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夢境のアルカディア  作者: 挟むギョウタン
第二章「帝国編」
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ユア・ハイネス〈結〉

ハイネス

 夜も更けた頃、余った茶菓子の包みを大切そうに抱えながらお辞儀をするメルセを戸口から手を振って見送る。

 あくまでも彼女は常勤する連絡係の代行。だが今度訪れた時のために、彼女の好物であるザザムシの料理を何か考えよう。

 …佃煮。保存が利くから最適だ。

 醤油や味噌の類はあまり使い慣れていないが、練習としても良い。レシピは覚えている。珍しい味であることは想像つくし、メルセもきっと喜ぶ。



 そして教皇アリアンディーゼはメルセの姿が見えなくなるのを感じた(・・・)後、書物机に腰を下ろして書類の山を捌き始める。本来なら未明にこなすものだが、朝の惰眠を貪るためにこうして就寝前に作業をしている。


 右手で書類を高速で捲りながらも、指の間に挟んだ判子で時折決裁していく。

 左手で握った銀のペンで、インプットされた情報から必要なものを抜き出すと、紙に書き出していく。


 一方で思考は別のことを考える事にその領域の大半を使用していた。


 メルセ。

 彼女は前々から報告の上で気になっていた存在ではあった。

 神官たちの中では珍しい「情熱」の人なのだ。勿論これは大聖堂に勤める者たちの態度が粗悪であるという事ではない。寧ろ実力だけなら他のものに軍配があがる。

 そうではなく彼女には前向きな意志がある。純粋に何かを変えたいという直向きな感情だ。そしてそれは仕事ぶりにも表れ、今回の食事の場でも何度か恐る恐るで有りながらも素直に意見した。


 ――何故気になっていた?

 教皇は一瞬手の動きを止める。だが直ぐに答えが出たために、その動きは再開する。

 ――きっと昔の私に似ていたからでしょう



 思えばこの国、教皇国も一ヶ月と少し後には建国から300年を迎える。長い長い旅路であった。果てしない旅路だった。その年数は312年。だがまだ終わってない。始まってもいない。


 全ては「最たる幸福(アルカディア)」という真理を実現するため。




 最初の2年は満ち溢れていた。

 聖者様。陛下。師団長殿。宰相閣下。そして私含めた従者たち。国民たち。

 みなが「最たる幸福」を目指していた。

 少なくともみなが「情熱」をもって、その熱意を新たな国家の建設に注いでいた。大変ではあったが、充実はしていた。


 ――けど失敗した。

 その時、何も出来なかった。

 無力だった。



 続く10年は闘争の日々であった。「大戦争」を生き抜いた数十人の伴と共に、転移先のこの地で必死に足掻いた。あの時代、魔族は勿論、亜人に対しても人間は容赦が無かった。

 王国軍に「冒険者ギルド」傘下の傭兵団や自警団、魔物。迫り来る脅威は数知れず。

 だが幸い聖者様に手解きされたお陰で魔法を使えた。今の仮初の魔法などでは無く、真に理解した上での魔法だ。犠牲は多かったが、それを以て跳ね除けた。

 そして幾多もの戦いを乗り越えて建国を果たす。

 宗教国家としての建国だ。

 ある伴から、独特な容姿に聖者様の後継者たるその知識と魔法の使用者である点はうまく利用できると助言された。

 聖者様の言葉を思い出した。曰く、「権威とは見せるものである」と。

 他に国家の支柱たり得る事由は思いつかなかった。

 そうした背景から、聖者様の「代理人」と名乗り新興宗教の「フェーデ」を打ち立てたのだ。



 そして150年。

 私たちに国家を運営するノウハウは殆ど皆無に等しかった。だから聖者様の仰っていた言葉や憎き共和国から出された『王国文書』を参考にした上で、政策をみんなで試行錯誤しながら決定していった。

 時間を決めた。

 戸籍を作った。

 農作・牧畜を効率化させた。

 学校を設置した。

 刑罰を定めた。

 

 その間に伴たちは次々と倒れていった。それは単に寿命の問題ではあった。だが気がつけば私の事を本当に知る者は誰1人としていなくなってしまっていた。

 だけど立ち止まるわけにはいかない。

 最初の2年でみんなが描いていた

 理想を。

 夢を。

 幸福を。

 私1人でも実現しなければならない。一種の強迫観念であることは理解している。

 だが私まで倒れれば、「最たる幸福」は潰えてしまうという恐怖もあった。

 もう止まれなかった。



 そして現在までの150年。

 もうあの頃とは違う。

 己の実力は聖者様にも匹敵する事は明白。

 国は人口こそ少数であるものの、大国に数えられるほどには盤石だ。

 求心力を高めるための他国への救貧院・施療院設置

「聖戦」と称される、戦争への武力介入とその調停。

 既に外国へ勢力を伸ばせるほどであった。


 力だ。圧倒的な力が此処にはある。





 だが今日メルセと話をして気付いた。

 何処かで奢っていたのではないだろうか?

 そして自身のこの価値観をも疑うべきではないか?


 それもその筈。

 無力な頃の私は何かをするときには必ず伴の助力を得ていた。何かを決める時もみんなで決めていた。此処、小さなログハウスにみなが集まり、熱く議論し合い、協働した。

 そして教皇国建設の際も同じ轍を踏まないようにしていた。当初から『最たる幸福(アルカディア)』は目的こそ正しかったが、やり方は間違っていたのではないかとみんなで疑った。

 あまりに性急過ぎたのだ。だから失敗した。私たちは夢に、理想にだけ縋ったがために拘泥したのだと結論した。


 だが今は?

「聖戦」は戦火を拡大させる要因になってないか?

 他国への「慈善活動」は、民を本当に救えているのか?ただ徒に穀物を与えて、農作業のやり方を教えないことと同義ではないか?

 仮初で無い真の魔法を広めて、更に生活を豊かにするべきでは無いのか?



 もう何が正しいのか分からない。




 1人で全てを為す。無理は自覚している。

 このログハウスも1人で使うには少々広すぎる。

 長机に置かれた椅子には誰も座らない。






「――でも止まりません」

 部屋に木霊する少女の声。

「それでも止まりません」

 反響し、自身に言い聞かせようとする少女の声。



「アリアは…いいえ、(ワタクシ)はきっと、『最たる幸福』を実現してみせます」

 少女は、否、教皇(・・)は決意する。



 作業を終えてペンを手元に置く。

 紙に書かれた文字は強く滲み、歪んでいた。

  

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