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5年前の出来事

当時の私は17歳だった。

あの頃は、博士課程のクラスに所属していており、日夜研究に明け暮れていた。

通常なら、博士課程のクラスに進むには、18歳で高等部を卒業し、その後大学部に進学して、4年目に博士課程の最終クラスに入れる。

しかし、私は飛び級をして、17歳でそのクラスにいた。



事件が起きたのは、校内の研究成果発表会だった。

私の発表は、『魔力を含む植物と、そうでない植物との関係性と、魔力含有率とポーションの相関関係』だった。


その内容は、効能の同じポーションを、違う薬草を用いて作成するというものであったのだが、当時の私は自分流に作業工程を変えてしまっていた。


だから、気が付かなかった。

毒を作ってしまった事に。


今ならおかしいと気がつくポイントが多々ある。

今の作り方は、素材の調達から仕上げまで、師匠に教わった方法で行っており、一般的ではない特殊製法だ。


師匠から教わった作成方法の場合、最後に、出来上がったポーションを急速に冷やして完成だ。

もしも、毒が出来上がってしまったら、冷やしている途中で結晶が浮き出てきたり、濁ったりと異常事態が発生する。


この製法について、師匠からは「門外不出だから、絶対に人に教えてはいけない」と言われていた。

師匠の家に伝わる製法だそうだ。


しかし、当時は、その方法でポーションを作ってはいなかった。



研究発表会では、皆の目の前でポーションの作成をしないといけないが、師匠から教わった製法は披露できない。

しかも、植物から育てるなんて面倒だし、時間がかかる。

そんな事に時間を使うくらいなら、ポーションを作っていたいと考えていた。


だから、下処理は研究室でして、途中の工程から、発表中に作成する事にした。


本当は全てを一般的な方法で作ろうとした。

しかし、皆と同じ製法だと、思ったような効能のポーションが出来上がらない。

結局、師匠の特殊製法と、一般的な方法を織り交ぜた独自の制作方法を編み出した。


今となってはこれもいけなかったと思う。

どちらの製法にも、製作途中で、ポーションが上手くできているかの確認作業がある。

しかし、二つの製法を混ぜたやり方では、そのチェック機能が上手く働いていなかったのだ。


おかしいと気がつく事ができない精製方法を作り出してしまっていた。



そして、問題のあの日。

壇上で皆に論文についての解説などを演説して、その後ポーションを作って見せる事になった。


壇上には、複数のポーション作成中の液体の入った窯が並べてある。

火にかけて、魔力を込めるだけのその液体は、壇上に上がる前に事前に、評議委員達が鑑定魔法を使い調べてある。

その時点では、毒は精製されておらず、鑑定魔法では何も指摘されなかった。

「では、火にかけます」

私の言葉に会場はしんと静まり返る。

窯に魔法で火を焚べた。

火加減を確認しながら、魔力を込めてかき混ぜると、すぐにポーションができあがった。


そして、出来上がったのが劇薬になっていたとも気が付かずに、審査員の所へと持って行った。

審査員は、審査に来ていた特級薬師、国の魔導士、特別審として来ていた来賓の方、それからこの学会の論文の評議委員だった。


論文の内容が特殊なので、ポーションが透明である事に誰も疑問を持たなかった。

もしも、最初から最後まで普通の製法であれば、色が淀んだり、匂いがおかしかったりするだろう。

また、師匠の特殊製法を守った作り方をしていれば、冷却中に結晶ができたり、濁ったりしただろう。

でも、どちらの製法でもない作り方をしたポーションは、異常を感知する方法がなくなっていた。


まず、グラスに注いで口をつけるのは特級薬師の役目だ。

その薬師と、来賓の方が昏睡状態に陥った。

通常、薬師が評点をつける。その後に、皆、ポーションを口に運ぶものだが、来賓で訪れていた人は他国の人だったらしく、その事を知らずに飲んだらしい。


すぐに、私は殺人未遂の容疑で、拘束された。

しかも計画殺人として。

昏睡状態に陥った特級薬師は、薬師の中でも保守的なザバス侯爵夫人だった。

私がどこにでも生えている草や、観賞用として流通している花もポーションに利用する事に懐疑的だったのだ。


通常、ポーションの作成を失敗した場合は、ただ単に『何の効果も得られない液体』になるだけだ。

発表会での私のポーションは、火にかける前の鑑定では、普通の液体だった。

ここまでは通常のポーションと同じ。

もしも、毒薬なら、この時点で何らかの危険成分が検出されるはずだ。

しかし、火にかけた後は劇薬へと変化した。

普通ではあり得ない。


だから、こっそり毒を盛ったと判断されたのだ。

それで計画殺人を疑われた。


しかも、別の日、私がポーション鍋にジュースを投入している所を複数の生徒に見られてしまい、買ってきた濃縮ポーションをジュースで薄めて課題提出している疑惑が持ち上がった。


