ライアン様の本心
長い間、投稿できずにすいませんでした。
また定期的に投稿を再開します!
騎士団が捜索を始めてから私の日課は畑に行く事と、サロンで本を読む事になってしまった。
自室にいては、なんだか雲隠れしているみたいで怪しまれるかもしれないと思ったから、なるべくサロンにいるようにしている。
一昨日、ダナジーンが領地の遠方の方を捜索にでかけた。
マシューさんが案内役になっているせいで人手が不足しているらしく、ライアン様とケンネスさんはちょっと忙しそうだ。
私はする事がないので本を片手にサロンの大きな窓から外を見た。
厩務員の棟の横には、簡易宿泊施設が設営されており、そこに沢山の騎士団員が寝泊まりしている。
簡易とはいえ、二階建ての農家のような建物だ。
これは、騎士団の備品らしく、中は空間魔法で広くなっており、一階には執務室、それから沢山の寝室に、大きな食堂、武器庫までると聞いた。
遠征などにも持って行くらしいが、空間魔法を駆使した建造物なので、組み立てや解体は特級魔法師のみで行うらしい。
そうしないと空間魔法が破壊されてしまうのだ。
沢山の騎士団員が、小さな建物から出入りしているのを不思議な気持ちで眺めていた。
あんなに小さいのに、沢山の騎士団員が生活できるスペースがあるなんて不思議。
噂によると、あの建物はこの国の国家予算の半年分の値段がするらしい。
それは当然だわ。私のアイテムボックスでも、庶民の家一軒分の値段がする。
「あの建物って、一体何部屋あるのかしら?」
そんな独り言を呟きながら本を開いた。
しかし、本を読んでいるのも一日で飽きてしまった。
これまでの人生で、教科書以外で読んだことがあるのは、ポーションのための本と、植物や鉱物の本だ。
あくまで、ポーションを作るための知識をつけるためにしか読書をしたことがない。
本をテーブルに置き、サロンに飾ってある装飾品を見て歩いた。
このサロンは、ライアン様のお母様がお茶会を開くために改装したらしく、小さなパーティー会場くらいの広さがある。
庶民なら100人くらいのパーティー会場として利用するが、貴族のお茶会なら二十人程度で利用するといった所だろうか。
私はサロンに置かれたグランドピアノの前に座る。
暇だし、どうせ誰も来ない。
今はアンナもここにはいない、一人の空間だ。
使用人達は、ボーンさんのせいで最小限の魔法しか使えないため、掃除や料理にいつもの倍の時間がかかる。
だから、全員で行なっているため人手が足りないのだ。
魔法を使わない掃除は得意だから、本当は手伝いたいけど、騎士団が滞在している今、ライアン様の妻である私がそんなことをすると、ライアン様の立場に傷がつく。
だから、じっと我慢して静観している。
久しぶりにピアノでも弾いてみよう。
そんな気持ちになり、グランドピアノの前に座って鍵盤を押してみる。
初めは人差し指でゆっくりと主旋律だけを弾いていたが、どうしても弾きたい衝動に駆られて本気で演奏を始めた。
モヤモヤした気持ちを整理したい。
このざわついてザラザラした気持ちが何かのかわからない。
ここ数年は、仕事としてラウンジでピアノを弾いていたが、自発的にピアノを弾くのは何年ぶりだろう。
一人の空間で思いっきりピアノを弾く事によって、色々な事を考え始める。
ライアン様はダナジーンに対する態度と、私に対する態度が違う。
ダナジーンに対しては包容力のある態度を見せている。
兄のように振る舞っているようにも見えるが、愛情を隠しているようにも見える。
婚約者のいる女性に対して愛情表現はできないわよね。
ましてや他国の王族に嫁ぐことが決まっている女性だもの。
ダナジーンとライアン様は、もしかしたらお互いに思い合っているのかもしれない。
しかし、ダナジーンは友人の妹君で、由緒ある血筋で、しかも婚約者までいる。
それって実らぬ恋をうちに秘めてるって事よね。
ライアン様は……ダナジーンの事を……好きなんだよね。
だから、ライアン様に1ミリも興味を示さなかった私との契約結婚を選んだんだわ。
もしも、契約結婚の相手が貴族の子女だと、後で婚姻関係の解消は難しくなる上に、跡取りを期待されるだろう。
その点、私は平民だし、何よりライアン様の事を好きなわけではない。
そして、私は結婚相手を探していた。
きっとライアン様は、これからもダナジーンへの気持ちを胸に秘めたまま過ごしていくのだろう。
契約結婚の相手である私ができる事は、少しでも長く二人で過ごす時間を作ってあげる事だわ。
色々な事を考えるたびに、胸の奥がチクチクと痛む。
この痛みは何なのかはわからない。
今は、ライアン様の幸せの事だけを考えよう。
それが、私と契約婚を選んでくれたライアン様に対する小さな恩返しだ。
どれくらいの時間が経過したのだろうか。
一心不乱にピアノにむかっていたので、何曲弾いたかもわからない状態で、ふと手をとめた。
すると、サロンの端の方から拍手が聞こえてきた。
私の位置からはちょうどグランドピアノの陰になっていて、誰がそこにいるのかわからない。
ピアノを弾き始めた時は誰もいなかったはずなのに?
