最悪の真実
「とりあえずここを開けてみよう。ではセーラ、敵がいきなり毒を噴射した時に備えて、解毒剤の用意!」
急に低い声でバルディ様が指示をする。
「はい。上官」
私はアイテムボックスから解毒剤を出して、二人に手渡そうとした。
「気が利かないね。こんな時は身体強化のポーションも出さないといけないよ」
「申し訳ありませんでした、上官」
私は今、ヨーク教会教区の認定薬師なので、そのヨーク教会の司祭であり、教会の薬師であるバルディ様は上司になる。
バルディ様は騎士団にも所属していて、本当にすごい人だ。
「わかればいいよ。新人」
バルディ様は私を揶揄って遊んでいるようだ。
何故このような事になっているのか。
それは、この夜会に出席を決めたあの日、ライアン様から「来客がある」と聞かされた。
それがバルディ様だった。
ライアン様は私が薬師になれるように尽力してくれたのだ。
バルディ様はかなりスパルタで、通常なら一種類のポーション100個を同じクオリティーで作ることができれば認定されるのに、3種類を500個ずつ作らされた。
「では、身体強化のポーションと、解毒のポーションです」
私の言葉に二人が手を出した。
が、手が三本ある?
びっくりして顔を上げると、ライアン様とバルディ様以外に、もう一人女性が立っていた。
その女性は、綺麗な長いストレートの金髪で、髪には沢山のラインストーンを散りばめている。
ドレスは、フロントファスナーでスクエアネックのノースリーブのレザードレスで、膝上15センチまで。
スカートの裾には申し訳程度に黒いレースがついているが、そのレースは後ろが長いので、後ろ姿だけを見ると足元まであるドレスだが、前から見るとミニスカートだ。
しかも、宝石でできた沢山のスタッズで、胸元などをを飾っており、ブレスレットやチョーカーまでスタッズだ。
露出が多いドレスを更に派手に見せているのが、足元は漆黒のニーハイブーツに、手首までの同じ素材の手袋である。
それを引き立てるような真っ赤な口紅と、真っ黒なカラスのようなデザインのマスク。
過去に一度だけ、勤めていたラウンジの近くで見たことがある高級娼婦よりも妖艶で、どれ一つとっても一級品を身に纏っている。
「楽しそうな事しているからついてきちゃった。なんで私を仲間に入れてくれないの?」
女性は不貞腐れたように言う。
この声はダナジーンだ!
「声を落とせ、ダナジーン。そんな格好、よくお母様とお父様が許してくれたな!」
小さな声でバルディ様が言う。
「お兄様、一人で来たに決まってるじゃない!それに、家を出る時は、おとなしいドレスで出てきて、途中で着替えたのよ。こんな姿、見られたら、2度と家から出してもらえなくなるわ」
リバートンホテルで働いていた時、貴族籍のないお金持ちのお嬢様の中には、布の面積が少ないドレスを好む方を何人か見てきた。
現に、この会場にも、もっと布の面積が少ない女性がいた。ただし、少数派ではあるけど。
「だからって、我が家に伝わる『透明マント』で気配も体も隠してついてくるのは頂けないな。いったい、どこから知っているんだ?」
「ライアン様とセーラ様が演奏を始めた時からですわ。まさか、偽馬の犯人がカディク上官だったなんて!しかも、セーラ様がウチの教区の薬師になっていたのも驚きましたわ!お兄様は私には薬師の認定を与えてくれないのに」
「ダナジーンは大雑把すぎるんだよ。だから、薬師認定の試験は受けさせられない」
「お兄様のケチ!」
ダナジーンは、舌を出してバルディ様を牽制した。
「はしたない顔はやめなさい」
バルディ様に冷たく言われて、ダナジーンはツンとした態度を見せる。
「まあいいわ。それで、今から何をするの?」
「カディクを探すんだよ」
ライアン様が優しく答えると、ダナジーンは目を輝かせる。
「まあ!それは楽しそう!私も一緒に探しますわ」
ダナジーンはマントを脱いで私に押し付けた後、ライアン様をじっと見つめ、そして、ライアン様の背中に隠れるように立ち、背中に手を当てた。
まるでライアン様に庇ってもらう気持ちでいるようだ。
私は、これからどうしたらいいのかとバルディ様を見ると、バルディ様は呆れたように両手を広げた。
お手上げのようだ。
「で、何故誰もドアを開けませんの?」
