一件落着?
「ん…?」
ユージンが目を覚ますと、木目の天井が目に入る。仰向けになっていた身体を起こして置かれた状況を把握しようと見渡そうとすると、
「…あぁ良かった!今神官様を呼んでくるから動かずに待ってなさい!」
傍で椅子に腰掛けていたルベンがユージンの覚醒にすぐ気づくと素直に喜び、他の人を呼びに行くために部屋の外へと出ていく。
部屋はたった今まで寝ていたベッドと一脚の椅子以外には何も無い、質素な空間ではあるが清潔感があった。そしてルベンと自分の様子から無事に帰還できたことを確認すると、倒れるようにして再び仰向けになる。一先ず安心したために力が入らなくなってしまったのだ。
ルベンが一時去ったのを見送ると、夢に関して頭で考えを巡らす。夢は願望であったり、体験した記憶を断片的に映すとはいうが、あの場所も彼らも会話内容も、何もかも覚えはない。何か自分の願望を映すものがあったわけでもない。
ここで考え込んでも解決はしない。ドバーティン、夢の中で出てきた単語。何処かで聞いた覚えがあるが、一先ず頭の隅に置いておく。
その後ルベンに連れられた、ルーシアと同じ服を纏った初老の男性による診断を受ける。
結果を聞くと、取り敢えず問題は無く、今日にでも生活に戻れるとは言うが、欠けた左耳はもう戻らないと宣告された。耳を触るようにして手を当てるが、スッと何も無かったかのように掠めていった。
診断の最中、もしかしたらゲームでいう治療魔法の類があって戻せるかもしれないと微かに期待したが、当ては外れたらしい。
「体の部位を元に戻す…?そのような事は昔話の中だけでしょう?我々が出来るのは、あくまでも水魔法を通して、異常な『状態』を払いのけることだけです」
そして話の中で気になる情報を拾っていく。ここ施療院では水魔法適性を持った上で、身体の知識を一通り収めた神官が病人・患者の治療を担っている。水魔法を用いて『状態』を『正常』に戻し、外傷に関しては人の手で直接治療していくのだという。
こうした欠損部位を魔法で治すことができないことを踏まえると、復活魔法の類が無いこともほぼ確定と言っていいだろう。
そして神官は今にでも退院は可能と伝えてきたので、了承する。現代ならタブレットを持ち込んで様子見という名の怠惰を享受してもいいが、そういった暇つぶしの道具はないし、金額も気になる。施療院とはいえ、お金のかからない保証はないのだ。
実際、その後神官は代金――「お布施」を要求してくる。ルベンは予想していたとばかりにスムーズに袋から金貨と銀貨を数枚ずつ取り出すと、神官は相場通りだったのか、笑顔でそれらを受け取る。お布施というからには何かしらの宗教に属しているに違いない。
そう考えると、同じ服を纏っていたルーシアも何かあれば「お布施」を要求してくるかもしれない。心の中で少しだけ警戒度を上げておいた。
施療院を出ると、普通に歩ける?、とルベンがこちらを気遣うように尋ねてくる。
「何も問題ない。神官様も言ってただろ」
「でも…」
「…あの件なら引け目を感じる事はない。取り敢えず今は終わり、僕としてはあの後どうなったか聞きたい。そしてルベンが意識を手放した後のことも聞きたいんじゃないか?」
「…えぇ、アタシも聞いた話なんだけど…」
ルベンがあまり納得いかない表情をしながらも事の顛末を語っていく。あの後一人別地点に転移したオリヴィエが最深部に駆け込むと、そのままユージンとルベンを背中に担いで迷宮を逆走し始めたという。これだけ聞くと、ユージンはオリヴィエが人外の域に達しているのではないかと思わず勘繰ってしまう。
一方ルーシアとレッツェは町に一旦大急ぎで戻ると冒険者ギルドに救援隊を組織するように依頼を作成、そして二人だけで先行して再び迷宮探索を開始した。
魔法陣で分散してからおよそ半日後、漸く中層の中間地点あたりでオリヴィエとルーシア・レッツェ組は合流。そこからの帰路は順調で、迷宮を脱出した後に到着したての救援隊に二人の身柄を預けて施療院に急いで運ばせた。