疑問に思い立ち上がり、そちらを見る。
すると、サロンの端のソファーにライアン様とダナジーンが座っていた。
ダナジーンは領地の端に捜索に行っていたはずだけど、もう戻ったのね。
もしかしてライアン様がわざわざ迎えにいったのかしら?
それを聞きたい気持ちを飲み込む。
「私達が入って来た事に気が付かないくらい、集中して演奏していたね」
ライアン様にそう言われて、曖昧に微笑んで見せた。
二人が一緒にいる所を見ると、心がザワザワする。
なんでだろう。
わからないけど、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。
「セーラ様ってプロ並みの演奏力なのね。きっと子供の頃から習わせてもらっていたんでしょう?って事は、かなりの高位貴族の所に住んでいたんですね」
ダナジーンの誘導尋問には引っかからない。
だって単純だもの。
答えはイエスかノーしかない。
「ピアノが上手くなる魔道具を使ったんですよ」
笑顔を作り、そう答えると、ダナジーンは驚いた顔をした。
「嘘!本当に?魔道具をつかうには、その魔道具に魔力を流さないといけませんわね。でも、そんな事をしたら10秒以内に……ボーンが飛んできますわ。『魔力を感知した』と、大騒ぎしますわね」
ダナジーンは、サロンの入り口を見つめて、それから時計を見た。
「10秒経ったけどボーンが現れませんわ。もう!セーラ様は嘘をつきましたね?酷ぉーい」
頬を膨らませて怒っている。
「バレたかしら?久々にピアノに触ったから疲れたわ。ちょっと休みますので、失礼します」
二人にそう告げてサロンを後にする。
仲良く話をする二人をもう見ていたくはない。
自室に向かい、長椅子に寝転んだ。
ライアン様には感謝してもしきれない。
お祖父様の遺産を相続するために、ライアン様は契約婚を提案してくれた。
リバートンホテルの客室清掃員をしていた私は、もしもライアン様と出会っていなかったなら、多分、結婚相手を見つけられずに相続人から外れていただろう。
しかもライアン様が契約結婚としてのお給料と、ポーション代をくれる。
そのおかげで金銭的な心配はなくなった。だから安心して週に2回、あの方に会いに行くことができている。
リバートンホテルとラウンジのダブルワークをしていた時とは大違いだ。
こんなに破格の待遇で契約結婚をしてくれるライアン様の幸せを願うのが妻の仕事よね。
ライアン様の幸せとは、ダナジーンに対する気持ちを見守ることと、偽馬事件を解決する事。
偽馬に関しては、どのようなポーションを投与されているのかまだわかっていない。
だから、馬の体内に残った残留薬を調べる方法を開発しないといけない。
……まさか強力な呪いを受けているわけではないよね?