ダナジーンに急かされて、そっとドアを開ける。
中は真っ暗ではないが、補助灯のみしか灯っていないので薄暗い。
目をこらすと、テニスコート2面分くらいの半地下の広い空間だったが、沢山の物が置いてあった。
博物館の物販コーナーのクズ魔法石の原石や、子供用の魔法石の図鑑など、今日、パーティー会場として使うために、普段のスペースから撤去した物で溢れかえっている。
普段なら、博物館の見物客が休憩する椅子やテーブル。
この広い会場から撤去した物全てが置かれているようだ。
中を一瞥して、ドアを閉めようとしたが、バルディ様が、ドアを閉める私の腕を掴んだ。
「奥に誰かいるようだ。話し声が聞こえる」
バルディ様は、小声でそう言ったので、私達は耳を澄ませる。
……ボソボソと話す声が聞こえてきた。
私達は気配を消して、少しずつ近づいていく。
そして、ギリギリまで近づくと、目の前の机の陰に隠れて、動きを止めて耳を澄ませる。
バルディ様は、鏡のような魔道具を机の上に置いた。
きっと、それで相手の位置や姿を確認するんだ。
話しているのは二人組で、奥の方の少し広いスペースで話していた。
この位置だと、話し声がはっきり聞こえる。
一人は高齢のくぐもった声の男性、もう一人はしゃがれた声の男性だ。
「社交界の噂話を聞くまで知らなかったんだぞ?何故私に教えない?」
しゃがれた男性の声だ。
「気にしなくても大丈夫だ。あの殺人未遂事件は未解決なのだし、嫁ぎ先がマクヘイルでも、世間から抹殺されている」
年配の男性が答える。
嫁ぎ先がマクヘイル?
それって私の事じゃない!
三人が私を見た。
皆の顔から知り合いか聞かれているようだが、誰だかわからないから、首を振る。
検討もつかない。
二人は尚も会話を続けている。
「そうは言うが、本当にバレてないのか?」
しゃがれた声の男性は心配そうに言った。
「気がつくわけがないだろう?仮にの話だが、あの娘が知識が豊富で、あの難解な法律用語を理解でき、しかも、管轄ごとに分かれた公文書保管庫に行って、あの書類を読んだならわかるだろが、万に一つもない」
法的な書類が私に何の関係があるんだろうか?
「確かにな。それは無理だな。だが、あの若造にバレたのは何故だ?」
「わからない。でも、私たちも儲けさせてもらっている」
「それに、慎重に事を運んだのだからな。あの事件が自作自演だとバレるわけがない」
しゃがれた声の男性は、安堵したような声を出す。
自作自演の事件ってなんの事だろう?
じっと声を聞いていると、二人の声に聞き覚えがある……。
特徴的なしゃがれた声の男性と、年配の男性。
どこで聞いたんだろうか?
「再捜査したところで何も出やしない」
「そうかもしれないが、今社交界ではあの時の事件のことが話題に上っているから、色々と当時の事をほじくり返されたらまずい」
今度は、年配の男性が心配している様子だが、言い終わらないうちに、奥のドアが開き、二人に近づく足音がする。
「時間だよ。さあ、行こう」
薄暗いので、よく見えないが、ドアを開けたのは御者の格好をしたカディクだ。
「私達を乗せてこの会場から出るのか?」
年配の男性は心配そうな声を出す。
「勿論だよ。君たちはまだ利用できるからね。あっ、今の話だけど。それって、5年前にセーラ・ビフラに君が殺されかけた話だろ?クエンティガ・バイア。自作自演にしては迫真だったな」
カディクは笑いながら言った。
このしゃがれた声、バイア上級薬師。
しかも、私が殺人未遂として捜査された事件は、自作自演だった……。
それを聞いてショックで動けない。
「確かに死にかけるくらいまで服毒しないと殺人未遂とは立件されないだろうし。ここまでして、セーラの研究成果を横取りしたかった気持ちはわかるよ?セーラの研究を転用したもので、特殊な麻薬系ポーションを開発して、闇ルートで他国に売ってるんだからな」
私に罪を着せたのは、あの研究が欲しかったからだったのね!
「事件が起きた研究発表会では、出番前のセーラに会いに行ったね?モーラス弁護士。その時に、ポーション釜に細工したんでしょ?君たちが手を組んだのは、研究を横取りしたかったからだけではなく、セーラの母親の持つ財宝が欲しかったからなんだよね」
もう一人の男性はモーラス弁護士だったんだ!
