向けた。
「それでは、パーティーに戻ろうか?」
バルディの呼びかけにダナジーンが応じる。
バルディがパチンと指を鳴らした。
すると、戦闘で汚れたり破れたりした服装が、元のパリッとした服に戻る。
「この服達の時間を少しだけ巻き戻した。ただし、あと2時間だけだから」
バルディは余裕ある表情を見せる。
私も何かセーラを喜ばせる事をしたいが、何も思いつかない。
「セーラ様、お兄様はドレスに魔法をかけただけだから、髪型が乱れていますわ」
ダナジーンはセーラの髪を手際よく結い直していく。
「申し訳ありません、ダナジーン様」
「お気になさらないで。でも……この髪留め、ちょっと金具があまいですわね」
ダナジーンは、引き寄せの魔法で花瓶からバラを引き寄せると、纏めたセーラの髪に刺して、髪留め代わりにする。
「ありがとうございます」
二人がスマートにこなす事を、何一つ自分ができずにいる。
かろうじてできたのは、セーラに声をかける事だ。
「これで5年前の事件の嫌疑は完全にはれたね」
「ありがとうございます。ライアン様も、偽馬の事件が解決しましたね」
ダンスホールに戻ってダンスをしようと誘いかけたところで、バルディが大きな声で私達を呼ぶ。
「二人とも、早くこちらへ」
バルディに呼ばれてセーラが笑顔を見せた。
「はい、ただいま参りますわ。さあ、ライアン様行きましょう」
セーラに促されて会場に入ろうと歩き出す。
人混みを分けて、ホールに入ろうとすると、人混みが割れて、道ができた。
先頭のバルディが会場に入ると歓声が上がる。
何が起きたのだろうか?
わからないまま会場に入った。
このパーティーの招待客達がこちらを見て拍手をしている。
「マクヘイル伯爵!事件解決おめでとう!」
「セーラ様、大変でしたわね」
皆が私たちに声をかけてくれた。
何故知っているのだろうか?
不思議に思って握手を求めてきた女性に質問する。
「何故、その事をご存知なのですか?」
「あら、アレよ」
女性が指差したのは、先ほどまでの会場にはなかった巨大スクリーンだ。
驚いた事に、スクリーンに映っていたのは、モーラスとバイアがカディクと言い合っているところだった。
『セーラは取り調べのために一ヶ月ほど法務局に拘束されていた。その間に、セーラが相続すべき宝石類を売り捌いたんだ。私は知っているんだ。モーラス、君が、セーラの母親を殺害したことを』
カディクの言葉がちょうどスクリーンから流れる。
『私がやったという証拠はあるのか?』
スクリーンの中でモーラスが反論した。
驚いてスクリーンを見ると、明らかに私達が見ていた位置から隠し撮りしたものだ。
セーラとダナジーンと三人で顔を見合わせた。
全員が驚いている。
と言う事は、隠し撮りをしたのはバルディだ!
きっとあの鏡状の魔道具に違いない。
一度落としているからか、戦闘が始まる前くらいから音がないが、暗視の魔道具になっているのか、肉眼では見えなかった暗闇でも、私たちが戦っているのが映っていた。
セーラとダナジーンが魔道具の目の前で壺を持って真剣に話し合っている。
その壺をダナジーンが受け取ると、タイミングを見計らってダナジーンの背中をセーラが押した。
すごく緊縛している様子が音が無くても伝わってくる。
この会場にいる人達は拘束されるまでの様子をずっとこのスクリーンで見ていたんだ。
「では、罪人を捕まえた四人に拍手を!」
ホワイトスワンのオーナーが私たちを讃えてくれる。
会場が歓声に包まれた。
オーケストラが、先ほどまで私たちが演奏していたダナンダノンの音楽を演奏してくれる。
その時、一人の給仕がメモ紙を持って声をかけてきた。
「マクヘイル伯爵様ご夫妻でいらっしゃいますか?」
何故、私達を探しているのだろうか?
「マクヘイルは私だが?」
「では、こちらのメモをお渡しします」
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メモには『ビフラ前伯爵の相続の件で緊急に話したい事があります。ご夫婦で、この男性に部屋に案内してもらっていただきたい』と書かれていた。
眉を顰めて、今から何が起きるか考える。
もしかしたら罠かもしれないが、セーラに関係する事だ。
襲われる可能性も捨てきれないが、セーラに言わなければならない。