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お祖父様の顧問弁護士に感じた違和感

いよいよ、弁護士のモーラスさんがいらっしゃる日になってた。

もしかして今回もヘザーと一緒に来るのかしら?


先日、身分を偽って参加したパーティーで、私の以前の婚約者で、現在のヘザーのご主人であるゲオルグ様に会った。

その時に、ゲオルグ様には、ライアン様を『ライアン・ドネリー様』だと紹介した。


その話を聞いたヘザー、もしくはモーラス弁護士が真偽を確かめに来るのかしら?

もしもそうなら、なんて説明すればいいのだろうか。

あの時、身分を偽った理由は説明できない。


それって、お祖父様の相続に何か影響があるのかしら?

そんな条文はなかったから大丈夫よね。


「ヘザーが一緒に来たら面倒事をおこすかもしれないわね。もしも、手土産を持って来ても、絶対に食べちゃダメよ」


「奥様、あの従姉妹の方が、いくら意地が悪い…言い間違えました。ちょっと独創的だからといって、食べ物に何かを仕込むでしょうか?」

アンナが不思議そうに言う。


「あの子ならやりかねないわ。軽い悪戯だと本人は思っているから、タチが悪いのよ」


「さようでございますか。わかりました」

「いい?なんとしても、早めにお帰り頂くように努めましょう。長時間滞在されていい事なんて何もないわ」


サロン以外の場所には立ち入らせない。

いくらヘザーがワガママを言おうとも、わたしは屈しない。


早く帰りたくなるように、お屋敷の使用人達に、お客様の目につく位置で忙しなく働いてもらえるようにお願いした。

もしも、慌ただしい理由を聞かれたなら、明日からお屋敷の改修工事だとウソを吐こうと思う。


そんな後ろ向きな準備を済ませて、モーラスさんを待っていると、メイドの一人が来客を知らせてくれて、モーラスさんがサロンにやって来た。


今日はお一人でいらっしゃったようで、ヘザーが一緒じゃなかった事に安堵する。


「セーラ様、こんにちは」

サロンに入って来たモーラスさんを見て、気がついた事がある。

お召しになっているツイードのスーツは、体にフィットしており、オーダーメイドなのがわかるし、仕立てだけでなく生地も上等だ。


今まではこれからの事を考えるのに夢中で、モーラスさんをちゃんと見た事がなかった。

この人も、もしかしたら貴族籍があるのかもしれない。


「遠いところをわざわざいらっしゃって頂いて、嬉しゅうございますわ。今日は、どのようなご用事でございますか?」


「要件というほどの事ではありませんが、定期的に皆様のご様子を伺わないといけないのですよ。こう言ってはなんですが、結婚生活が破綻していては、相続人から外れてしまいますからね」


「そういう事ですか。でも、それなら、このブレスレットをしていれば、夫婦として生活しているのが確認できませんか?」


お祖父様が作ったブレスレット型の魔道具を指差して聞いてみる。


「確かにその通りですね。ただ、やはり相続人様の様子を確認いたしませんと、本当の意味で婚姻関係の継続を確認した事にはなりません」


「そうなのですね。では、こちらにいらっしゃって何か分かりましたか?」


私の言葉にモーラスさんは困った顔をした。


「セーラ様の噂話が私の所まで届いておりまして」

「どういった噂話ですか?」


「言いにくい事なのですが、セーラ様には魔力がほとんどないといった噂話です。マクヘイル伯爵様は、魔力が少ない奥様を不憫に思って、同情から妻に迎えたのだろうという噂話ですよ」

もっと酷い噂話かと思って身構えていたが安堵する。


「その事ですか。伯爵様にご迷惑がかからない内容なら問題ありませんわ」


「…そうですか。それなら、5年前の事件はセーラ様が犯人ではないのですね。魔力が乏しい人が殺人未遂を起こせるほど強力なポーションを作れるはずがありませんからね」


その事件を蒸し返されて、私は無言になった。

なんて答えるのが正解かはわからない。


「しかし、全てのポーションを偽装していたのは事実なんですね。購入したポーションを自分が作ったと偽って飛び級までしていたとは」

モーラス弁護士は哀れむようにこちらを見た。

しかし、何かを返事するのは得策ではない。

過去の事を蒸し返されては困る。

何も知らない人には、本当の自分を知ってもらう必要はない。


「ただ、このマクヘイル伯爵領で透明なポーションを見たという噂話が入ってきました。もしも、5年前の透明ポーションを作った犯人と交流があるなら、縁を切っておいた方がいいですよ?」


馬用の透明ポーションが噂になっているんだ!

それは大変だ。

騎士団が滞在している間だけ、ポーションの管理を徹底して貰えばよかった。

後悔しても、もう遅い。


「セーラ様の殺人未遂の不起訴事件を覚えている薬師がいるかもしれませんからね。当時、学生だったから名前と顔は報道されませんでしが、知っている人は知っています」


確かにモーラス弁護士の言う通りだ。

あの事件を知っている人は一定数いるはずだ。

偽馬に投与されたポーションと、透明の人を殺しかけたポーションが同一人物が作ったものだと関連つけて考える人が出てくるかもしれない。

当の犯人もそうだ。


偽馬に飲ませるポーションを作ったのはどんな人物なのかはわからないが、現在、マクヘイル伯爵の妻である私に罪をなすりつけてくるかもしれない。

考えれば考えるほど、自分が追い詰められている感覚に陥る。


この件は、早く話を終わらせたい。


「お話ばかりせずに、どうぞ焼き菓子でもお召し上がりくださいませ。マクヘイル伯爵家のパティシエ自慢のマドレーヌですのよ」


「子供の頃のセーラ様はあまりお母様のローラ様には似ておりませんでしたが、今日お会いして感じましたが、どことなくローラ様と似てこられましたね。もしも、ローラ様が今のセーラ様のご様子を見たら、きっと少しはご安心なさるでしょう」


