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ブラックパーティー

今日が自分の人生の中で一番踏ん張らないといけない日なのかもしれない。

たかが数時間の我慢だ。


自分に言い聞かせて、エントランスへと向かうと、ライアン様が待っていてくれた。


「セーラ、本当にありがとう。君が勇気を振り絞って人前に出てくれるなんて」

ライアン様は横に控えているマシューから魔道具の箱を受け取ると、それを開けた。


中には、スクエアカットされた5センチくらいのダイヤモンドに似た宝石があしらわれたネックレスが入っていた。

こんなに透明度が高くて輝きの強い魔法石見た事ない!


「高級魔法石専門店のホワイトスワン主催のパーティーだからね。魔法石は必須アイテムだよ」

ライアン様自らが魔法石のネックレスを持ち、向かい合わせに立つと、私の胸元にネックレスをあて、首元に手を回した。


キスされるかと思うほどの距離感で胸が高鳴る。

魔法石の無機質な冷たさが、少し上気した体を冷やしてくれた。

ライアン様は私に興味がないんだとわかってはいるが、それでも何故だか期待してしまう自分がいる。

私って単純だわ。


「さあ、これで完璧だ」

ネックレスをつけた私を見て、ライアン様は満足そうに笑った。


「私のラペルピンともお揃いだよ」

ライアン様のジャケットの詰襟部分に、大きな魔法石をあしらったピンバッジがついていた。


それがまた、上級暗殺者のようでさらにセクシーだ。


「では、お嬢様。そろそろ出発の時間です」

おどけてそう言うと、私の右手を取り、跪いて指先にキスを落とした。

それから馬車へとエスコートしてくれた。


2頭の魔法馬は早く出かけたいとでも言っているかのようにブルルルと、鼻を鳴らす。

「では、予定通り出発しよう」

ライアン様の合図で馬車は動き出した。


日が傾きかけてオレンジ色に染まりゆく屋根屋根の上を、魔法馬は悠々と駆けていく。

マクヘイル領の中心部を過ぎると、眼下には森が広がり、遠くには山々が見える。


川沿いに進み、大きな山を越えるのが王都に向かう最短ルートだ。

川面が、オレンジ色から紫色に変わり、闇夜の色になった頃、最後の山を超えた時、キラキラと王都を彩るネオンが見えた。

やっぱり大都会だわ。

どこまでも続く眩い光の洪水を眺めていると、遠くに、魔法馬の馬車が見えた。


馬に魔法灯を付けて走っているので、美しい毛並みが光り、まるで銀色の雲が動いているようだ。


遠くの馬車が、ライトを2回点滅させると、こちらの馬車もそれに応えて2回点滅させる。

御者同士の夜の挨拶だ。


上空の高い位置を灯りをつけて飛んでいるのは、魔法馬の馬車か、または、最近開発されたという飛行魔道具くらいしかない。

やっぱり魔法馬って美しい。


そんな事を考えていると、魔法馬が高度を下げ始めた。

そろそろ降りるようだ。


ついたのは、ヨーク教会だった。

教会の外にヨーク司祭が立っており、馬車が教会前に到着すると、馬車に乗り込んできた。


「やあ、お二人さん。今日は思いっきり楽しもう」

ヨーク司祭様は、聖職者のケープではなく、真っ暗な燕尾服に黒いシャツ、そして真っ白な蝶ネクタイをしている。

燕尾服の襟には、ライアン様と同じデザインだが、ルビーのように真っ赤で、でも輝きが段違いにすごい魔法石のラペルピンをつけていた。


体にフィットしたその高級そうな正装だと、聖職者だと全くわからないくらい、引き締まった筋肉質な体つきだ。


それに、まるで黄金そのもののように濃くてしなやかな顎まである金髪を前もサイドも全て後ろに流して、優雅な髪型を作っている。

さらに、頬骨から額までを覆い隠すコウモリをモチーフとしたマクスが、なんともセクシーだ。


これでは聖職者だとは誰も気が付かないだろう。


「今から『ヨーク司祭』ではなく、『バルディ』と呼んでくださいね?セーラ嬢。わざわざ仮面舞踏会に行くのに、『ヨーク司祭』と呼ばれては、身分がバレてしまうからね」

ヨーク司祭様は私の手を取り、うやうやしくお辞儀をする。

その様子を見た、ライアン様があきれた顔をした。


「今日も、ハンティングか?」

「ああ。当然だ。沢山のレディが私の登場を今か今かと待っているはずだ」


「確かにそうかもしれないが、派手に振る舞うのはよしてくれよ?と言っても無理か。今日も何人のレディが、君を争って取っ組み合いをするのか眺めておくよ」


レディが殿方を争って取っ組み合い?

