招かざる客②
その時、屋敷内を取り仕切っているメリーさんが、こちらにすごいスピードでやってきた。
魔法で高速移動をしたようだ。
顔はにこやかに笑っているが、目が怒っている。
「奥様の、このようなお姿をお客様の目に触れさせてしまいましたのは、使用人である私の落ち度でございます」
「ほんと、何なのよ」
いつもなら猫を被っているヘザーだが、今日は本性を隠しもしない。
私が伯爵夫人なのがよほど面白くないのだろう。
「先触のないご訪問のお客様でございましても、案内役もつけず敷地を散策していただくだなんて申し訳ございません。奥様はお支度にお時間がかかりますので、サロンにてしばしお待ちくださいませ」
連絡もなしに来て、しかも敷地内を彷徨くヘザーへの文句をここでしれっと言った後、指を鳴らした。
すると、綺麗な鈴の音が鳴り、一人の使用人が急いでこちらに向かってきた。
「こちらのメイドが、お庭をご案内した後、お客様をサロンにご案内いたしますので、そちらでお待ちくださいませ。マクヘイル領は、都会と違いまして、毒蛇も出ますので、くれぐれもお一人でお外にはお出になりませんように」
その言葉を聞いて、ヘザーの顔色が悪くなった。
毒蛇と聞いて、足元を見渡している。
メリーさんはあたふたするヘザーを無視して、私とアンナにウインクをして見せた。
私たちはにっこり笑うと、ヘザーを無視して歩き出した。
「このあたり毒蛇が出るの?」
「さあ?出ることもございますよ。数百年前の文献に書いてございましたから」
「じゃあ、最近では?」
「そうでございますね、この地を開墾して200年になりますが、一度も聞いたことはございません」
これはメリーさんなりの報復だったんだと気がついて、フフフと笑った。
「奥様、呑気に笑っている場合ではございません。すぐに支度をいたしますわ」
そう言って、ジャグジーに続く扉を開けた。
「今からジャグジーに入っていたらかなりの時間がかかってしまうわ」
「奥様、ここは私達にお任せください」
ジャグジーには他にも数人のメイドがいた。
今から私の支度を整えるつもりなのだろう。
しかし、お任せくださいなんて言っているけど、ジャグジーは空っぽだ。
抵抗しようにもアンナは真剣な表情で私を見ているので、覚悟を決めて服を脱ぎ、空っぽのジャグジーの中に入る。
すると、柔らかな温かい風と共に、きめ細やかな泡が全身を包んだ。
すごく気持ちいい。
思わず目を閉じると、眠りそうになってしまう。泡のせいで重力を感じない。
うとうとしそうになっていると、急に泡が消え、次はすごくいい匂いのボディークリームを塗り込まれた。
そして、温風で髪型を整えられていく。
癖の強いダークブラウンの髪は、ハーフアップにされ、すごいスピードでメイクを施される。
「もうアフタヌーンティーの時間ですから、軽食でおもてなしいたしましょう。ですから、奥様のドレスもお茶会用のものを」
そう言って準備されたのは、パステルオレンジのドレスだった。
それから、普段使いにはちょっと豪華なダイヤモンドのネックレスとイヤリングをつける。
「奥様、エンゲージリングをお忘れですよ。これは人に見せびらかすべきですわ」
アンナの『見せびらかすべき』って言葉がおかしくて笑うと、メイド達も笑顔になった。
これだけの支度をして15分しかかからないなんて!
優秀なメイドが揃っている証拠だわ。
「皆様、ありがとうございます。旦那様の品位を落とさないように頑張りますわ」
そう伝えて、サロンに向かう。
そこにいたのは、お祖父様の弁護士と、ヘザーだった。
私を見ると、弁護士は申し訳なさそうに立ち上がった。
「突然の訪問、申し訳ありません。私が、セーラ様を尋ねると申し上げたところ、一緒にいらっしゃったのです」
ヘザーの視線が痛い。
私のドレスや宝石を見てイライラしているようだが、弁護士さんの前なので何も言わないようだ。
それを無視して二人を温室に案内する。
ここは、領主館の中で特に眺めがいいし、今は珍しい品種の薔薇が咲ている。
「こんな遠いところまでご来訪ありがとうございます。せめてものおもてなしでございます」
テーブルにはフラワーアレンジメントが置かれ、銀食器が綺麗に並べられていた。
お屋敷のみんなのおもてなしの心に感激する。
ちょうど座って頂いたタイミングで、旦那様がやってきた。
「お客様がいらっしゃっているのに遅れて申し訳ない」
普段とは違い、髪を綺麗にセットして貴族服を着ている旦那様の姿に見惚れてしまう。
「こちらこそ、急な訪問にも関わらずおもてなし頂きありがとうございます。私はセーラ様にお会いしたくて参りました、弁護士のモーラスと申します」
まず
弁護士さんが貴族に対する挨拶をした。
「私は、バログ子爵家ヘザーと申します。セーラとは従姉妹にあたりますわ」
微笑を浮かべながら、自己紹介するヘザーは明らかに旦那様に色目を使っている。
しかし、旦那様は態度を変えない。
「王都からここまでは、かなりの時間がかかりますが大変ではありませんでしたか?」
旦那様が質問をする。
「魔道士から移動魔法粉を購入して参りました。久々に利用しましたので、かなり疲れました」
弁護士のモーラスさんが答える。
移動魔法は、人間しか運べず、一回かなりの料金がかかる。
それを利用したとなると、その料金はどこから出たのだろうか?