市販の濃縮ポーションは、通常のポーションより1.5倍の濃さで、色も味もきっちりある。

かたや、私のポーションは普通に作っても15〜20倍の無味無臭の透明ポーションだ。

市販のポーションによせるために、色付き水や、ジュースで薄めていたのだが、それを偽装と疑われた。


その後、特級魔導士と他国からの来賓の方は数日で意識が戻った。心配された後遺症などはなく、本人達は何があったのか覚えてはいなかった。


それでも疑いが晴れたわけではない。

事件後から数ヶ月間はずっと捜査された。

ただ、残った火にかける前のポーションの原液からは毒は検出されず、出来上がったポーションからしか検出されなかった。


そのため、発表会側が用意した、完成したポーションを入れるピッチャーにあらかじめ毒が仕込まれていた疑惑も残ったのだ。


それに、どんなに調べても、私が毒の研究をしていた証拠や、毒を購入した記録は見つからない。

当然だ。

どちらも身に覚えがない。


結果として、毒殺人未遂の容疑は証拠不十分で検挙されなかった。しかし、最後まで『市販のポーションを自分が作ったと偽って、課題提出していた』という、ポーションの偽装の疑惑は消えなかった。


事件直後、私はビフラ伯爵家との縁を切ることとなり、ゲオルグ様との婚約も解消し、学校も退学処分。

そして、ポーション研究の資料は、学校によって全て焼かれ、研究室も閉鎖になった。



何故、毒が出来てしまったのか。

今でもわからない。


きっと二つの製法を織り交ぜた作り方がよくなかったのだろう。それしか理由は思いつかない。


17歳だった私は、人の命を奪いそうになったため、ポーションを作る事が怖くなり、更には魔法に関わることも怖くなった。

そして、ビフラ伯爵家から縁を切られた私は、名前を変え、アパルトマンを借り、ひっそりと生活を始めた。


仕事は魔法を使わなくてもいい、ホテルの清掃員。

そこで、友達もできた。

特に仲良くしていたのはエマ。

もう、魔法に関わることはしたくないし、何があってもポーションは作らないと思っていた。

リバートンホテルで、ケンネスさんが倒れているのを見るまで。


もう2度とポーションは作らないと決めたのに、気がついたら毎日ポーションを作っている。

人生の分岐点があるとしたら、間違いなく、倒れているケンネスさんを発見した瞬間だったと言えるだろう。


「奥様お疲れになりましたでしょう?ポーション作成を隠すためとはいえ、魔力のないふりをしてよろしかったんですか?」

アンナが心配そうに私を見る。


「ええ。いいのよ。私がポーションを作っていることは公にはできないもの。それよりも、今日のディナーの準備をしましょう?」

「かしこまりました」


その日のディナーはなんだか微妙な空気だった。

それはそうだろう。

伯爵夫人である私の魔力が少ししかないという事をみんなの前で見せてしまったのだから。


私がポーションを作っているという事を知っているのはごく一部の使用人で、大半の人は畑仕事をしている私の事しか知らない。

だから、魔力がほとんど無いと信じた人は多いだろう。


でも、私としてはなんとも思っていない。

むしろ、魔力が低いと勘違いしてくれて好都合だ。

これで私の過去を調べられる可能性は減ったはずだわ。


ディナーの後、ライアン様はボーンさん達と打ち合わせを始めた。

明日の捜索についての話をしている。

それを見ながらダイニングをあとにした。


ポーションのストックが無くなっているから、ライアン様も焦り出したようだ。

私がポーション作りを再開するためには、騎士団の捜索を早々に終わらせなければならない。


私は早々にベッドに入った。

心配事が一つ減り、少し安心したのだ。

自分の心配事が減ると、疑問が一つ湧いてきた。


あの告発文のような手紙を送った人物は誰なのだろうか。

そもそも何のために送ったのだろうか。

マクヘイル領に来て、今までライアン様と過ごしていたが、ライアン様に敵はいなさそうだし、領民達や屋敷の使用人達にも好かれる、いい領主だ。


魔法馬の詐欺をおこなっている人物は、ライアン様に近しい人物ではないかとずっと疑っている。

そもそも、何故こんなに手の込んだ詐欺をするのだろうか?


