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夢境のアルカディア  作者: 挟むギョウタン
第一章「王国編」
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模擬戦

「模擬戦?」

「ええ、依頼も早く終わったことだし時間は余裕あるからやりましょう」



 ルベンが懐から胸ポケットから機能美優先のシンプルな懐中時計を取り出すと、時刻を確認して告げてきた。




「街に戻るにはまだ早いですしいいですね。ユージンは対人戦の経験が浅いからやっておくべきですね」





 少し離れて常時周囲を警戒していたオリヴィエもそれに同意する。冒険者はモンスター討伐だけでなく、野盗や街の浮浪者と戦闘する事態にも陥るからこうした経験は必要だという。



「最初はアタシとユージン、その後にオリヴィエとユージンの入れ替わりでやりましょうか。勝敗はそうね…首元に刃物を寸止めするってのはどうかしら?」




 そう言って採取の時に使っていたナイフを手慣れた手つきでクルクル回す。魔力特化で技量はDといったステータスなのに、器用そうにナイフを扱う様は素直に感心した。この世界基準だと低い値だが、現実だと宴会の一発芸レベルの腕前だ。





「開始の条件に使用武器の制限は?あとその条件だと手元が狂った時に危なくないか?」

「開始前に少し距離取って、私が投げた銅貨が落ちた同時に開始、武器は魔法に剣と何でもありよ。あと開始前にしっかり〈宣言〉しとくから命の危険もないわ。オリヴィエからは他に何かあるかしら?」

「…私からは特に何も。ただ恐らくルベンは魔法メインの戦闘になるので、私は極力魔法を行使しないでやりましょうか」





 戦闘には様々なシチュエーションを想定しておくべきということだろう。実際現実で喧嘩だらけの日常を過ごしたわけではないし、そもそも魔法は初めて、剣も中学体育の剣道で少し齧った程度でしかない。ルベンやオリヴィエといった熟練した冒険者が進んで模擬戦をしてくれるのだ、ユージンにとっては有難いことこの上ない。

 ルベンと適当に距離を取ると、鞘から剣を抜く。対してルベンは腰の巾着袋から肘まで届く長手袋を取り出して嵌めると、懐から杖を抜く。10センチ程度だろうか、とても短いものだ。

 






「ルベンは後衛特化なのにいいのか?前衛とかいないとキツくないか?」

「昨日冒険者初めましたって奴に遅れを取るつもりはないわよ…んじゃ始めるわよ」










〈私は今ここに決闘を宣言する。これは双方の力量を見定め、互いに切磋琢磨するためのものである。私は挑戦者、対峙する者も挑戦者。世界よ、この正当なる願いを聞き届け給え〉





 ルベンが詠唱を唱えると、二人をドーム上に覆い隠すようにして炎の壁が包み込む。見た目からして熱そうで、無理矢理突破しようとすれば間違いなく焼け死ぬほどの威力があるが、不思議と内部の温度が変わった様子はない。





「これが〈宣言〉、世界が宣言内容を妥当であると判断した時使えるやつね。ちょっと仰々しいけども、どちらか一方に邪な意図があると発動が無効になるし、適性も殆ど関係ないしで便利だから覚えときなさい。あと言っとくけどその炎には自分の意思で突っ込まないように。已む無く入るなら無害だけども、故意なら間違いなく死ぬわよ。」

「…!わ、わかった。肝に銘じとく」





 〈宣言〉を世界が判断するというのは何となく感覚が掴みにくい。神のような存在が意思決定しているのだろうか、若しくは異世界的・宗教的な世界観特有の論理であると一先ず納得しておく。

 不可解ではあるが、確かに宣言に悪意が入る余地がないというのは便利だ。この炎の壁が一様に発動した結果であるかは不明なものの、ルベンの言う通りならば、あらゆる約束事にこの〈詠唱〉を利用できそうだ。