そしてルベンが起きたのはそれから二日後、今日起きたユージンはそこから更に三日が経ってのこと。なんでも二人とも魔法を行使しすぎたことによる欠乏症での意識昏倒、というのが施療院の初診結果らしい。
ヴィブレーヌ大森林の迷宮は公爵直属の騎士団が突入すると、僅か一日で最深部へと到達した。激しい戦闘の跡はあったが、魔族の痕跡は一切見当たらなかった。この証言はオリヴィエのものも含まれている。
そして臨時パーティーは一先ず解散、魔族の存在や迷宮の異常を証明する物品がなかったために渋々違約金を支払い、加えて救援隊を組織するための依頼料支払いで大赤字に終わった。
ルーシアは「今回は俺のミスだ!」と言って、支払いを一人で8割以上済ませたというが、今はその大金を埋めるために遠方へと商談に向かって、支払い分を補填しようと躍起になっているという。
残ったレッツェ、オリヴィエは病人二人の容態を見守る側と依頼での資金調達側と日毎に交代することに決めた。そのローテーションに、一足早く目覚めたルベンも加わり、今日は偶々ルベンが街に残ってそばに着いていたという。
「――、とここまでが今回のあらまし。んでアンタのことを聞いても?」
勿論だ、と頷いて語り始める。
止めこそ刺せなかったものの、魔族を圧倒できたこと。
魔族の『クラス』は『魔王』ではなく『宰相』であり、目的もイマイチ不明であったこと。
最後に魔族の身体が光となって消えながら「原初魔法」を唱えたこと。
自身のルーツが南の亡国にあると言ったこと。
一応話す事は選んだつもりだ。ユージンが異世界からやってきたという事、先ほどまで見ていた夢の内容は伏せた。
前者は話したことで予想される面倒事を避けるため、後者は全く身に覚えのない内容だったため。特に夢に関しては、今ルベンに聞いたところで何も分からないだろう。
「ふーん…魔王なのにアイツ宮仕えでもしてたのかしら…?結局招かれた目的といい、滅却・原初魔法といい、分からないことばかりね…。ただ亡国ってのは…多分アルカディア王国のこと。あと光になって消えていったってのは、体と魂を構成する魔素を使った、魔法発動の究極系ね。そうなったのなら、体と魂が崩壊して確実に死んでるわね」
アルカディア王国、魂、と気になる言葉が列挙されていくが、そういえばとルベンは慌てたように問う。
「そうそう、洞窟で会った二人組。アイツらについては何かわかったことあるかしら?」
「いや何も?最深部に行く前に語ったことだけだ。それよりあの二人はどうなったんだ?迷宮内で誰か遭遇とかしなかったのか?」
「いえ、オリヴィエも騎士団もそういった不審人物に遭遇したとは言ってなかったわ。アタシも色々思うところがあったから、その情報はルーシア達以外には伏せたわ」
「思うところ…?」
「一つはレベルが100を超えてるってこと。例えば唯一Aランクに位置する冒険者はレベル30ぐらい…だったはずよ。そして今空席のSランクはレベル40程度が指標とされてるけど…この意味がわかるかしら?」
規格外だな、と口にするとルベンは頷く。確かに魔族のレベルも41だった。100を超えているというのは明らかに異常だ。ルーシアのクラスのように、〈感知〉での表示が間違っているとも考えられるが…
「んで二つ目…これが一番重要なのだけど、彼らからは魔素を感じなかったのよ。これはどう考えても可笑しいわ」
「――?よく分からないが…それの何が可笑しいんだ?」
「アタシもアンタも、今歩いている道も、道端の石ころも、魔物も、死体にも、大気にも、魔素ってのは絶対にあるものなの。それが無いってのは可笑しいのよ」
そういうものなのか、とユージンは適当に相槌を打つ。〈感知〉によって魔素を感じ取れるようになり、視界に映るものには一通り魔素が含まれているのはわかっていた。それでもそれが無いという状況が異常であるというのはいまいち得心のいかない事であった。
「何事にも例外はあるんじゃ無いか?それに魔素を隠蔽する、みたいなスキルがあるとかは考えられないのか?」
「有るけども、それは行使者の動きや魔法を隠蔽するものよ。そもそもスキル自体が魔素を用いて行使されるの。それすら感じないのは可笑しいわ。最近、魔素と物質を分離出来た事例があるけども、それは例外中の例外。普通は魔素が消えたら死ぬのよ。それこそアンタが見たっていう魔族のようにね」