馬を調達して、薬を投与し、魔法馬に仕立て上げる。

そして、マシューさんにそっくりの人物がその馬を売り捌く。


これって、馬の調達コストや、偽馬に仕立て上げるための馬に投与する薬のコストなどを考えると、もしかして大して儲かっていないのではないか?

それとも、競合する詐欺集団がない分だけ詐欺が働きやすいから、一番多い魔法石の詐欺や、宝石の詐欺よりもお金になるのだろうか?


前者の場合、ライアン様の評判、ないしマクヘイル伯爵家の家名を汚したいと考えている人物の犯行ではないかと考えられる。

怨恨の可能性が大きいという事だ。

後者の場合は、犯人はただ単に金目当て。


どちらにしても、ライアン様をよく知る人物の犯行だと思われる。

……こんな事ばかり考えるのはよそう。


久しぶりに飲んだノーマジックの事を考えて、子供時代の事を思い出しながらベッド脇のランタンの灯りを眺めていた。

カモミールティーに溶かしたノーマジックの効果は30分間魔力が使えなくなるだけではない。

飲んでから数時間後、強い眠気に襲われるのだ。

まさに今そう。

眠くてたまらなくなってきた。


柔らかな灯りの揺らめきが更に大きな眠りへと私を誘う。

目を閉じた時、名前を呼ばれた。


うつらうつらとしているが、その声はライアン様だとすぐにわかった。

「セーラ、まだ起きている?」


「……ええ。もう眠いわ」

「今日のアレ、どうやったの?どうやって魔力を消したんだ?」


「ああ、あれね。ノーマジックを使ったのよ。ほら、子供の頃、おやつがわりに水に溶かして飲んだり、イタズラに使わなかった?」

「使ったよ。でも、あれは一分間だけ魔法が使えなくなる。君は、長い時間、魔法が使えなかっただろう?」


「あれね。フフフ、カモミールティーに溶かしたのよ。そしたら30分は魔法が使えないわ」

「そんな事があるのか!さすがセーラだね。もうポーションが少なくなっているから、早く騎士団に退去してもらおうと思ってね。明日は早朝から捜索に行ってくるよ。そして3日後には騎士団は帰る」


「わかったわ。教えてくれてありがとう……もう……寝るわ」

「おやすみ、セーラ。君には助けられてばかりだよ」

その後、ライアン様は何か言ったようだが、眠気に負けた私は聞いていなかった。


3日後、騎士団員全員が引き揚げていった。

ライアン様が言った通りになった。


当然のことながら何も見つからなかったようだが、あの告発文の意図する意味を確認したくて来ただけのようで、マクヘイル領を本当に疑っているわけではない様子だった。


ボーンさんは最後まで、施錠された棟を疑っていた。

「本当は空間を開ける鍵を持っているのではないですか?私達に見せられない部屋って何ですか?」

サザーランドさんは、そんなボーンさんをなだめ、ライアン様とデートがしたいと騒ぐダナジーンをマナー講座に送り込むぞと脅し、二人の首根っこを掴んで連れて帰っていった。