 と、ここでルベンが杖を前に突き出す。魔法発動の準備だろうか。ステータス的には魔法勝負に持ち込まれると不利なのは明確。



 両者ともに対峙して一瞬の静寂。

 ルベンは頃合いを見計らって銅貨を掌から地に落とす。落ちたと同時に、ユージンは鞘から剣を抜いて、足で地面を蹴るとルベンに向かって駆け出す。





「接近戦を選択したのは正解だけども、真正面から突っ込むのは不用意よ!〈火球〉!〈障壁〉!」



 唱え終わると、ルベンの両肩の上に頭部サイズの炎の玉をそれぞれ発生させる。発射されるであろう玉の軌道を見るために注視していると、不意に足元で何かが当たる。

 目線をルベンに合わせていたために、体勢を維持できずそのまま転げる。剣はその拍子に掌から零れ落ちていく。振り返って躓いた箇所に視線をやると、そこには白く濁った様なものがあった。



「わざわざ〈火球〉だけじゃなくて搦手の〈障壁〉も言ったのよ、注意しておくことね!」



 迂闊だった。ユージンは自身の軽率さを悔やむ。魔法名の発声というヒントがあったのにも関わらず、目前の炎だけに気を取られてしまった。

 ここまで予定調和の動きだったのか、転けた所を狙って二対の炎を飛ばしてくる。咄嗟に横へと飛び退くことで回避には成功するものの、剣を置き去りにしてしまう。次の動きを剣を拾いに行くことを最優先事項と考えるが、そうはさせてもらえないだろう――



「…いや寧ろ魔法職に対して魔法で堂々とやる良い機会だ、実はこれを狙っていた」

「頻りに目線を剣に向けてんのに、そんな嘘に騙されるわけないでしょ!?取らせるわけないわよ!」



続いて炎を断続的に、ユージンの行手を阻む動きの制限を目的として、直接は狙わずに放つ。剣を取りに行っても、ルベンにそのまま肉薄しても、どちらの選択肢を取っても当たるような軌道だ。





「だけどこっちだって魔法は使える!〈魔球〉!」



 無数に飛ぶ炎を相殺するために先程の〈魔球〉をイメージする。然し焦りからか上手く生成出来ずに黒いモヤとなってそのまま宙に消えていってしまう。幸い炎は直接向かっては来ずに、その場から動けないように行動を制限するような軌道を描く。

 もつれた足を起こして打開策を考えるが、思考は氾濫したままで状況の把握をするだけで精一杯だった。

 剣は数メートル先で拾いには行けない、魔法は不発、現状炎の玉が進路を遮るようにして飛んでくるせいで動きは制限されたが、足止め(・・・)されてるだけで――――







「……まさか!」

「気付いたようだけどもう遅いわ。足元を見なさい、私の勝ちよ」




 促されて見ると、此方を囲むようにして円形に広がる炎が足元に迫ってくる。ユージンを中心として同心円上に広がるそれは、既に地表を真っ赤に染め上げて足を踏み出す余地を与えない。加えてこの間もルベンはじりじりと距離を詰める最中も〈火球〉を撃ち続ける事で、腰の上の動きを不自由にする。







 どうしようかと思考を巡らしていると首元に冷たい感触が当たる。口元を軽く緩ませたルベンが左手でナイフを握っている。先ほどの宣言通り、既に負けていたようだ。見れば周囲を囲っていた炎はまるで初めから無かったかのように消え始めていた。

 ユージンは負けという事実に動揺を隠せなかった。驕りがあったと言えば嘘になる。

 半信半疑ながらも自身は「勇者」であると告げられ、異世界からの来訪者であるという事実は、自分自身が何かしら特別であって、何かしらを成し遂げるということを微かに期待していた。確かにこうやって人と魔法も交えて戦うのは初めてだが、全く歯が立たなかったのは心を打ちのめすには十分だった。



「…僕の負けだ。何がいけなかった?」

「全部よ全部。ほぼ無策で正面から突撃して、詠唱した魔法の行方を探らない、焦って魔法は不発に終わる。あとは難しいけど無詠唱魔法〈焼却〉の警戒をしなかった。こんなとこかしら?」

「そうか…」



 殆どダメ出しばかりだ。思わずその場で項垂れてしまう。






 ゴツッ!




