また王都に向かうことになる
ライアン・マクヘイルは放牧されている馬を見ながら考えていた。
数日前、ドネリー商会の会頭から、アンティークショップにマクヘイル家を名乗る偽物がいると聞いたので、行ってみたのに無駄足だった。
一体、詐欺師達はどこで被害者に接触しているのだろうか。
このままでは不幸な馬が増え続ける。
どうやって犯人を捕まえればいいのか思いあぐねている時に、また偽馬が出回っていると言う噂が入ってきた。
すぐにでも偽馬を見に行に行かねばならない。今回は数件の被害者がいるらしいので、一週間程度かかる。
前回の詐欺師を探し行くのとは訳が違い、馬を売りつけられたという噂の人物のところに行き、家名を名乗り、詐欺の可能性を話して、実際に偽馬がいないか見せてもらうのだ。
売りつけられた人から相談が来るなら話は早いが、今回は違う。
大抵は、「魔法馬などいない」とか「なんのことか知らない」と言われる。
詐欺師から、「特別に譲った事は絶対に内緒にしてほしい。この馬はとある大臣に売る予定だったのを、特別に貴方に売るのです。もしも、バレたら大臣からどんな嫌がらせが来るかわかりません」と、言われるらしい。
その「とある大臣」の関係者だと思われて、嘘を言われるのだ。
だから、本物の魔法馬を見てもらい、偽馬との違いを知ってもらい、詐欺師にどこで接触したのか聞き出すのだ。
それには日数が必要だ。
これはセーラも一緒に行ってもらわないといけない。
それを伝えに、セーラの調薬室へと向かうと、アンナが外で作業をしていた。
「奥様は今、ポーションの作成中のため、誰も部屋には入れません」
「いつも誰も入れないのか?」
「はい。薬草の選別前に、部屋から出ないといけません」
少し待っていると、セーラがドアを開けてくれた。
「奥様、すぐにお茶を用意しますね」
アンナが甲斐甲斐しく世話を焼いているのを見て、なんだか微笑ましいと感じた。
セーラの作るポーションは、魔法馬に仕立て上げられた偽馬用だけでなく、普通の馬用にも作成してもらっている。
魔法馬は、食事は専用の魔法草で、聖水しか飲まない。しかも、魔力を定期的に補填しないといけない。
それが、セーラが作ったポーションを混ぜた水でも飲んでくれるせいで、魔力補填が必要なくなっているのだ。
ケンネスやマシューも驚くばかりで、すでにセーラのポーションはなくてはならない物になっている。
そのポーションをセーラは一人で作っているので、アンナはセーラの体を心配して甲斐甲斐しく世話を焼いているらしい。
セーラの向かいに座ると、アンナがハーブティーを入れてくれた。
「また偽馬が見つかったようなので、見に行かないといけない。今回は、王都の商人が買ったようだが、被害者の人数は噂の域を出ない。情報収集を兼ねて、一週間、王都に滞在するから、セーラにもきて欲しい」
「わかりました。でも、私はあまり目立ちたくないので、使用人の格好で同行してもよろしいですか?」
「セーラの過ごしやすいようにすれば良いよ。出発は明朝だ。できればポーションを持ってきて欲しい」
「そうですね。何種類か用意しますので、就寝まではここで準備します」
夜は必ず一緒のベッドに寝ないといけない。
私も、明日の準備をして夜遅くにベッドに行くと、セーラは既に眠っていた。
セーラは信頼できる。その上、博識で、話していても会話に困る事はない。
あのヘザーという従姉妹が、魔法学園を退学になっていたと言っていたが、きっと優秀な学生だったのだろう。
初めて会った時は、ガリガリに痩せた、掃除婦だった。
でも今は、頬はふっくらとして、髪は艶々になった。
こんなに一緒にいるからだろうか。最近はセーラの事が気になるが、馬が気になるのと同じ気持ちだろうと自分では思っている。
それに、社交界で、結婚した事が噂になっているのか、最近では、あの怪しい薬を混ぜられた香水や、チョコレートなども、届く件数が減った。
案外、契約結婚も悪くない。
そんな事を考えながら眠りについた。
次の日、朝起きて支度を済ませる。
セーラはこの屋敷のお仕着せを着て、あのウエストポーチをつけて待っていた。
お仕着せ姿のセーラを初めて見たが、なんだか初々しい。
新人メイドみたいだ。
「奥様は、旦那様と同じ馬車にお乗りください」
そう言われて、馬車に二人で乗った。
