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第一話 【転落と天啓】


 俺は、穏やかな揺れと、狭苦しい暗闇の温もりの中で感覚を広げた。


「ここは·····」


足を伸ばそうと動かすと、足首に付けられた枷と鎖が、ジャラジャラと重い音を立てた。


そうだ·····俺は確か·····。



俺が最初に〝それ〟に手を出したのは、今から五年前、まだ大学を出て間もない頃だった。


 初めは暇つぶしの為だった。いかにも治安の悪そうな港町の路地裏で、変な男に声を掛けられたのだ。危ないものだと分かっていながらも、好奇心と怖いもの見たさで一袋買った。


 しばらくの間は戸棚の奥底にしまい込み、その事実を忘れようとしていたのだが、三度目の就活に失敗し、家の中をメチャメチャに引っ掻き回した時〝それ〟は戸棚の奥から飛び出してきた。


 なんだか、何もかもがどうでもよくなって、気が付けば袋を開けていた。そして中のブツを口いっぱいに·····。



 ·····そこから先はつまらない話だ。

他の依存者と同じく、魅惑の鎖に繋がれた俺は金の余裕がある限り〝それ〟を買い漁り、効果が切れた時に使う日々····。


 そして大方の予想通り、〝それ〟の効果が切れやすく、使う量も増えてきたと同時に、俺の貯蓄はもう誤魔化しようもなく·····すっからかん、だった。


 友人、知人、親戚·····。


金が借りれるところからは、どこからでも借りた。


 もうすっかり顔馴染みになった売人に、土下座して値下げを交渉した。


 近くでパトカーが鳴るたびに、ビクリと体を震わせた。


誰が来ても····宅配便だろうがなんだろうが、居留守をきめこんだ。


 テレビで俺と同じ使用者が捕まるのを見る度に、次は自分だと、眠れないほどの恐怖に苛まれた。



 しかし、そのいずれの感情も、俺を〝それ〟から遠ざけることはついに出来なかった。


 知人も友人も·····いや、もう友人ではないが、俺に一円たりとも貸さなくなった頃から、俺は闇金に手を出し始めていた。


 返す宛もなく、ただただ泣いて、怒って、頭を地面に擦り付けて、返済から逃げて·····。


 理不尽な程の金利で、莫大に膨れ上がった借金。

もとより、返すつもりもなかったが。


 家の前に張り込まれ、薬が切れて出てきた所を、屈強なスキンヘッド男二人に取り押さえられて、殴られ蹴られ·····。

 滅茶苦茶に叫びながら暴れた俺の足によって舞い上げられた、大量の家賃滞納のお知らせが、今でも鮮明に思い出せる。


 目が覚めれば、視界は真っ暗闇。

何がで縛られているのか、体の身動きは取れず、叫び声も出ない。

 何も出来ない暗闇の中で、ついにこんな所まで落ちた自分が不甲斐なくて、泣いた。



 そして、日本かどうかもよく分からない夜の埠頭に集められて、他のずらりと並んだ依存者達の順番に麻酔を打たれて·····気が付けば今に至る。


 ここは船だろうか·····?


薬が切れて、ぼんやりとした体の怠さに抗いながらも、考える。だが、思考の終わりが見える前に、意識は眠の闇の中に真っ逆さまに落ちていった───。



◇◇◇


 「ガッ──ッッ─!?」


 頬を殴る強烈な衝撃に、目を覚ます。


「起きろゴミ共、立て!立つんだ!」


 顔を上げると、黒いサングラスをして、黒い服を着た男達が、警棒を振り上げて怒鳴っていた。


 先程より幾分か明るくなった室内では、俺と同じような鎖に繋がれた依存者達が、それぞれ思い思いの体制で眠っている。

 黒服の男達は、その寝ている人々の頭を、容赦なく警棒で殴りつけて回る。


 半ば強制的に引っ立てられて、一本の鎖に繋がれた俺達は部屋の外へと連れ出された。



 「──────!」


狭く入り組んだ通路を抜けて、依存者達のパレードは、豪華なホテルのエントランスかと見紛うかのような、煌びやかな大広間で終着を見せた。


 依存者達が、息を呑む。

この中の大半は、一生こういう高級な物とは縁のない人間だ。シャンデリアなど見たことも無かったのだろう。

 中にはうっすらと泣いているものも見える。·····どういう涙だ?