驚いてライアン様を見ると、困ったような呆れたような顔をして笑った。

「去年の舞踏会では、このバルディ・ヨークとのダンスの順番を巡って、五人のご令嬢が取っ組み合いの喧嘩をしたんだよ」


「それは……なんと言いましょうか。すごいですね。ではヨーク司……バルディ様にも沢山の惚れ薬入りの物が?」


「たまに届くことはあるけれど、それは私の事を知らない女性からだ。一度ダンスをしたら、最後まで踊ると決めているんだよ。相手が何人だろうが、ちゃんとお相手をして、ちゃんと送り届けるからね」


含みを持たせた意味深な言葉を深読みしてしまう。


「それは……朝に?」

あまりにも下世話な質問だったかしら?


「いや」

否定してくれてホッとする。


「夜までにだよ」

続きの言葉を聞いて思わず目を見開く。


「未婚のレディを弄んではいけませんわ。以前、聖歌隊を丸ごと口説いたと伺いましたわ」

語気を強めて言うと、バルディ様は笑った。


「薔薇の蕾は相手にしないから心配無用だよ。私は咲き誇る薔薇が好きなんだ」

……自分に酔っている。

確かにこれだけ色気がダダ漏れだと、まだ恋愛を知らないお嬢様は尻込みしてしまって近づかないわね。


だから、誠実そうなライアン様が狙われるんだわ。

マシューさんと、ケンネスさんの話によると、ライアン様は社交界でも、トップを争う人気なので、届く惚れ薬は異常な数だ。


最近では、私の噂話が流れてからというもの、旦那様を狙うハイエナ令嬢達から、また惚れ薬入りの贈り物が届くようになった。


あの『惚れ薬』って、なぜ素人が調薬しても罪には問われないのかしら。

謎でたまらないけど、貴族社会の中で行われている事だからそんなものなのだろう。


「そうだ、事前に話していた通り魔法のブレスレットを隠すアイテムだよ。そのブレスレットは目立ち過ぎる」


ライアン様が渡されたのは、シャツの袖口にブレスレットを固定して覆い隠してしまう魔道具で、わたしに渡されたのは、肘まである手袋だった。

装着してみると、ブレスレットがどこかに消えてしまったかのようだ。

腕にフィットしていて、しかもブレスレットの形がわからなくなった。


「これは、珍しい布製の魔道具だ。君たちの魔道具は、ごく微量の魔力しか放っていないから気にする必要はないのかもしれないが、そのブレスレットを知る人に会ったら身バレするだろ? それと、このマスクもつけて」


渡されたマスクは、私のものは蝶をイメージしたデザインになっており、ライアン様のは、肉食獣であるヒョウをイメージしたマスクになっている。

どちらも頬骨から額までを覆い隠すデザインだ。


「このマスクも、特殊な魔道具でね。魔力の質や波動で、個人を特定する能力を兼ね備えた魔導士達に、身バレを防ぐアイテムだ。これで、会場の中を好きに動き回れる」


バルディ様は、上機嫌で説明しながらウインクをしてみせた。


「さすがヨーク家!こんな特殊な魔道具、よく仕入れたな」


「身元を隠す魔道具は普通は出回らない。だから、仕入れルートは聞かないでくれよ?」

バルディ様は楽しそうに笑う。


「わかってるよ、聞かないさ。闇魔道具に近いからね。しかし、このヨーク家の情報網でも偽馬の詐欺犯は捕まらないんだ。だから、今日のこの夜会が勝負なんだ」


「大体の計画は聞いたが、ライアン。君は本当に犯人の目星がついているのか?あの偽馬、他国の駐在員のバカ息子も被害に遭って外交問題に発展しているんだ」


「外交問題か。とうとうやってくれたな。十中八九犯人はわかっている。でも、今日、もしも逃げられたら、きっと二度と捕まえられないだろうから、一発勝負だ」


「わかったよ。今日は一段と派手に行こう。ライアンも、その優等生キャラは捨てるんだな」


バルディ様は右の口角だけを少し上げて、イタズラっぽく笑った。

その時、馬車が止まった。

「到着したようだね」

バルディ様は馬車の窓から外を眺めた後、指をパチンと鳴す。


すると、空中にショットグラスが3つ現れた。

まるで誰かがお酒を注いだかのように、琥珀色の液体が入っている。


「成功を祈って」

バルディ様はグラスを手に取り、高く掲げた後、一気に飲み干した。


「成功を祈って」

ライアン様はバルディ様と同じ事を言うと、同じく一気に飲み干してしまった。

出遅れた私は、とりあえずグラスを手に取ったが躊躇してしまう。


「これはオーダーメイドの『存在感知薬』だ。主に、少人数で敵のアジトに潜入する時などに使う。このポーションを飲んだ者だけが、お互いが光って見えるが、他の人には見えない」


