その認識が正しいと誰が保障するのか?
「どうか、どうか何卒迷宮探索の依頼を『攻略』に変えてもらえないだろうか?報酬金は元の3倍まで増額する」
「いくら公爵様直々の依頼とはいえ規則です。探索はギルドの職分、攻略は国の職分と決まっております。」
街へ戻る頃にはユージンの体調は回復していた。オリヴィエとルベンも大丈夫だろうと判断をしてギルド隣接の酒場に向かおうとした矢先、目に映り込んできたのは、受付嬢――アイステアが鎧をガッチリと着込んだ騎士の集団と大声で揉めている様子だった。先頭の男は見るからに実直そうな顔つきをしていて、口元には茶色の髭を立派に生やしている。
「だが周知の通り、帝国内における政情不安から国境に兵を送らねばならん。そのためにもこうしてお願いに参っているのだ。」
「それはそちらの事情です。国とギルドは基本方針には不干渉、お忘れですか?」
「…公爵閣下からは断られた場合、報酬金を3倍から6倍まで増額して出しても良いと仰せつかっている」
「生憎金額の問題ではありません、どうかお引き取りを」
まるで受付嬢が上位者であるかのような立場をもって告げると、騎士たちは項垂れて力弱く頷いて背を向けて去ろうとする。途中、髭を生やした騎士がルベンの姿を確認すると、畏まった立ち振る舞いをし直して声をかける。
「…おやルベンお嬢様、ご機嫌はいかがでしょうか?」
「ここではルベンと呼んでちょうだい…言いたいことは分かってるわ、父には近日中に顔を出すと伝えてちょうだい」
「ではそのように」
そして騎士は隣のオリヴィエとユージンに軽く礼をすると、そのまま去っていった。
「…今のは誰だ?」
「ヴィブレ公爵様直下の騎士団団長、ルーネンよ。パーティーにも関わるから話すけど、飲みながらでもいいかしら?あんまり素面で喋りたくないのよ」
「私としては明日以降の予定も取り決めておきたいので、酔い潰れてもらうと困るんですがね…」
「ちゃんと節度は持って飲むわよ…どっかの誰かとは違ってね?」
※※※※※※
「店員さん、もう一杯!」
「飲みすぎじゃないか…?」
「逆にアンタら二人とも飲まないの?15は過ぎてるし、子供の頃から勝手に呑んだりとかしてないの?」
「…南方の慣習だと20からで割と厳格なんだよ。僕は19だ」
「私はあまり得意ではないので遠慮しておきます」
成程、この世界だと15が成人で、尚且つお酒に対する周囲の当たりもそこまで強くはない。だからと言って、ルベンがメインディッシュを終えてからも酒を延々と飲み続ける様にはどうにも納得いかないし、心配にはなるが。
「…ではルベンが潰れる前に軽く自己紹介しましょうか。私はオリヴィエ・パペーネ、見ての通りエルフで南方大陸から来ました。クラスは騎士で冒険者ランクはBです」
「南方って大概は内外共に秘密主義で、アタシ内情をよく知らないのよね〜…。でもエルフだし、多分共和国の方かし…ら?」
オリヴィエのただならぬ雰囲気にルベンは思わず言い淀む。目つきは鋭くなっていて、しきりに歯ぎしりをしている。然し、それでいて表情筋が殆ど動かず死んだような表情をしているのは無理矢理激しい感情を抑えつけているようにも見える。
「…!ああ失礼、そことは少々厄介事を抱えていまして。出来ればそこは詮索しないでもらえると助かります…〈探らず〉、ですよね?」
「…今の顔見たら誰だって掘り下げて聞かないと思うわよ」
「同感だ。あれ以上オリヴィエの顔見てたら寿命が縮みそうだ」
静観としていて誰に対しても誠実というのがこの2日間で見てきたオリヴィエの人となりだが、まだまだ知らないことは多いことを痛感させられる。事情こそ気になるが、オリヴィエの露骨な態度が問題へ深く足を踏み入れることを躊躇させた。
「まあ私は話せるあたりだとこのあたりですかね…次は誰が?」
「僕が行こう。ユージン・フラット、19歳でオリヴィエと同じく南方から来た。クラスは魔法戦士でランクはE…こんなところか?質問は何かあるか?」
「もっと何か言うことない?…まあ聞きたいことはあるわ。なんで魔法の使い方すら知らないのかしら?記憶喪失?」
「…そんなところだ」
言われてみれば騎士であるオリヴィエですら魔法を使っているのだから、魔法が使えないというのはおかしな話だ。自らの出自が雑な設定で成り立っていることを感じると共に、今後身の上を語るときの参考にしようともユージンは考える。
「だというのに適性外の無属性魔法〈障壁〉は桁違いの威力で発動する。以前は高名な魔法使いでしたって言われても信じるわよ」
「それならルベンだって使ってただろ?」
「アタシのはあくまでもスキルと鍛錬のおかげでまともに使えてんのよ。適性外なんて普通はあそこまでの威力発揮できないわよ?」
