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予期しない来客は困りごとを持ち込む

王都から戻って二週間が過ぎた。

それからライアン様と、ほとんど顔を合わせないとセーラは感じていた。


避けられている?

嫌。単に忙しいからだと思う。


きっと詐欺に使われた馬を新たに引き取ったからだろう。

あれから、週に数頭のペースで保護する馬が増えている。

それは騎士団の方が連れてきているようだった。

遠征した先で弱った偽馬を見つけるのだそうだ。運び込まれた時にはかなり瀕死の状態の馬がほとんどで、皆、昼夜問わず馬の面倒を見ている。


そのため、依頼されるポーションが増えているので、私も忙しくなったが、本当に忙しいだけですれ違っているのだろうか。

ライアン様は、私が寝た後に寝室に来るので、1日六時間の決まり事は守ってくれているが、やっぱり、何となく避けられているような気もしている。


避けられてるかどうかがわからないのは、たまに顔を合わせると以前と変わらず和やかに会話をするので、私の気のせいかもしれない。


ライアン様は今日も慌ただしく動いている。

今は遠くから眺めることしかできない。


いつものように厩務員管理棟の離れにあるポーション作成室で種の仕分けをしていた。


そこに、マシューさんが急いでやってきた。

「奥様、今、先触れが届きまして、もうしばらくで第二騎士団の方がいらっしゃるようです。もしかしたら、お泊まりになるのかもしれません。とりあえず、ポーション作成室は施錠しますね」


その言葉を聞いてアンナが慌てる。

「第二騎士団は、先触れが届いてから30分以内にいらっしゃるんですよ!急ぎましょう」

「わかったけど、何故施錠するの?」


私の質問に二人は困った顔をした。

「どこでもウロつく方がいらっしゃるのです」

アンナが渋い顔をする。


「ここは見られないように、この離れ自体を魔法錠で施錠してしまいます。奥様、早く移動してください」

やりかけの仕分けや、ポーションを作ろうと準備していた物をそのまま放置して、追い立てられるように部屋を出た。

飲みかけのハーブティーのカップを片付ける事なく、アンナも急いで部屋を後にする。


すると、マシューさんは、宣言通り、棟の入り口に魔法錠を置いて、呪文を唱えた。

すると、空間ごと閉じてしまい、そこに部屋があったことすらわからなくなってしまった。

そして、錠から鍵を抜くと私に手渡した。

鍵には長い紐が付いている。


「奥様の首から掛けて隠してください」

言われた通りに首から下げると、鍵が透明になった。


「あの方は私達に対しては遠慮なく『それを出せ』とか、『見せろ』というのですよ。でも、初対面の奥様にはそんな事は言わないと思いますので大切に保管してください」


すごく真剣に説明された。

「せめて飲みかけのカップくらい持ち出したかったわ。今からでも魔法で……」

「それはダメですわ。あの方、魔法の痕跡を辿るのが趣味なのです」

アンナが困った顔で言う。

きっと今からいらっしゃるのは厄介な方なのだろう。


「ここにはポーションを作成した魔力の痕跡が残っています。奥様のポーションの事は秘密なのですから、施錠して誰にも入れないようにしたのですよ。さあ、ぐずぐずしないで、領主館に戻りましょう」

