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契約結婚を持ちかけられる

セーラは駅に着くと、改札は通らずにトイレに向かった。

そして、そこで化粧をする。

それから、アイテムボックスから美容魔道具を出して、髪を綺麗に巻き髪にした。


靴もペタンコなものから、高いヒールの靴に履き替える。

そして長袖の濃紺のドレスに着替えた。


夜はラウンジでピアノを弾くバイトをしている。

私の演奏に合わせて歌手が生歌を歌うのだ。


ガリガリに痩せている私は男性客からは見向きもされない。

自分が売り物では無いので、濃い化粧は必要ないかもしれないが、ここまで濃いと元の顔がバレないので、必ず行っている。


アイテムボックスに、今まで着ていた服を片付けると、黒いハンドバックを出して、その中にアイテムボックスであるウエストポーチを仕舞った。


そして、駅のトイレから出ると、入ってきた入口とは違う所から出て、バーやラウンジが並ぶ飲屋街の通りへと向かった。

この時間はまだ、開いているお店が少ないので、通行人はまばらだ。


静かな通りにハイヒールで歩く足音が響いた。

ふと、ウインドーのガラスに映る自分を見る。

濃いアイラインと、つけまつ毛で、目元の印象は違うし、真っ赤な口紅は、まるで誘っているように見える。

私も少し、夜の街の女になってしまったのかしら。


しかし、危惧するのは自分だけで、他のスタッフやお客さんからは、「野暮ったくて見られたもんじゃ無い。誰も娼婦と勘違いしないから、この辺を彷徨いていても危険はないよ』と言われるのだった。


自分の妄想に呆れてため息をついた時だった。

強い視線を感じて振り返る。


するとそこには、先ほどリバートンホテルに居たマクヘイル伯爵と、その執事のケンネスさんがいた。


驚いてビクッとなるが、偶然だと思うし、たかが清掃員の私の顔なんて覚えて無いだろう。

そう思って前を向き、歩き出した。


「あの、セーラ嬢。話がある。申し訳ないが、少しだけ時間を頂けないだろうか?」

マクヘイル伯爵に話しかけられたので、振り向かずに立ち止まる。


いつから気がついてついてきていたのかしら?

よく私だって気がついたわ。今まで、数回だけホテルの支配人が知らずにラウンジに来たことがある。

でも気づかれなかったのに。


多分、駅のトイレで着替えて出てきた所も、見られていたのよね?

もしも、ホテルの支配人に告げ口されたら、私は職を失ってしまう!

それは困る。


私は振り返って、作り笑いを浮かべる。

「仕事に遅れそうなの。後ででもいいかしら?それから、お願いだから今見た事は支配人には黙っていてもらえますか?」


すると、二人とも顔を見合わせて、それからこちらを向いた。

「わかりました。でも、お時間をもらえないなら、どうなるかはわかりますね?」

笑顔で脅されたので、渋々頷く。


「店はこの先のラウンジなので、店が終わるまで何処かで時間を潰していますか?」

「ラウンジなのか。なら、店内で待たせて貰う」


私は、作り笑いを浮かべて、ラウンジのドアを開けた。

「いらっしゃいませ。店内へご案内しますわ」

そう言って二人を席まで案内した。


開店時間直後の店内には、まだ客いなかった。

そこに、先ほどのパーティーの服のままの、びっくりするくらい顔の整ったマクヘイル伯爵と、ケンネスさんが来たので、女性達は色めき立った。二人とも、仕立てのいい服を着ており、明らかにお金持ちだとわかる。