 俺は冷めた目で、その広大な空間を見渡す。

まさかここで、俺達を相手に豪華な接客などするはずもない。間違いなく、何か悪い事が起きるに違いない。その始まりを見つけるのだ·····そして、回避しなければ。



 「諸君」


 依存者達の、ザワザワとした病人のうわ言のような言葉をかき消して、声が広間に響き渡った。


 「どうしようもなく哀れで救いようのないゴミ共諸君」


 その顔もわからない者の侮蔑を、依存者達は無の表情で聞き流す。



 「君達は、お互いに顔も名前も知らぬ赤の他人だ。だが一つ、全員もれなく共通点がある。ここに呼ばれたということは、皆どうしようもない依存者という事だ。」


 声の主は一度、勿体ぶった溜めをつくって、言葉を続けた。



 「すなわち、エビを原材料として生産される麻薬、〝()()()()()()()〟の薬物中毒者という事だ!!」



 ·····とまぁ、分かり切った事を言って、声の主は高笑いした。


 「そんなどうしようもない皆さんには、今から命を懸けたゲーム·····通称【カッパえびせんサバイバル】に参加してもらう。今から始まる長い夜が明ける頃、まず間違いなく、日の出を見れるのはここの三分の一もいないだろう。」


 「参加は強制だ。今この瞬間から、お前達にお情けで付与されていた〝人権〟は剥奪され、貴様らは正真正銘の〝ゴミ〟となるのだ!さぁ、【カッパえびせんサバイバル】の始まりだッ!!」



◇◇◇


 第一回ゲーム。50メートル走。


十秒以内にゴールできた者は、えびせんが一欠片貰える。

周りの馬鹿どもは、えびせん欲しさに必死になって走っているが、恐らくこれは身体検査だ。

 まともに走れないような者は、この先のゲームを〝プレイ〟できないと判断されるのだろう。


 無論しっかり走りきり、九秒代でゴールした。久々の運動は体にこたえる。



 第二回ゲーム。合体、体ピース探しゲーム。


 一人一枚ランダムで、腕や胴体などの身体の一部が印されたカードを受け取り、なるべく早く全身像を完成させるゲーム。

 また、ここで作ったチームが今後のゲームに影響するらしい。ひたすら良さげな人間に声をかけまくり、賢そうな眼鏡とゴリマッチョをチームに入れることに成功。



 第三回ゲーム。そろそろ本番、連結電車ゲーム。


 皆さんご存知、連結ゲーム。最初は一人から始まり、じゃんけんをして、負けた方が、勝った方の後ろに連結する。後出しやイカサマの防止のため、じゃんけんは黒服の前で行われる。


 誰しも子供の頃、一度はやった事のある懐かしいゲームで、俺が()()()()()ゲームでもある。


 「このゲームの優勝者、すなわち連結の最前線の人間は、最後尾の人間を最大十人まで生け贄に捧げる事で、一人につき100万·····つまり最大1000万円を手にしてこの船を脱出できる。さぁ、励たまえ。」