ほら例えばこんな感じ、と酒を飲み切った空のコップに手のひらから水が注がれる。自由に水を生成できるのは便利そうだ。同じく火や風といった魔法属性も、何処か生活の場面で役立ちそうだとは感じる。
「アンタが〈障壁〉をあそこまで上手く使えたのは多分イメージの強さと適性がうまく噛み合った結果、直ぐに魔素が切れたのはイメージが雑だった…と思ってるわ。それ以外には思いつかない。」
「イメージが雑…?」
「例えばアタシが〈障壁〉を唱える時は地点・形状・各所の強度・発生から消失までの時間、魔法式まで全部練ってるわ。勿論ある程度覚えたものを応用してるけどね。ユージン、アンタはどう?」
「今言ったとこだと場所と強度だけだな…」
「それのせいね。これからはイメージをもう少し細かく考えときなさい」
確かにあのとき想像したのは、戦車を止めれるほどの城壁のような巨大な壁のイメージだった。幸い現代のゲームや映画といった映像媒体で容易に想像はできたが、強度や場所までは意識すらしていなかった。そう考えると先程の模擬戦、ルベンは〈障壁〉に加えて、断続的に発射される二対の〈炎玉〉、無詠唱の〈焼却〉を全て並行して魔法を構築していたことになる。
「…ルベンって実は凄い魔法使いなのか?」
「あったりまえよー?」
思考を止めて振り向くと、ルベンの顔はすでに真っ赤で既に「出来上がっていた」。対面のオリヴィエは対照的に新たに頼んだ飲み物を黙々と飲んだままこちらをじっと観察するように見つめていた。ルベン自身のことといい、これからの予定のことといい、会話に全く入ってこないオリヴィエといい、大丈夫なのかと少々不安を隠せなかった。酔いで顔を赤らめたルベンは続けて紹介に移る。
「んじゃ最後にアタシ。アタシはルベン・エト・ミイル・ヴィブレよ。クラスは魔法使いで年齢は16。一応脱退までの二週間はこのパーティーでやっていきたい…とは思ってるわ」
意外にもルベンの滑舌は乱れておらず、整然として話している。ルベンは酔っても意識は残るタイプだが、何処でその意識が切れるのかは分からない。少し気をつけておくべきだ。
というか二週間しか加入しないというのは初耳だ。何か事情はあるのだろうかとユージンは思考するが、先程思い当たるものがあったので聞いてみる。
「その期間は今さっき鉢合わせた騎士と関係があるのか?学院というと生徒だろうに冒険者なんかやってて平気なのか?」
「ちょっと待ちなさい、順序立てて話すわ。ええと…一応アタシはヴィブレ公爵の一人娘よ。パーティーの脱退は卒業と同時に許婚のとこに行かなきゃいけないからよ。卒業までまだ猶予はあるけど、色々準備する必要があるから二週間ってことよ」
「…ああ、それなら私も小耳に挟んだことがあります。確か大陸最強のAランク冒険者にして帝国の第一皇子、ティアール殿下とでしたか?」
「まあそうね…今はちょっと色々と怪しいけど」
俗に言う政略結婚だろうか。ルベンもあまり嬉しくなさそうな、渋々それに応じるといった投げやりな態度で語っている。稀に中世から前近代にかけての彼彼女らが政略結婚でも愛を育むといった事例を目にするが、今回のはごくごく一般的な政略結婚らしい。
「脱退の理由は分かった…だが一学生が、しかも公爵様のご令嬢がなんで危険の多い冒険者を?」
「危険?…認識にずれがあるようね、冒険者は実力さえあればそこそこ安全で稼ぎも良い…話戻すわよ?それで長期休暇の選択課題の一つに冒険者での実績を積むってのがあるのよ。アタシは市井の活動に興味があったから選んだの。今は卒業前の休暇期間で手持ち無沙汰だから延長して冒険者をやってるってだけ」
庶民の暮らしぶりが見たいとは随分開明的な発想だ。こういった中世・近世的世界の貴族はそういった普通の人々の暮らしにはあまり気にかけないとばかりユージンは思っていた。
「冒険者が安全?てっきり危険な仕事だと思っていたんだが…?」
「ギルドだって違約金を払いたくないから、冒険者と依頼を正確にランク評価して安全性と確実性を確保してるの。あと迷宮の攻略や魔族討伐みたいな危険依頼は国の領分よ、さっきの受付でのやり取りは見たでしょう?」
「…迷宮に魔族?しかも聞くとギルドの方が立ち位置が上に聞こえるんだが…」
「ギルドの立ち位置は国と対等…と言いたいところだけど、少なくともこの国ではギルドの方が上よ」
そう言ってルベンは喋りすぎて乾いた喉を酒の一気呑みで潤して話を続けようとする。そこで丁度良いとオリヴィエが口を挟む。
「たった今話題に出た迷宮なのですが、依頼を既に受理しています。明日向かいませんか?」
「ちょっと聞いてないわよ!?アタシとオリヴィエはともかく、ユージンは大丈夫なの!?あと神官…〈解呪〉の使い手は!?」