「いらっしゃいませお客様。何を注文なさいますか?」

皆は我先にと、伯爵様の横に座ろうとする。

「ご指名の女の子はいますか?」

そう聞かれて、伯爵は笑顔を見せた。


その破壊力に、女子達はメロメロになる。

「セーラを。あのダークブラウンの髪に濃紺のドレスの女の子だよ」

そう言われて、みんなの顔は一気に気落ちした表情になった。


「セーラがいいの?確かにあの子はよくできた子よ?でも、あのガリガリで胸もお尻も全く無い、色気のカケラも無いセーラをご指名なの?」

妖艶な熟女オーナーが聞くと、そうだと答えた。


「セーラにご指名よ。初の指名が、明らかに金持ちのイケメンだなんて、アンタもやるわね」

みんなに注目されて、席に行く。


「あの。私、このラウンジのピアニストなので、指名は受けてないんです。もう少ししたら、演奏が始まるので、準備をしてもいいですか?」

「仕事の邪魔をしたようですまない。ここでスコッチでも飲んで待っているよ」

そう言われたので、スコッチのロックを2つ持っていった。


それから25分ほどで、ステージが始まった。

基本的には、しっとりと歌う曲ばかり流すお店なので、大きな盛り上がりはないが、歌を聴きにくる常連は多い。

今日も、そういったお客で店内は混み出していた。


今日は3ステージある日なので、これが終わってもまだ仕事が残っている。

しかし、ステージを終えた時、オーナーに呼ばれた。


「あのイケメンはアンタと話をするまで帰らないそうだよ。人を待たせちゃ悪い。だから、今日はもう帰っていいよ。沢山チップも貰ったしね。だから、早退しても給料は引かないよ」

オーナーはウインクして、自らの胸の谷間を叩いた。


「あっありがとうございます」

急いで鞄を持つと、マクヘイル伯爵のいる席に向かった。

二人は、沢山の書類を出して何やら相談している。

ビジネスの事のようだ。


「お待たせしました。今日は帰ってもいいとオーナーに言われました」

私を見た二人はにっこり笑い、急いで書類を片付けた。


「ここでは誰が聞いているかわからないから、詳しい話は馬車の中でしたい」

よく知らない異性と馬車に乗るなんて、普通なら軽率すぎるし、警戒するだろう。

でも、女性としての魅力が足りない私とは、何もあろうはずもない。

だって相手は、誰もが見惚れるイケメンだ。


「わかりました」

私は二人の後に続いて店を出た。

そして、マクヘイル伯爵に促されて、馬車乗り場まで来た。

「これがうちの馬車だ」

指さされた馬車に繋がれている馬の美しさに思わず息を呑む。

金色の毛並みに、長い首。それから蹄は、銀色で、その瞳もゴールドに輝いていた。

魔法馬!これは希少種の馬だ。

お祖父様の愛馬も希少種だった。


促されるままに馬車に乗る。

向かい合わせに座ったマクヘイル伯爵の長い足のせいで、普段よりも室内が狭く感じる。


室内は2人きりだ。何だか気まずいが、伯爵は何も言わない。

ドアが閉まり、馬の足跡がした後、しばらくして何の音もしなくなった。

希少馬が、空を駆け出したのだ。


「セーラ嬢、仕事場に押しかけて申し訳なかった。突然の事で、驚くかもしれないが、私と結婚して欲しい」

一瞬時間が止まった気がした。

私の聞き間違いかしら?

耳も頭もおかしくなった?


今結婚相手を探しているからといって、爵位を持つイケメンのお金持ちが結婚を持ちかけてくるはずがない。

一瞬、妄想してしまったようだ。


私は咳払いをすると、外を見た。

「星が近くに見えて綺麗ですね」

現実逃避をするために、窓の外の話を振った。

マクヘイル伯爵を見ると、何故かあたふたしている。


「唐突すぎて驚かせてしまったようだ。もう一度言わせてほしい。私と結婚してくれないだろうか?君は明日までに結婚しないといけないらしいね。客室清掃の時に話していたとケンネスが耳にしたと言っていた」

そう言われて、私は勢いよくマクヘイル伯爵を見た。


「まさか、あの話を聞いていたんですか?」

「ケンネスは、石のようになってしまっただけで、耳はちゃんと聞こえていたし、意識もあったそうだ」


スイートルームに入った時の事を思い出してみる。

確かに、ベッドルームのドアは開いていたし、ポーションを飲んだ後の様子からして意識がはっきりしていたのは確認できていた。

恥ずかしい。

他にどんな話をしていたっけ?