「セーラは取り調べのために一ヶ月ほど法務局に拘束されていた。その間に、セーラが相続すべき宝石類を売り捌いたんだ。私は知っているんだ。モーラス、君が、セーラの母親を殺害したことを」
「私がやったという証拠はあるのか?」
モーラス弁護士は焦っているようだ。
「あるよ。私を誰だと思っているんだ?君は、セーラの母親が好きだった。それはいろいろな人が証言してくれている。しかし、君には靡かなかった。そして、愛が憎しみに変わるなんて、低俗な表現だけど。でも、そうなんだろ?」
楽しそうに答える様子が、逆に狂気に満ちていて怖い。
カディクは尚も話を続ける。
「そして、その愛した人が、他の男から貰った宝石を売り捌いた。君が低俗な理由は他にもある。セーラの母親が自分に靡かないからと、その従姉妹である女性に手を出した。そして産まれたのがヘザーだ」
「いっ、言いがかりはよしてくれ!」
モーラスは焦った声で全部を否定した。
「では、鑑定魔法で親子関係を鑑定しようか?専門の鑑定士に依頼するよ?さあ、どうなるかな。ヘザーは、キンダー子爵家の長女だったが、本当はモーラス子爵家の子供で、キンダー子爵家とは無関係なんだ」
鑑定魔法は『同じか違うか』しかわからないので、人を鑑定しようとすると『人間かそうではないか』の鑑定しかできない。
親子鑑定は最近確立された技術で、専門の鑑定士は国内でもまだ数人しかいない。
この言葉にモーラスは反論できないでいる。
つまり真実なんだ!
ヘザーは、母親の不貞の末できた子供。
「カディク。君の望みはなんだ、私たちにどうしろと?馬に与えて偽魔法馬に仕立てるためのポーションのレシピを作ったのは君だし、麻薬系ポーションの改良レシピを作ったのも君だ。つまり君主導じゃないか」
「そんな事を言うんだな。麻薬系ポーションの闇売買のルートで馬を密輸しているのは君たちだ。それを、どこの省庁にも嗅ぎつけられないのは私のおかげだ。それと、偽魔法馬用のポーションの質が悪くて、そろそろ足がつきそうだから、責任取ってもらうよ」
「責任とは……」
「とりあえず、口止め料として、ここ一年分の麻薬系ポーションの売り上げを全部もらうよ?馬を密輸するためのルートを使っているんだからな」
「そっそんな!麻薬系ポーションだって、君の取り分が5割じゃないか!手を汚すのはいつも私達だ」
バイア上級薬師は反論をした。
「自作自演の殺人未遂をおこし、セーラの研究を危険視して、公表させないようにして。まさか、その研究を元に劇薬を作って売り捌いているとはな。バレたら地位剥奪、財産没収。家族は国外退去だ」
「………」
バイア上級薬師は何も言わない。
「もしも、私にこれ以上の嫌疑がかかるなら、君たち二人の犯罪として公表する。私がした事は、ただ魔法馬を売っていだけだ。偽物だと知らずに」
「待ってくれ。主導者は君だ!」
「馬と、薬草を調達しているのは君たちだ。調合はバイアがしているだろ? 最近、ケチって質の悪い薬草ばかり仕入れるから、馬に与えるポーションの質が下がるんだよ!早く行くぞ」
カディクは強い口調で促す。
「待ってくれ。まだ、麻薬系ポーションのカルテルとの値段交渉がまとまっていないから、会場に戻らなければいけないんだ」
モーラス弁護士が答えた。
「それなら心配ない。バイア、君は腕も落ちてきたし、制作も遅い。そろそろ廃業じゃないのか?こちらで価格交渉するよ」
カディクが脅すような口調で言う。
「見つからないようにポーションを作るのは大変だし、あのポーションは作成に膨大な魔力を必要とするんだよ!」
バイア上級薬師が答える。
確かに、普通の草から成分を抽出するのは至難の技だ。
にもかかわらず、その製法で麻薬系ポーションを使っていると言う事は、きっと安い材料で作って、高く売り捌いているんだ。そうすると儲けが多い。
「そんなの知った事ではない。とりあえず、何かあれば首謀者は君たちだ。私は、危ないと思ったら、国外でポーションを作るよ?今の私の財力があればどこの国でも受け入れてくれるだろう」
カディクが楽しそうに笑う。
その時、ガシャン! と音がして、バルディ様がテーブルの上に乗せた鏡みたいな魔道具が落ちた。
不安定な状態で棚におかれていたためだ。
バルディ様は慌てて拾い、また元の位置に置く。
「誰だ!」
カディクがかろうじてついていた補助灯を消したので真っ暗になった。