「という事は、彼らは死んでいる…ってことか?」
「いいえ、魔素が無い状態で死んでるなら肉体が崩壊するわ。だから異常なのよ。どうしてそんな状態で会話し、動くのか。皆目見当もつかないわ」
結局何も分からない、進展もしないから話はおしまい、とルベンは話題を終える。ユージンも考えても何も分からないだろうから、それ以上話を掘り下げる事はなかった。
※※※※※※
その後ルベンに連れられて冒険者ギルドに向かう。毎日夕方に、解散済みだが臨時パーティーのメンバーがここで集まって成果や容態を報告しているという。
中に入ると既にオリヴィエとレッツェが酒場の席に腰掛けて待っていた。彼らは無事だったユージンの姿を見ると、声を上げて喜ぶ。特にオリヴィエは感極まったのか涙を軽く滲ませていた。
そして自然な流れで、回復を祝っての宴が始まる。ルーシアは遠方の国まで商談で不在だが、レッツェがこういう時は宴をするものだと言って憚らなかった。勿論現在両パーティーとも多額の支払いによって資金難に直面しているので、宴自体はささやかで慎ましいものだった。
「いやでもホントに良かったなぁ、二人とも無事で。アタイもルーシアもオリヴィエもえらく心配したんやでぇ?」
レッツェは早々に安酒を何杯も呑み干してルベンとユージンの間に割って入るようにして体を乗り込んでくる。どうやら彼女は酔ったら面倒なタイプらしい。
「ええほんとうに…ほんとうに良かったです…」
オリヴィエは酒に弱いくせに飲んでいる。心底心配だった気持ちは伝わってくるのだが、彼は「前科持ち」だ。ユージンはまた背中を貸す必要があるのかと遠い目をする。
「アンタらみんな弱すぎない…?酒ってのはね、ちゃんと意識保って美味しく飲むものよ?」
ルベンも少々陽気な様子を見せてはいるものの、グラスを掴む手は震えていないし、口調も大体普段通りだ。彼女が言っていることは多分間違っていない…はずだ。
ユージンはそんな酒呑み達を軽くいなしながら運ばれてきた食事を口に運んでいく。今食べているのは現代では見ない、よく分からない肉の包み焼きだが味は悪くない。未知の料理に舌鼓を打っていた。
未だ飲んだことのない酒の味は気になるが、病み上がりの身で飲むのは良くないと判断して控えた。
そして皆んなで宴を楽しんでいる最中、隣の席で騒いでいた、身につけた装備からして冒険者であろう集団の一人が声をかけてくる。
「おい兄ちゃん、アンタの席は華だらけだな…一人ぐらい寄越してくれねぇか?」
「絡み酒か…?まあ彼女らがいいって言うなら…」
「お断りよ!なんでユージンもそんな返事するのよ!?」
「ルベンならどうせ断るだろ?」
ユージンは、レッツェは酔ってまともに返事できない、オリヴィエも酔っているがそもそも男。ならば意識あるルベンだけが返事できるだろうと判断して返事する。
「つれねぇなぁ兄ちゃんも。大体女三人侍らせるなんて羨ましいったりゃありゃし――」
「何よそ様の女を取ろうとしてんだい!わたしじゃ不足だっていうのかい!?」
「いやそういうわけじゃ…」
「表に出な!お前にレディーの扱いってもんを教えてやるよ!」
お慈悲を、お慈悲を!と言って、強面の男は同じメンバーであろう、勝ち気な女戦士に引き摺られていく。まあ妥当だ。あそこまで無礼な酔っ払いは程々に絞られるべきだ。
「女性が三人だなんて…アイツ酔いすぎだとは思わないか、なあルベン?」
「え…?何言ってんのよアンタ」
いつの間にか机に伏して寝息をついたレッツェとオリヴィエを尻目にユージンはルベンに話しかけるが、反応がどうも可笑しい。
「…何かおかしいこと言ったか?」
「アンタ酒飲んだ?」
「いや飲んでない、意識はハッキリしてる」
「…今この場にいる女性は何人?誰のことを言ってるのかしら?」
「お前とレッツェ、二人だろ?」
それを聞いたルベンが呆気に取られたような顔をする。どうしたのかとユージンが様子を伺っていると、ルベンは突然頬にビンタをかましてくる。突然の暴力に文句をつけようとすると、