アンナに追い立てられて、領主館まで急いだ。


「いいですか?何度も念を押しますが、簡単な魔法も使わないでくださいね」

「わかりました」


「私達が使う、掃除などの家事魔法も、あの方が来るとなると細心の注意を払っているので、本当に禁止ですよ」

アンナの使う魔法は、一般的な魔法なのに、それでも気を使うのね……。

これはかなり厄介なお客様かもしれないわ。


領主館に戻り、着替えを済ませて身なりを整える。

「魔道具なら、少量の魔力で済むので、あの方も何も言わないのですがね」

そう言いながら、ヘアセット用の魔道具で髪をアップにセットした。


「ヘアアクセサリーはどういたしますか?」

「アクアマリンの髪留めをお願いするわ」

私の言葉にアンナは楽しそうに笑う。


「奥様は、旦那様からプレゼントされたネックレスを外されないんですね。旦那様のネックレスはアクアマリンだから」

そう指摘されて顔が赤くなる。


『シャイニング』という不思議なゼリーから出てきたこのネックレスは、今の一番の宝物だ。


「いいですか?奥様。こちらに訪問されるお客様で、第二騎士団の方々の訪問が一番大変なのです。このプライベートルームも鍵をかけておきませんと、勝手に入ってきますから、注意してくださいね」


アンナの話の途中で、来客の知らせがあった。


「いらっしゃいましたよ」

緊張した顔のアンナに連れられてプライベートルームを出る。

そしてしっかりと鍵をかけた。


サロンに向かうと、男性が二人と女性が一人いた。

男性二人は鍔の広い三角帽子をかぶっており、騎士団の紋章の入ったローブを着ているから、多分魔導士なんだろう。


しかし、女性は帽子はかぶっておらず、詰襟の足首まですっぽりと隠してしまう騎士団のロングコートを着ている。

そして、綺麗な金髪を内巻きにカールさせており、バッチリフルメイクなところを見ると、ライアン様狙いで同行した女性隊員なのかもしれない。


「本日は遠いところ、ご来訪いただきましてありがとうございます」

「君が噂のライアンの奥方?」

一人の男性が質問をしてきた。


「左様でございます。私はセーラと申しまして、先日こちらに嫁いできたばかりでございます」

「噂とは全く違いますね」

違う男性が言う。


噂ってなんだろう。

もしかして、私を娼婦と間違えたリチャード・カディク様が何かを触れ回ったのかしら?