灯りを消すことにより、暗闇に紛れて逃げるつもりだ。
人が動く音がする。
多分、奥の扉からこの部屋を出るのであろう。きっと搬入方につながっているはずだ。
という事は簡単に逃げられてしまう。
「全員の位置を確認!」
バルディ様が耳に装着した魔道具を通して、小さな声で確認する。
「何?空間が閉じていて入れない?わかったという事は、出ることもできない。そのまま戦闘体制を保ち待機!」
隣にいてもかろうじて聞こえる程度の声量でバルディ様が指示を出す。
私達は顔を見合わせた。
どうすれば……。
ダナジーンがいきなり立ち上がった。
「待ちなさい!! カディク上官!あなた、見た目も好みじゃないけど、性格も最悪ね」
ダナジーンは怒鳴りながら、身体強化のポーションを飲み干して、空き瓶を床に投げ捨てた。
パリンと高い音を立てて瓶が割れる。
「その声はダナジーンだね、君の魔力や攻撃力では私には勝てないよ」
「そんなの。やってみなくちゃわからないわ」
「いや、簡単だよ。君なんて、ネズミより弱い」
「それでも、見過ごす事はできないわ」
ダナジーンのヒールの音が暗い空間に響く。
暗闇の中、カディクに近づいているようだ。
「この話を聞いていたのならわかったはずだ。今の私の財力を持って他国に亡命した後、どうすると思う?この国に侵攻して私の国にするよ。そうなったら、私の足元に跪いで媚を売るがいい」
「そうはさせないわ」
ダナジーンは相手を特定するために、炎を投げつけた。
うっすらと三人の人影が見える。
ゆらゆらと逃げようとする人影に向かって、ブーツから沢山の短剣を出すと、ダーツのように投げた。
炎は一瞬で消え、何かがぶつかる音が響く。
「やめろ!ダナジーン!」
バルディ様がダナジーンを庇って飛び出す。
「セーラは危ないから隠れているんだ」
ライアン様は戦えない私を気遣い、物陰に私を押し込んで戦闘に加わる。
身体能力の低い私は足手纏いになるだけなのはわかっているから、じっとしていないといけない。
暗闇で何も見えないが、金色のオーラが激しく動き回るのだけは見える。
夜会前に飲んだあのお互いの位置がわかるポーションのおかげだ。
二人の動きから、かなり激しい戦闘になっていることがわかる。
激しい魔法と蹴りや拳の応報で激しい音が鳴り響き、魔力の衝突で置いてあるものが散乱した。
私にも出来ることがあるはずだ。
考えろ、考えろ………。
今まで研究したことや、アイテムボックスの中にあるもので転用できるものはないかじっと考え、ひらめいた。
すぐにアイテムボックスを開き、一番小さなポーション窯をだす。
一番小さいのは、直径20センチ。
でも、深さは50センチあるから扱いが難しい。
慎重にかき混ぜないといけない鍋だ。
それから、カディクのポケットから拝借したポケットチーフを出し、成分分析薬少量と、いくつかの薬草、そして、ここに置いてある売店の商品である屑魔法石を数種類鍋に放り込んだ。
カディクの注意を引かないように、ダナジーンが私に押し付けた姿が見えなくなるマントを頭から被り、足元にポーション釜をセットして火をつけた。
こんな時こそ冷静にならなきゃ。
深呼吸を繰り返しながら、鍋をかき混ぜる。
砂時計をセットして、きっちりと時間を測らなければいけない。
普段ならたった数分だと思うのに、今日は永遠に感じる。
マント越しに見える衝撃で舞い上がるホコリ。
暗闇で、ライアン様とカディク様を包む光が激しく動き回っている。
願わくばこれが出来上がる前に、勝利を勝ち取ってほしい。
強い魔力をポーションに注がなければ。
鍋に集中していると、ドォォンという激しい音がした。
カディクに弾き飛ばされライアン様が床に叩きつけられたのだ。
ライアン様は肩で息をしながら立ち上がると、私がいる方にシールドを張って、また戦闘に加わる。
透明になっていても、私達はお互いの場所がゴールドに光って見えるから、私に危険が及ばないようにしているのがわかった。
お願い!早く出来上がって!
集中力を切らさぬように、魔力を込め同じペースでかき混ぜ続ける。
砂時計の最後の砂が落ちて、出来上がりを知らせた。
熱々の液体を急速に冷やせば完成だ。
アイテムボックスに手を突っ込み、適当な壺を出してそこにポーションを注ぎ、それから瞬間冷却した。
中をのぞいて指でポーションを触ってみる。
ハチミツみたいにトロトロとしている。
これで完成だ!
