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夢境のアルカディア  作者: 挟むギョウタン
第二章「帝国編」
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ユア・ハイネス〈3〉

ハイネス

「ええ、ええ止めましょうか。分かってもらえたようですしね」

 教皇は慌てふためくメルセの姿を微笑ましく眺める。

「とても良く分かりました…あれ?」


 だがふと頭の中に一つの疑念が浮かぶ。

「教皇猊下、今話した情報は一体どこ(・・)から入れたものなのでしょうか?」

 「上がってきた報告書や人事評価、戸籍謄本からですよ。…あぁ上がった情報は他の者には見せませんし、その上で状況改善の命令を下すために役立てていますよ?」

 情報をどのように利用しているのか?、と捉えての御返事だろうがそうではない。

 そうではないのだ。


「まさかそれを全て(・・)ご覧になった上で記憶し、自ら案を練って命令しているのですか?」

「そうなりますね」

 はぁー…、とため息をつくようにしてメルセは両手で目を覆い隠す。

 疑念は確信に変わった。

 であるならば、これだけは伝えねばならないと決意を固める。

 そして教皇猊下の訝しむ姿に対して、背筋を伸ばすと再び向き直る。


「教皇猊下、経典に於ける一章第三節の内容を覚えておられますか?」

「当然。私も書いたものですから」

「こういった文言があります。『聖者様は仰られた。兄は井戸から水を汲みあげよ。母は炊事をせよ。弟は弁当を届けよ。父は畑を耕せ。』です」

「『困難への対処』を説いた節ですね。…それが何か?」

「私が思うに、教皇猊下はこうした家族の役割を全て1人でこなしておられます」

「ふむ…続けてください」

 思う所があったのだろうか。

 教皇猊下は腕を前で組み直して継続を促す。

「本日も教皇猊下は各ギルド長との面会に『聖別』、魔石作成に書類の決裁と多忙の身でありました。私も含めて、常人ならば成し得ない成果と量です。ですがこうした一連の業務の一部は他の者に任せても可能であると思われます」

 失礼、と一言断って水を口に含んで喉を潤す。そして矢継ぎ早に言葉を紡いでゆく。

「例えば政策・方針の決定。王国や帝国は一定の裁量を持つ大臣を宮廷に置いています。共和国は議会に於ける合議を以て意思決定をします。勿論他国のやり方を真似る必要はありませんが、このように業務を()に任せるのは如何でしょうか」



 ………。

 言い切ってから今更重大なことに気づく。

 2人きりとはいえ、軍の見習いである自分が国政に口を出している。

 しかもたった今まで聞いていた教皇猊下は、この国の最高指導者であるのにも関わらず。

 冷や汗が滲み出す。何てことを宣ってしまったのか。

 足が震える。何故話の途中で気づけなかったのか。

「すみません、すみません!不敬極まる発言でした!決して教皇猊下を――」

「メルセ、一章第十節の最後を覚えていますか?」

「え?あ、はい。『真理を信じよ、理解せよ。信じ理解した後、疑え。』でしたか?」

「…私が考えたこと、為すこと。その全てが正しい条理もないのです。だからこうして忠言してくださったのは私にとっても嬉しい限りです。ありがとう、メルセ」

「あ、有り難き御言葉を頂戴しまして有難い限りでありました!」

 焦って頭が上手く働かない。呂律が回らない。

 よもやこんな形になろうとは思いもしなかった。

 まさか教皇猊下が自身の行いにも誤謬があると認めるだなんて。



「時にメルセ、この際だから聞いてしまいますが…国是である人間・亜人・魔族の調和についてはどう思いますか?」

「…正直に言っても構いませんか?」

「勿論です。先程の勢いのまま、思ったことをただ真っ直ぐ言ってしまいなさい」

 メルセは了承を一言得ると、意を決したように目線をまっすぐ固定する。

 先程「不適切」な発言をしたせいだろうか。不思議と軽い口調で言葉にすることができた。

「…人間と亜人の調和というのは納得しています。ここ教皇国だけでなく、他国でもある程度は分け隔てなく暮らしていると聞きます。いずれは王国や帝国ですら、正しい意味で、亜人種の貴族も誕生するのではないかと思っています」

「…となると、問題は魔族でしょうか?」

「はい。矢張り魔族は恐ろしい存在だと思っています。大戦争の時代から今に至るまで、魔族とは人種に敵対的な恐ろしい存在だと伝承や御伽噺でも語られているので…」

 メルセは正直に心情を告白する。


 魔族が凶暴で好戦的だというのは、人間や亜人といった人種全体で共有された認識だ。小さい頃は両親によく聞かされたものだ。『言いつけを守らないとツノ持ち(・・・・)が家に来て悪い子を食べてしまうよ!』と。

 ツノ持ちとは魔族を示めす別称だ。魔族と魔物は身体を構成する魔素の量、社会性を有しているか否かでどちらであるかを判断する。

 一方亜人と区別する際は、頭にツノを有しているか否かで判断される。そうした事情から魔族をツノ持ちと呼ぶのだ。


「良く分かりました。それを踏まえて聞きましょうか。()の事が怖いですか?」

 メルセは質問の意図が理解しかねたが、考えてみる事にした。

 教皇猊下を机越しに頭から胴元までを一瞥する。

 お召し物は紫色を基調として身体にピッタリと密着したドレス姿だ。開けた背中からは横に大きく突出した鳥人種(ハーピィ)由来の翼が見えている。

 そして首上を見れば、ツノ(・・)が2本頭頂部から生えているのが目に映る。

 うん、怖くない。寧ろ元々美しい容姿と特徴的な身体の部位が相まって、神々しさすら感じられる。


「いえ全く怖くありません」

「それはどうしてでしょうか?」

「教皇猊下だからです…あっ」

 思わず手のひらを開いた口に当てる。

 此処までヒントを出されれば流石に気付いた。

「気付いたようですね。魔族を恐れるのならば、私も恐れないと可笑しいのでは?」

「あぁ…言われてみればそうです。ですがそれは教皇猊下が偉大で慈悲に溢れた御方であると知っているからで――」

「…メルセ、他に魔族の方に会ったことはありますか?」

「いえ、全く」

 当然だ。魔族がここ北方大陸に住んでいるという話は聞いたことがないし、実際にその姿を見たこともない。

「では会ったこともない魔族を恐れるというのは可笑しいのではないでしょうか?」

「理屈では分かっているつもりです。ですが感覚がそれを拒否してしまって…」

 怖いものは怖い。

 それだけは理屈では語り得ない、感情的な問題だ。

 そんなメルセの申し訳なさそうな顔を見て、教皇は目を窄めてはっきりと口にした。


「今はそれで構いません。ですが先入観に囚われ、信じ切るのは良くないことです。そしてそれは他のことにも言えます。教義を疑いなさい。私を疑いなさい。…聖者様をも疑いなさい」


 その冒涜的(・・・)な文言に思わずメルセは目を見開く。

 聖者様を疑う。

 それは「代理人」自らその意思に叛くと宣言しているという意味に取れる発言だったからだ。

 

 

 

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