「そうお思いになります?」

「ええ。思いますよ。ホテルで清掃員として働いている時とは大違いですからね。魔法を使わずに、手作業で苦労しながら働いていたなんて。本来、貴族令嬢なら、しなくてもいい苦労です。ローラ様がお知りになったらさぞ驚くでしょう」


今の口ぶりからするに、リバートンホテルで働いていた様子を見た事があるようだ。

私の居所を調べるために勤務先を調べたのかしら?

もしかしたら色々と探られていたのかもしれない。

いつから私を調べていたのかしら?


「ホテルで働いていた事をご存知なのですね」

「遺言の開封についてお知らせしないといけませんでしたからね」


「確かにそうですわね。もしかして、かなり前からご存知だったのですか?」


「いえ。前伯爵様が他界されてから調べさせて頂きました」


先ほどは働いているのを見たような口ぶりだったのに、まるで最近知ったような言い方だ。


「モーラス弁護士様はずっとお祖父様の顧問弁護士をされていましたよね?いつからされていたんですか?」


「若い頃からですよ。私の父が、ビフラ伯爵様の顧問弁護士をしておりましてね、父が他界したのでそのまま私が顧問弁護士を引き継いだのですよ。ビフラ伯爵が家督を譲った後もずっと、顧問弁護士を継続させて頂いておりました」


「お祖父様とは長い付き合いなのですね」


「ええ、私が父の見習いを始めたのが15歳。それから40年以上経ちます。前伯爵様は、元伯爵であるハイム・ビフラ様とローラ様の扱いに大変苦労していらっしゃいました」


「それはどういう意味ですか?」


「お母様のローラ様から聞いた事はございませんか?」

「全くありません」


「ローラ様のご両親は、不慮の馬車事故に巻き込まれて亡くなったのですが、その時、ローラ様は1歳。そのため、急遽、爵位を継がれたのが、前伯爵」


「では、お祖父様とお母様は、叔父と姪の関係?」


「その通りです。前伯爵様は、実のお子様のように育てておりましたがね。ちなみにヘザー様と貴方様は、正式には再従姉妹になりますね」


初めて知った事だった。


「前伯爵様は、ローラ様のお兄様であるハイム様が成人すると共に家督を譲られて、隠居の形をとったのですよ。正式な後継者に、家督を戻したのですね」


弁護士さんの説明を聞きながら、頭の中で人間関係を整理する。


今の話で、お祖父様が早く引退された理由が分かった。

それに、お祖父様は『私の本当の祖父の弟』である事も初めて知った。


「家督を譲られた際のお披露目パーティーでは、ローラ様はパステルブルーの豪奢なドレスで、皆の前でハイム様への祝福のスピーチをされていました。あんなに美しい方は見た事がありませんね」


私の記憶に残る母と重ね合わせてみる。


「その頃のローラ様は王立学校の音楽科専攻でした。ビフラ伯爵家に伺うと、いつもサロンでバイオリンを弾いていらっしゃいまして、その姿はすごく優雅でしたよ。それか貴族街にあるカフェテリアにご友人達と入っていく姿もよくお見かけしました」


貴族街のカフェテリアは今でもある。

そこに入っていく姿をよく見たといっているが、モーラス弁護士の事務所はカフェテリアからはかなり離れているはずだ。

にもかかわらず、よく見かけたなんて。


「あのカフェテリアのパンプキンプディングは絶品ですからね」

なんとなく違和感を感じながらも相槌をうつ。


「ローラ様は、ご卒業後、婚約者のフリオ様と、海外へ音楽留学に行かれました」


「母の昔の話はあまり知らないのです」


「そうですか。フリオとローラは二人とも音楽家を夢見て海外へ留学に出かけました。しかし、それから7年後、異国の地でフリオ様は命を落とし、ローラ様は、セーラ様を連れて帰国されました」


モーラス弁護士の昔話をじっと聞く。

すると、私の様子を見ていたモーラス弁護士が、目を細めて笑った。


「今の話し方もお声もローラ様の若い頃に似ていますよ。まるでローラ様とお話ししているみたいだ」


モーラス弁護士が、母の声と話し方を覚えている事に驚く。

母とモーラス弁護士は、そんなにお会いする機会はなかったのではないかと想像する。

にも関わらず、母が他界して8年経つのに、母の声や話し方を覚えているって、ちょっと怖い。


「私でも母の声は曖昧なのに、覚えていらっしゃるんですね?」


その問いかけには何も答えてはくれなかった。


「今のご様子を見る限り、問題はなさそうですね。では、私はこれで失礼します」


そういってモーラス弁護士は帰っていた。

漠然とした疑問や、言い表せない不安を残して。


昔の事を聞こうにも、誰に聞いていいかわからない。

ビフラ伯爵家当主であるハイム伯父様は、厳格な方で何かを聞ける関係性はない。

ヘザーのお母様に聞ける関係性でもない。


この何とも言い表せない気持ちを封印する事にした。

今は、ポーション作りに注力しよう。


そう決めて、また研究棟に向かった。


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