マシューにそっくりな犯人が馬を売り捌いているから、偽馬事件を調べに行く時はマシューは領主館を管理してもらわなければいけない。
そのマシューが見送りに出てくれた。
「今回は、馬を連れて帰らないといけないから、ホテルではなく、厩舎のついた邸を借りた。だから、リバートンホテルには泊まらないよ」
「それを聞いて安心しました。かつての同僚に会うのは気まずいので」
真剣な顔をして話すセーラを見て、フフフと笑い声が漏れてしまう。
「旦那様は何かおかしい事があるんですか?」
ちょっと不審そうに私を見る視線が、また可愛い。
ここで揶揄うのは良くないと思って咳払いで誤魔化す。
拠点となる邸についてから、荷解きをする。
街中で魔法馬は目立つので、普通の馬車に乗り換えてケンネスと共に、偽馬を買ったという噂の商会に向かったが、ここではなかった。
その後、偽馬の噂を聞いたという商人に話を聞いたら夕方になったので戻る事にした。
ディナーを済ませて寝室に行き、この時初めて気がついた。
いつもよりベッドが小さい。
「旦那様がベッドに寝てください。私はソファーで十分です」
「いや、セーラはベッドに寝ればいい。私はソファーで寝るよ。馬小屋や、外で眠ることにも慣れている」
そんなのは日常茶飯事だ。
「ダメです。旦那様はゆっくり体を休めてください」
セーラは私の前に仁王立ちをして怒ったような口調で言った。
灯りを消す前のナイトドレスのセーラを、こんなに至近距離でまじまじと見たのは初めてだ。
艶々の髪に光が反射している。
しかもナイトドレスは薄くストンとしているので、体の線がわかる。
気がつけば女性的な雰囲気になった。
初めて会った時は、猫のようだった。人とは一定の距離を保ちながらも少し歩み寄ってくる、街に住む人に慣れた、痩せた猫のようだったのに。
「旦那様、私を見て笑わないでください。確かにガリガリで棒みたいですすけど、ここは笑うところではありません。今はベッドの話をしているのですよ?」
ちょっと怒った口調で話すのが、可愛らしく感じてまた笑ってしまう。
「いや、セーラは棒みたいではないよ。女性的だよ」
「そんな話をしているのではないんですって!ベッドの話です」
「そうだったね。じゃあゲームをしよう。セーラがコイントスをして、表が出たらセーラがベッドを使う。裏が出たら私がベッドを使う」
「いいですよ!やりましょう」
セーラが乗ってきたので、まるで決闘をするようにして向かい合わせに立った。
私は指を鳴らす。
すると、コインが一枚、出てきた。
「いいかい?セーラがコイントスをする。でも、表が出やすいように私は魔法で妨害する」
「それは卑怯です。それなら私は旦那様の魔法を妨害しますよ!」
「受けて立とう」
セーラがコインを弾いたので、私がコインに向かって隠匿魔法を放つ。
すると、それを妨害するようにセーラはシールドを張った。
私は小さな雷魔法でそのシールドを破る。
「あっ!負けませんよ」
そう言いながら氷魔法を放つと、コインは球体の氷に包まれて、ゴロゴロと転がった挙句、真っ二つに割れてしまった。
「コインも氷も真っ二つだ」
なんだか真剣に魔法を撃ち合った事がおかしくて笑うとセーラも笑った。
あまりに可笑しくて、二人で笑い転げた。
「くだらないなー」
「本当にくだらない事に、精度を要求される魔法を存分に使っちゃいましたね」
セーラの魔法は正確で、繊細だった。
笑いながら真っ二つに割れた氷玉を拾おうとしてセーラがバランスを崩す。
「おっと危ない。気をつけて」
セーラを抱き止めたはいいが、自分もバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。
それが可笑しくてまた二人で笑う。
「この勝負は引き分けだから、二人でベッドを使おう」
「旦那様、それは違いますよ?」
セーラの呼吸が伝わる。
でも、私は構わず目を閉じた。何も考えず、無の境地で眠ろう。
「違わない」
そう答えると、魔法で灯りを消した。もうセーラが何を言おうとこのまま寝ようと決めて、じっとする。
初めは文句を言っていたセーラも動かなくなった。
猫と眠っている感覚に陥り、次第にまどろんでいく。
セーラの髪が腕に当たってくすぐったい。
そう感じて目を開けると、朝だった。