バルディ様の説明をじっと聞く。

これを飲めば、人混みの中でもお互いがどこにいるのかわかるという事なのね。

確かに大きな会場で、しかも仮面をつけているとあってはお互いを見つけられなくなるもの。


「連れ立って来ている参加者の中で、一定数このポーションを飲んで参加している人がいるから一般的なものだよ」


ライアン様が補足してくれたので、私は二人の顔を見て頷いた後、覚悟を決める。


「成功を祈って」

同じセリフを言うと、一気に飲み干した。


グラスの中身は、無味無臭だった。

ノーマジックを溶かしたカモミールティーみたいに苦いのかと覚悟したが、取り越し苦労だったと胸を撫で下ろす。

安心してグラスをじっと見た後、二人の方を見た。


気のせいだろうか。

二人を包む空気が金色に見える。

なんだかオーラが見えているみたいで面白い。


「招待状番号85番様、107番様ご到着です」

馬車の外で誘導係の声が聞こえて、ドアが開いた。

仮面舞踏会だから、招待状番号を読み上げられるらしい。


招待した主催者は誰が来たのかわかるが、招待客は誰が来ているのかわからないという演出だ。

さすが、高級魔法石店!演出が徹底している。


ドア越しに見えたのは、真っ赤なカーペットが、大きな館まで続いており、その上を沢山の招待客が歩いている様子だった。

階段の奥に見えている館は、下からライトアップされた真っ白な壁。

黄金で縁取られた窓からは、室内の灯りが反射して見えて幻想的だ。

館の入り口は高いゲートで、舞い散るバラの花びらが見える。光の当たる角度によっては、ワイン色に見えたり、淡い朱色に見えたりしてなんとも幻想的だ。

花びらは、魔法で作り出しているのか足元に落ちると消えてしまう。

黒い服しか着用してはいけないパーティーだけど、皆すごく華やかで見ているだけでも圧倒される。


「さあ、お手をこちらへ」

ライアン様に声をかけられて我に返ると、ライアン様とバルディ様が馬車から降りて、それぞれエスコートの手を差し出してくれていた。


どうすればいいかわからずに固まっていると、ライアン様がクスッと笑う。

「両手を出して、二人にエスコートされるんだよ」


言われた通り、右手をライアン様に、左手をバルディ様に差し出すと、二人に手を引かれて馬車から降りた。


私を挟んで、右にライアン様、左にバルディ様が立ち、エスコートの手を、肘を掴むようにと誘導された。


結果、私は二人の男性と腕を組んでいる状況だ。

ライアン様もバルディ様も背が高く、均整の取れた綺麗な体型で足が長い。かたや私は、よく言えばスレンダー。悪く言えば棒。

二人の真ん中に立つのは辛い。

左右のオーラが凄すぎて消えてなくなりたい。


出発するまでは、ドレスが派手で目立つのではないかと心配していたが、ドレスはむしろ大人しい方だった。

心配するほどではなかった。

でも、この状況で、大注目されている。


このオーラと色気の渦は、次々と到着して馬車を降りるご令嬢達の注目の的だ。

皆、二人の男性に目が釘付けになっている。


私達が通り過ぎると、お嬢様方は口々に囁く。

「なんて素敵な殿方達なのかしら」

「二人にエスコートされているあの真ん中の女性が羨ましいわ」

とか。


「今の方、凄くカッコよくない?」

「すごく素敵!通り過ぎた後のムスクの香りも最高ね」

と言う声も聞こえてきた。


「あのご令嬢、羨ましいわ。あんな素敵な殿方達を従えて。でも、きっと貴族じゃないわね」

「確かにそうね。二人の殿方にエスコートされるなんて、貴族社会でははしたないって言われますものね。でも羨ましすぎますわ」

明らかに高位貴族だとわかるお嬢様方かこちらを見ながら話しているのも聞こえた。


今、沢山の女性から羨望の眼差しで見られている。

側から見たら羨ましい状況だろう。

でも、こちらとしては、二人のオーラと色気が凄すぎて、間にいるだけで、もう既に疲れている。


緩やかだが、距離が長い階段を登ると、大理石の柱の奥に、真っ赤な世界が見えた。

真っ白の壁に真っ赤な絨毯。

大きな高さ3メートルはあるかと思われるフラワーアレンジメントも赤い花だけ。


もちろん、ワインは赤ワインのみ。

という事は、ルビー色の小物でブラックドレスを飾った女性達は目立たない。

とはいえ、真っ黒といっても、その全てを黒曜石のビーズで作ったドレスや、太腿の中程までスリットの入ったドレスなどを纏っている方々もいて、普通の黒いドレスでは全く目立たない事は確かだ。


空を見上げると、遠くから見えたバラの花びらが、近くに来ると濃淡がある事に気がつく。しかも、ランダムに見えて、規則的に落ちているようだ。

そして、花びらに紛れて文字も落ちてきていた。

一文字ずつハラハラと舞っており、welcomeの順番で文字が降ってきていることがわかった。


ゲートを跨ぐ時には、その文字が横一列に整列して『welcome』となっている。

そこを跨ぐと、高い天井にはクリスタルのシャンデリアが輝き、天井ではなくそこは空に突き抜けた空間だった。




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