  ――突然頭に痛みが走る。見上げると拳骨を振り下ろしたルベンが見下ろすように立っていた。






「痛っ、何すんだ――」

「…あのねぇ、今日初めて依頼やって魔法もやりました、加えて魔素の存在を認識できませんって奴が上手く勝てるわけないでしょ?自慢じゃないけど、これでもアタシは魔法に関してだけはそこそこ出来るのよ?逆に負けたらこっちの自尊心はズタズタよ。だから負けて当たり前、勝手に落ち込まれても困るわ」

「………」

「…後衛職に接近戦が有利と判断して早々に駆け出した判断力、行動を阻害した魔法に対して魔法で相殺しようとした対応力」

「?」

「良かったとこよ。もし剣や魔法の練度が高ければアタシは負けてたかもしれない。つまりアンタは伸びるだけの力はあるわ。そこだけは自信持っていいわよ」


 


 ルベンの諭す姿は淡々と述べるようであったが、ユージンにはその物言いが事実であると感じさせる。






「…その言葉は信じていいのか?ルベンには僕がこのままゆう…いや、冒険者(・・・)をやれると思うか?」

「嘘はついてないけど、これからのことはアンタ次第。もし才能無かったら冒険者でなく、王国軍の兵士を勧めてるわ…もちろん親切でね?」

「それは僕の生活に入り込んでないか?冒険者の不文律に抵触するんじゃないのか?」

「だから、親切って言ってるでしょ!」







 少なくとも、この先もルベンの真摯な態度と言葉だけは信じてもいいのかもしれない。そうか、とユージンは微笑み返す。視界の隅のオリヴィエが複雑そうな表情を浮かべているのを捉えながら。




※※※※※※



9話

「次は私ですね…ルベン(・・・)と違って私はちゃんと手加減しますから安心してください」



 先ほどのルベンとの試合から小休止を取って10分ほど、ルベンと反省会を交わしていると此方の様子を見計らって会話に参加していなかったオリヴィエが唐突に切り出してくる。前々から思っていたが、どうもオリヴィエは此方とのコミュニケーションを取りたがらない、若しくは取りに来る主体性がない。今のも急に会話を遮られてあまりいい気持ちはしない。そのくせ、此方に対する信頼は絶大なものでそのアンバランスさは些か奇妙なものであった。


「…ま、休憩も出来たしやるか。ルールはさっきと同じか?」

「はい、使用武器の制限はなし、首に刃物を当てればそれで勝ちとしましょう。」




 〈私は今ここに決闘を宣言する。これは力量を見定め、彼の成長を促すためのものである。この願いは世界の理をも覆すほどに純粋なものである〉





 ルベンの時と同様(・・)に炎の壁が周囲に発生する。距離を取ってお互いに得物を構える。此方は今日買ったばかりのショートソード。当然刃は使い込まれておらず、綺麗なままだ。対して、オリヴィエは少し長い1メートル程のロングソードと、同じぐらいの大きさで上半身を覆い隠すには十分な盾を持っている。どちらも見事な細工が施されていて凄腕の匠の手による作品であるとわかる。また新品であるかのような光沢を放っていて年季を感じさせない代物であった。




 妙なことにオリヴィエの構えは隙だらけのように思えた。しかし一方で彼には絶対勝てないといった何か直感めいたものが警告を仕切りに発している。先に剣撃を放てば負ける――緊張による大量の手汗は柄にさえ滲むようで、先手で斬り込むことをユージンには決断出来なかった。



「来ないのですか?なら私から行きます!」




 …っ!早い!