セーラの顔が目の前にあった。
まだ眠っている。
長い睫毛と、きめ細やかな肌。
そして可愛らしい唇に目を奪われる。
セーラは契約結婚の同志だから、こうやって眠るのも致し方ない。
そう自分に言い聞かせて、セーラより先に起き上がり、身支度をすると厩舎に向かった。
馬の世話をしてダイニングに向かうと、いつものようにセーラがいて、二人で朝食を食べた。
それから偽馬の件で二箇所を回った時、急遽予定を変更せざるをえない事ができた。
「今日行った商会の会頭から、偽馬の話を持ちかけた私を名乗る人物に出会える可能性のあるパーティーについて聞いてきた。申し訳ないが、私と一緒に参加してくれないだろうか?」
アンティークショップは無駄足だったから、今回も本当かどうかはわからないが、行ってみて真偽の程を確かめなければならない。
「パーティー……ですか?」
「そう。爵位がなくとも参加できる。いわば富裕層のパーティーだよ」
「それならいつものように旦那様一人で参加しては?貴族の方が参加するかもしれないようなパーティーはあまり行きたくは……」
「誰でも参加できるのだから、きっと大丈夫だよ。それに、パーティーは本当は苦手で、一緒に参加してくれると心強い。実のところ、一人で参加するパーティーでは女性に怯えながら参加しているんだ」
本当は、単に一緒に参加したいだけだが、素直に誘えない自分がいる。
本心である『着飾ったセーラを見たい』と言えればいいが、そんな事を言うと、警戒されてしまうかもしれない。
私とセーラは契約の関係だ。この距離感を崩さないためには、本心を言わないのが一番だ。
「わかりました。パーティーに参加して旦那様をお守りいたしますが、あまり目立たないようにお願いします」
深く何かを考えながら、真面目に答えるセーラはやはり可愛い。
「パーティーは今夜だ。アンナ、セーラの準備を頼む。前回の田舎の金持ち風の装いとは違う、都会の洗練された金持ちのように着飾ってくれ」
その注文に、アンナは目を輝かせた。
数日前の『田舎の金持ち風にしてくれ』というオーダーを、アンナは不満に感じていたらしい。
「かしこまりました。奥様の準備はお任せください」
「パーティーのドレスはどんなものを持ってきたのだ?」
私の質問に、アンナは嬉しそうな顔をする。
「奥様に似合うプリンセスラインのドレスと、ダイヤモンドのネックレスでございます」
アンナは荷解きをしてある荷物から、ドレスとネックレスを出して見せた。
確かにセーラに似合う上品なデザインだが、今回のパーティーには不向きかもしれない。
「富裕層のパーティーだが、これでは『貴族です』と言っているようなものだ。貴族丸出しだと、上手くは行かない。ケンネス、いつもの店に連絡してくれ」
「わかりました。セーラ様のドレスを新調するなら、ライアン様のスーツも新調しないといけませんね」
ケンネスが部屋を出て行くと、5分もしないうちにドレスショップが訪ねてきた。『ドネリー商会』だ。
「伯爵様、いつもありがとうございます」
今日は、ふっくらした体型の女性が訪ねてきた。
「本日のご要望は、富裕層の間で流行っている仮面パーティーに出席するようなドレスと伺っております」
「ああ。要望通りお願いしたい」
その返事をした途端、私とケンネスは部屋を追い出された。
正式には締め出された。
私の着替えは簡単なので、先に済ませる。
「ライアン様、拗ねないでくださいよ。奥様のお着替えの間、今日聞いた手がかりを考察しましょう。犯人は、マクヘイル伯爵家を名乗り、マシューそっくりなヤツに馬を運搬させている」
「何故マシューそっくりなヤツなのか考えた。いつも魔法馬を運ぶ時は、私と厩務員で運んでいる。でも、過去、数回だけ私が行く事ができずにマシューと厩務員で行ってもらった事がある」
「それを見ていた犯人が、マシューの事をマクヘイル伯爵だと思ったという事ですか?」
ケンネスは笑い出した。
「社交界で美男子として有名なライアン様と、ゴリラみたいなマシューを間違えるなんて! これでわかりました。犯人は貴族ではありませんね。社交界の噂話を知らないのですから」
「貴族ではないと言う事しかわからないと言う事だ」
手がかりがあるようで何もない。
マシュー似の男が犯人の一人だと言う事しかわからず、そこから一歩も前に進んでいない。