「私がセーラ嬢に提案するのは、契約結婚だ。あくまで契約だから、君の自由を縛るつもりはない。君は、結婚することによって遺産が手に入るだろう。その代わり、馬に飲ませるポーションを作ってほしい。もちろんお金は払う」


マクヘイル伯爵様は、何故、馬に与えるポーションが必要なのか話してくれた。


「ポーションが欲しいからと、結婚までしなくてもいいのではないのですか?この契約では伯爵様にメリットはないと思います。ただ単に薬をお金で買えばいいのですから」


「そんな事はない。まず、君も知っての通り、女性達からの激しいまでのアピール合戦に終止符を打てる」

「確かに、ケンネスさんがそれで死にかけましたものね……」

あれはかなり危険な薬だった。素人が作る惚れ薬ほど怖いものはない。


「それに、馬への投薬はかなり大変なんだ。弱っている馬に魔法で動けなくして無理矢理飲ませないといけない。それでは更に弱ってしまう。その点、君のポーションは無味無臭だとケンネスが言っていた。それをいつでもお願いできるんだ」


楽しそうに話す伯爵を見て、私は深呼吸をした。


「あの、私の話も聞いていただけますか?私が祖父の遺産を受け取るには、明日までに結婚し、その後1年間夫婦として生活しないといけません」

「なるほど、同じ家に住まないといけないわけだな」


「この条件を満たすには、仕事を辞めて、伯爵領に行かないといけなくなりますよね。でも、収入が途絶えてしまうのは困りますし、それに諸事情があって王都にいないといけないのです」


どうしても、行かないといけない場所がある。

遺産も欲しいが、でも王都からは離れられない。しかし、その理由を言うつもりはない。


「明日までにどうしても結婚しないといけませんが、伯爵様では、残念ながら私の希望する条件に当てはまらないのでお断りさせてください」


この街から離れるという選択肢はない。

いっそのこと、この国の市民権が欲しい不法滞在の外国人を探して結婚した方がいいのかしら?


そうすると一年後にもらえる遺産の半分を請求されるかもしれない。例え半分渡したとしても相当な額になるだろう。

本当に背に腹はかえられないのだから、そうするしかないのかもしれない。

こんな素敵な方に偽装だが、結婚を申し込んでもらえただけでも、私は幸せだ。

不敬にも断ってしまったが。


「わかった。それなら、婚姻期間中は、働いている時と同等の給料を渡そう。それから、好きなだけ王都に通うといい」


あまりの好条件に目を丸くする。

この伯爵様は、どうかしてしまったのだろうか?


「お給料までもらえるなんて!どうして伯爵様は私にこだわるのですか?伯爵様のように容姿に恵まれている上に資産家の方なら、結婚したい貴族のご令嬢は沢山いらっしゃいますでしょう?」


あまりにも好条件を出すので、他に何か理由があるのかと疑ってかかる。


「私に薬を盛ろうとするご令嬢とは結婚したくはないんだ。その点、君は私の申し出を断ってくれた。それに君は、ミステリアスで興味をそそる。日中は清掃員、夜はラウンジのピアニスト、その正体は凄腕の薬師だ」

そう言って伯爵様は笑った。


私は視線を外してじっと考えた。

マクヘイル伯爵は思った事を口には出すが、聞いては来ない。

ここが重要な点だ。

根掘り葉掘り聞かれては困ってしまう。


私に提示された条件は、あり得ないくらいの好条件だ。

ここで覚悟を決めよう。

それには、最低限の事を伝えないといけない。


「本当は私、人が飲むポーションを作るのは禁止されているのです。つまり薬師としての免許は持っていません。そんな私の過去は気にならないのですか?調査などはしなくてもいいのですか?」


「過去は気にならないよ。今、普通に仕事をしているという事は、そういう事だ。それに、薬を取り間違えると免許剥奪もあると聞いたことがある。君に何があったのか聞くつもりはない。免許が無くても、動物用のポーションは作れるだろう?」


「確かにそうです。もしもの話ですが、動物用のポーションを作るにしても、薬草は自分で育てます。それでも本当に私でいいのですか?」


「もちろんだ、薬草を育てる畑も用意する。だから、よろしくお願いする。期間は最大2年。それだけあれば、セーラ嬢の条件を満たして、こちらの詐欺の犯人も捕まえられるだろう」


「最大2年ですか?」

「ああ。犯人が捕まれば、セーラ嬢の条件を満たす一年で終了にするよ」

「わかりました。最大2年ですね」

「契約成立だね。そうと決まれば、すぐにでも式を挙げよう」


「え?今すぐですか?」

私の質問には返事をせずに、伯爵は馬車の天井をノックすると、そこに窓が現れた。

右手で開け、外に顔を出す。


「すぐに教会へ向かえ」

そう指示を出すと、外から「はい。今すぐに」

と聞こえ、馬は空中でターンをした。

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