背中に寒いものが走る。

なんとか笑顔で乗り切らないといけない。


「今、旦那様が参りますのでしばしお待ちくださいませ」

そう伝えると、片眼鏡をかけた若い男性が私の前に来た。


近すぎる……。

怖くなって固まると、男性が手を伸ばしてきた。

恐怖で声が出そうになった所にライアン様が入ってきた。


「ボーン、何をしているんだ?」

ライアン様が怒ったような低い声で牽制すると、目の前の男性の動きが止まった。


そしてゆっくりと声の方を振り返る。

「マクヘイル伯爵……。この女性から魔力痕跡を感じるのです。しかもかなり強い痕跡です」

「魔力痕跡?」


「ええ。この石から」

そう言って私のネックレスを触ろうとするので、ライアン様が急いで私の前に立ちはだかった。


「むやみに女性の肌に触るのは感心しないな。こちらは、うちの妻であるセーラだ」

そうライアン様が言った時、ボーンさんとライアン様の間に、騎士団の女性が割り込んで入ってきた。


「ライアン様、会いたかった!」

バッチリフルメイクの女性はそう言うと、勢いよくライアン様に抱きついた。

「ダナジーン。久しぶりだな、少しは成長したか?」

「しましたとも!もう『男の子』とは言わせません」

そう言って、ダナジーンは、ライアン様から離れて、きっちりと前を閉めた、足首まである騎士団のロングジャケットを脱いだ。


その服装は、胸元が見える直前のようなオフショルダーにスカートは膝上で、まるで娼婦のような格好だが、デザインはどう見ても幼い感じの、ピンクのドレスだった。


胸もお尻も破れそうなくらいピチピチなのに、ウエストは細く、まるで砂時計のようなシルエットになっている。


デザインとサイズ感を見る限り、ローティーン用のドレスのようだ。


それを見た騎士団員の男性二人は、呆れたようなため息を吐いた。

「ヨーク隊員、先ほど長い間トイレに行っていたのは着替えていたんだな。君の任務は、パーティーに出ることではない」

そう嗜められて、ダナジーンは頬を膨らませた。


「アンタ達にはわからないのよ!これはパーティーに着て行くドレスではないの!14歳の時、ライアン様からプレゼントされたドレスなの!」


14歳の時のドレスを着ているから、幼いデザインのドレスなんだ。

ローティーンがお茶会などのイベントに参加する時は、ふくらはぎ半ばまでのスカート丈のドレスに、真っ白なタイツを履かないといけないはずだ。

それが膝上になるだなんて、かなり背が伸びたのね。


「その格好を人前に晒すのは、かなりのマナー違反だよ?ダナジーン。君はいくつなんだ?社交界のマナーは知っているだろう?」

ライアン様が嗜めるように言うと、ダナジーンは困ったような顔を見せた。


「21歳よ。マナーくらいわかっているけどぉ、2年ぶりにライアン様に会うんだもの。背が伸びた事をみせたかったのぉ」

胸の前で両手を組み、首を傾げてみせる。

その大きな瞳はじっとライアン様を見ていた。


「背が伸びたのはよくわかったよ。ダナジーン。ところで、君の兄上は、自由奔放な妹に困り果てていたぞ」


「ここで、兄様の話はやめてください。兄様は『私は真面目な聖職者であるヨーク司祭だ』なんて言ってますが、あの人こそ遊ぶ事に夢中です」


ダナジーンってヨーク司祭の妹なんだ!

だから、こんなに親しげにしているんだ。


「ダナジーン、ヨーク司祭から聞いていると思うが、私は先日結婚したんだよ。ここにいるセーラと」


「ええ聞きましたとも。貧乏そうな平民と結婚したと。何故なんですか?私の方が可愛いし、我が家の方が家柄的にも釣合います!だから、今すぐに離縁してください。そしてここから追い出してください」

私を指差して可愛いい仕草と声で文句を言う。


「私のライバルは、もっと格上の貴族令嬢だったはずです。間違っても、ライアン様のお金で着飾るしか能がない人ではありません!」

そう言いながら、ライアン様にまた抱きついた。


「ダナジーン。既婚の男性にそんな風に抱きつくなんてマナー違反だよ。ボーン達も、傍観していないでダナジーンを引き離してくれ。君たちは任務で来たのだろう?」

ライアン様は、二人の騎士団員を見た。


「引き離されては困りますぅ。二年ぶりの再会なんですよ」

ダナジーンは鼻にかかったような可愛らしい声を出して、ライアン様に甘えた後、顔をあげて、二人の魔導士の方に視線を移す。


「アンタ達、私に触るなら決闘よ」

低い声で牽制された魔導士二人は、動きを止めた。

よほどやりたくないらしい。


「おいおい、ダナジーン。君は、友好国との演習で本気を出して、相手国の兵士を再起不能にしたそうじゃないか。そのせいで備蓄のポーションを怪我した兵士に使わざるおえなかったとか」

ライアン様が呆れたような口調で問いかけた。


「相手国が演習だからって手を抜き過ぎてたんですぅ」

ダナジーンの言葉に、二人の団員は青い顔をして首を振る。


「演習でのヨーク隊員の攻撃魔法は凄まじく……あの日は、幾人もの無双状態の騎士団員や戦闘員がいて、敵も仲間も関係なく半径100メートル以内を焼け野原に変えてしまったので、味方の兵士達にも沢山の負傷者が出て、備蓄のポーションの半数が無くなりました」

「それでヨーク隊員は前線から、後方支援部隊にまわされたのですよ」


二人の魔導士がため息を漏らす。

「えぇー?だってぇ、演習の最中にライアン様が結婚したって噂話を耳にしたんだもの。あまりの怒りで前後の記憶がなくなっちゃったんです」

ダナジーンは、ライアン様から離れようとしない。


「しかも、相手は、平民で、ガリガリ魅力はどこだって人って聞いたんですよ。よりによって、そんな魅力のない女に掻っ攫われるなんて、余計に頭に血が上り……。で、気がついたらお兄様に説教くらったんですよ!もう、ありえない」


