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夢境のアルカディア  作者: 挟むギョウタン
第二章「帝国編」
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「デート」〈上〉

 翌朝、ユージン・ルベン・レッツェは冒険者ギルドで合流するとこれからの予定を立てていく。

 レッツェは他パーティーであるものの、ルーシアが帰還するまで一人でつまらないと言って行動を共にするという。

 オリヴィエはユージンが連れ出そうとしたものの、二日酔いでまともに歩けなかったので仕方なく宿に置いてきた。


 レッツェは自分一人がクエストでの資金稼ぎに勤しみ、ユージンとルベンには未だ体を休めておくべきだと主張する。これにルベンは欠乏症なら既に完治していると反論するが、



「今日ぐらいは二人とも休んどきなって。その分、オリヴィエには後でじっくり働いてもらうけどなぁ?」



 と言って頑なな態度で退けると、依頼を既に受けていたらしく一人で外へと駆けて行く。ユージンはその様子を見ながら、今日はどうしようかと考えを巡らせていると、



「ユージンはなんか用事あるかしら?」

「いや、今考えていたとこだ…」

「じゃあ今日は…アタシと街巡り、とかどうかしら?どうせ身体を激しく動かすのはレッツェに共々止められてるんだし」



 ルベンは意を決したように口を開く。ユージンはそれを聞いて一瞬思考を停止する。




「それは…えっとデートってことか?」

「特別な意味はないわよ?ただ着いてきてほしいってだけ」



 ルベンの顔には特にこれといった表情の変化は見られない。色沙汰的な「特別な意味」はないことが窺えた。そもそも出会ってすぐに冒険者の「不文律」を説いてきたルベンがそういった「デート」をするはずがないのだ。

 ユージンに用事はない。どの店が何処にあるかといった街の配置は殆ど分かっていない。

 そう考えると、提案に乗った方が自身のためにも、ルベンの心象的にも良いだろう。ユージンはルベンと共にデートをすることに決めた。








 デートはルベンがユージンをリードするような形で始まった。これはユージンにそういった経験値が不足しているからではない。

 現代では軽い付き合いとして、異性の知り合いと共に街へと繰り出したことは何度かあった。その場合、事前にリサーチを済ませ、ウケの良さそうな店を何箇所かピックアップするという準備をしていた。つまりリードするに足りうる「情報」を有していた。

 だが今回はユージンが「情報」を何も有していないために、ルベンがリードする構図になるのは必然であった。

 ユージンとしては女性にリードされるのは何だか情けない気持ちになったが、街の構造を把握してないので仕方ないと割り切る。



 石畳の中央を馬車が何台も通り抜ける中、通行人たちはそれを避けるようにして隅を通る。道の脇には怪しげな品々や食欲をそそるような香ばしい匂いを漂わせた露店が多く立ち並んでいて、たった今まで作業してしてましたと言わんばかりの出立ちをした客引きたちがしきりに道ゆく人々に声をかけている。

 ルベンは適当に露店をひやかし、客引きを適当にあしらうと、足取りを早める。その様子からは街歩きに慣れている様子が垣間見え、既に目的地が決まっているかのようでもあった。


 街の中央へと近づいているのだろうか、見える光景も徐々に変化していく。馬車の数は減っていき、通行人が纏う服装も質の高そうな、高価そうなものが増えていく。道脇にあった露店は木造の、時折石造りの建物へと変化していく。



 そしてルベンはある店の前で立ち止まる。

 店の横には客が乗り付けてきたのであろう馬車が隣接する建物にもはみ出すようにして何台も停まっている。ユージンは様子を見るように屋内をチラッと覗く。店員はみな質素な、しかし清潔感のある制服を纏っている。装飾品をふんだんに身につけた正装の客たちからは育ちの良さが出ている。

 屋内から建物の外観に目を戻すと、入り口の横に据えられた木看板には達筆に『服飾ギルド直営店』と書かれている。中の様子も相まって、如何にも上流階級御用達といった雰囲気を醸し出していた。



 そしてユージンは今の服装を胸からつま先まで見下ろす。迷宮探索の時に用いていたものだ。つい昨日まで寝込んでいたために、特に修繕をしてるわけもなかったので亀甲や長袖のパンツは所々ダメージが入っていて、汚いとは言わずとも、小汚さが若干出ていた。