 アナウンスが終わった直後、俺はチームの眼鏡とゴリマッチョ、そして、見た目からして絶対にニートをしてたデブに告げる。


 「バラけよう」


 恐らくこのチームは、この連結ゲームだけでなく今後も継続されるチームだ。仲間内だけでも協力して、一人でも多く生き残っていた方がいい。


 「賛成だ。安易にこの四人で一つの列車を作るより、バラバラに別れてそれぞれで作った方が生存率も上がる。」


俺の提案に、眼鏡が即座に賛同する。


 「まぁなんだか知んねぇけど、要はあれだろ、後ろから十番目にならなければいいんだろ?」


「そういう事だ。」


 このゴリマッチョ、中々頭も悪くないようだ。当たりかもな。


 「力合わせて、地上に帰るぞ」


「「あぁ」」




 〜十分後〜


 「まぁ悪くは無いか·····」


 胸に付けた〝2〟のバッチを見下ろしながら、呟く。


ぞろぞろと一列になって行進する依存者達の群れの中で、チラホラとバッチが光る。これは何度勝ったかを示すバッチだ。


 「ゲーム終了。」


 列が止まる。


「さて、現在最後尾の十人は〝堕ちる〟·····はずだが、救済措置を用意した。」


 なんだよ·····もういいだろ。落とせよ。

俺は列の真ん中ほどだが·····なにか嫌な予感がする。周りもそれを感知したようで、ざわめきが広がる。


 「皆さんが胸につけてるそのバッチ、それは次のゲームで使う通貨だ。持っていれば持っている程、次のゲームで優位に立てるし、賞金もうなぎ登りだ。そんな大事な大事なバッチだが ·····現在最後尾に一番近いバッチ保持者は、他のバッチ〝3〟以上のバッチを持っている人間にバッチを支払う事で、それより後ろの人間全員を連れて、列を入れ替えることが出来る。」


 ·····不味い。


 列入れ替えが起こるという事だ。

そして、最後尾から一番近いバッチ保持者は、俺の3個後ろだ·····。だめだ、やめろ。


 アナウンスが告げている事を要約すると、現在最後尾から一番近い列の先頭者が、他の列の先頭者にバッチを支払う事で、列の順番を入れ替えることが出来るという事だ。


 ·····つまり、現在前に近い人間も、交渉次第で最後尾へ真っ逆さまに転落する可能性がある。·····いや、大丈夫だ。俺の所属する列の先頭は、俺のチームの、見た目ニート野郎だ。ひとまず凌げる。


 「交換だ!!俺は〝3〟のバッチを持ってるぞ!!」


最後尾の先頭者が、唾を飛ばして必死にバッチを宙で振る。


 「おやおや、誰かあの哀れな敗者を救ってやらないのか?後ろに十人以上いる列の先頭者なら、脱落することも無く、バッチも貰えて一石二鳥だぞ?得しかないのに?列の順序は次のゲームになんら影響はしないのだから」


 アナウンスが、緊迫した空間を面白そうに野次る。


 「まぁ流石に自己申告するのも厳しいだろうね。ならば一人ずつ聞いていくとするか·····」


 黒服が、列の先頭から順に交渉の決断を聞いていく。

·····しかしこう見ると、当然だが、列の先頭に近ければ近いほど、バッチ保持者は多い。つまり、後ろに十人以上いる列は少ない。交渉に応じれば、自分も脱落必至だ。


 誰も応じることなく、遂に黒服が、俺のチームメンバーの見た目ニート野郎へ問いかける。


 「〝3〟ポイントバッチと引き換えに、列の入れ替えを受け入れるか?」


「·····」


 目を泳がせるニート野郎が、一瞬こちらを見る。

·····クソが、何で悩む必要があるんだよ!約立たずが!!さっさと断れ!


 しかし、俺の願いを虚しく裏切って、ニート野郎はこう答えた────。


 「こ、交換だ·····交換する」


「は──────?」


 どこからか現れた黒服の群れが、俺達の腕を捕まえて引きずって行く·····列の最後尾へと。


 「ふざけんなッ!!てめぇクソ野郎ッ!ぶっ〇すぞッッ──!!クソがッッッッッ!」


 あまりの怒りに集束する視界の中で、腕を振り上げるも、黒服二人を振り解けずに、体は後退する。バタつかせた太ももに、小さな感触を感じた。·····先程の50メートル走で手に入れた〝えびせん〟だ。これを使えば·····



 「おい!これをやる!!だから考え直せ!!」


〝えびせん〟を見て一瞬、ニート野郎の呼吸が止まる。

しかし、俺の視界の端で、交換を申し込んだ先頭者が、後ろの人間から〝えびせん〟を奪い取り、叫ぶ。


「こっちは四倍あるぞ!!」


 ニート野郎は、最期にこちらを一瞥して、背を向けて前へと向き直った。


 クソが、クソクソクソクソクソクソクソがァアァァァアァ!!ふざけんな!ふざけんなふざけんなふざけんなぁァァァァァァァ!!


 大声を出して暴れ続ける俺の体を、黒服が引きずって行く。

扉を通過して、広間の景色が閉じる。


 呼吸器に白い布を押し当てられ、それを吸い込んだ俺の体は、闇へ───闇へと───落ちていった。







 ───やめよう薬物、ダメ、ゼッタイ。




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