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勘違いは勘違いのままがいい

カーネーションの男性に対してどのようなアプローチをするのだろうか?

ここにいる人達は余興だと思って大きな拍手を送っていた。


その拍手に紛れて、バルディ様がサッとカーネーションの男性の前に出てお辞儀をした。

「さあこちらへ。カディク殿」


バルディ様に指し示された方向は、私達の方だった。

しかし、カーネーションの男性は一蹴するようにその手を払った。


「私はカディクではない。私の名前はマシュー・ライドだ」

名乗ったのはマシューさんの本名だった。


「嫌、君がマシューなはずはない」

「嫌。私はマクヘイル伯爵家に仕えるライド子爵家のものだ」

カーネーションの男性は毅然とした態度で言った。

すごく怒っているようだ。


「嘘をつくな。お前がマシューな筈はない。マシューなら、騎士団員などが顔を知っている筈だ。その仮面を脱げ!」


「ああ。いいでしょう。私の顔を知っている貴族達がこの場に沢山いらっしゃるでしょうから。その代わり、貴方様もマスクを脱いで頂けますよね? まさか私にだけマスクを取れとは言いませんよね?」


カーネーションの男性は皮肉を込めた口調で反論してきた。


「いいとも。では、3からカウントダウンするから同時にマスクを外そうじゃないか」

「3、2、1!」


二人同時にマクスを外す。

カーネーションの男性の顔は、本当にマシューさんだった!


「ライアン様だったんですか!部下に対して意地悪な態度はやめてください」

マシューさんは、右膝を突き、忠誠を誓う姿勢でライアン様に話しかけた。


「嫌、君は私の部下のマシューではない」

ライアン様は強い口調でそういうと、こちらを向き、手を差し出す。


「さあ、解除のポーションを」

ライアン様に促されて、クラッチバックの中にあるアイテムボックスから20mlくらいの透明な液体の入った瓶を出して、手渡した。


ライアン様はその瓶を先ほどのテノール歌手と、偽マシューに渡した。


歌手は、瓶の蓋を勢いよく開けると一気に飲み干した。

すると、男性がどんどん細くなり、卵形の頭が普通の形に変わって、マシューさんの顔になった。


歌手の正体はマシューさんだったのだ。


「私の名前を名乗る偽物よ。お前のせいでマクヘイル伯爵家が迷惑している。『マクヘイル伯爵家の血縁であるマシュー・ライドが魔法馬の詐欺の主導者だ』と噂が流れ、大変迷惑している」

テノール歌手に化けていたマシューさんと、カーネーションを胸に挿す男性が対峙している様は異様だ。


二人とも同じ顔、同じくらいの背丈に、同じ様な体型。

招待客として参加している男性と、オーケストラの一員として参加しているマシューさん。

ここにいる皆はどう思っているのだろうかと、辺りを見回す。


残念ながら、招待客達は相変わらず余興だと思っているようだ。

突然に、歌劇が始まったとでも感じているようで、皆、ワクワクした顔で見ている。


「今、そのバッグからポーションを出したのはセーラ様ですね?旧姓はセーラ・ビフラ様。その後、ビフラ伯爵家に勘当されセーラ・タンニング様になられましたね。そして今は、セーラ・マクヘイル様だ」


偽マシューが鼻で笑う。


「もしも本物のセーラ様なら、今、私とそのオーケストラ員に変身のポーションを渡したのは違法行為ですよ?だって、薬師ではないから、ポーション作成する事も、処方する事もできない」

ライアン様が渡したポーションを火魔法で燃やして、消し去ってしまった!

偽マシューの表情は、目が吊り上がり、嫌味っぽく口がへの字に曲がっている。


「もっとも、この場にいる私の偽物は、自分の仲間をライアン様やセーラ様に化けさせて、私を貶める事をしたいのでしょうが、その手には乗りませんよ」


偽マシューはあくまで自分が本物で、私達を含め全員が偽物だと言い張る。


「マシューの偽者よ。君は、『教区の薬師』を知っているか?」

バルディ様が偽マシューの前に出て問いかけた。


「君は誰だ? 何故そんな事を聞く? 知らない者はいない。主に、昔から伝わる民間薬を調薬している地域の魔導士達に認定される資格だ。咳止めや腹痛などの一般的なポーションを100個同じクオリティで作ることができれば認定される」


「その通り。ちなみに、セーラは、ヨーク教会の教区の薬師に認定された。だから、ポーションを処方できるんだ。司祭以上の役職についている二名以上の聖職者が認めた場合は、魔法学校の調薬科を卒業していなくても薬師になれるんだ」


バルディ様は説明しながらパチンと指を鳴らす。

すると、数名の男性がが偽マシューを囲んだ。

タキシードを着ていたり、給仕の格好をしていたり、オーケストラの格好の人もいる。


「カディク、お前も魔導士ならわかっているはずだ。今がどんなに不利な状況なのか」

ライアン様の呼びかけに、偽マシューは歯軋りをした。


「私はカディクではない」

強い口調で否定しながら、移動魔法粉を出して、自分に振りかける。

次の瞬間、偽マシューの体が小さな5センチほどの竜巻の穴に吸い込まれ、消えてしまった。


逃げられた!