 ルベンも迷宮の時と同じデザインのローブととんがり帽子を身につけているが、替えのものがあったのだろう。新品同然で目立ったダメージはなかった。



 正直気が引ける、とユージンは考える。ルベンなら店の雰囲気に合っているだろう。ちょっとだけ背伸びした学生の客として通用するだろうし、彼女の整った顔立ちやよく手入れしてウェーブを効かせた髪からは上品さが溢れ出ている。いや、そもそもルベンは貴族の令嬢というやんごとなき出自だ。こういった場に自然に溶け込めるのは当然とも言える。

 そんな風に若干の抵抗を感じている間に、ルベンは行くわよ、とユージンに声をかけてさっさと入っていく。此処で待っていてもしょうがないので共に入店する。




「ご機嫌よう」

「これはルベン様。本日は如何様な品をお探しでしょうか?」

「いえいえ、今日は私でなく隣の男性に似合う帽子を見繕ってほしいのです」

「失礼ですが貴方様には婚約者が……いえ、畏まりました。何かご要望はありますでしょうか?」

「…深く被れるようなものがいいわ」

 



 ルベンは店の入り口で手の空いた店員に声を掛ける。そして流暢に丁寧な言葉で用件を伝える。

 店員は如何わしい目つきでユージンの値打ちを計るように観察するが、服装から直ぐに「冒険者仲間」であることを察したのだろう、仕事に取り掛かる。



「…これなど如何でしょうか?当店ではあまり取り扱うことのない、庶民向けのものですが…」



 そして店員が裏方から取ってきたのはニット帽を思わせる白い帽子であった。

 ユージンは一言試着の許可を得ると、軽く被る。薄いために防寒の機能は期待できないが、今は夏の真っ定中だったはずなので問題にはならない。

 別に兜や帽子と併用して使えそうだ。但し今の衣装とはあまり合いそうにない。

 ちゃんと街歩き用の衣服も、別の安価そうな店で買おうとは今後の予定として覚えておく。

 


 試着の際に、不恰好だった、消えた耳の跡が覆われたことで、ルベンの意図も何となく理解することができた。奇天烈な自分の姿をなんとかしろということだろう。だが入る店はもう少し選んで欲しかったとルベンに若干不満を漏らしたくなった。




「気に入りました。これにしようと思います」

「お買い上げありがとうございます!代金の方は…」



 店員は金額を提示するが、ユージンは手持ちの全財産では足りないために冷や汗を浮かべる。思えばこの世界に来てから稼いだのは、一角ウサギ討伐の依頼達成とその部位の売却額のみ。食事や宿、冒険に向かうための装備にかかる費用の捻出は専らオリヴィエに任せきりであった。

 一応オリヴィエから金貨銀貨を何枚か貰ったものの、これは借り物で使うわけにはいかないと考えていた。後日、未だ把握出来ていない相場を調べた後に自分で返済するつもりだったのだ。



「いや私が払うわ」

「…それは贈り物ということでしょうか?」

「ええ、「お詫び」の品としてね」



 ユージンが借りたお金を使おうか悩んでいると、ルベンが割り込んで、個人的な貯蓄だから大丈夫よ、と一言告げて、小金貨と銀貨を数枚渡す。そして丁寧に梱包された品物を受け取ると、店から立ち去る。ユージンも続くようにして後にした。




 







「はいこれ。悪かったわね、急にあんな店入って。でもちゃんとしたのを買って贈りたかったのよ」



 店の形が見えなくなった頃合いに、ルベンは品物をユージンに丁寧に渡すと、ユージンにとって「窮屈」な空間に入ってしまったことを謝罪する。




「お詫びっていうと…先日の件か?でもあれはもう気にしなくていいって…」

「アタシが気にしてるのよ。つまりただの自己満足。あんな命張った真似されたのに、何もしないんじゃ示しがつかないのよ」


 

 ユージンは思わず無くなった耳元に手をそっと当てる。自身が死ぬかもしれないのにルベンを庇った件は、ユージンとしてもイマイチ整理がついていない。

 あの状況ではルベン無しには魔族を打破し得ない。どうしても守る必要があった――否。これは後付けの理由だ。勝つだけならその場でルベンが言ったように、魔法発動中に〈|顕現せし闇は剣と共に、悉くを鯨呑す《ヴォイド・ケイオスベルジュ》〉で斬り込めばよかったのだ。



 ルベンを大事な人と認識している――否、これも違う。ルベンのことはこうして軽い感じで言い合える「仲間」とは認識し始めているが、心と心が通じ合っているような、運命(・・)の人のような、愛を誓ったような、深い関係では決してない。


 一目惚れしてるわけでもない。そういった経験は今までにないものの、特段ルベンを見ていると胸騒ぎがするだとか、思わず目で追ってしまうだとか、一目惚れを示唆するような現象も自身には起きていない。