ある特定の個人にのみ有効な、魔力剥奪ポーション。
初めて作ったから効果の程はわからないが、個人を特定するためにカディクのポケットチーフを入れて、分析薬で成分を抽出した。
身体能力を抑え込むことはできないので素早さは変わらないが、魔法を封じ込められたらきっと勝てる!
マントを開いた時、ダナジーンが地面に叩きつけられた!
肩で息をしながら、何とか立ち上がるが、衝撃で口の中を切ったのか血を流している。
足もふらついていた。
「ダナジーン!」
あまりに危うい状況にアイテムボックスからポーションを出して、何とか飲ませた。
このままでは命も危ない。
私のポーションは市販品の50分の1の量で、同等の効果を得られるので、一口飲むだけでいい。
「……透明のポーション。すごく効くわ。セーラ様ってお兄様の部下なだけあるわね」
先ほどよりは少しマシになったのか笑顔を見せる。
破れた手袋を脱がせて、その手のひらを見ると、カディクの魔法にやられたのか、火傷のようになっていた。
ここに軟膏を塗り込むと、元に戻った。
顔の擦り傷にも塗り込む。
魔法によるものは、すぐに治療しないと傷跡が残ってしまう。
「無理はしちゃダメ。少し休んだ方がいいわ。でも、お願いがあるの。これをなるべく至近距離でカディクに投げつけたいの。だから、少し手を貸して?私をあの中に放り込んで欲しいの。自分じゃタイミングがわからないわ」
私はダナジーンに耳打ちをした。
カディクや拘束されているモーラスとバイアに聞こえては困る。
ダナジーンにお願いしたのは、何の知識もない私では今戦っているライアン様達の邪魔をしてしまう可能性があるからだ。
「中身は何?」
ダナジーンが同じように耳打ちしてきた。
「カディクにのみ有効な魔力剥奪ポーション……即席で作ったから効果の程はわからないけど」
ダナジーンは驚いたようで目を見開いた。
「触っても大丈夫ですの?」
私が頷くと、ダナジーンは両手を入れてポーションを触った。
「確かに何の変化も感じない……。わかりましたわ。これで終わらせますわ!」
私から壺を奪い取って立ち上がった。
「素人に手を出されては困りますわ」
優雅に微笑んだ後、強い目つきで戦闘の方を見たが、暗闇の中で、ダナジーンにはどこまで見えているか定かではない。
「この夜会の前に、位置を確認し合うポーションを飲んだからライアン様とバルディ様の位置はわかります」
私の言葉にダナジーンは少し考えて笑顔を見せた。
こんな時でも、高貴な血筋の方の笑顔は光り輝いて見える。
ダナジーンは美しいし、心根も高貴だ。
ライアン様が惹かれるのがわかる。
「では、二人が離れた瞬間に飛び込みますわ。無理しないようにすぐに離脱いたします。二人の足手纏いになりたくありませんもの。合図は背中を押す事ですわよ?」
「わかりました。その瞬間背中を押します」
私は頷くと、暗闇を凝視した。
激しく闘う二人が一瞬離れた!と同時に、ダナジーンの背中を押す。
ダナジーンは、足に魔力を込めると、勢いよく闘いに割って入ったと同時に、壺をカディクに投げつけ、稲妻魔法を放つ。
美しい光の矢が壺を貫いて、放射状にポーションが飛んだ。
カディクは危険を察知して瞬時にシールドを貼るが、一瞬の出来事だったので、ほんの少し、足先にかかった。
ポーションは瞬時に浸透していく。
その濡れた足先から煙が上がった。
「何だこの液体!妙なモノ投げやがって!」
カディクは怒って蹴りを入れながら魔法を放つ。
「さっきより全然威力が弱いですわね」
ダナジーンは、カディクの拳を避け、その腕を掴んだ。
「あら!何故でしょうか、身体強化の魔法が切れてますわね」
足にかかったポーションのせいだ。
しかも、ダナジーンが掴んだところから煙が上がる。
さっき素手でポーションを触っていたから、ダナジーンの掌や指にはポーションがまだ残っていた。
ハチミツみたいにトロッとしているから、そう簡単には乾かない。
「やめろ!力が入らない!何をした?一体何なんだ?」
カディクが大声で叫んだ。
「みるみる魔力が無くなっていきますわ。今は生活魔法を使うのがやっとくらいしか残ってませんわね。どうします?」
閉じていた空間魔法が、カディクの魔力が無くなった事によって開いたようで、ドアの向こうには沢山の騎士や魔導士達の姿が見えた。