 残像が残るかのような俊敏な動きでオリヴィエは詰めてきた。一瞬魔法で迎撃しようかと逡巡するが、先ほどの不発と余りの速さのために断念する。もう既に目前まで迫ってきていたので、硬く剣を握り直して剣の軌道を捉えることに集中する。



 剣と剣が交差する。此方より一回り大きい剣を片手で振るっているのにも関わらず、強い衝撃で両手が痺れる。二撃目、三撃目、四撃目――と、続けて放たれる剣戟をすんでのところで迎撃する。魔法を使う余裕はない。息をつく暇もない。だがユージンは次々と打ち合う剣の中で、剣筋を直感(・・)のままに変えていく。中学時代に竹刀で学んだ技術は重い双刃のショートソードには合わないので、調整を加えて異なったものにしていく。

 これ以上打ち合っても突破は出来ず不毛であると判断したのか、剣尖を軽くぶつけて応対してる間に後ずさって距離を取る。




「…流石ですねユージン。少々手加減していたとはいえ、あそこまで綺麗に防がれるとは思っていませんでしたよ」

「いや僕だってまさか何合もやり合えるとは思っていなかった。ちょっと自信持てたぐらいだ。」

「…ならばこれはどうです!?」




 これは本心だった。そもそも一合打ち合えれば上々とすら考えていたぐらいであった。

 オリヴィエは身を屈めて剣を盾を覆う。そしてその盾構えながら肉薄してくる。全身甲冑で地を蹴り駆けるその姿はまさに戦車だ。剣で応戦すれば、その速度と金属製大盾の質量から繰り出される衝撃には耐えられないだろう。躱したところで、その動作の先にある盾で見えない剣筋を把握するのは困難だとユージンは判断する。




「〈全てを拒絶する〉〈障壁〉!」




 先のルベンのお陰から来る自信からか不思議なことに頭の中がクリアとなり、思考も落ち着いたままにイメージを生成できた。戦車の突撃に対抗するためには城壁が必要だーーと考え詠唱を唱えきる。

 すると目の前に身の丈ほどある巨大な半透明の板――否、「壁」が出現する。オリヴィエは正面から激突するが、衝突箇所を中心に放物線状のひびが入るだけに止まった。盾の陰から振るわれた剣がその箇所を突いて、ようやくその壁は役目を終えて粒子状に舞って消失した。一連の事に、オリヴィエは大層驚いたような表情をして、試合中であるのに剣を下ろす。ユージンも生死をかけたものではないために、応じるようにして同じく剣を下ろした。




「これを防ぎますか…」

「嘘でしょ、あんな強い魔法使えるなんて…!」

「ルベンがさっき使ってた魔法を名前でイメージしてみたんだが…相当な効果だな」




 オリヴィエは確かに実力者だ。この認識に違いはないだろう。だが、その強者が行なった攻撃を1つの魔法で2度も防いだというのはどう考えても魔法の練度がおかしいと思わざるを得ない。




「先程は不発に終わっていたので魔法は警戒しませんでしたが…いやはや戦いの中でこうも成長を見せるとは思いませんでした…」

「僕だって剣も魔法も1日目でそこそこ出来るなんて思って…んっ」




 頭に痛みが走って思わずその場で蹲る。上手く思考が回らない。眩暈がして立ちくらみ、足取りもおぼつかない。



「魔素欠乏症ですね。…すぐ治るとは思いますがユージン、体調はどうですか?」

「正直あまり良くない…もし戻ってもいいなら今日はもうここまでにしたいんだが…」

「イメージが雑で強すぎたんでしょうね…まあ依頼は終わってるんだしいいんじゃない?」






 そうですね戻りましょうか、と首元に剣を当ててくると同時に周囲の炎が消え去る。オリヴィエが手を差し出してくるが、自力で立てるとそれを素っ気なく断る。




「町に戻ったら解散でいいでしょうか?」

「いえ、アタシとしてはユージンの初依頼達成記念で…コレ(・・)、したいなって」




 何か握るような仕草で口元に手を持っていく。間違いない、酒を呑みたいだけだろう。現代でもアルバイト先の先輩らが同じ動作をよくしていたから既視感があった。その後の彼らはみな泥酔していた様子でしつこく絡んできたのであまり良い印象は無いが。




「未成年飲酒は黙っといてやるから、あんまり呑み過ぎるなよ…」

「アタシはもう16で成人よ!別にお酒呑みたいわけでもないわよ!」

「まあ戻って、ユージンの調子が良かったらやりましょうか…」



 そうしてユージンらは街への帰路についた。もう陽は水平線に隠れ始めたところで、辺りも陰りが見えてきた。冒険者生活の1日目は終えようとしていた。


 

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