ゲオルグ様のご実家であるバログ子爵家はそれなりの資産家だから、大丈夫なのだろうが。
「私の仕事は、私が仕えた方のお子様やお孫様方が健やかに過ごしておられるか定期的に訪問して確認する事なんです」
「そのためにわざわざ。おっしゃって頂ければこちらから出向きましたものを」
「いえ。お恥ずかしながら、ここに来るまで、セーラ様の嫁ぎ先は平民だと思っておりました。ですから、わざわざ王都までお呼びするのは大変かと思いまして。結婚証明書をいただいた際には、まさかお相手が伯爵家だとは気が付かなかったのです」
あの時、いつもの服装でモーラス弁護士を尋ねたからかしら? 結婚証明書を持って行った私の服装は、いつも通りボロボロだったからかもしれない。
「私も聞いてびっくりしました。まさか伯爵家に嫁ぐなんて! ご存じだと思いますが、5年前、セーラは殺人未遂の疑いがかかった上に、当時通っていた魔法学園ではポーション捏造の疑いがかかり退学。それでビフラ伯爵家を勘当されましたわ」
ヘザーが、やはりその話を蒸し返した。
そうなる事を覚悟していたけど、胃の奥が痛くなって、目眩がしそうになる。
何も言葉が発せないし、旦那様を見るのも怖い。
「そんなセーラが貴族にお輿入れしたと伺いまして、セーラに騙されているのではないかと、心配してついてきましたの」
心配そうに旦那様をじっと見るヘザーが視界の隅に映る。
旦那様はいま、どう思っているのだろうか?
ヘザーは一見すると美少女だ。華奢で、透き通るような肌をしており、声もまた可愛らしい。
今日は、絹糸のようなプラチナブロンドを、ハーフアップにして、ミントブルーのドレスを着ている。
そのヘザーが心配そうに旦那様の顔を覗き込んでいるのだ。
可愛らしいヘザーを見ると、『契約結婚をするなら、ヘザーが良かった。殺人の疑いをかけられた妻なんていらない』と誰だって思うだろう。
喉の奥が張り付くような、息苦しいような感覚になり、テーブルの上のワイングラスを取りたいけれど、手が震えてできない。
「妻の過去は何があろうと気にならないですね。過去に起きた事を蒸し返しても、誰も幸せにはなれない。だから、私は気にしない」
旦那様の口調は優しかった。
「今のお言葉と、セーラ様のご様子を見て安心いたしました。セーラ様のドレスや指輪。どれをとっても一級品でございますね。大切に思われている証拠でございます」
モーラス弁護士はにっこり笑って立ち上がった。
「では、早々に帰るといたしましょう」
その言葉で、ヘザーも立ち上がったが、顔は少し引き攣っている。
旦那様が自分に靡かなかったせいだろう。
「過去は気にしないと伯爵様は仰いましたが、セーラがまた何か問題を起こしては困りますから。私、時間が許せばまた、様子を見にきますわ。それでは、私も失礼いたします」
移動魔法粉は、私有地では発動しない特性があるので、外まで二人を見送った。
モーラス弁護士は胸ポケットから、小さな瓶を取り出して蓋を開けた。
すると小さな竜巻が二人を包み、一瞬で消えてしまった。
その姿が見えなくなると、やっと緊張が解けてため息が出た。
「急な来客で大変だったね。今日はゆっくり休むといいよ」
旦那様はそれだけを言うと、私の頭をポンと叩いてら、マシューさんを呼ぶと、執務室へと向かって行った。
旦那様は私に何も聞かないし、今までと態度も変えない。
本当にいい方だ。