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誤解を解くのは容易ではない

領地に戻ると、沢山の騎士団員が色々な建物の捜索を行っていた。

厩舎や色々な所に沢山の騎士団員がいて慌ただしい。


その物々しい様子が、自分が過去に見た光景と重なった。

あれは私に殺人未遂の容疑がかけられた時、憲兵が私の研究室や、私の部屋を調べた時とそっくりで、胸の奥がざわつく。

あまり思い出したくない光景と重なる現在の様をみて、深呼吸をする。


動揺は良くない。落ち着かなきゃ。

自室に戻り着替えを済ませる。

そして、この部屋を捜索される時に備えて、アイテムボックスをきっちりと仕舞う。

それからサロンに向かうと、ケンネスさんが困り顔で出迎えてくれた。

「慌ただしいですが、しばらく辛抱してください」


「いえ。気にしないわ。私は大丈夫。どんなに調べたって何も出るわけがありませんもの」

にっこり笑って、ケンネスさんの緊張を解こうとする。


「マシューが疑われた時も、捜索が入ったんですよ。当然の事ながら、何も出ませんから1日で捜査は終了しました。今回は何日かかるのでしょうか?」

ケンネスさんは心配顔で紅茶を淹れてくれた。


「きっとすぐに終わりますわ」


その時、サロンのドアをノックして数名の騎士団員が入ってきた。

台車に乗せた沢山のポーションの瓶を持ってきていた。


「失礼致します。質問がございます。申し訳ありませんが、この瓶の中身を教えて頂けますか?」

何故か騎士団員は私に向かって質問してきた。


答えたら中身を知っていることになり、更に根掘り葉掘り聞かれるだろう。

でも、伯爵夫人として何一つ知らないのも不自然だ。


言葉に詰まっていると、ケンネスさんが代わりに答えてくれた。

「奥様は、まだ嫁いで数ヶ月ですから馬に関することはまだご存知ありませんので代わりにお答え致します」

「では、お願いします」

騎士団員は真剣な面持ちで、ケンネスさんの方を向いた。


「これは偽馬が運び込まれた時に飲ませる解毒のポーションです。こっちは疲労回復のポーション。生育のポーション。病気を予防するポーション。他にも色々です。鑑定魔法を使ってみてください」


その説明に見ながら顔を見合わせた。

困惑しているようだ。


「透明なポーションは聞いたことがない。ポーションは普通、効能によって色が違い、匂いも味も違うはずだが、これは何の匂いもしないからポーションのはずはない」

一人の騎士団職員が言った。


「では味を見てみよう」

別の騎士団員が瓶の蓋を開けようとする。

それを見て、慌ててケンネスさんが止める。


「人用ではありません。馬用に特別に調合してもらっているので、飲まない方がいいです。それよりも鑑定魔法で鑑定してみてください」

「飲んではいけないなんて益々怪しい。ではボーン主任を呼びます」


騎士団員が、手の中から鳥型の手紙を放つと、小さな竜巻をおこしながらボーンさんがやってきた。

竜巻に乗ってやってきたようだ。


騎士団員は透明な液体の入った瓶を見つけた事や、その瓶の中身がポーションだと言われたが自分では確認できない事などを説明した。


「透明なポーションなんて聞いたことがない」

ボーンさんはそう言いながら鑑定魔法を使う。


「驚いたな!本当にポーションだ。これは解毒、こちらは回復」

2本の瓶を鑑定してから、蓋を開けて匂いを嗅ぐ。


「匂いも色もないポーションなんて珍しい」

掌にポーションを垂らそうとしたのでケンネスさんが止める。


「ここにいる皆様にもお伝えしましたが、それは馬用です。しかもこのポーションスプーン一杯が、普通のポーションコップ一杯と同じ効能なのです。ですから、触ったり、口に入れないでください」

そう注意されたボーンさんは残念そうにポーションの瓶を置く。


「こんなすごいポーションは見たことがない。しかも魔法の痕跡も辿れない。珍しいポーションだ」

私のポーションは魔法痕跡がない?