 結局、ユージンとしては咄嗟に(・・・)身体が動いたと結論するしかなかったのだ。




「…アタシからは会って数日の女のために、あんな無茶は以後絶対にしないで欲しいとだけ言っとくわ。んで…着け心地は如何かしら?」

「良いね。最高だ」





 貴族社会に揉まれてきたルベンとしてもユージンからは邪な意図は感じていなかった。然しもう済んだ話であると察して、すぐに話題を打ち切って買った帽子の感想を求める。ユージンも梱包を取って、耳を隠すように着用する。

 高価な品だからだろうか、それとも女性からの「贈り物」という印象からだろうか。兎も角、ユージンにはその着け心地は違和感のない、最上の心地を感じた。




「うーん…顔との雰囲気は良いんだけど…如何せん服とあんまり合わないわね。午後の予定はあるかしら?」

「いや何も考えてない。出来ればもう少し安価な店で、街巡り出来るように回ってもらえると助かる」

「それじゃ、後で色々買いましょうか。真面目にこれからの備えもしないとね」




 ルベンはユージンの懐事情と街への不慣れを察すると、「デート」を続けようと促す。

 そろそろお昼時、ルベンにリクエストを聞かれたので、ユージンは食文化を知る目的も兼ねて露店での買い食いを提案すると足早に向かった。




 来た道を戻るようにしてギルド方面へと再び向かう。上品なレストランのような雰囲気を漂わせた飲食店から、祭りの屋台のようなフランクな雰囲気のある露店へ視界に映る景色が変わっていく。

 その中で現代では食べれないが、味の予想がつきそうなものをルベンと相談しながらチョイスしていく。そして街の広場のベンチに腰掛ける。


「魔物料理ばかり選んだのは好みかしら?」

「いや、故郷だとこういうの食べたこと無くてな」


 そういって初めに手に取ったのは、ゴブリンの耳に甘辛そうな匂いを漂わせたタレにつけて串焼きにしたもの。

 ゴブリンの耳。形もそのまま残っていて抵抗感がないわけでは無い。

 しかしこの世界では魔物の部位を利用した食事が珍しく無いというのは、露店を巡るうちに何となく察した。そこで匂いだけは惹かれる串焼きを選択したのであった。

 ええい儘よ。手に持った後少し躊躇していたが、意を決して口に運ぶ。

 …美味しい。こういった近世的世界観には似つかわしくない、寧ろ現代人の好みそうな濃い味付けだ。

 それでいて、ゴブリンの耳も最初は珍味の部類だと考えていたが、特別変な味や食感はない。寧ろコリコリとした食べ応えは、嵌る人には嵌るだろうと思われた。


「ルベンのそれは何だったっけ?」

「ペンストゥオのスティックよ。こんな見た目でも美味しいわよ?」

「…一本貰っても?」

「良いわよ、はい」

「……あ美味い。もう一本貰っても?」



 自分で買いなさいよ?、と言いつつも渡してくれるので有り難く頂いて食べる。聞いたことのない、紫色の茎をした植物に塩を振っただけのそれは、側から見ると美味しくなさそうだったが、つい気になってしまった。

 実際ルベンの言う通り、フライドポテトのように、ヤミツキになりそうな味付けだった。



「…あ、そういえば勝手に貰ってデリカシーなかったな。すまない」

「このぐらい日常茶飯事よ、気にしないで」



 ルベンとしては、冒険者が野宿を行う際の代表的な調理形式である、鍋料理を皆でつつくことと同義であった。「冒険者の男性」に食事を手渡す事には然程抵抗はなかったのだ。




※※※※※※




 それからは鍛治職人の店や比較的安価な服飾店、雑貨屋を訪れて、必要そうなものを補充していく。ただ矢張り此処は現代でないと認識する場面に遭遇する。




「この剣、幾らですか?」

「そいつは…えっと今日はリストリーネの銀貨で3枚、小銀貨3枚に銅貨6枚だな」

「今日は?定価じゃないんですか?」

「…定価?何分からないこと言ってんだ?」


 

 先の迷宮探索で折れてしまったショートソード。

 それの代用品を探そうとして、陳列されたものの中から下から数えて二番目の価格をした鉄剣の購入をしようとした時の場面である。

 ユージンは困惑するが、側にいたルベンが相場通りだから平気よ、と言っていたのを受けて購入を決定する。

 店を出ると、ふと思い当たった事があり納得する。


 そういえば此処は近世的な世界。硬貨の相場が変動するというのは、ある種当然の話だったのだ。

 

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