突然の出来事に唖然としてライアン様を見ると、落ち着き払ってマスクを付け直す所だった。

何故、余裕を感じさせるのだろうか?

今はまずい状況じゃないの?

 

「全員、配置につけ」

バルディ様の一言で、偽マシューを取り囲んでいた人達が方々へと散っていった。


「大丈夫。ホワイトスワンのオーナーは知り合いでね。シールドを張って、魔法が外に漏れないようにしてもらっている。だから、この建物の外には、出られない。もちろん、徒歩なら可能だよ?魔法では、外には出られないけどね」

バルディ様は説明しながら、伴ってきた女性達の方を向いた。

「君達のお陰で、犯人が見つかったよ」

優雅に片膝をつき、一人一人の手の甲にキスを落としていく。


女性達はため息を漏らしながら、お互いを見つめ合った。

バルディ様を取り合う女性達は、意外と仲良しで、いがみ合う時もあれば、連携プレーもお手のものらしい。

不思議な関係性だ。


「これが終わったら、また私達の元に戻ってきてくださいませ、バルディ様」

女性の言葉にバルディ様は笑顔を見せ、こちらを向いた。


その時、人混みを掻き分けて、女性が一人現れた。


「その女、殺人未遂を犯したじゃない!何でそんなヤツが薬師になれるわけ?」

大声で叫ぶその女性は……ヘザーだ。

手首のブレスレットからもヘザーだとわかる。


またホールがシンと静まり返った。


「このセーラ・マクヘイルは、殺人未遂を犯して、ビフラ伯爵家から勘当されたじゃない!魔法学校では買ってきたポーションを自分で作ったことにしてたんでしょ?完璧に犯罪者じゃない!」

ヘザーは酔っているようで、呂律が回っていない。


「しかも、何で、勘当された平民が、こんな誰もが羨む伯爵と結婚しているわけ?」

キリキリと歯軋りをしながら、ヘザーは地団駄を踏んだ。


「ウチの妻を侮辱するな!」

ライアン様が前に出て、私を庇うように立った。

私に危害を加えるかもしれないと危惧しての事だ。


「何が『私の妻』よ! 犯罪者を妻に迎えるなんておかしいんじゃないの?マクヘイル伯爵」

暴言を吐くヘザーを、後ろからやってきたゲオルグ様が慌てて手を引く。


「やめないか!こんな公衆の面前で!上司の計らいで招待されたのに!騒ぎをおこされると、私の出世に響くだろう?」


ゲオルグ様にたしなめられるが、ヘザーは無視する。


「ゲオルグ様は、私に全く興味を示さないじゃない!最近じゃ何があったか知らないけど『セーラは美人になったな』とかって、私と比較して!私と結婚したのは、お祖父様の遺産目当てでしょ?」


