銃・魔物・魔法〈1〉
ルベンと「デート」をした後にユージンは冒険者ギルドが所蔵する書庫へと向かう。
いつだったか、冒険者は魔物と対峙する際にその特徴を事前に把握するものだという事を思い出したからだ。
加えて、この世界の地理や歴史。魔法に文化。
何故か日本語が使われている、この世界の言語体系。
未だ知らない事ばかりなので、それらを知るのも丁度いいと思っての行動であった。
備え付けの机にタイトルと出版者を見た後棚から抜き取った本を山積みにする。民間出版の本も割りかし多かったのは意外で、公的機関のそれと合わせると、とんでもない冊数になってしまった。
ユージンは本の山から一番上の、少し日焼けした古いものを広げる。今と同様に流暢な日本語で記述されているを確認して安心する。
書庫に窓はついていないので、視線を上に上げる。
壁掛け時計を見て、時刻を確認する。
16時半。確か書庫の閉鎖時間は19時だった筈だが関係ない。内容を把握するだけなら十分すぎる。
そして天側の紙を手で掴むと、流れるようにして頁を捲っていく。
斜め読みだけは唯一自認出来る得意な行為であった。積み上げた本を次々と消化していき、書庫の閉鎖時間迄には粗方把握を完了する。
そして翌日…
「ん?六つ足猪と野盗の討伐依頼ですか?」
「ああそうだ。これを見てくれるか?」
オリヴィエとレッツェは既に朝食を注文して食べ始めていた。ルーシアは未だ戻らず、ルベンは今日は顔を出していなかった。一応毎日顔を出すように取り決めていたが、ルベンは貴族であり学生の身分だ。こういう日もあるだろう。
張り出された依頼書を2枚見せる。
一つは六つ足猪を10頭以上討伐するもの。依頼主はヴィブレーヌ大森林の近くに居を構えている住人。
依頼理由としては、大森林の近くに最近多く出没するようになった六つ足猪を間引いて欲しいのだという。期間は今日から3日。依頼難度はCだが、C級冒険者1人につき、それ未満の冒険者も1人同行可能というものだ。
そしてもう一つは野盗の討伐依頼。期限は今日から丁度30日。依頼難度はDだが、前と同様にD級冒険者1人につき、それ未満の冒険者も1人同行できる。
内容としては、『アンダシア傭兵団』を名乗るD級冒険者3人組が依頼を突然放棄。
その後、リストリーネ王国とレーベ帝国を繋ぐ街道で野盗化、王国側を中心に活動しているという。
依頼主は冒険者ギルド。
街道沿いにおける治安維持活動は、本来その地を治める領主傘下の私設騎士団の職分である。帝国側ならば、皇帝直属の国家騎士団が対処しただろう。
然し今回は冒険者ギルドの所属員が野盗となった特殊なケースなので、こうして冒険者に依頼という形で回ってきた。
「うん、そこまで難しそうなのは無いですが…どうして急に自分でこの依頼を?私ならもっと良い依頼を―」
「いや、これがいいんだ。これじゃなきゃダメだ」
「いいんじゃない?今のアタイたちなら難しくなさそうだから。あでも、此処の部分だけ読んでくれない?」
オリヴィエは苦言を呈しようとするが、レッツェが口を挟む。
「えっと…猪の方は採取部位不要。野盗の方は確実に死んだ事を証明するよう、3人のギルド登録証と野盗の目玉を提出、だな。読む必要あったか?」
「ナハハ、アタイはちょっと文字を読むのが苦手でねぇ〜。助かるよ」
文字が読めない事を誤魔化すように手を頭に乗せながら、レッツェはバツが悪そうな表情を浮かべる。
「ま、これなら多分問題はないよ。ユージンがなんでこれに拘るかは分からないけど、やろうか」
どうせ今日の依頼はまだ決めてなかったしねー、とレッツェは口にしながらも腕をブンブンと回してやる気十分といった様子を見せている。
――この二つの依頼はユージンにとって冒険者稼業を続けられるかどうかを見分ける試金石であった。
魔物の討伐は兎も角、「人間」の殺害依頼を入れたのは特に顕著だ。
ユージンは冒険者になってから魔物の討伐は何度か行った。人語を解する魔族も殺した、とまでは言わないが殺す気では戦った。
だがそれは、「やらなければやられる」という事態に陥り、且つ人ののような形をした敵対的な別種だったという客観的事実が欠けている。
果たして自分に人を殺すことができるのか?
さもなくば冒険者として、「勇者」として、活動を続ける事は出来ないのではないか?
此れはそういった事を確認するためのものなのだ。
「…私たちがいれば大丈夫でしょうしね。取り敢えず今日は猪の方からやりましょうか」
オリヴィエは渋々といった表情で同意して立ち上がる。そして先に外へと出ていったの尻目を確認する。
丁度いい。
ああ、と思い出したかのようにユージンはレッツェに何気ない様子で聞く。昨日の情報収集と今までの疑問を総括した上での確認事項だ。
「レッツェ、eins,zwei,dreiって言葉に聞き覚えはないか?」
「あいんすつゔぁいどらい?聞いた事ないけど…お菓子かなんかかな?」
「ウチの故郷のカッコいい数の数え方だよ」
それ分かりづらいだけじゃ?という疑問は軽く受け流がす。ドイツ語はカッコよくてクールでエクセレントだ。異論は認めない。
そしてユージンは席を後ろへとずらして、依頼書をひらひらと無心で振りながら、やんわりと考え込む。
――果たして此処は何処なのだろうか?と。