頬を膨らませて怒っている姿は可愛らしいが、やった事は怖い。

しかも、面と向かって私にそれを言うのも、無邪気なのか計算なのか……。


「あっ、自己紹介が遅れちゃった。私はダナジーン・ヨーク。ダナジーンと呼んでくださいね?セーラ様。妻の座は明け渡してもらいますからね」

突然こちらを向いてそう言ったので驚いてしまう。


空気とか、脈絡とか関係なく話すみたいだ。

「あっ。よろしくお願いします。ダナジーン様」

そう答えるのがやっとだった。


「おとなしいダナジーンがそんなに暴れるとはな。ちゃんと連絡しておけばよかったよ」

ライアン様の言葉に、内心驚く。

小さくなった昔のドレスを着て来たり、ライアン様に抱きついたりと、おとなしいようには見えないが、他のお嬢様がすごすぎるのだろうか?


「本当にそうです!第一騎士団のお姉様方なんて、危うく村を吹っ飛ばしそうになったんですよぉ。私、阻止するの大変だったんですから!」


それを聞いて男性二人は更に青い顔をした。

「半径100メートルを更地にしてしまったヨーク隊員より、前後不覚になった隊員がいたなんて知らなかった」

「俺は聞いたぞ。第一騎士団の女性部隊が、危うく殺戮者になりかけたって」


ライアン様が一人で夜会などに出席したくない理由がわかった気がした。

魔物の方がまだ愛らしく感じるかもしれない。


「ところで今日はサザーランド、ボーン、ダナジーンと三人も来たのは何故だ」

ライアン様が問いかけたので、三人の名前がわかった。


女性がダナジーンで、片眼鏡の人がボーンさん。という事は、残りの一人がサザーランドさんだ。


「実は、新聞社のコラム欄宛に手紙が届いたんですがね。これを読んでください」


『マクヘイル伯爵が飼っているのは偽物だ。何故誰も気が付かないのだ。全く美しくもないのに、着飾らせて本物のように偽らせているだけだ。一目見ればわかるのに、何故誰も気が付かないのだ』


「何だこれは?一体何が言いたいのだ?」

ライアン様は手紙を読んで顔を顰めた。


「告発状なのか、それとも捜査の撹乱なのかはわかりませんが、マクヘイル伯爵様か偽馬を育てているという事を書いているんだと思います」


「言いがかりだ」

ライアン様は語気を強めた。


「そうおっしゃいますが、領内の隅々まで調べるために私達は派遣されて来たのです」

その言葉を聞いて、ライアン様はため息をついた。


「好きにすればいい。滞在の間の部屋を用意させる。必要な物は何でも言ってくれ」

「本当に何でもいっていいの?」


嬉しそうに右手を口元にあてて、ダナジーンは目を輝かせる。

「じゃあ。セーラ様がつけている、ライアン様の魔力が入ったネックレス。あれが欲しいわ」

口調は無邪気だけど、その目から敵意を感じる。


「ダナジーン、残念だけどそれは無理だ」

眉を下げて優しい口調で話すライアン様は、私に対する対応とは全く違う。

その口調や仕草からは、包容力があって、大人の男性であると感じさせる。


「何でよ!あの人だけだなんて。ライアン様の特別はいつだって私よ!」

「子供の頃みたいに頬を膨らませてもダメだよ。セーラは私の妻だ」


「いつまでも子供扱いして」

ダナジーンは勢いよく立ち上がった。


「私はいつもの部屋ね。最上階のテラス付きの部屋よ」

アンナに向かってそういうと、ツンと顎を上げて出口へと向かっていく。


私の横を通る時だった。


「ここまで、沢山の女を遠ざけて来たのに!どんなに苦労したことか。なのにあんな女に掻っ攫われるだなんて」

低い声でボソボソと呟いているのをライアン様は気がついていないようだが、私には、はっきりと聞こえた。

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