「…確認するわ。アンタから見てオリヴィエは男性なの?」
「確認もなにも、どう見たって男じゃないか?」
「…身につけてる衣服を見ても?顔を見ても?体型を見ても?」
「どれもこれも全部男ものだ。顔も体格も間違いなく男だ…そうだろ?」
眠りこけているオリヴィエを眺める。衣服は質素な茶色の男物で、体格は華奢ながらも筋肉がついていて肩幅もガッチリとある。唯一顔が中性的ではあるものの、それでも男の特徴を持っていると感覚がそう伝えてくる。
「それは冗談じゃなく?本気で言ってるの?」
「大真面目で本気だ。ルベンこそ何が言いたいんだ?…まさかオリヴィエが女性とでも?」
ルベンはユージンの言い分を微妙な顔つきをしながらも聞いた後、ハッキリと告げる。
「いい?…オリヴィエは疑う余地もない、見目麗しき女性よ?」
オリヴィエが女であるという事実を。
――そして運命の輪は回り出す。ユージンが思わず落とした杯から僅かに水がこぼれ落ちる。水は木目の床にシミを作って浸透していく。周りで聞こえる騒がしい酒場の雰囲気が、仲間達の寝息が、遠くなっていく。
ユージンは俄かには信じがたい事実に頭を抱えながらも、たった今何かが始まったことを微かに予感した――
それから一週間後、事態は大きく動き出す。冒険者ギルドから発行された号外新聞の一面の見出しにはこう書かれた。
『帝国の王位継承、遂に決着か!?第一王子の元に勇者現る!』
※※※※※※
「殿下、入っても宜しいでしょうか?」
「構わぬ、ここには我と宰相しかおらぬ故。気を楽にして入るが良い」
豪華な装飾を拵えた大部屋には二人の男がいた。
そのうちの一人である、椅子に大きく態勢を預けて不遜な態度を取る金髪の青年が入室を許可する旨を告げる。
「殿下、ご機嫌――」
「いつもティアールと呼べと言っているだろう、コースケ」
「すみませんどうしても慣れなくて…こんばんはティアールさん?」
「…まあ良いだろう、適当に腰掛けよ」
「ではお言葉に甘えて」
もう一人の男――座る青年の横で直立不動であった宰相はティアールの向かい側の椅子を座るよう促すように引くと、コースケと呼ばれた黒髪黒目の青年はそこに腰掛ける。
「どうだ、こちらの生活には慣れたか?」
「そうですね…日本とは勝手が色々違いますけど、だいぶ慣れてきたと思います」
「そうかそれは良かった…と、社交辞令は此処までにして、本題に入ろうか」
これが本題じゃないのか、と実は生活にまだ不自由しているコースケは目を丸くしたが、伸びている背筋をもっと伸ばすようにして身を正した。
「本題というのは…そうだな、実はこの部屋に見知らぬ輩が紛れ込んでいる。分かるか?」
「ここには私と殿下…いえティアールさんと宰相殿しかおられないように思いますが…」
「まだまだ未熟のようだな…――ッ!」
青年は突然立ち上がると、空いた椅子に置いていた刀を抜く。刀を振り抜くと、宰相がたった今立っていた場所の空を切る。
「何者だ貴様?本物はどうした?」
「…おやおや気づかれていましたか。躱したと思ったのですが…流石はAランク冒険者の王子様ですねぇ」
身を仰け反った宰相は不敵に笑みを浮かべながらも、冷や汗を一筋流す。刀は完全に躱したはずだが、纏っていた衣服に一筋の切れ目が入っている。
「どういうことですか?宰相殿…?」
「この場で一切合切吐いてもらおうか…?本物はどこにやった?」
「おやおやこれは大変なことに…ですが生憎敵対の意思はないのですよ…。本物の身柄も用が済めば返しましょう」
状況を未だ飲み込めないコースケ。
刀を構え直して睨みつける王子。
両の掌を挙げながら小さく笑みを浮かべる宰相。
…次に口火を切ったのは宰相の姿をした何者かであった。
「そうですねぇ…我々の目的はあくまでも交渉。こうして面倒な手間かけて変装したのも、普通に会っては話にすらならないと思ってのことなのです」
宰相は二人の顔を見渡しながら部屋をゆっくりと歩く。そして余裕ある表情で、その内実を悠々と語り始める。
「ああ、申し遅れました!私の名は――」