つまり誰が作ったのか製作者がわからないポーションだという事だ。

でも、意図的にそうしているわけではない。

考えてみると、魔法の痕跡が辿れないと言われて思い当たる節があった。


私の師匠は、最後に複数の薬草の粉末を入れるのだが、その時は魔力は込めない。

多分、あれが魔力の痕跡を消すものなのかもしれない。


私は鑑定魔法も使えないし、魔力の痕跡を追うこともできない。

師匠は、自分の存在を隠して生活していたので、当然、魔力の痕跡も残さないのであろう。

という事は、私の痕跡が残っていないという事だ。


過去の殺人未遂事件の時には、私の痕跡が残っており、そのせいで容疑がはれなかった。

でも今回は、私の魔力痕跡は見当たらない。


何が違うのだろうか? そう思って過去の事を振り返る。

今、思い返してみると、かなり雑な作り方をしていたのかもしれない。

いや、雑というのは語弊がある。

師匠から引き継いだ作業は複雑で難解だったので、一般的なポーションの作り方に近い方法で作っていた。


しかし、今はマクヘイル領に来て、ポーション作りを再開してから、師匠に教わった製法を守って薬草から育てている。


今は、このポーションの作成者が私だとバレなければいいし、この様子だとバレる心配はない。


安堵しながら紅茶を飲んでいると、ライアン様とダナジーンが入ってきた。

ダナジーンは、可愛らしいギンガムチェックのドレスに真っ赤な帽子を被っている。

腕には騎士団の腕章をつけているので仕事中である事はわかるが、どこをどう見たってお嬢様のお出掛け着だ。


「二人での視察だと思ったのに、なんで人が沢山いるのよ!! 騎士団員はまだいいわ。自分の馬に乗ったり、魔法で移動したりするから。問題はマシューよ。なんで一緒の馬車に乗るの?」


怒るダナシーンに対してマシューさんは満面の微笑みを返す。

「それはライアン様が襲われないように見張る必要があるからですよ? ダナジーンお嬢様」


「ライアン様が襲われるわけないじゃない!お強いんだから。しかも私もいるわ。それに領主を襲う領民なんて聞いたことがないわ」

すごい剣幕で怒るダナジーンに対して、マシューさんは相変わらず表情が変わらない。


「領民や盗賊に襲われる事を心配しているわけではございまいません、ダナジーン様。これ以上何を聞かれても私は答えませんし、貴女様とライアン様を二人きりにする事はございません」


「マシューの意地悪!だから犯人と間違えられるのよ!」


「マシューは、未婚の女性が、既婚男性と二人で馬車に乗ってはいけないと言っているんだよ」

口を尖らせて怒っているダナジーンに、ライアン様は優しく言った。


「もう!ライアン様まで!」

ダナジーンは拗ねるように言いながら私の斜め前のソファーに座る。

するとすぐにケンネスさんが紅茶を持ってきてくれた。


「ねえ、セーラ様。買い物に出掛けてサザーランドを撒いたんですってね。あのサザーランドの追跡をすり抜けるなんて、あなた何者なの?普通じゃないわよね」

その口調はちょっと意地悪だ。



撒いた事になるのかしら?

たかが十数分の事だ。


できれば私がどこで何をしているのか疑問を持たれる行動をとりたくはない。

本当は、あのバザール以外にも行きつけの鉱物屋はある。

でも、そこは安全な通り沿いで、サザーランドさんから離れて買い物する事はできないのだ。

しかも、配達をお願いできるような雰囲気のお店ではない。

そうなると、ドレスショップの店員にお願いしないといけない。

そのドレスショップのグワネスという店員が『何でも屋』をやっていて、ドレスを買いに来た客を装って、『依頼』をするのだ。


サザーランドさんなら、誰に配達させたかまで突き止めるだろう。

そうなると、あの人との関係も暴かれるかもしれない。

それだけは絶対に困る。


そんな事を考えて、あえてバザールの中の鉱物屋で買い物する事を選んだ。

そして、想定通り、サザーランドさんはバザールの中に入れなかった。


「撒いたなんてそんな…。買い物に行ったバザールでサザーランドさんが絡まれてしまって、私はそれに気が付かずに先に進んだだけですわ。やはり、買い慣れたお店で買い物する方がラクですもの」

平静を保たないと。


「平民出身だから、やはりバザールの方が買い物しやすいって事ね。お金持ちのところに嫁いで来れて幸せになれた?平民って貴族に嫁ぐのを夢見るんでしょ?」

視線は怒っているようだが、口調はおどけたような言い方だ。


「そんな人は多いわ。でも、何もかも違うから苦労するわね」

私は、貴族の孫として育てられた。

その後、平民になったから、平民と貴族の生活が違う事はよくわかっている。


その言葉を聞いて、ダナジーンはフフフと笑う。


「セーラ様はすごく苦労していそうですわね。庶民のバザールが忘れられないから、そこに買い物に行くんでしょ?そ、れ、と、も。私達が買い物するお店では、種を売ってもらえなかったからですか?」


「ダナジーン、それ以上、妻に何か言うなら、君たちにホテルに泊まってもらうように手配しよう」

ライアン様が助け舟を出してくれた。


「イヤですわ、ライアン様。フフフ。怒らないでください? 平民から嫁いだら、さぞ苦労すると思って、それを聞いたんです」


「セーラは、どんな貴族に嫁いでも苦労しないよ」

ライアン様は当たり前のようにそう答えて紅茶を飲む。


「それってどう言う意味ですか?…ああ!そう言う事。セーラ様が働いていた所のお客様は、貴族ばかりだったんですねぇ。そういえば、カディク上官が言っていたわ」


ダナジーンは誤解している。

ライアン様のご友人のカディク様が、私を娼婦だと勘違いしていたし、周りにもそう言いふらしたのね。


娼婦だなんて誤解は酷すぎるけど、そんな噂を流されたら、ライアン様の評判が落ちてしまう!