強力な呪いが混ざっているなら、ポーションだけでは回復しきれない。
その事に今まで気が付かなかった。
だから、馬達の回復が遅いのかもしれない。
色々と試したいし、ポーションの研究をしたい。
そんな事を考えていたら、ノックの音がした。
「失礼いたします、奥様。残念なお知らせと申せばよいのかはわかりませんが、ボーン様が奥様のポーションルームを見つけそうでございます」
「そう…ですか。今、どのような状況ですか?」
私の質問にアンナは眉を寄せる。
「ボーン様は『ここの空間が歪んでいるのは何かを隠している証拠だ』と騒ぎ出しまして、旦那様が『ここには先代伯爵様のプライベートルームがあったはずで、鍵は先代様しかお持ちではないので開けられない』と伝えました」
なるほど。ライアン様は、世界一周の旅に出ている先代伯爵様のせいにして、あくまで知らぬ存ぜぬを通す予定なのね。
少しホッとしたが、ボーンさんがそれで引き下がるとは思えない。
「ライアン様のそのお返事ではきっと納得されないでしょうね?」
私の言葉にアンナは、うんうんと頷く。
「ご想像通りでございます。あの空間の前で、一人ずつ順番に空間を開くための魔法を発動するようにとおっしゃられました」
「それじゃあ、あの空間を閉じたのはケンネスさんだから、ケンネスさんが魔法を発動したら、施錠された状態のドアが現れてしまうわ。そうなると、次は鍵を出せと大騒ぎするのでしょうね?」
「奥様、それはご心配いりませんわ。あの空間を閉じる時に利用した鍵は、100年前の内戦の時のもので、敵陣から攻め込まれても閉じた空間の解放方法がわからず略奪に遭わなかったと言われる、大変特殊な隠匿魔法鍵です。ですからご心配には及びませんわ」
隠匿魔法の魔道具は今まで沢山見てきた。
ただし、そのほとんどがお祖父様が作ったものなので、お祖父様独自の魔法の法則が必ず組み込まれている。
その法則こそが『製作者の署名』だと言っていた。
そういえば、お祖父様の作った魔道具を使うところを見たことがない。
お祖父様の魔法鍵は透明になるのだろうか。
マクヘイル家にある隠匿魔法鍵は100年前からあるのであれば、製作者はお祖父様ではないから、お祖父様の魔道具も同じとは限らないわね。
「それじゃあケンネスさんはもう魔法を発動させられた?」
「はい。しかし、扉は現れませんでした」
「よかったわ。これで安心ね。もしかして、アンナも魔法の発動をやらされたの?」
「はい」
「もう!迷惑な方だわ」
「ただ……困ったことがございます。ボーン様が奥様にも魔法の発動を試してほしいとおっしゃっております」
やはりそう来ると思った。
あの空間の周りには私の魔力の跡が少なからず残っているだろう。
こうなったら方法は一つしかない。魔法を使えないふりをする事だ。
子供騙しだけど、アレをするしかなさそうね。
私はバザールの鉱物屋で買った、黒いスベスベした小さな石を出した。
「ねえ、カモミールティーを作ってくださらない?」
「奥様、その小さな石はもしかして……子供がいたずらに使う、一瞬魔力が無くなる石『ノーマジック』ですか?」
「そうよ。皆、子供の頃遊んだでしょ?これを水に溶かして飲むと、甘くて美味しいのよね?その代わり、1分だけ魔力が使えなくなるの」
「そうでしたそうでした!でも、1分ではどこにもいけませんよ?かといって、ボーンさんの近くで飲むわけにもいきませんし。魔力が使えなくなる水を飲んだのがバレバレです」
「この石、カモミールティーに溶かすと、30分は魔力が減るわ。まあ、私たちは大人だから、掃除用魔道具がかろうじて使える程度になるのだけど。その代わり、すっごく苦いのよ」
「水に溶かすと甘いのに。本当ですか?」
「本当よ。水以外だと苦くなるのよ。しかも、何に溶かすかによって持続時間が違うのよ」
「初めて知りました!奥様はやはり博識ですわ」
驚くアンナを見て、苦笑いする。
子供騙しのおもちゃのようなものなのに、褒められるなんて。
ポーションの研究をしている時、ありとあらゆる研究をしたのだ。
これは石に見えるけど、石ではない。
複数の植物の粉を組み合わせて作っている。
ただし、薬草というよりは雑草のような、どこにでも生えている植物で作っているので、値段も安い。
子供用の面白お菓子としてどこにでも売っている。
アンナはテキパキとカモミールティーを入れてくれた。
そこにこの黒いスベスベした石を入れて溶かす。
すると、カモミールティーが、土色に変化した。
不味そうな色で、それを見ただけでゲンナリする。
飲んだら苦い事を知っている。
だから飲みたくない。
でも飲まなければいけない。
土色の液体が入ったティーカップを持ち上げる。
でも躊躇してまたソーサーの上に戻した。
深呼吸して一度気持ちをリセットする。
セーラ、あなたの過去を面白おかしく掘り起こされたいの?
嫌、掘り起こされたくない。
自問自答しながら土色のカモミールティーを凝視する。
まずいのは一瞬。
まずいのは一瞬!!