泣きじゃくるヘザーにゲオルグ様は呆れる。


「飲み過ぎだ。君の金使いの荒さと、癇癪には、ほとほと呆れる。少しは頭を冷やせ。今すぐ、その口を閉じないと離婚だ」

ゲオルグ様は、冷たい視線でヘザーを見た後、背中を向けて歩き出した。


「待ってよ!また私を置いて行くの?」

ヘザーは泣き叫んで、ゲオルグ様の後を追いかけて行く。

過去にも置いてかれた事があったんだ……。


「君はワガママ過ぎる。私の仕事上の社交には出てこない。観劇に行きたいと、仕事場に押しかけてくる。もうほとほと呆れる」

振り返り、ヘザーに向かって冷たく言うと、やはり無視をして人混みに消えて行った。


ヘザーは目を潤ませながら私を睨んだ後、ツンと顎を上げて大股で去って行った。



ゲオルグ様の冷たい目。

あの視線で見られると、身震いする。

ため息をついてライアン様を見ると、小さな声で「大丈夫?」と聞いてくれた。


やっぱりライアン様は優しい。



「じゃあ、行こうか?そろそろ、ウチの魔導士達が犯人を見つけているかもしれない。カディクの強さは半端ない。ウチの魔導士達も3人一組で捜索させている。急ごう」

私達がボールボールを後にしようとすると、皆拍手をしてくれた。


違うんだけどなぁ。

苦笑いをする私に対して、ライアン様は耳元で呟く。

「ここは、皆に観劇だと思わせておこう。ここから本当に戦闘がはじまるかもしれないと知るとパニックになる」


なるほど。

ライアン様に頷くと、右手を握られた。

繋いだ手を高く掲げられたよで、驚いていると、ライアン様はオペラなどの最後に演者がする挨拶のように、左足を引き、お辞儀をするので私も真似をする。


一層大きな拍手が巻き起こった。

もちろん、バルディ様に至っては、ダンスの申し込みが殺到している。

それを断りながら進む姿は大スターみたいだ。


歩き出した私達に対しても、

「音楽よかったわ!また演奏してくださらない?」

「ダンス楽しかったわ」

「面白い演出だったぞ」

沢山の人が声をかけてくれる。


なんとか人混みを抜けて、ボールホールの外に出た。

バルディ様はラペルピンと同じデザインのピアスを触り、

「見つかったか?」

と独り言を言った。


驚く私にライアン様が、「あれは通信用魔道具だよ」と教えてくれる。

どこからどう見ても普通のピアスなのに、あれが魔道具と聞いて驚く。


「北側、応答せよ。……了解した。中庭はどうだ?……わかった。他、配置についている者、応答せよ」

色々なところを捜索しているようだが一向に見つからない。


「ねえ、マシューはあのまま演奏を続けるのですか?それとも、今捜索中?」


マシューは招待客とは違い、白いタキシードを着ていた。

この夜会では、道化師のショーや、オーケストラなど、招待客を楽しませる演出がホールごとにある。

演者は白いドレスまたは白いタキシードを纏っているので、その衣装のマシューが歩き回ったら、目立ってしまう。


「マシューはボールホールに残って演奏しているよ。カディクが戻ってこないとも限らないからね」

「では、戻ってきたらどうやって連絡が来るのですか?」


「このカフスボタンが通信用魔道具だよ」

「でも、ライアン様がこれに向かって話しているのを見てませんよ?」


「これは古いタイプの魔道具で、短い文字しか送れない。さっきは『犯人はカディク』と送ったから、マシューが歌に乗せて犯人の名前を言ったんだ」

「そうなんですね!」


まじまじとカフスボタンを見るが、どうやって文字が届くのか全くわからない。


「夜会で、早く帰るために迎えを呼ぶのも便利なんだよ。誰にも悟られないからね」


ライアン様は周囲を警戒しながらながら説明してくれた。

本当に、真犯人のカディク様はどこへ行ったのだろうか……。


「もしかして人のいない場所に隠れているんじゃないですか?下手に歩き回ると、魔力を感知できる魔導士に見つかってしまいますよね?」


「確かにそうかもしれないな」

ライアン様は同調してくれた後に、バルディ様を呼び止めた。


「今日、会場として提供されていない部屋に行ってみるべきかもしれない」


「確かにそうだ。2階は利用していて警備が厳重だから、それ以外の部屋を探そう」

確かに2階に続く階段には、警備の人が立っている。

かなり警備が厳重なので、捜索対象から外す。


となると、利用してないスペースってなんだろう?

ホテルで働いている時、スタッフの控え室や、私物を管理するロッカールームが一階にあった。


それから、ここをパーティー会場にするには、ケータリング業者の搬入口があるはずだ。その付近に業者用の待機所があるのかもしれない。


「ここは博物館です。未使用のスペースは、普段一般客を通さない所にあるはずです」

私は言葉にした後、どこにスタッフの控え室があるのか考えた。


「基本的には、館長などの執務室のそばしゃないか?でも、空間魔法で閉じられているかもしれないなあ」

ライアン様は空間を閉じた部分がないのか壁を触っている。


「執務室なら知っている。確かにその奥は魔法空間で仕切られて入れない。でも、今日は見ての通り沢山の給仕やスタッフがいる。と言う事は入れる可能性がある」

バルディ様に案内され、私達は執務室に向かった。


その奥は真っ暗だ。

廊下というより、洞窟のようでもある。


「魔法で暗くして、中に入らないようにしているんだ」

奥を見て、あまりの暗さに身震いする。


「スタッフもこんなに暗ければ入れませんね?」

私の言葉にバルディ様はクスッと笑った。


「スタッフは魔道具を装着しているから、彼らには暗闇には見えないんだよ。じゃあ入ってみよう」

バルディ様はクスクスと笑いながら躊躇なく進んでいく。


ライアン様は怖がる私の手を掴み、一歩進んだ。

二歩目を進むと、急に明るくなった。

普通の廊下だ。


先ほどまでの煌びやかな壁紙とは違い、落ち着いたライトグリーンの明るい壁紙で、窓がないので閉塞感は感じるが、廊下が広いのでさほど気になりはしない。


すぐに曲がり角があり、その先には木製のドアが見えた。

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