「ダナジーン、君はどんな誤解をしているんだ?君は、淑女だろう?セーラは普通に働いていたんだ」


「だって、セーラ様って立ち居振る舞いが、普通だもの。ふ・つ・う、なんだもの。とても平民として生活していたとは思えないわ」


「それは当然だよ。立ち居振る舞いというのは、子供の頃から染み付いているものなんだ」


ちょっと拗ねたように話すダナジーンに対して、ライアン様は嗜めるように話す。

ライアン様は、私の生家がビフラ伯爵家だと知っているからなんだわ。


「それって。……わかりましたわ。セーラ様は貴族のお屋敷に住み込みで働く使用人の子供だったんですね。だから、小さい頃から貴族のお屋敷に住み慣れていて、立ち居振る舞いを覚えたのね」


ダナジーンは私に同意を求めて来たが、曖昧に笑って誤魔化した。

嘘をつきたくない。

ここでその嘘を認めると、どこのお屋敷にすんでいたのか?など、いろいろな事を聞かれた上に、裏を取ろうとするだろう。


無言で笑う私にダナジーンは尚も続ける。

「貴族のお屋敷に住んでいたという事は、それなりの学校も卒業したんでしょうね?どこの学校のご出身?リーハドゥ?ランコスタ?」


その二つの学校は確か、貴族の使用人の子供が多く通う学校の名前だったはず。

私は何も答えない。


「ダンマリを貫くんですね。まあいいわ。ねえ、ライアン様。一休みしたから、そろそろ、次の視察に出発しましょう?」

そう言った後、こちらを向いた。


「セーラ様、今から領地の端に行くの。多分帰れないからライアン様と泊まって来ますわ」

その言葉に慌てたのはライアン様だった。


「ダナジーン、それは無理だ。私はどうしても帰ってこないといけない」


私との契約で一日のうち6時間は五メートル以内にいないといけないからだわ。


「なぜですの?たまにはセーラ様から解放されてゆっくりしたいでしょ?必ず帰ってこないといけないなんて、酷い束縛ですわ!」


「そうではないんだ。ダナジーン、これは私達夫婦の決まりごとなんだよ」

「やっぱり、カディク上官の言っていた通りだわ。男性を骨抜きにするのが上手い女性は、外見ではわからないってね」


言い返したい気持ちを我慢する。

さっきちゃんと否定しなかったから娼婦だと思われているようだ。


「ダナジーン。そこでやめないと、ここでの立ち居振る舞いを執事のセディに報告する。『ダナジーン嬢の振る舞いは、貴族としてふさわしいものではなく、うちの妻を侮辱した』とね」


「それだけはやめてください。うちの執事のセディにそんなお話をされたら、私、100時間のマナー講座を受けなきゃいけなくなります。それならドラゴンの巣に放り込まれる方がマシです」


目を潤ませて懇願する様子は、本当に可愛らしい。

ドラゴンの巣に放り込まれるなんて、一般的な騎士なら死んでしまうだろう。

そんな命の危機が感じられるような状況より、マナー講座の方が嫌なんだ。


「じゃあ、案内をマシューにお願いすることにしよう。領地の端まで調査に行くなら、確かに二日はかかる。調査団のために、宿泊用の馬車を準備させる。馬車の中は魔法空間になっていて、簡易宿泊施設が併設されている」


「わかりましたわ。でも、帰って来たら、ディナーをご一緒してもらいますからね。それからその後の視察も」

頬を膨らませて勢いよくドアを開けて出て行ってしまった。


その背中を見送った後、ライアン様はため息を吐き、「厩舎を見てくる」と言って立ち上がった。


後に残った私は、ゆっくりお茶を飲む。

その時、後方からため息が聞こえた。


振り返るとサザーランドさんが壁際に立っていた。

どのタイミングでサロンに入って来ていたのだろうか?


あまりの空気感に声を出す事ができなかったようだ。

「ヨーク隊員が失礼な事を言って申し訳ありませんでした。ヨーク隊員は、自由奔放で自分に正直な方なのですよ。悪い人ではないんです」


「ええ、わかっていますわ」


姑息な手を使って私を排除しようとしない事は感じていた。

思った事を口に出すから辛辣なだけで、私の従姉妹であるヘザーのように底意地の悪さは感じない。


「ヨーク隊員は、由緒ある家柄の方ですから、将来は他国の王室に嫁ぐ事が決まっているのですよ。それまでは、好きな事をさせたいというのがヨーク家の方針なのです」


「サザーランドさん、やけに詳しいですね」


「ええ。ヨーク隊員のお世話をしている女性がいるでしょう?どんなに高位貴族でも、騎士団に所属している隊員に世話係は付きません。彼女は特別なんですよ」


親の決めた婚約者がいて、他国に嫁がないといけない。

それって、きっと不安しかないだろう。それを口にせずに、自由奔放に振る舞っているダナジーンは、強いのかもしれない。


この日の夜は、ダナジーンが不在のため、落ち着いたディナーになった。


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