大きく息を吸って鼻を摘んだ。
そしてカップを手に取ると、土色のカモミールティーを口に流し込んだ。
びっくりするくらい苦い。
こんなにまずい飲み物他に知らない。
喉が、飲まないでと抵抗する。
でも、なんとか飲み込む。
カップの液体を全部口に入れて、上を向いた。
我慢して飲み込むのよ、セーラ。
自分で自分を鼓舞して、なんとか飲み込んだ。
あまりの不味さに倒れるんじゃないかと思った。
舌が痺れている。
今日はもう、何を食べても味がわからないだろう。
ふらつく私をアンナが支えてくれる。
「奥様!大丈夫ですか?」
「なんとか大丈夫よ。いきましょう」
アンナの肩に掴まり、体勢を立て直す。
急がないと、ノーマジックの効果は30分だ。
早歩きで、10分で到着した。
私のポーション製作室があった場所は、今はホールのような広い空間になっていた。
外から見た建物と、中の間取りに違和感がないようにカモフラージュされている。
そこに、ボーンさんと、ダナジーンと、数名の騎士、そしてライアン様が待っていた。
空間を閉じるだけだと、不自然な建物になるから、隠匿魔法鍵が、別の空間を作り出しているんだわ。
これがあの魔道具の凄いところなんだ。
閉じた空間を見つけられないように偽装するのは、すごく高度な魔法だ。それを魔道具に組み込めるなんて、作成者はきっと凄い人だったんだわ。
「奥様、ご足労頂きありがとうございます」
ボーンさんは、魔法を発動して欲しい人をリストにしていたようで、その中から私の名前を探して、チェックを入れた。
「いえ。何なりとお申し付けくださいませ」
「では、早速ですが、ここに立ち、何でもいいので魔法を発動してください。奥様の魔力に反応したら、次の動作に移ってもらいます」
「わかりましたわ」
私はアンナの顔を見ると、アンナはじっと私を見て頷いた。
始めればいいのね。
あの『ノーマジック』の効果が持続しているはずよ。
そう信じて魔力を普通に出そうとするが全く出ない。
よかった!
安堵して思いっきり魔力を放つ。
すると、プスっと小さい音がして、掌から、申し訳程度の水が流れ落ちただけだった。
そんな私を見たボーンさんは怪訝そうな顔をする。
「奥様、魔力放出を阻害する魔道具をつけていませんか?今スキャンします」
そう言って、ボーンさんは掌を私に向けて、柔らかな魔法を発動させた。
「魔道具は一つも持っていませんね。あるのは、マクヘイル伯爵の魔力が入ったそのネックレスだけですか。という事は、奥様はほとんど魔法が使えないようだ」
ボーンさんの言葉に、周辺に待機していた騎士団員がざわつく。
魔法が使えないという事は、普通の魔法学校に入学できないという事で、貴族の子女なら大騒ぎになる。
魔法が使えなければ、魔道具は全て使えないし、ポーションも作れないから、下級魔法学校しか入学先が無いのだ。
もしも私の過去を調べたとしたら、真っ先にリバートンホテルで清掃員の仕事をしていた経歴が出てくるだろう。
リバートンホテルの清掃員は、ほとんどを手仕事で行うため魔力が低くても務められる職場だ。
これで、私の過去と整合性が合う。
それから、先日、サザーランドさんの前で王都に行くために、移動魔法粉を使ったが、これは魔力が低い子供でも利用できるように作られているから、魔力量を偽装した疑いを持たれないだろう。
「あの、これは内密にしてくださいませんか?」
私の言葉にボーンさんは頷く。
「当然ですよ。ここにいるものは誰一人として口外しません」
これで、私の過去を調べられる事はないだろう。
「その程度の能力しかないなんて!今まで見てきたライアン様に言い寄る人の中では一番、能力が低いわ。……そんな人に取られるなんて。ますます我慢できない」
ダナジーンは口の中でモゴモゴと独り言を言った。
みんなの様子を見ていると、みんな本当に私に魔力がないと信じたようだ。
「では失礼します」
去り際、ライアン様を見ると、何が起きたかわからないという顔をしていた。
アンナを連れて急いでこの場を去る。
そろそろ魔力が戻ってくる頃だ。再度試して欲しいと言われたら、次は普通に魔力が放出されてしまう。
二人で無言のまま、プライベートルームに向かった。
部屋の周辺に誰もいない事を確認してからドアを閉める。
アンナの顔を見ると、何かを言いたくてウズウズしているようだった。
「凄いですわ!奥様。本当に魔力が出なくなるなんて」
「久々にこんな事したから、ドキドキしたわ」
「いつ、こんな実験をしたんですか?」
「そうね、10歳くらいの頃かしら」
「そんな前に!奥様って凄い方だったんですね」
「ええ。研究が大好きだったのよ」
でも、あの事件から研究を辞めてしまい、全てが終わってしまった。
あの事件……そう。
私に嫌疑がかけられた殺人未遂事件だ。