管理職も楽じゃないようだ。


騎士団がマクヘイル領から退去した事を確認して、ライアン様はすぐにポーション作成室の施錠を解除してくれた。


「セーラ、申し訳ないが、もうポーションのストックがないから、すぐにでも作成に取り掛かってもらえないだろうか?」

「わかりましたわ」


私もポーションの残量が気になっていた。

騎士団がいた時は、畑の植物の収穫や管理にも魔法を使うため、庭師に手伝ってもらっていたが、とりあえずそれらを受け取り、ポーション作成室に向かう。


もっと質の良いポーションを作らないといけない。そんな事を考えながらポーションを作っていたら、思い出した事がある。

そういえば、過去の研究ノートがアイテムボックスに入っていたかもしれない。


魔法学校を退学になり、全ての研究を中止させられた時、研究棟の資料は全て燃やされてしまった。


でも、アイテムボックスの中の物は手付かずのままだったはずだ。

当時の私は、何もかも忘れたくて、

そして、忙しさにかまけて忘れてしまった。

研究初期のノートや、実験に使っていた道具の事を。


曖昧な記憶だから、どのようなノートをとってあるのかわからないけど、探してみる価値はある。


しかし、どこに入っているのかわからないので、アイテムボックスの中を探す。

手に当たった物を順番に出して並べていった。


30分後、とりあえず探すのは一旦終了することにした。

沢山の荷物を見てため息を吐く。

見つかったのは、植物の図鑑に、沢山のメモ。

それから、当時、植物採取に使っていた洋服や靴に、沢山の家具。

そして、探していたノート。


よくもまあこんなに溜め込んだものだ。

3冊くらい入っているかなと思っていたけど、じつに15冊も見つかった。


ためしに一番上にあった表紙がボロボロのノートを開いてみた。


日付をみると、10歳くらいの頃の日記だった。

きっと、日々気になる事を書き記していたのだろう。

でも、字が汚過ぎて読む気が起きない。

中身がこれなら読まなくてもいいわ。


あまりにもボロボロのノートはアイテムボックスに戻した。

そして、比較的綺麗なノートだけを手元に残したが、それでも5冊はあった。


昔の私って、なんでもアイテムボックスに放り込んでたのかしら。

整理したら、びっくりするような物が出てくるかもしれないけど、それはまた今度にする。


そんな時、ノックの音がしてアンナがドアを開けた。

部屋の中を見て驚いている。


「奥様!この沢山のお荷物は?」

「アイテムボックスの中を探したら出てきたの」


「それにしても広げ過ぎでございます。奥様のアイテムボックスの中身はこれで全部ですか?」

「いえ、違うわ。自分でも、どれだけの荷物が入っているのかわからないの」


アイテムボックスの中から探さないといけないものは他にもある。

小さい頃、母からもらった植物図鑑。

子供向けの本なので確か、アイテムボックスに放り込んだままになっているはずだ。


母は実年齢よりもすごく若く見える人だった。

いつも楽しそうに笑っており、ポーションの作り方を最初に教えてくれたのは母だった。


その母は私が15歳の時に亡くなった。

屋敷内を流れる川に落ちて流されたようで、河岸から母の靴と、破れたストールが見つかったのだ。

残念ながら遺体は見つからなかった。


母がくれた植物図鑑。

子供の頃は、彩色あふれる挿絵と、美しい文体が好きだった。

今度その本を探そう、そう思って、ノート以外のものをアイテムボックスに片付けた。


「お忙しい所、すいません。弁護士のモーラスさんからお手紙が届いております」

アンナに渡されて手紙を開封した。


お祖父様の弁護士が5日後にこちらに来る。

多分、定期的に様子を見に来るといっていたからそれだろう。


「5日後にいらっしゃるそうですわ。それまでになるべく多くのポーションを作っておかないと、また従姉妹のヘザーと共に来たら、何も出来なくなってしまうわ」


それまでの5日間、ポーション作りを急いで行った。



もちろん、王都に行き、あの鉱物屋にも行った。

導きの石を預けたままになっていたし、次の差し入れも必要だ。

滞在先を転々とするくせに、放っておくと何も食べない。

だから、私はいつも食べ物や日用品などを持って会いに行くのだ。

それに、短い時間しか取れないが、あの人に会いたい気持ちもある。



これからは研究にも力を入れないといけないから、毎日、過去の研究内容を読み返していくことにした。

今までは、王都に行く日は、畑の水やりや収穫しかしていなかったが、今は時間が足りない。


そのため、王都に滞在する時間は最小限にして、ポーション作りや、研究の時間を割くようにした。

過去のノートを見て、少しずつ思い出して来たが、研究テーマの候補には、『呪いの解明』もあった。


これだ!

これしかない。

呪いの解明というのは、呪った相手がどのような目的で、何を使って呪ったのかを解き明かすものだ。


主に、国の諜報員や騎士団など、敵対国に対抗する部署の人が呪いの魔法を受けると聞いた事があったので、研究テーマにしようと思い立ったはずだ。

少しずつ、過去の事を思い出しはじめた。


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