「依頼内容はヴィブレーヌ大森林に現れた迷宮の情報収集を中心とした探索、最深部は不要とのことです。参加パーティーはこちらを含めて二組で明朝に現地集合。依頼ランクはCですが、C以上の冒険者一人につきD以下も一人参加可能とのことで条件は満たしています。〈解呪〉は私が使えるので問題ありません」
「…まあ使えるならいいわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
流石に明日の依頼に関わる内容は聞いておきたい。迷宮について聞くとオリヴィエは快く承諾して説明してくれる。
迷宮とは強力な魔物や魔族が外敵から身を守るために魔法を用いて要塞化したものである。迷宮形成は基本的に魔法によって天然の洞窟を押し広げたもの、稀に無から不定形の建築物を生成して拵えるとのこと。どの形状においても共通しているのは、常に薄暗く構造も外からでは分からないほどに入り組んでいる。これは人族の心理・思考を不安定にすることで魔法詠唱を妨げるためだとされている。また『迷宮』という名称はそうした内部構造から取られている。
また魔物と魔族は別個の存在である。どちらも人種に対して敵対心を持っているとされるが、その違いは肉体の大部分を魔素で構成されているか否かで判断される。先日のグレートウルフや一角ウサギ、他にドラゴンやゴブリンは魔素で構成される魔物に分類される一方、魔族は主に夢魔や竜人、悪魔が属している。
加えて明確に違いを特徴づけるのが社会性・自我の有無である。魔物は通常同族でしか行動せず、アイデンティティを有さず、コミュニケーションも他種族と取れないが、魔族にはこれが当てはらない。魔族は時に協働して他種族との集団社会を形成することもあれば、他者との言語を用いた会話が可能である。これもあって今現在も魔族を人種から人間を除いた亜人種として扱うべきではないかといった主張もあるが、未だ広く支持は得られず人権を得ていないという。
「…オリヴィエ、迷宮に住み着く魔族なんてレアケース。南方大陸でしか見ないでしょう?今の説明いるの?」
「…万が一ですよ、万が一。それより私もお酒…度数の低いエールでも貰いましょうか」
オリヴィエはそう言って店員に声をかける。お酒は得意でないと言っていたがどういった風の吹き回しだろうか。
「…それで、このパーティー、アンタらは何を目的としてこれからどうするの?」
ルベンの発言にハッと気づく。そもそもユージン自身、この二日間は流れに身を任せてなんとかなっていたものの、その動きには主体性が無かった。この世界に何故転移したのかは不明――未練があまりないとは言え元の世界に帰れるかも不明、帰れなかったとしてこの世界でどうするかもあまり定かになっておらず決めていなかった。ただ日々を生活できる程度に稼ぐ、といった適当な目標に留まっていた。
「私たちはこれから南方大陸に向かう予定です」
「…あぁ帰るってことね。納得だわ」
オリヴィエは一瞬目線をこちらにやると、直ぐに戻して言う。ルベンも何やら納得はしたようだ。
オリヴィエは魔王討伐を目的としているが、そこを敢えて濁したのは何れ離脱するルベンには知らせる必要がないと思ったのだろう。危険であろうこの旅に関わらせたくないのか。そして恐らくオリヴィエはなぜか信頼しているユージンを道連れに旅をする。
――勇者としてこの先生きていけるならそれでいいじゃないか――
ユージンが異世界に降り立って2日目、喧騒極める酒場で生きる目的が定まったのであった。
※※※※※※
「ふー飲んだ飲んだ…なんでオリヴィエに平気で肩貸してんのよ?」
結局オリヴィエは一杯で千鳥足になって、一人でまともに立てなくなってしまった。
「同じ部屋で泊まってるからな、そのまま連れて帰るよ」
「…アンタらそういう関係だったの!?」
「…?そういった色沙汰はないぞ?」
確かに女と見間違うほどに綺麗ではあるが、オリヴィエは間違いなく男だ。ボディーラインも輪郭も肩幅も確かに男のものであると感覚が告げてくる。
そしてユージンは同性愛者ではない。この場にいるルベンかオリヴィエ、どちらかを選ぶかと言われれば迷わず女性であるルベンを選択する。多少好感は抱いているものの、そこに恋愛感情はないとはっきりしているが。
「…今日はアタシが金を出しておくわ、別の部屋に変えてもらいなさい」
「…なんか問題あるのか?」
「問題大アリよ!いいから変える!」
今日一番の迫った顔で此方に顔を寄せて詰め寄ってくる。そのノーと言わせない強気な態度に折れて、提案を受け入れる。泊まっている宿の名前を思い出して告げると、宿の質が最底辺であることにルベンは驚きながらも金を渡してからユージンらとは逆方向に去っていく。
明日は朝早くオリヴィエを叩き起こさないとな、なんて思いながらバランスを崩さぬようにゆっくりと帰路に着いた。




